第77部
第18章 さいごの旅へと向かう人達
さらに数十年の月日が流れた。スタディンたちは宇宙開拓第一世代として有名になり、その後の宇宙開拓の礎を築いた。彼らはそれぞれに子供を授かり、さらに孫も出来た。教授職は定年を迎え、スタディンは60歳となった。しかし、スタディンはまだ果たしていない事があった。
「…そう言えば、今まで宇宙にばかり行っていたけど、少し身近な事もしないといけないね」
「例えば?」
スタディンとイブは、家の居間でテレビを見ながら言った。
「例えば、何で自分達に神の遺伝子が入ったのか」
「…行ってみる?昔の仲間を連れて」
「…そうしようか。なんか言ったら、船を貸してくれそうだし」
そして、スタディンとイブは、孫や息子や娘や友達をおいて、生きて帰ってこれるか分からない旅に出た。
「恐らくこれが最後の旅になると思ってね。もう、こんな年齢だし」
「分かった。手配してみるよ」
「ありがとう。アダム」
「他に誘う人達とかいないの?」
「ああ、結構いるけどね」
「どうしたの、だれか来たの?」
家の奥から、クシャトルが顔をのぞかせながら言った。
「あれ?お兄ちゃん?どうしたの。いまは家にいると思っていたけど…」
「いや、少し気になった事があったから、それを確かめようと思って」
「なに?確かめる内容は」
「なぜ、我々人類に神の遺伝子が入ったのか。そして、他の種族には何故入らなかったのか」
「さあ。それを探しに、また宇宙へ旅立つの?」
「そうだ」
「どうせ、止めたって無駄なんでしょうね」
「来るか?」
スタディンは柔和な笑みを浮かべながら、クシャトルを誘った。
「うん」
まるで小学生のような笑みを浮かべながら答えた。
クシャトルとスタディン以外に来た人達は、クリオン、ネルソン、アテネ、アダム、イブ、シュアン、クォウス、ルイ、瑛久郎、愛華、一郎、菜月、然武、それと、コンティンスタンスさんとピチタスオさんが来た。
船は、アダムが会社の船を一つ貸してくれ、それに乗って行く事になった。
「ひとつ…コンティンスタンスさんに聞きたい事があったんですが」
スタディンが、周りに聞こえないように、魔法をかけた。
「なんじゃ?」
「ずいぶん前に、この宇宙から魔力が漏れていると言われましたよね」
「そうじゃな」
「それはどうなったんですか?」
「ああ、その事をずっと心配していたのか。安心せい。とりあえずの応急措置は完了しておる。あとは、魔力の量じゃな。今や、必要絶対量の過半までは来ておる。残りじゃな…」
「魔力の増幅とか出来ないんですか?」
「それは無理じゃな。じゃが…」
「どうしたのですか?」
「いや、なんでもない。気にするでない」
「はぁ、分かりました」
「スタディン、準備できたぞ。何時でも出発できる」
「ああ、すまないな。アダム」
「どうって事ないよ。これまでも何度もしてきた事なんだから」
「そりゃ言えてるな。よし、発射、3分前だから。発射後は、まず第2惑星と第4惑星に行ってみよう。何かあるかもしれないし」
「そうだね」
全員乗り込み、船は出発した。
「最初に、第2惑星に向かうよ」
アダムが運転をし、クシャトルがアナウンスをしていた。イブとスタディンが、一番前に座り、その後ろには、然武とアテネが隣同士で、ネルソンが1人で一列。クォウスと瑛久郎が隣同士で、ルイと愛華が隣同士で、一列。一郎とシュアンが隣同士で一列。菜月とクリオンが隣同士で一列。一番後ろには、コンティンスタンスさんとピチタスオさんが並んで座っていた。しかし、彼らは仲が悪いようで、途中まで一回も顔を合わせなかった。
2日後、船は第2惑星に到着した。
「よーし。着いたぞ。みんな、降りる準備をしてくれ」
アダムの声で目を覚ましたスタディンは、横でまだ寝ているイブを起こし、降りる準備をし始めた。船は、第2惑星の大気圏を通過し、真っ赤な炎に包まれた。
