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東のアンスバッハ

 あの演説から5日が過ぎ、お爺様が出立されてからは12日目の朝を迎える。

 お爺様達は、予定通りであれば2日後に戻ってくる。


 今のところ領内に混乱はないものの、あの日を境に王都との交易は停止しており、領内には新しい人間は極力入れないようになっている。

 そして私はと言うと、今まで日替わりでついていた護衛3人にブルノを加えた4人の中から常時2人がつくようになった。

 残りの2人も休憩や宿泊は官舎の中で行われ、私も領主邸には戻らずここで寝泊まりしている。

 ナタニエルを含めた数人の文官も滞在し、何があってもすぐに連携できる体制を整えた。

 また、ブルノやナタニエルはこうなる事を事前に知っており、準備はつつがなく執り行われた。


「今のところは落ち着いてるわね、このまま何もなければいいのだけど」


 一仕事を終えた私は、テーブルに置かれた紅茶を手に取る。


「姫さまの言う通り、このまま何事もないのが一番なんだがな」


 ブルノはボリボリと頭をかく。


「今のところは、西方の王都はアレ以来、大きな動きはありません、北部のオスマルクはすでに制圧済、南部のノルマルクは同じ陣営なので問題ありません」


 あの演説があった直後、すぐに王都は動いた。

 5万の軍隊に5000機のアルムシュヴァリエを揃え、即座に掃討に出たのだ、しかし出立から3日後の山岳部で襲撃され敗走した。

 驚くべきは、襲撃したのはギュスターブ軍本体と離れて行動していたと思われる、たった1万程の別働隊であった。

 ギュスターブ軍は、初めからそこで開戦しようといくらか準備をしていたのだろうが、物量の差は歴然だ。

 だから国軍は、罠があるとわかってても敢えて強行したように思えた。


 しかし、そこで読み違えた、ジルベール王の右腕だったグレーフェンベルク公爵がいれば違っただろうが、公爵はその作戦には参加していなかったのも大きいと私は思っている。

 公爵の戦場での指揮の記録を見た事があるが、彼の指揮は潔癖症で隙がなく準備に余念がないタイプだ。

 だからこそ私と同じように、あの演説で見せた魔法一つで、ギュスターブ殿下の軍の戦力が未知数なものだと理解しただろうし、そのために情報を集める事を優先したはずだ。

 ただ、大義名分があるからこそ、情報を集めるために、敢えて間引きたい連中、邪魔な派閥を犠牲にした可能性も考えられる。


 開戦した時の映像は、再び各領地の空に映し出された。

 ギュスターブ殿下の軍の指揮が何者かはまだわかってないが、私はそれを見て、この人はとても自信家なのだろうと予測できた。

 映し出された戦場は圧倒的だった、私が見た感じでは10人前後とんでもなく強い者達がおり、まさに一騎当千で、中には1人だけ私と変わらぬ年齢の女の子も確認できた。

 その少女は金と銀のオッドアイの瞳を持ち、あとでソフィア先生にも確認を取ったが、見たこともない魔法を行使し、その威力も凄まじかった。


「カティア報告をありがとう、ところで東のアンスバッハはどう?」


 私がアンスバッハの者なら、このタイミングはチャンスだと捉える。


「すいません、東は相変わらず数ヶ月前から全然情報が入ってこなくて」


 もともとアンスバッハの情報は少ない上に、アンスバッハに居たシュタイアーマルクの間者とも連絡が途絶えている。


「一応、国境ギリギリで見える範囲には何もないという報告も来ているから大丈夫だとは思うが、警戒だけはしておくべきだろう」


 可能性がゼロではないのなら、警戒しておいた方がいいだろう。


「そうねブルノ、もしもの時は貴方はナタニエルと共に騎士達に合流して、フェリクスがいない今、穴を埋めるのは貴方しかいないわ」


 この領で、個人の戦力としてフェリクスの穴を埋められるのはブルノだけだ。


「でもそれじゃあ、姫さんが」


 私はブルノの言葉を遮る。


「戦場の指揮はナタニエルが執るから私は前線に出ないわ、だから護衛の三人も連れて行ってちょうだい」


 こう言えば、折衷案でブルノは騎士達の方に行ってくれるはずだ。


「流石にそれはダメだ、アンスバッハが攻めてきた時は俺がついていく、それでいいだろう」


 さすが、ブルノは察してくれるよね。


「わかったわ、その代わりそっちはよろしくね」


 私は執務机の椅子から立ち上がり窓の外を眺めた。

 あれ以来会ってないエル君は、まだここに滞在しているようだ。


「こんな状態じゃなきゃ会いたいな」


 私は窓に向かって、不安な心を隠すように呟いた。







 翌日、私はいつもより早く目が覚めた。

 ローレリーヌに朝の支度を手伝ってもらい、仮眠室の隣にある執務室に向かう。


「マリアンヌ様、大変です!!」


 執務室に到着し椅子に座ろうとすると、ドアが勢いよく開けられ、カティアが息を切らながら部屋の中に駆け込む。


「東のアンスバッハが動きました」


 やっぱりか、私は心の中で舌打ちをする。


「それで敵の数は?」


 起きたことは仕方がない、戦闘が目前に迫った私たちに悩んでいる時間はない。


「およそ2万、アルムシュヴァリエは1000機ほどだそうです」


