第58部
翌朝、むくりとベットから起き上がると、
「あ、今日か…」
と、つぶやき、下に降りて行った。他の人はみんな寝ていた。
「おはようございます」
「スタディン君、今日は早いわね」
由井さんがスタディンを見て、話しかけてくる。
「昨日早く寝たからだと思います〜」
「ああ、そうそう、今日の新聞に、人事異動が書いてあったわよ。それも、中央省庁全ての。第3面から第10面のうち、宇宙軍は第8面だったと思うわよ」
「ありがとうございます」
上から、足音が聞こえた。
「あれ?スタディン、早いね。今日は」
「達夫さん、おはようございます。昨日は帰ってきて、すぐに寝てしまったから、それで早く起きてしまったと思います」
言いながら、スタディンは、新聞を操作して、第8面を見ていた。
「ああ、自分の名前があった」
「え?スタディン、君、人事異動かい?」
「そう言う事みたいですね。ああ、自分だけでなく、妹もですね。一つよかった事は、同じ場所だったという事ですね。それに、今回移動する場所は、前に、行った事がありますし」
「そうか、それなら、いいんだが」
それから、2時間が経った。
「8時です、8時です。これから、第2シフトです」
町内放送が響いた。みんな、起きていて、人事異動の件を話していた。
「え〜!スタディンとクシャトル、第3銀河へ異動だって?」
「まあ、革命の機運が高まっているという噂もあるからね。その抑止力として…」
「いや、抑止力と言えば、もっと、有効な人達もいるし、なんで、君達なの?」
「さあ、まあ、上のお偉いさんの決定だからね。自分達は従うしかないよ」
「で、いつその辞令は施行されるの?」
「明日だね。だから、明日までには、ここから出発する必要があるみたい」
「そんな、急だな」
「ねえ。遅らせる事は出来ないの?」
「まず、無理だね。この辞令は、連邦内閣で決議されているから。この決定を覆すには、政府自体を相手に訴訟をする必要がある」
「それは、結構厳しいね」
「とりあえず、出発の準備をしておかないといけないな。これからは、向こうで生活する事になるからね」
速やかに準備が整った。あとは、出発するのを待つばかり。
久し振りに、夢を見た。目の前には、皆がいる。
(「おーい」
「あ、スタディンもいたんだ」
「ひどいなその言い方は。自分はずっとここにいたぞ」)
「おお、みんな、そろったみたいじゃな」
声の主は見当たらなかったが、誰かは分かった。
「どこにいるんですか?コンティンスタンスさん」
「ここじゃよ」
横に、喫茶店があった。その店の中に、コンティンスタンスさんはいた。
「そこでしたか」
「まあ、君達も入りたまえ。入り口は、あそこじゃ」
店の看板の下に、入り口があった。
「失礼します」
全員入ると、入り口は融けて無くなった。
「まあ、座りたまえ。ところで、スタディンとクシャトルは、今日、辞令が届いたろう」
「辞令と言うか、新聞の人事異動欄に乗っていただけですがね」
「まあ、よろしい。さて、ずいぶん前に、この宇宙がおかしいと言う話をした事については、覚えている者はおるかな?」
だれも、肯定的な返事をしなかった。
「やはりか、まあ、よろしい。さて、その原因が分かったのじゃ」
「なんだったんですか?」
「この宇宙上から放出されておる、「暗黒エネルギー」じゃ。その暗黒エネルギーは、いかなる観測方法を持っても観測出来ないエネルギーじゃが、我らのような、魔法を使うものにとっては、それをエネルギー源として、使っておるのじゃ」
「つまり、そのエネルギーの流出を防がねば、私達の今の魔法は使えなくなってしまうと?」
