第55部
半ば、強制的に乗らされた。ただ、絶対乗らないと明言した愛華とルイは、約24時間後の宇宙エレベータに乗る事にした。
「では、閉めまーす」
がたんと、重い扉が閉められ、鍵が厳重にされた。
「では、落ちまーす」
すっと、体重が無くなった。
「これは?」
ふわふわと浮かんでいる。
「いつも体験している、無重量状態だよ。まあ、この場合は、無重力というべきかも知れないが」
みんな、ふわふわ浮かんでいた。
「どれだけの速さで落ちているの?」
シュアンが言った。
「大体、9.8m/s^2だからね。毎秒、9.8mずつ加速しながら落ちていくんだよ」
アダムが言う。
「何分で、地面に着くの?」
「そうだね。大体、5800km離れているからね。計算して見たら?」
「えっと〜、ややこしいよ」
「だと思った。なあ、スタディン。5800*9.8^nは、何秒で着く?」
「へ?どこまで?」
「衛星ヘシオドスから、地表面までだよ。地表面までが5800km、この箱は、9.8mで、どんどん加速しながら、下へ落ちていく。さて、何秒で着くかな?」
「ああ、そういう事。そうだね。うん。約11836735をルートした数になると思うよ」
「あ、逃げた」
「だって、暗算で、ルートの計算なんて出来ないんだから」
「ここに、電卓があるよ。数さえ言ってくれたら、計算するよ」
「その事を最初に言ってくれよ、イブ」
「数は?」
「11836735だよ」
「えっと、3440.4556だね。それがどうしたの?」
「この箱が、下に落ちて、地表面と衝突するまでの時間」
「え?そんな重要なものなの?」
「3440.4556秒後には、我々は、生きるか死ぬかが決まるのだ。ああ、神よ、我を救い給え」
「ここだけ、神頼みか?アダム」
「しょうがないじゃないか。他にすがるようなのがあるか?」
「ないな。でも、こんな一説を思い出したぞ。高校の図書館で見つけた本に書いてあったんだけど、「私達が唯一恐れなければならないものは、恐れの感情そのものである」っていうやつ」
「それって、誰が、いつしゃべったの?」
「フランクリン・ルーズベルトが、アメリカ大統領の第1期就任演説に話したんだよ。1933年3月4日の事だね」
「フランクリン・ルーズベルトって、あの、アメリカの大統領で、最初で最後の連続4期務めたあの人?それに、色々な伝説があるあの人?」
「そう。その人だよ。今となっては、とても昔の第2次世界大戦時に、大統領をしていて、終戦直前に死んでしまった大統領だよ」
「その人の話を今なんで思い出すかな。それに、恐れを恐れるななんて器用な真似は、自分には、出来ないよ」
「それをしろって言っているんじゃないよ。ただ、それを恐れなくなったときは、はじめて人間は恐れる物は無くなるっていう話」
「死をも恐れるなって言う事になるよね。その話どおりにすると」
「そういう事。つまり、人間は必ず死ぬんだから、今、死を恐れても仕方がないと言う意味も含まれていると思うよ。まあ、1933年から4期務めた事は、史上初だったらしいけどね」
「その後、アメリカ合衆国憲法が修正されて、大統領は2期8年までしか連続して務めれなくなったから、それ以後は絶対に出なかったんだ」
「それよりも、私達、どうやって、ここから出るの?」
「中から鍵が開けれるようになっているらしいんだけどね。問題は、こんな浮かんだ状態で、そこに行く事は不可能に近いという事なんだ」
「あと何秒?」
「えっと、3000秒弱」
「あと、50分間か。それまでどうしようかな」
「これでも着といたら?」
「なにこれ」
「そこに置いてあった服。とりあえず、着とくべきだと思うよ。ほら、全員分あるし」
「そうだね。皆に渡して行ってくれるかな」
「いいよ」
1分後には、みんな着終わっていた。
「この服ってどんな意味があるんだろう」
「さあ。でも、着ておく事に意味があるんじゃないかな」
「気休めでも良いしね」
「さあ、鍵の場所へどうやって行くかだけど、その周りには誰もいないが、壁の近くには人がいる。そこで、誰かが壁をけり、その力を皆で伝えていって、鍵の場所へたどり着くという方法が一番理想的だと思うんだよ」
