第75部
第17章 再び宇宙の彼方へ
この結婚式から何年も経た、新暦380年1月1日。彼らに、新たなる任務が与えられた。その任務は、極秘裏に行われる事になっていた。スタディンたちは当時、軍から一線を画した宇宙軍関係総合大学校教授となって、軍の事について教えていた。そして、彼らは1月4日に宇宙軍に出頭した。
「君達に来てもらったのは、君達の力が必要になったからだ。今回の件は完全極秘で願いたい」
完全極秘というのは、この話されている人達以外がいる場所では、誰にも話してはいけないと言うものだ。
「分かりました、大臣。そして、どのような内容なのでしょうか」
「うん。君達には、ある物質を探してもらいたい。名前も、特徴も、分かっているが、いまだに発見されておらん物質なんだ」
「その名前は?」
「「ポジトロニウム」と言う物質だ。構成元素、100%ポジトロニウム。特徴、液化ヘリウムよりも低いマイナス271.07度にて、昇華。絶対零度からみて0.04Kほど上の温度で固化。恐らく、3千億atmにて常温で固化。固体の色は青っぽい白色。君達にはそれを探して欲しいのだ。この物質を使うと、これまでのエネルギーよりはるかに効率が上がると思われる。ただ、存在場所が予想不可ときている。長旅になるかも知れないが、出来るか?」
「昔みたいに何年も、経つかもしれませんが、最終的には、必ずやその物質を手にいれましょう。して、どれほど必要なのでしょうか?」
「多いほどいのだが、わずかでもかまわない。最低でも試料として使えるだけ必要だ」
「分かりました。私達がいない間の教授職は誰がするのでしょうか?」
「心配するな。すでに代役は決まっておる」
「分かりました。行きましょう」
「船は、君達が現役時代に乗っていたベルをそのまま使えばいい。乗組員も同じだ」
「分かりました。では、行ってきます」
「無事を祈ってるぞ」
スタディンたちは、再び船に乗り、星の海を飛びまわり、ポジトロニウムという、幻の物質を追い求めはじめた。
1月7日、出航。スタディンたちは、教授職になって以来、初めて宇宙船に乗り込み、宇宙へと出て行った。その時、スタディンとクシャトルの弟と妹である三つ子達も乗り込んでいた。なぜなら、コンティンスタンスさんによって魔力の有無を確かめられた時、それぞれある物質にのみ強い指向を示す事が分かったのだ。それぞれが、次男のクリオンが金属、三男のネルソンが非金属、そして、3人の中で唯一の女子である次女のアテネが、今回の旅の目的であるポジトロニウムだった。しかし、この能力は3人が揃っていないと出来ないらしく、その上、ポジトロニウムに関して、金属でも非金属でも分類できない、第3の種類らしくアテネはそれを感知する事が出来た。
船長室の中には、アテネ、クリオン、ネルソン、スタディンとクシャトルがいた。他の人達は、あちこちの監督に当たっていた。
「これが、宇宙なんだね」
「そうだよ、アテネ。自分達は、これから、この宇宙に出て行くんだよ。まずは…」
扉が開き、シアトスが報告のために部屋に入ってきた。
「船長、これより、特異点を通過します」
「分かった。船内連絡、特異点通過の事を全乗組員に通達」
「了解しました」
シアトスが部屋から出るのをみて、
「さて、宇宙に出るためには、いろいろな速度を使う事になる。その速度の事を…クシャトル、なんて言ったかな?」
「忘れたの?教授にもなって?」
「人間、誰しも忘れるさ」
「まあ、いいわ。まず、惑星から出て、人工衛星となるための速度の事を第1宇宙速度と言うの。この速度の事を、衛星速度や円軌道速度や内速度とも言うわね」
「なんで、円軌道速度や内速度って言うの?」
クリオンが、クシャトルに聞いた。