「そう言う事じゃな。まあ、どこから漏れているかはすでに分かっておる。この宇宙は、数えるほどの銀河しかないからな。まあ、この際じゃ、魔法の課外授業と致そう。さて、まず、暗黒エネルギーについてじゃが、現代科学によっては、ここまで分かっておる。まあ、これからの話は、少し専門的なのも含まれるが、分からなくなったら、最後にまとめて質問してくれ。わしは話の腰を途中で折られるのが嫌いなんじゃ」
「そう言えば、そんな事いっていましたね」
「それよりも、早く教えてください。どんなものなんですか?」
「そうじゃな。暗黒エネルギーとは、「ダークマター」とも呼ばれ、我々の銀河も含め、全ての銀河とつながっているのじゃ。その空間の事を、「ダークハロー」と呼んでおる。そのダークハローは、この太陽系の太陽を基準と考えると、質量が2兆倍、直径が100万光年にもなるのじゃ。そしてこれらは、星達を今の状態につなぎとめる役割も果たしておると言われておる。なおかつ、星を形成する上でも、重要なんじゃ。そして、我々魔法を使う者にとっては、この暗黒エネルギーは、その魔法そのもののエネルギーとなっておるのじゃ」
「なんか、計り知れない大きさなんですね」
「そのダークマターは、全ての銀河をつなぎとめているといっていましたよね。と言う事は、これ以上、宇宙は大きくならないと言う事ですか?」
「そうとは言っておらん。この暗黒エネルギーは、斥力と言って、反発力を持っておる。なにせ、巨大なエネルギーじゃ。どんなものでも引っ張りたくなるらしいな。まあ、その重要なものが、もれておるのじゃ」
「しかし、どこから漏れているのでしょうか」
「それは、お前達も通ったじゃろう、ワームホールじゃ。あそこは、別宇宙につながっておる通路でな、あの通路は、理論上、すぐに塞がってしまうのじゃ。それをつなぎとめる役割を果たすのが、暗黒エネルギーじゃ」
「つまり、流出を防ぐには」
「ワームホール自体をふさぐ必要があると?」
「ワームホール全てではないがな。他の宇宙とつながっている物を閉じなければいけないと言っておるのじゃ」
「つまり、これまでのように、縮空間が使えなくなると、そう言う事ですね」
「正しく、そう言う事じゃ。そして、それをふさぐのに必要な魔力の総量は、380兆じゃ」
「計り知れない量ですね。えっと、コンティンスタンスさんの魔力は?」
「わしの魔力は、267じゃ。まあ、この前はかってもらったんでな」
「自分達は、クシャトルが、342。スタディンが、365。アダムが、333。イブが、313。シュアンが、298。クォウスが、296。ルイが、289。瑛久郎が、288。愛華が、169。だったから、合わせても、2960ですか」
「後不足分は?」
「正確には、379,999,999,997,040ですね。とてつもない魔力が必要ですよ」
「これで、全ての縮空間に通じるワームホールが閉じるのですか?」
「予想ではな。ああ、あと、協会に記載されている、全ての魔力を足してみたんじゃがな、836,136,135しか無いんじゃな」
「これで残り、379,999,163,860,905ですね」
「間違いなく、足りない」
「さあ、これからどうしようか。とりあえず、自分達は、軍の命令で、ここからはなれた場所に異動になりましたし」
「ほう。それはどこじゃ」
「第3銀河/35腕/第364惑星系軍部総司令部です」
「ああ、あいつのいるところか」
「誰かお知り合いでもいらっしゃるんですか?」
「知り合いって言ったって、昔の友人じゃ」
「だれですか?」
「錦江業家というやつでな、いまは陸軍の将校をしていると言う話じゃったな。まあ、一番最後にあったのは1週間前じゃから、今もやっておるじゃろうな」
「はあ、わかりました。しかし、私は宇宙軍ですし、陸軍と合う機会はあまり無いと思いますが…」
「まあ、そうじゃろうな。それより、もうそろそろ、朝じゃな」
「では、またいずれ会いましょう」
「うむ。今度会う時までには、仮止めでもしておこう」
すっと、意識が遠のいた。