「この第2惑星には約30億人住んでおり、本惑星系で最も雄大な自然が残されております。衛星は無く、宇宙ステーションも今や、軍用の物を除き全てが民営となりました。現在降り立つ飛行場は、本惑星の全ての宗教関係者が全員集まっている宗教都市「シギアリ」国際飛行場でございます。皆様はそのままの姿勢で、もうしばらくお待ちください」
「クシャトル、上達しているな」
スタディンが意味ありげな深いため息とともに言った。
「教授職を、40台前半で辞めて、そのまま、パイロットになったもんね。そうだったわよね」
イブがそのため息に答えた。
「そうだ。あのままいたらよかったのに…それに、軍も同時に辞めたからな。とても残念がっていた…」
「でも、私達も、もうそろそろ定年でしょう?だから、この旅行もいけたんでしょう?」
「ああ、そうだな。定年旅行とするか」
背骨が音を立てながら、スタディンは伸びをした。
飛行機は着陸し、専用の格納庫に飛行機をとめた。
「ここが、第2惑星か…久し振りに来たな」
一郎がつぶやいた。
「何年ぶりだ?たしか、学会でここに来た記憶はあるが」
スタディンがイブに確認するような目を向けた。
「確か、3年前じゃないかしら。第1惑星で発見された、ポジトロニウムの鉱山に関する事についての発表をしたはずよ」
「そうか、もう3年前になるのか…時間と言うのは…」
「ほら、ぼやっとしていると、おいて行くぞ」
「あ、お兄ちゃん、待ってよ〜」
イブがアダムを追いかけて走り出した。クシャトルはその後ろでゆっくりと歩いている。スタディンはクシャトルに追いつき、併行して歩いた。
「そう言えば、どうなんだ?新しい職場は」
「うん。まあまあ慣れたよ。ただ、もう年だからね。これ以上は難しいかな?」
「ハハハ。そんな言葉を聞くなんてな。思ってもいなかったよ」
すでに、他の人達はアダムを追いかけていた。ただ、彼ら兄妹と、コンティンスタンスさんとピチタスオさんだけは別だった。コンティンスタンスさんとピチタスオさんは、魔法の事に関して話し合っていたようだった。そして、どうやら、ある結論に達したようだった。
「ここが、この町の中心部であるシギアリ市庁だ。この町は、完全に惑星政府から独立して行政を委託されている。ただ、他の防衛、立法、司法は委託はされていない。そして、この町の全てを知っていると言う人が1人もいないが、人ではなく、ある機械がこの町の全てを知っている」
アダムが、この町で一番大きい建物の前の道へ来たときに話し始めた。
「その機械の名前は、「アダム」と「イブ」なんだ。これは、自分達兄妹の名前ではなく、旧約聖書からとったみたいだけどね」
言いながら、アダムは地下街へと歩いていった。
「この町には、横断歩道が存在していないんだ。その代わりに、あちこちにこんな地下道がある。その数はおよそ4万と言われている。今いるのはそのうちの一つなんだ。全ての地下道は独立しており、交互に通行出来ないようになっている。ただし、交差点の所だけは別だけどね」
そうこうしている間に、反対側へ着いた。
「この市庁は高さが約1千mあって、さっきも言ったけど、この惑星で一番高い建造物となっている。自分達が行く機械が置いてあるのは、この建物の一番下の階になるんだ」
3分後、その機械の前に彼らは立っていた。そして、そこには、
「あれ?君達も来たの?」
ジャン・スクーム・イルードがいた。
「なんで、ここにいるんだ?」
ピチタスオさんが噛み付く。
「それは、私の勝手でしょう?」
「まあまあ、二人とも、落ち着いて。それよりもイールド、何でここに?」
「まあ、いいわ。実は自分の体の中にある宗教的に重要な遺伝子について探しているの。ここに来れば、何か分かるかも知れないって思って…」
「そうか。それならば自分達と似たり寄ったりだな」
「え?コンティンスタンスたちも、遺伝子を探しているの?」