「それは後で分かるわ。さて、この第1宇宙速度は、第3惑星の場合、地表面上で毎秒7.9km、地表面から約100km地点だと毎秒7.86kmなの。この速度は、さらに速度を上げて、毎秒11.2kmになると、第2宇宙速度と言われる速度になるの。これは、脱出速度とも言われていて、太陽系内を人工惑星として行動する事になるの。この速度は、各高度で第1宇宙速度の√2倍するの…ルートは習ったわよね?」
「うん。ちゃんと習ったよ」
ネルソンが言った。
「そう、ならいいわ。さらに速度を上げると、第3宇宙速度と呼ばれる速度になるの。ここまで早くなると、太陽の重力から逃げ出して、そのまま飛んでいくの。その速度は高度250kmで毎秒約16.5kmになるの。この船の場合、すぐにでも第3宇宙速度を通り越す事が出来るの」
「でも、あまり速さが変らないね」
「それはね。慣性を利用しているの」
「慣性?なんか物理で習ったような…何だったっけな〜」
「おいおい。忘れるなよ。慣性と言うのは…」
その時、瑛久郎が入ってきた。
「船長、エンジンなんですけど、完璧ですね。いつでも、最高巡航速度に持っていけますよ」
「おお、そうか。ああ、ちょっと待ってくれ」
扉から出て行こうとする、瑛久郎を呼びとめた。
「はい、何でしょうか?」
「瑛久郎さ、慣性ってなんだったか、憶えてるか?」
「ええ、憶えていますが、どうしたのですか?」
「すまんが、こいつらに教えてほしいんだ。よろしく頼むよ。自分とクシャトルは、すこし、出かけてくる」
「あ、おい。待て!船長!…行ってしまった」
後ろを振り向くと、キラキラした瞳でこちらを見ている3人の同じような顔をした子がいた。
「えっと…慣性の事だったね」
「はい。そうです」
「慣性というのはね、力が働かない限り、動いている物体は等速直線運動をして、動かない物質はずっと、同じ場所にとどまり続ける、その性質の事だね。でも、なんで突然慣性なんて聞いたんだい?」
「この船が、慣性によって動いているって言っていたから…」
「ああ、そう言う事ね。正確に言うと、この船は慣性で動いているのではなく、別の方法で動いているんだよ」
「どんな方法?」
「そ、それはね…」
ちょうど、シアトスが船長室に入ってきた。
「すいません、船長…って、あれ?船長どこですか?」
「ちょうど良かった、シアトス。すまんが、この船がどうやって動いているかを教えてやってくれないか?」
「え?いいですが?」
「じゃあ、自分は機関室にいるから。船長が帰ってきたら、そう伝えといてくれ」
「はあ、分かりました」
「じゃ、頼んだ」
一瞬で、消え去っていった。
「はや…えっと、そんな場合ではない。この船がどうやって動いているかって?それはね、慣性を利用して、ゆっくりと加速をしているんだよ。でも、その加速は少しずつだから、体には感じないんだ」
「どういう事?」
「まあ、体に感じないほどゆっくりとした加速をし続けて、飛んで行くっていう事だよ」
「ああ、そう言う事…」
(そう言う事って、さっきから同じ事を2回も言っているんだけど。ま、いいか)
「分かったらいいや。で、船長どこ?」
「兄さんなら、どこかへ出ていったよ」
「どこに行ったか分からない?」
またもや、いい感じに船長が帰ってきた。
「ただいま〜」
「あ、船長。特異点通過しましたよ。それと、ポジトロニウム捜索部隊の編成もよろしくお願いしますよ」
「ああ、分かってる。とりあえずは、アテネが示す道に進むしか方法がないんだ。そう言えば、ポジトロニウムの方向って、今分かるか?」
「えっとね、あっちの方向」
指差したのは、さらに奥へ進んで行く特異点だった。
そうして、さらに5階層ぐらい進んで来た時に、アテネが、普通とは違う動きをした。
「…ある…、この階層…ここから、大体…3光年以内にある…、一番近い惑星と…3光年以内の一番遠い惑星…この2つに…目的の物が…」
それだけ言うと、前めりにバタンと倒れてしまった。
「おい、アテネ、大丈夫か?」
「………」
スタディンの問いかけに返事がなかった。