 こちらは1万、アルムシュバリエは500機、状況はあまり良くないが、地の利を生かし戦略をねれば撃退できないほどではない。


「それと早ければ昼前には開戦になります」


 思ったより時間がないわね。


「普通その距離なら昨日の時点で確認できたはずだけど」


 監視の目に引っかかっていないことに違和感を覚える。


「敵の進行ルートから考えると、陰になる山間部を通って森林部を抜けてきたようです」


 この動きの速さは急造ではなく、事前にギュスターブ殿下がクーデターを起こすの知っていたのかもしれない。


「.....夜の強行軍で山を抜けて、朝方の霧の深い森林部を利用されたか、でも、予測しなかった手ではないわ」


 ナタニエルは事前にその可能性を指摘していた。


「はい、ナタニエル様とブルノさんは既に騎士隊に合流しています」


 予定通りであれば仕掛けをしてある森林部で一度仕掛けて数を減らし、あとは平野に引きずり出して勝負をかける手筈になっている。

 せめて三分の一を最初の仕掛けで削れば、シュタイアーマルクの騎士であれば多少不利な人数でも遅れをとることはない。


ーーーだから私は油断した。


 アンスバッハ軍に仕掛けるべく、ナタニエルとブルノは騎士達とアルムシュヴァリエを率いて、街を出立する。

 彼らが出兵して数時間後だった。


 “ドン”という大きな音が鳴り、地面が揺れる。


「お嬢様!?」

「マリアンヌ様!?」


 カティアとローレリーヌは私の名を呼び、マティアスとドミニクは素早く私に覆いかぶさる


「ローレリーヌ!カティア!私は大丈夫よ、これは一体!?」


 立ち上がり窓の外を見ると、門壁の外の一部に大きな穴が空いている。

 そして、そこから多くの魔物が街に向かって雪崩れてきた

 俗に言う、魔物の異常発生という奴である。


「よりにもよって、このタイミングで!」


 私は苦虫を噛み潰した。

 ただの異常発生であれば、周囲の魔物の状況で予測がつく。

 しかし、地中の状況までは流石に予測不可能だ。


「ローレリーヌは領主邸に行き、怪我人や避難民の受け入れ準備を!カティアは領民の誘導の指揮お願い、マティアス、ドミニク行くわよ!!」


 私はすかさず周囲の者達に指示を出す。


「マリアンヌ様はローレリーヌとともに領主邸へ!」


 すでに走り出した私に並走しながら、マティアスが下がるように提案したが、首を横に振り否定する。


「明らかに戦力が足りないわ、今遊ばせておく人間は私を含めてないわ」


 正規軍がいない今、ここに残されている戦える人間は少ない。


「しかし、それならばカティアと」


 私が戦えないお嬢様であれば、そうしたであろう。


「適材適所よ、あなたなら意味がわかるでしょマティアス」


 それでも食い下がるマティアスに、反対側を並走するドミニクが会話に割って入る。


「まぁまぁ、マティはちょっと落ち着けって...」


 ドミニクは珍しく真剣な顔でこちらを見る。


「マリアンヌ様、もしもの時は自分の命を最優先してください、それだけは約束してください」


 ブルノともそう約束したしね。


「わかったわ」


 私はドミニクの言葉に頷いた。


「ならいいですよ、マティもわかってるだろう、マリアンヌ様の力が必要だ」


 ドミニクはマティアスの方を見る


「.....必ず自分の命を最優先してください」


 信頼がないのか、マティアスは再度私に釘をさす。


「ええ、もちろんよ、ありがとうマティアス、それにドミニクも」


 私は2人に向かってお礼を述べる。


「じゃあ、行きますか!」


 ドミニクがそう言うと、私たちは魔物を狩るべくお屋敷から街の中へと出た。







「ちょっと、兄さん!どうすんのさこれ!?」


 少年の1人が、兄ことエルハルトに慌てて通信を繋ぐ。


「ユングお前は引き続き教会周辺で待機だ、魔物が教会に入ってこないようにできる限りサポートしてやれ」


 エルハルトは、慌てずユングと呼ばれた少年に指示を出す。


「わ...わかったよ兄さん、兄さんも合流するの?」


 冷静な兄の声を聞いてユングは落ち着きを取り戻す。


「....俺は少し用がある」


 思念疎通を切ったエルハルトは、目の前の女性を襲おうとしてる魔物の首をナイフで落とす。


「あ...ありがとうございます!!」


 助けた女性のお礼の言葉にも振り返らず、続けて街中に侵入してきた魔物達を屠る。

 エルハルトは、先日出会った血気盛んな少女は絶対に戦場に出てくると予測していた。

 そして、彼女を死なせてはいけない、なぜかはわからないがそう思った。

 彼女を助けた後、何度か自問自答したが、彼女を助けた時に感じた感情がなんなのか理解できずにいた。

 先程、関係ない女性を助けてみたが、やはり何も感じなかった。

 だからこそ、戦場に出てくるであろう彼女のことを思えば、彼に静観する選択肢はなかった。


「全く、俺は何をやっているんだ」


 その答えが知りたい、だから彼は彼女にまた会いたいと、そう願い戦場となった街中を駆ける。




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