「そうだ。どこの文明にも存在していない神の遺伝子と呼ばれるもの。そして、ある組み合わせになると、特殊な力を発揮する遺伝子。誰が付けたか分からないが、そんな意味合いも込めて神の遺伝子と名づけたんだろうな」
「そして、私達にもその遺伝子は継承されている。元々の惑星には失われている。全ての文明の内、どこかに存在しているのだろう。今は無き文明」
「さて、この惑星にもそんな文明は継承されていないみたいだし」
「そうか。と言う事は、自分達も調べてみる必要がある」
コンティンスタンスさんは、自らの手で機械を操作した。そして、手を画面に近づけ黒い光が覆った。数秒後、
「確かにこの惑星の全ての宗教は、その幻の文明に直接的に関する文献は存在していない」
「ね?言ったでしょう?」
「だが、はるかなる過去の民間伝承が残っていた。それを、見落としていたな」
「なっ、そんな事もあるでしょう?人間なんだから」
「人間、か」
イールドさんは、コンティンスタンスさんの発言の内容がよく分かっていないようだった。それは、この場にいる全ての人が同じ反応を示していた。
「そもそも、人間とは何だ?二足歩行をする類人猿の総称か?人間とは…人間とはいったいどんな定義をすればいいのだろうか」
「恐らく、いわゆる神の遺伝子を持つ事を許された、全宇宙で唯一の種族なのでは…」
「そうかもしれないな。イブ」
「それよりもだ、コンティンスタンスよ。そのはるかなる過去の民間伝承とはいったいどんな内容なんだ?」
「この惑星どころか、第3惑星で人類が成立するかどうかと言う状況だった頃、宇宙より、「神の使い」と呼ばれる集団が第3惑星に降り立ち、当時最も成長していた人類に対し特殊な遺伝子を複数の家族に分け与えたと言う伝承だ。そして、この伝承が物語るのは、いずれその集団が再来し、その時、全ての遺伝子を合わせ持つ「完全なる人」が産まれ、その人がこの世界の全てをすべる王となる。そして、その分け与えられた家族はそれぞれに、特殊な能力を身に付けたそうだ。遺伝子は、混じり合い、時に消滅しかかり、時に増幅し合い、紆余曲折を経て、直系家族として残っていたり、或いは、その家族自体が消滅していたりするそうだ。その分け与えられた家族の数は、18組、36人」
「なんかその数字に意味があるんだろうか…」
「今の自分達にそれを知る術は無いよ。我々に出来るのは、その再来の時を待つ事のみ」
「そのときが来るまで、じっとしておけって言うのですか」
「そうとは言わん。スタディン。しかし、その方が賢明だと思うと言っただけだ」
「ならば、私はこの広い宇宙を探しに出かけます。そして、何故遺伝子をいれたのかを問いただしたいと思います」
「そこにはどうやって行くつもりだ?ベル仲間は、大半が死んでしまっているじゃないか」
「アダムが船を1隻貸してくれます。その船を使います。なあ、アダム。いいよな」
「ああ、いいとも。ただし、ちゃんと返してくれよ」
「それは分かってるって」
「そう、また旅立つのね」
イブが、夫の旅の決意を知り、悲しそうな顔をしている。
「君も来るかい?」
スタディンが、イブを旅に誘っている。
「いいの?今までは、私がどれだけお願いしても、駄目だってしか言わなかったじゃない」
「今まではそうだった。でも、これからは違う。もしかしたら自分達は今生の別れになるかも知れない。自分が死ぬときの言葉も今から考えている。もし、自分が宇宙で死んでしまっても、メッセージがこの宇宙を横切り、この惑星まで届けば、遺言状のありかも分かるだろう」
「そこまで決意が固いのね」
「そうだ」
「自分達もいっていいの?」
「ああ、大歓迎だ。でも、それぞれに仕事を与える必要が出てくるから、それだけは覚えといてね」
「分かってるよ、兄さん」
そして、最終的には、この機械の前にいた中で、コンティンスタンス、ピチタスオ、イールド以外の全員が、出発する事になった。