「スタディンとクシャトル〜、もう朝だよ〜。起きないと、遅刻するよ〜」
がばっと起き上がった。
「何だ?ああ、もう!遅刻なんて言う言葉聞くから、飛び起きちゃったよ」
「まあ、そんなに怒らずに、とりあえず、もう朝だから、朝ごはん食べないといけないよ。今日、軍の辞令が発布されるんでしょう」
「ああ、そうだった。もう誰か来ているのか?」
「いや、ああ、来ていると言えばそうだね。まだいるかな…」
「だれが?」
「えっと、磯柿丙洋とか言っていたな…この辺りじゃあまり聞かない名前だね」
「何で早く教えない!」
ばっと、布団から飛び出て、一気に着替える。
「どうしたの、そんなに急いでさ」
「その人は、宇宙軍、陸軍、海軍、空軍を束ねる、四軍統合長だ。自分の直接の上司に当たる人なんだよ!」
「えー!あの人が?」
「そういえば、クシャトルは?」
「もう起きているよ。今日は、いつもと逆だったね」
「ああ、そうだな」
着替え終わり、部屋から出て行って、1階に到着した。
「さわがしいな、クシャトル中将」
その人は、まだいた。
「申し訳ございません。寝坊してしまいまして」
「いや、大丈夫だ。まだ、朝の8時だ。辞令は、12時に施行される。私も異動になっていてね」
「どこに行かれるのですか?」
「君達と偶然にも、同じ場所だよ」
「第3銀河/35腕/第364惑星系軍部総司令官になるのですか」
「いや、一つ、範囲が上だ」
「ということは、35腕全域の総司令官ですか」
「そう言う事だ。まあ、君達と、行き先が同じだからね。こうして一緒に行こうと誘いにきたところだったんだ。君があと少し出てくるのが遅ければ、私は帰っていただろう」
「では、ここで朝食を…」
「ああ、もういただいているよ。ここの奥さんが作る料理は、絶品だな。いや、お世辞じゃなくてね」
「あらあら、そんな、まだまだですよ」
由井さんが、言った。
「いやいや、謙遜なさるな。私が食べた中では間違いなく一番だよ」
そんなこんなで、時間は過ぎていく。
「お、もうそろそろ12時だな」
「そうですね。誰かが来るのですか」
「ああ、一応ここに車を回してもらう事になっている。宇宙軍からのお出迎えだな」
エンジン音が聞こえてきた。この家の前で止まり、ばたんとドアが開いた音が聞こえた。そして、タカタカとこちらに歩いてきて、インターホンが鳴った。
「はいはーい」
パタパタと由井さんが扉に近づき、開ける。直立不動の体制を取っていた。
「イフニ・スタディン中将殿。イフニ・クシャトル中将殿。磯柿丙洋太陽系四軍統合長殿。お迎えに上がりました」
「君の名前は?」
スタディンが聞いた。
「はい。私の名前は、辰野和恵です」
軍服で久し振りに見た女性だった。無論、クシャトルは除くが。肩には大佐の徽章があった。
「きみ、大佐か」
「そうです。実は私もスタディン中将殿と、同じ場所へ異動となりました」
「そうか。じゃあ、同僚だな」
「そういっていただけるとありがたいです。これから、よろしくお願いします」
バッと頭をさげる。
「ああ、そんなに固くならんでいい。もっと、やわらかくなりなさい」
「しかし、尊敬する人の手前、緊張してしまいます」
再び直立不動になった。
「そんなに硬くなると、逆に何も出来なくなるぞ。もっと、やわらかくなりなさい。そうすれば、何でも出来るようになるから」
「はい。そうします。しかし、もうこの年齢では、遅いような気が…」
「大丈夫。はじめた時が、スタートなんだから。場所も時間も回数も関係ない。自分で自分をおしまいにしない限り、本当に遅い事なんてないから」
「そうか、そうですよね。はい。そうします!」
「よし、では行こうか」
「はい。じゃあ、行ってくるから」
「ちゃんと帰っておいでよ」
「それは分かっているよ」
ドアから出て行って、家族に見送られながら、軍用車に乗り、出発した。