「ベル、フラッシュを指揮室へ呼んでくれ。シアトス、今のこの船の位置を基準として、3光年以内にある、全ての惑星を捜索してくれ。近い方から行くぞ」
「了解!」
「船長、フラッシュが来ました」
コミワギが船長へ言った。
「どうした!?誰か急患か?」
「そう言う事だな。アテネが、急に倒れた。そして、動かすのは危険だと思って、ここへ呼んだんだ」
「ベル、医療助手のイブを呼んでくれ」
「了解」
ベルの声が聞こえてくる。すぐに到着した。
「来ました」
「ああ、瞳孔確認、呼吸確認は済んでいる。いま、患者の様態は安定している。これから医務室へ運ぶから、手伝ってくれ」
「分かりました」
「船長、見つけました。ここから約390万km離れたところにある、標準惑星基準第2級、生命反応があります。いま、その惑星に向かっているところです」
「みんな、この機械を付けてくれ」
「何ですか?この機械は」
「耳に付けてくれ。これで相手も付けていたら、自分達の言葉を自動的に翻訳してくれる。そして、相手の言葉も自動翻訳してくれる機械だ。昔、大佐だったときにソラリアという種族と出会っただろう?あの人達にもらったんだ。その機械を複製して作ったものが、君達に配っているこの機械だ」
「耳に付けるんですよね」
「そう。ただ、相手の文明がすでに停滞している可能性だってあるし、もしかしたら、まだ誰も遭遇した事のない、未知の種族かもしれない。それを覚悟で、来てくれると願う者達の発表をする。ベル、第1級一般放送、これより名前を挙げる者は、今から、30分以内に、降下用3番船前に集合する事。イフニ・クリオン、イフニ・ネルソン、イフニ・アテネ、……………」
放送が終わった。
30分後、特別仕様の降下用3番船、通称「多用途降下船」AI名称「多幸」に全員乗り込んでいた。緩やかな衝撃とともに船外射出された。
「では、これより、今回の任務を言う。船は自動運航で、誰かいそうな場所の近くに着陸するようにプログラムされている。本作戦はポジトロニウムという、物質がある場所を目指す。そして、あわよくば、ここの種族と友好的に邂逅しようと考えているんだ」
「良く分からないんですが…」
「つまり、ポジトロニウムを入手して、運がよければ、ここの種族と仲良くなれればいいなって考えていると言う事だよ」
「そういう事だ。で、アテネ。大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
「よし。では、行こう」
スタディンは、副船長のクシャトルに通信をした。
「こちら、スタディン。クシャトル、どうぞ」
「こちら、クシャトル。大丈夫。とても明瞭に聞こえてるわ」
「了解。では、これより作戦を開始する。何かあったら、連絡を入れる」
「了解。まあ、がんばってね」
「分かってるよ」
船は、大気圏へと突入し、発射時と同じような衝撃と一緒のような感じで、着陸した。
「こちら、スタディン。クシャトル、聞こえるか?」
「ええ、ばっちりよ」
「いま、着陸に成功した。これより、アテネを先頭にして進んでいく」
「分かった。気を付けてね」
「分かったよ。交信終了」
その後、シャトルに取り付けてあるセンサーにより、第3惑星と非常に近似した大気成分であったので、そのままの格好でシャトルの外でへだ。少し息を吸い、左右を見て、
「さて、アテネ。道はどっちだ?」
と、聞いた。
「えっと、こっち」
指差したほうは、まったく開かれた形跡がない、うっそうと茂る森だった。
「こっちだな」
「うん。間違いないよ」
一行は、森の奥深くへと進んでいった。すると、突然開けた空き地へと出た。前には柵と堀があり、レンガと鉄で出来た建物が、あちこちに建っていた。そして、それを取り囲むように、あちこちに見た事がないような色を放っている扉があった。
「ここは?」
突然、こっちに向かって、矢が飛んできた。
