フェンリルとの死闘
先に仕掛けたのはドミニクだった。
体をひねり剣を横薙ぎに払おうとする。
フェンリルは腕を振りかぶり、上から叩きつけるように鋭利な爪を振り下ろす
ドミニクは剣の軌道を変え、相手の爪を上に弾き、そのまま体を回転させ横に捌ける。
射線が通るその隙を見逃さず、私は3本の炎の槍、ファイアランスを飛ばす。
「ガァアアアアア」
フェンリルの咆哮によってファイアランスが霧散する。
「よりにもよって自分より上位の氷属性とかっ!でもっ!!」
フェンリルの死角、ドミニクが避けた方向の反対側から今度は3本の炎の矢、ファイアアローが弧を描き突き刺さる。
「不羈の民たる風の精霊シルフよ、我が剣にその風を纏わせたまえ、エアリアルウェポン」
横に履けたドミニクは、先ほどの攻防の間に即座に剣に風刃の力を纏わせて、ファイアアローが刺さった瞬間に攻撃を仕掛ける。
しかし、フェンリルは後ろに跳躍し攻撃を回避すると、着地と同時に雄叫びをあげ、フェンリルの周囲に30本近くの氷の刃が現れる。
「ドミニク!」
私が叫ぶより早く、ドミニクは私のいる場所まで後ろに跳躍し戻る。
「「魔法障壁」」
2人で前方に魔法障壁を重ねがけすると同時に、全ての氷の刃がこちらの方向に雪崩れ込む。
「最悪の展開よ、私の魔力が向こうより上なら打ち勝てるのだけど、残念ながら向こうの方が上みたい、だから、ファイアアローもほとんど効いてないわ」
氷と炎、魔力で上回れば相性面で有利になる相手も、下回れば相性最悪の不利な相手になるだけだ。
「マリアンヌ様より上となると.....相手は幻獣かもしれません、そうなると自分の風の刃が当たっても効かないかもしれません」
これだけの魔力量、幻獣だというのなら確かに納得できる。
「眼か口の中を突き刺すとか?」
防御の脆そうな部分を指摘する。
「さすがにそこまで飛び込むのは難しいと思います」
問題はそこなんだよね。
2人で相談していると、氷の刃による攻撃が途切れる。
ドミニクは再び仕掛けようと前のめりになるが、今度は私達の周辺に50本の氷の刃が顕現する。
「ノータイムとか!!」
素早く反転してドミニクと背中合わせになる。
「「魔法障壁」」
その瞬間、全方位から氷の刃が降り注ぐ。
「このままじゃジリ貧よ!」
詠唱破棄でこの数と威力ではどうしようもない。
「しかし、攻撃に転じようにもこれでは」
魔法障壁を展開したまま移動できればいいが、私達は魔力で上回る相手の攻撃を防ぐだけで手一杯だった。
空中に浮遊する氷の刃の数が減り、なんとか耐え切れると思った瞬間、先程より倍以上の氷の刃が更にその外側に展開する。
「流石に不味いわね」
頬に冷や汗がつたい焦りを感じる。
その瞬間、私達の周囲に土の壁が現れ全ての氷の刃を防ぐ。
「そこの獣、私の大事な生徒になにしてるのかしら?」
足元に届く長いブロンドの髪をゆらし、1人の女性が私達と獣の間に現れる。
「ソフィア先生!」
フェンリルに向かって私の後ろから五本の風刃の槍、エアリアルランスが一直線に向かう。
それに気づいたフェンリルは、咆哮により魔法を打ち消すが、魔法が霧散したと思われた瞬間、フェンリルの左眼にナイフが突き刺さる。
「咆哮で魔法は打ち消せても、物理攻撃は別だ」
聞き覚えのあるその声に振り返る。
「エル君!」
彼の姿を見た私は、思わず嬉しくなる。
フェンリルは眼の痛みに即座に頭を左右に振ると、ナイフを地面に落とすと同時に、前足を地面にうちつけ周囲に氷の壁をつくりだしていた。
戦闘に一瞬の空白が生じ、エル君は横の建物を見る。
「ユング緊急事態だ、手伝ってくれ」
建物の屋上に少年の人影が現れる。
「.....わかったよ兄さん、理由はあとで聞くからね!」
ユングと呼ばれたキャラメル色の髪の少年は、渋々といった顔で弓を構える。
「マリーも話はあとだ.....ドミニクと言ったな、俺も前衛で戦う」
エル君は腰からナイフを引き抜く。
「わかった、君は戦力になりそうだ、あてにさせてもらう」
ドミニクは剣を構え直す。
「なんでこんなところに幻獣がいるのか知らないけど、あれはどうにかしないとね」
ソフィア先生は後ろに下がり詠唱を始める。
「みんなありがとう、行くわよ!!」
マリアンヌが再び自分を奮い立たせると、目の前の氷の壁が崩れ去り、再びフェンリルが姿を現わす。
現れたフェンリルの左眼は修復され、こちらに向けて怒りの形相を向けていた。
◇
「頑強の民たる土の精霊ノームよ、目の前の敵を押し潰せ、ストーンブロック」
