死の淵で出会う者
全身に激痛が走る。
身体能力を魔法で強化したおかげで、なんとか即死は回避できたが、お腹のあたりが熱く、触れる指先が何かに濡れた感覚を覚える。
吹き飛ばされた時に破壊した入口の扉の破片が、腹部に刺さっている事に気づく。
あまりの痛みにどうにかしてしまいそうだが、それと切り離されたかのように意識は冷静だった。
状況からして、このままでは間違いなく助からないであろう事は誰の目にも明らかであった。
“まだ死にたくない”
私を育ててくれたお爺様にも、ローレリーヌにも、ブルノにも、私は何一つ恩を返せてない。
その思いを糧に、体の中から残りカスの魔力を全てふり絞り、全身に身体強化の魔法をかけ落ちていた木片を拾い上げ、口の中に入れて噛みしめる。
左手にサラマンダーの熱を纏いつつ、右手に力を込め刺さった破片を引き抜く、その瞬間に血が吹き出すが、すかさず左手を押し当て強引に傷口を焼き切る。
ーーーーーーーーーーーッ!!
あまりの激痛に意識を手放しそうになる。
集中が乱れ、押し当てる腕の腕にに力が入らなくなってきたので、身体強化で無理やりその場で転がって、仰向けからうつ伏せになり自分の体重で傷口を押し当てる。
痛みの反動で、地面には涙が滴り、涎が垂れ落ちる。
それでも地面に額を押し当て、木片を噛み締め苦痛に耐える。
フーッ!フーッ!!
傷口を焼き切り、手を離すと同時に口にくわえた木片が地面を転がる。
今度は、両足に魔力を循環させなんとかその場に立ち上がる。
顔をあげ目を見据えたその先に、一体の石像が飾られているのが視界に映る。
私は足を引きずりながらも、無意識にその石像に近づいた。
引き寄せられるように近づくいたの石像の手には、見事なハルバートが握られており、その美しさに目を奪われる。
「これは魔法武器?.....ごめんなさい、罰はあとで受けるからちょっと拝借させてもらうわよ」
石像のもっていたハルバートに右手をかけると、粒子になり私の体に吸収される。
「へ!?」
想定外の状況に思わず素っ頓狂な声が出る。
それと同時に魔力が枯渇し、強化していた身体能力向上の魔法が消え去り膝から崩れ落ちた。
「お願いっ!お願いだから動いてっ!!」
私は魔力を振り絞るが、無情にも枯渇した魔力はほんの少しも絞り出せなかった。
ーーーカツンーーーカツン
かすかに聞こえてる足音のする方向に視線を向けると、祭壇の奥から人影があらわれる。
「だ.....誰!?」
その人影は、教会の修道服に似た衣装を着用し、ヴェールで顔を隠していたが、体の起伏と目に見える唇から女性であると推測できた。
「あらー、せっかく持ち主が見つかったのに、貴女、死にそうじゃない?」
とても教会のシスターとは思えぬ、軽い言葉遣いにびっくりする。
「仕方ないわねぇ、今回だけの特別大サービスなんだからね!次はちゃんと自分の実力で至りなさいよ?」
持ち主?大サービス?次は自分の実力で至る?この人は一体何の話をしているのか。
「一体なんの話ーーーーーッ」
彼女が両手を叩くと、その音の反響が私の全身を通り抜け体全体が熱くなる。
先程まで枯渇していた魔力が一気に膨れ上がり、自分の身に余る魔力量が制御できずに全身から放出される。
「くっ!」
私は外へと放出されていく魔力を制御しようと、魔力のコントロールに全神経を集中させる。
しかし、制御する魔力が大きすぎて、今の自分では扱いきれずに溢れた魔力が暴走する。
「今のままじゃダメ!どうしたら!?」
対策に思案を巡らせていると、先程までの痛みとは違い、今度は全身が突っ張るような痛みに襲われる。
その痛みと比例するように、擦り傷や切り傷、先程焼き切った火傷の跡が体から綺麗に消えていく。
それと共に、放出されていた魔力は収縮し、私は自分が魔力を制御できるようなったことに気がついた。
「こ.....これは!?」