素手でつかみ取るスタディン。明らかに、向こう側から、驚きの声が上がる。すると、今度は、いっせいに矢が来た。スタディンは、魔法を使い、空中で矢を受け止め、そのまま送り返した。悲鳴が上がったが、誰も怪我をしているようすはなかった。
「大丈夫か?」
「うん。平気、でも、いったいなんだろう?」
「さあ、なんだか、こっちを試していたような感じを受けたけどな」
柵の向こう側から、こちらを見ている目があった。
「どうする?こっちをみているけど」
「無視しておくのが一番だと思うが?」
しかし扉が開かれ、中は歓迎色であふれていた。
「ようこそ、いらっしゃいました。神々よ」
「へ?神々?」
「皆の衆、みよ!我々をお助けになられる、神が舞い降りられたぞ!」
向こう側の人々は、声を上げ、「勝利!勝利!勝利!」といっていた。
「あなた達は?私達は、ここに降り立ったばかりな上、どの種族か名前を思い出せないので」
「我々は共石族です。これまでも、これからも、ずっと地中の岩石を元にして、育ってきました。私の名前は共石封魂です。ささ、どうぞ中へお入りください。今、我々は共草族と戦争をしておるのです。あなた達は、我々のために降り立ってくださった。我々が勝利をするのです」
「いや、しかし…」
扉を通ってきて、すぐに閉められた。
「少し簡単に説明させてもらいますと、昔、共石族と言う家族と共草族と言う家族がおりました。しかし、神はその家族に仲たがいを起こさせました。その事から4千年間過ぎました。我々は、石切り場まで行くと、新たに出来た家族である共土族達とともに、石を出していました。その時、共草族が我々を襲いました。そして、我々は共土族と我々の共石族が共に、共草族を倒す事にしたのです。しかしながら、共草族の神は非常に強いと聞いております。どうか神よ。我々の御傍について下さい。お願いします!」
「急に言われても困るな。とりあえず、どんな状況かは分かった」
「では…!」
「少し時間をもらいたい。そして、それでどうするかを決めよう」
「分かりました」
「少し離れてくれないか?」
「分かりました」
それだけいうと、一瞬で、数十m離れた。
「これぐらいでよろしいでしょうか」
「ああ、十分だ」
急に小声になり、
「すまんがみんな、耳から機械を外してくれ」
全員が外したのを確認すると、
「よし、さて、ここで一緒に戦うか?」
「しかしながら、内政不干渉の原則という物がありますが…」
「そんなもの聞いた事ないな」
(船長!それはないでしょう!)
「そうですか。しかし、誰でも聞いた事があるはず、なにせ、法律などの条文にはかかれてはいないが、暗黙の了解として、自然成立していったものですから」
「条文に無い以上、聞いていなかったとしても不思議ではない。それに、原則というものには、必ずどこかに例外が出来る。それが今回かもしれない。しかも彼らは、私達が神様だと本気で信じているようだ。それを無下に出来るか?」
「それは…出来ませんね」
「そうだ。出来ない。時には、人間の気持ちも持つのも大事だ。と言う事で、今回はここの神と言う事で、通したいと思う。上の方にもいっておくから、ちょっと待って」
それだけ言うと、スタディンは、クシャトルと、連絡するために、通信機を取り出した。
「クシャトル、聞こえる?」
「うん。聞こえてるよ?どうしたの?」
「ここの種族と遭遇した。そして、彼らは自分達を、神だと信じているようだ」
「どうするの?」
「このまま自分達は神と言う事にする。大丈夫だって、ただ、戦争しかけていて、相手側も神と言われる存在がいるようだ」
「本当に大丈夫?」
「ああ、だから、そのまま周回軌道上で、待機しておいてくれ」
「…了解」
「交信終了」
通信機を片付け、再び機械を耳にいれた。
「さて、話し合いが終わりました」
「で、どうでしたか?」
「君達の力になろう。しかし、私達が協力できないと判断した時は、その場で出て行く」
「分かりました。では、こちらに…」
こうして、彼らは、いまだ誰か分からぬ敵と戦う事になった。