フェンリルが現れると同時にソフィアは上空より岩の塊を落とすが、咆哮によって魔法が分解され相殺される。
再度咆哮される前にマリアンヌが炎の槍、ユングが土や風の矢を飛ばし、フェンリルの表皮に突き刺さるも即座に霧散する。
ユングは通常の矢も混ぜて射っていたが、それらは刺さらず地面に落ちる。
ドミニクが会えて相手の右側の視界に入り、敵の視線を引きつけつつ剣を振り下ろす。
しかし、振り下ろした剣は難なく相手の爪に受け止められる。
まだ焦点が完全には定まってはないであろう左眼側の死角からエルハルトが迫り、相手の側面をナイフで切りつける。
フェンリルはすかさず腕を横に振り払うが、エルハルトはフェンリルの下を転がりながらくぐり抜けると同時に、落ちたナイフを回収しつつ腹にもう一撃お見舞いする。
しかしどちらの傷も浅く、即座に傷が塞がり回復されてしまう。
その隙にドミニクも相手の頭部に風刃をまとった一撃をいれ、切り返しで通常の攻撃を入れるがどちらも刃が通らず弾かれる。
「俺の魔力じゃ傷すらつけられないってか!」
ドミニクは自分の魔力の低さを嘆いた。
ヘーゼルブラウンの瞳のドミニクの魔力量は騎士の中では最低クラスだ。
魔力量が少なければ、その分込められる魔力も限られる。
「幻獣の前では黒や茶色、青や緑目だろうがたいして変わらない」
エルハルトは本来赤目だが、彼もまたマリアンヌと同じでそのポテンシャルの全てを引き出せていない。
現時点で2人の魔力は緑や青の瞳の騎士と変わらない。
「かといって、通常攻撃じゃ全然通らないしどうすんのさ?」
反撃の氷の刃を交わしながら屋根の上を走るユングは、歯を噛みしめる。
かろうじてナイフは目に刺ささったものの、それも修復され、先程は定まっていなかった焦点も今は合わさったようだった。
「そこのハイエルフ、彼女を軸に攻めるしかないな」
エルハルトはひらりと回避しつつ、ナイフに魔力を込め、刃をはじきながらソフィアの方を見る。
「わかったわ時間を頂戴、私が使える中でも最高の魔法に全てを込めて叩きつけるわ!」
氷の刃を防ぐ魔法障壁をマリアンヌにスイッチしたソフィアは、両手を広げ魔力を引き出そうと集中する。
それを見て攻撃に転じたドミニク、エルハルト、ユングは、フェンリルを四方八方から手数で撹乱する。
しかし、魔力の集まりを感じたフェンリルは雄叫びをあげ、3人を無視してソフィアの方に走り出した。
「やばい!」
即座に反応したドミニクが前に入り込み、相手の頭上に剣を振り下ろすも、フェンリルの頭突きに剣を弾かれ、バランスを崩した所を体を叩かれて地面に転がる。
「止まれよ!」
フェンリルは、動きを止めようと矢を放つユングの方に、集中して氷の刃を飛ばす。
即座に魔法障壁を展開するも、氷の刃は屋根を破壊し、足場を崩されたユングが落下する。
「先生はやらせない!」
迫り来るフェンリルとソフィア先生の間に割り込んだマリアンヌは。全魔力を身体能力強化に特化する。
落ちていた剣を拾い、相手の突進を防ごうとするが、ドミニクと同じように簡単に弾かれ体勢を崩すと、そのタイミングで容赦なく体を叩かれる。
ドミニクより体重の軽いマリアンヌは、簡単に空中を飛ばされ、そのまま教会の扉をぶち破り中へと弾き飛ばされる。
フェンリルは再びソフィアを見定めようとすると、突如として視界が塞がれる。
エルハルトが一か八か捨て身の攻撃でフェンリルの頭の上へと飛び乗り、その両目を両手のナイフで突き刺し、ナイフを握りしめたまた風の魔法をぶつけようとする。
「不羈の民たる風の精霊シルフよーーー
しかし、怒り狂ったフェンリルは激しく首を振り回し、エルハルトを詠唱の途中で空中へ放り出す。
だが、彼らが繋いだ時間は決して無駄ではなかった、ソフィアは両手を空に向けてかざす。
「神の光ウリエルよ、我が身に宿りし全ての魔力を対価に、その力の一旦を持って、我が身に迫り来る危機よりお守りくださいませ」
詠唱とともにソフィアの体から光が発せられ、放出された光はフェンリルの体を貫きその全てを飲み込む。
光が収束すると、フェンリルの姿は跡形もなく消えていた。
「はぁはぁ、もうすっからかんです」
ソフィアは地面に膝をつき、呼吸を整えつつ頭を整理し優先順位を決める。
まずは、飛ばされたマリアンヌを助けるべく彼女が立ち上がろうとした瞬間、細かな粒子が自らの周囲を漂ってる事に気がつく。
「.....嘘でしょ」
漂っていた粒子達が集結し、フェンリルは雄叫びをあげると、ソフィアの目の前に再びその姿を表した。
これで万全じゃないフェンリル