いつもの視界とくらべて視線が高くなっている事に違和感を覚えた私は 慌てて自分の身体をもう一度よくみる。
上からかぶるタイプのゆったりとした服がいつのまにか小さくなっており、その生地は身体にはりつき胸部が苦しく、足元まであった裾は膝上に、手首まで隠れていた袖口は肘が隠れるくらいの長さになっている事に驚く。
「ええっ!?」
状況をいまいち飲み込めない私は、頭の中が混乱し慌てふためく。
「私いいましたよ、大サービスだって!」
女性に向けられた手鏡に大人の女性の顔が映り込む。
その顔は私の面影を残しており、自分の顔だと把握するのに時間はかからなかった。
「これは一体.....?」
目の前の女性の力で、自らが大人の姿になった事は理解できた。
しかし、なぜ私にそんなことをしたのか、そしてその力は何なのか、私はその意味を図りかねた。
「その武器を全開で使うために決まってるじゃない」
彼女に指さされた右手を見ると、先程消えたハルバートをいつのまにか握っている事に気づく。
握りしめられたハルバートからは知識が流れ込み、この武器の扱い方を強制的に学習させられる。
「そんな事よりあっちは放置してていいのかなー?と聞いてみたり」
ふざけた態度の女が指差した方向を見ると、満身創痍の皆が戦っているのが目にはいり、私の中の感情が振り切れた。
◇
フェンリルは腕を振り下ろし、放心するソフィアを上から押しつぶそうとした。
しかし、寸前のとこで意識を取り戻したドミニクが横からソフィアを攫い、空を切った爪は地面を叩きつける。
「しっかりしてください!」
ドミニクが喝を入れ、ソフィアを再び現実へと呼び戻す。
「す.....すいません」
2人が立ち上がり、フェンリルに向かって構え直す間に、フェンリルに向かって矢やナイフが飛ぶ。
そちらに視線を向けると、エルハルトとユングが武器を構えていた。
「ソフィア先生、マリアンヌ様は?」
ドミニクは、自分が気を失っている間に、この場から居なくなっているマリアンヌの所在を訪ねる。
「マリアンヌ様は、私を庇って教会の方に」
ドミニクは悲痛な表情を見せる。
「先生、お嬢様をお願いします、自分が二人の逃げる時間を稼ぎます」
覚悟を決めたドミニクは、単身フェンリルに突っ込む。
「俺も手伝おう」
交戦するフェンリルとドミニクの間にエルハルトが割り込む。
「ユング、お前は二人が逃げるのをサポートしつつ退却しろ!」
同じく覚悟を決めたエルハルトは、ユングに指示を出す。
「兄さ「これは命令だ!」」
エルハルトがユングの声を遮る。
「おい、お前も逃げろ!子供が犠牲になる必要はない!」
ドミニクはフェンリルの攻撃を受け流しながら、エルハルトに向かって叫ぶ。
「断る、お前一人では抑えられない」
エルハルトは敵の攻撃を華麗にかわしつつ、フェンリルの体にナイフで傷を刻む。
しかし、無情にもその傷は瞬時に塞がれ、相手に無力感を与える。
「....わかった、すまない」
防戦一方、傷すらつけられないドミニクは、自分の力のなさを痛感する。
「気にするな、お互い大事な者を守るためだ」
2人は一旦フェンリルから距離を取る。
「次に俺たちが攻撃をしかけたら教会の方に走れ」
後ろにいるソフィアとユングの2人にマリアンヌを委ねる。
「わかったわ」
ドミニク、エルハルトは武器を持つ手に力が入る。
「ーーーーーっ!?」
その瞬間、教会から放たられる膨大な魔力の波動を感じ、全員が振り向く。
「な....なんだ!?」
フェンリルは唸り声をあげ、教会の方向を威嚇する。
空を軽やかに舞うプラチナブランドの髪は、白金の如く美しく。
まるでエメラルドのように輝く緑の瞳は、陽の光を浴びより鮮やかに。
右手にもったハルバートは、神聖な魔力を纏う。
教会の中から現れた女性はとても美しく、その肢体は女性としての魅力に溢れていた。
「その人達から離れなさい、あなたの相手は私よ!!」
彼女は手に持ったハルバードの穂先を、フェンリルに向けた。