「その案に賛成。一番壁に近いのは?」
「自分だね」
スタディンが言った。そして、瑛久郎から始まり、アダム、イブ、クォウス、クシャトル、シュアン、スタディン、と言う順番になった。
「では、行くぞ」
足に力をいれ、箱を勢いよくけった。作用反作用の法則により、箱も同時に動く。
「それっ」
瑛久郎が箱をけると、その速度で、アダムの足を押す。同時に箱が同じ速度で動き、スタディンは、箱が近くにくる事を見た。アダムの足を押すと、その運動エネルギーが、アダムを動かし、イブの足を押す。以下、同じようにして、スタディンまできた。スタディンが足を押されると、すぐ近くまで来ていた箱にうまくつかまり、鍵を開ける事が出来た。すぐに、空気が勢いよく外へ出て、同時に、全員、追い出された。
「自分達はどうなるの?」
箱と同じ速度で、下に向かって落ちてゆく。
「この服には、自動的に膨らむ機能がある。と、思う。ここの肩にある紐を強く引っ張るんだ」
「えいっ!」
紐を引っ張ると、背中が割れて、パラシュートが出てきた。一気に加速が止まり、相対的に上に行く。あちこちで、同じようにして出て行っていた。
「これで、安心だね」
「ああ。あとは、ゆっくりと、下に降りるだけだ」
下に降りるには、あと、36kmあった。
10時間かけて、どこかの陸地に到着した。
「ここは、どこだろう」
他の人達も、ほぼ同時にこの陸地に着地していた。
「よし。ここは?」
建物が乱立している、どうやら、どこかの都心のようだ。
「人気が無い、都心のような建物群。そうか、ここは、大阪だ」
「え?どういうこと?なんで、ここが大阪って分かるの?」
「この時代で、放棄されているこんな都心のような場所は、大阪と東京や他の限られた都市だけなんだ。そして、全て日本にある」
「2年前までに、この地域の避難指示は完全に解除されたんだが、大阪だけは、まだ人が入って来れないんだ」
「なんで?」
「この都市は、特殊性があるからだよ」
「どんな?」
「日本と言う国の中で、2番目に大きかった町。そして、この国のちょうど真ん中付近にある町だからだよ。精確には、兵庫県西脇市なんだけどね」
「じゃあ、この町は」
「連邦政府直轄地だ」
どこから出てきたか分からないが、人が一人いた。
「君達は、まねからざる客なんだ。と、いう事で、少し、聞きたい事があるから、こちらに来てもらおうか」
その見知らぬ人についていくと、10分ぐらいで、ある建物に着いた。どうやら、何かの駅みたいだ。
「ここは、元々日本の大動脈、東海道新幹線と山陽新幹線の境目の駅だったんだ。今は、元々の名前すら知られていない、名無しの駅として連邦政府直属の旧日本領整備委員会の事務所が置かれている。まあ、本部は東京にあるし、大阪事務局は、元々大阪の中心にあったんだが、地震があって潰れてしまってね。それでここに移動したんだ。周りに高いビルも無く、地震の揺れにも強そうだからね」
「わたし、この駅の名前知っています」
「え?」
その人は、歩くのをやめて、シュアンの方を向いた。
「それは、本当かね?」
「はい。この駅の名前は、新大阪駅です。たしかに、新幹線の境目として、ありました。ほかにも色々な路線がここを通っていました。ですが、もうそれらは、失われました」
「まあ、当時の事について詳しそうだな。この国に何が起こっていたのか。知る限りを、話してもらいたいところだね」
そうして、駅に入って行った。
「この駅は、2階建てでね。なれるまで、ややこしい構造だったと思ったよ。当時の日本のサラリーマンは、よくこんな駅を苦にも思わずに歩いていたもんだね」
一つの部屋の中へ入って行った。
「ここが、我々の委員会の部屋だ。ようこそ。招かざる客諸君。連邦政府直属旧日本領整備委員会大阪本部へ」
ただ、人が10人ぐらいいただけだった。
「部長〜、だれですか、この人達は」
「彼らは、空から降ってきた。まあ、大方、今流行のヘシオドスからの落下箱に乗ってここに来たんだろうよ。な、そうだろ?」
「ええ。その通りです」
「な、いった通りだろ。あ〜、それでだ、彼らの名前を、書き留めた上で、内々に処理してしまおうと思う。なにせ、彼らは、初犯みたいだし、それに、この町について、詳しい人もいるからね」
「分かりました。では、どこで聞けばいいでしょう」
「そこにある椅子の所でいいだろう」
この部屋の扉側にある壁には、椅子が何十脚もおいてあった。
「こんなにあっても、使わないでしょう」
「今は使わないかもしれないが、昔はこれでも足りなかったと言うふうに聞いているぞ。まあ、それも、一種の伝説みたいなものなんだがな」
「そういえば、ここでは、いつから働いていたんですか?」
「この委員会は、2050年に設立されたんだ。旧日本領へ入ってくる人がいないようにってね。それに、衛星からもこの国全ての領域は写す事は出来ないようにしている。それも、この仕事に一つなんでね。でも、一つ不思議なのは、俺達は、10年前にここに来たんだが、放射能は、一切観測出来なかった事なんだよな」
「それは、この国では、原子力テロが起きなかったことを示唆していますね。どういう事なんだろう」
「ああ、それより、君達の名前は?」
「扉側から順番に、エア・アダムとイブ。丹国シュアン、クォウス。宮野瑛久郎。そして、自分達が、イフニ・スタディンとクシャトル」
最後の名前を聞いたとき、みんな凍りついた。
「え?もう一度、最後の名前を繰り返してくれるかな?」
「イフニ・スタディンと、イフニ・クシャトルです」
「その名前は、3年前に史上最年少で宇宙軍将補になったと言う、本人かい?」
「ええ。そうですが?どうしたんですか?」
「おいおいおい。本人がここに来てくださったよ」
「どうするよ。彼らは一応、法令違反なんだよ」
「しかし、彼らを罰する事は出来ないし…」
「あの〜、自分達は、どうすればいいんでしょうか」
「ああ、もう帰ってもいいよ」
部長と呼ばれた男が、簡単に手を振って言った。
「帰ってもいいよ、って、帰る場所への行き方が無いんですが」
「ああ、それは心配ない。我々のヘリが、外のバス停だったところに置いてある。それに乗って行きなさい」
「ありがとうございます」
「その前に、丹国姉妹にこの町がどんな町だったを聞きたいんだが」
「いいですよ。この大阪は、1889年から市政を開始しました。察しの通り、この町は、西日本最大の町であり、当時の日本の中で、3番目の町でした。この町の中心には、JR環状線が走っており、基本構造となっております。しかし、私鉄も多く、5大私鉄と言う路線がありました。私が、知っている年代には、3つにまで減っていましたが。大きさは22.27km^2、人口は約25万人でした。それが、私が知っている、大阪の全てです」
「そうか、よし、分かった。ありがとう。外のヘリの運転手に行き先を伝えてくれたら、10時間以内に行ける所だったら、どこへでも連れて行ってくれるよ」
「分かりました。では、またどこかでお会いしましょう」
「ああ、そのときを楽しみにしているよ」
委員会の部屋から出て、上についているわずかな光を頼りに、あちこちをさまよった。外へ出れたのは2時間迷子になってからだった。
「よし。これが、彼が言っていたヘリか」
横には、連邦政府のマークが張られていた。反対側にも、同じマークがあった。
「行き先は?」
運転手人が聞いた。
「オーストラリア、宇宙エレベータまで」
「よっしゃあ、捕まっときな。全速力で行ったるからな」
本当に、全速力で行った。
5時間後、宇宙エレベータのたもとのヘリポートに到着した。
「よっしゃあ、ここやな」
「はい。ありがとうございます」
「礼なんて要らん。まあ、気い付けて行きな」
「分かりました。あなたも達者でいてください」
「ハハハ。そんな事言われるのははじめてや」
ヘリは、空高く舞って行き、元の航路を取った。
「自分達も家に急ごう。この家に行って、後々のために、大学に行かないといけないんだから」
「そうだった。忘れていたよ」
彼らは、家へ急いで帰った。