第38部
2分もしないうちに、スーツが看板になっている店があった。
「ここがその店よ」
店の看板には「葉山のスーツ工房・完全オーダーメイドの店」と書いてあった。
店に中へ入ると、カウンターと、人だけしかいなかった。
「いらっしゃい」
「すいません。この子達全員の服を作って欲しいんですけど」
「はいはい。ちょっと待ってね。え〜、8人分かな」
「そうですね。一番早いコースでいいです」
「6時間コースですね。ええ。価格は、身長×13.5GACですね。小数点以下は四捨五入します」
「それでいいです。一人6時間ですか?」
「いやいやいや、皆さんで6時間です」
「では、採寸してください」
「はいはい。では、え〜一人ずつ子の白い丸の上に立ってもらえますかな?」
床には半径25?ぐらいの正円が書かれていた。
「誰でもいいの?」
「ああ、コンピューターで読み込むからね。ただ、順番だけは覚えといてや。わたしゃこんな事は、あまりこの時期に無いんでね」
「大学に入学式もですか?」
「大学の入学式は、一月ぐらい後じゃから、皆まだこんのじゃ」
「そうですか」
話ながら全員を計測し終わった。
「これでおわりじゃ。あとは、どんな布にするかを決めてくだされ。ここにその見本品がある」
カウンターの下から、箱を取り出した。
「どれでもいいですぞ。この店にある布じゃ」
「組み合わせるっていう事?」
「いやいやいや、そうじゃなくて、上のスーツと下のズボンの布は同じじゃ。それに使う布を決めてくれと言うことじゃ」
「私はこの少し黒目の紺色」
「じゃあ、自分は、この黒色ので」
こんな調子で全員決まった。
「では、午後7時に取りに来てくだされ。それまでには出来ているでしょう。お金はそのとき持ってきてくだされば結構」
「では」
皆出て行った。ここの主人は、この部屋の後ろに行った。
家に帰ってきてから、子供達はスタディン達の部屋に集まり、勉強会を開いた。
「もうそろそろ、晩御飯にしましょうか」
下から声が聞こえてきた。
「え?もうそんな時間?一瞬で過ぎ去って行ったな」
「これぞ光陰矢のごとし」
「どういう意味?」
「月日が光のように早く過ぎていくと言う意味の比喩表現だよ」
「へー。受験に出るかな」
「さあ、よく分からないけど」
「それよりも早くご飯を食べに行こうよ」
「そうだね。それが今は優先かな?」
「そうだよ」
「じゃあ、勉強は一回休憩っと」
みんな、勉強をやめて、夕ご飯を食べに下に向かった。
「あれ、他の人達もそろっている」
この家の人達全員がテーブルを囲って座っていた。その中には、愛華も含まれていた。
「なんだ、姉ちゃんかえって来ていたんだ」
「なんだ、とは何よ」
涙顔になってゆく。
「どうしたの?」
「ふられたのよ!」
「昨日家から飛び出した相手に?」
「そうよ!わざわざ彼の家にまでいったら、別の人を作っていたの。それで私、頭に来て、彼の顔を思いっきりひっぱたいたの。それで、彼に、もう別れるって、言ったの」
言葉の間にしゃくり上げている。
「まあ、気を落とさずに、それって初恋の相手?」
「そうよ」
少しずつ落ち着いてきた。
「初恋は破れるってよく言うから、ね」
「そうだよ。また別の人を探せばいいじゃないか」
クシャトルは、愛華をあやしながらスタディンに言った。
「お兄ちゃんは、女心を理解していないね」
「いや、よく分からないが。なんか、心当たりがあるのか?」
「いや、ないよ」
視線を逸らす。
「ふーん」
半信半疑な目。愛華が由井さんに頼んだ。
「お母さん。水、もらえる?」
「ええ、いいわよ」
水道から水を出す。コップにたまる。娘に渡す。
「ふー」
台所からポタリポタリと水滴が落ちる音が聞こえる。
「落ち着いてきた?」
お母さんも椅子に座り、食卓が完成する。
「さあ、ご飯を食べましょうか。今日は、味噌カツとご飯とキャベツ、あと味噌汁よ」
「それと牛乳とビール」
「そうね。子供達は、成長期だからね。大人達は、生活に疲れているからね」
「大変だね。大人になる事って」
「でも誰でも経験する事なんだぞ」
「時々それも経験せずに死ぬ人もいるけどな」
だれかが、皮肉口調で言った。
「あの、クーデターの影響だよ。多分」
達夫さんが言い始める。
「そういえば、あのクーデターって、どうして起きたかが今も分かっていないんだ。あの頃は、とても混乱していたと言ううわさだけが残っている。大島初代連邦大統領から続く大統領が、いなくなった唯一の時間。あの20年間は、恐らく大変な騒ぎだっただろうね」
食べながら話す。
「その頃の文献は、この世界でもごくごくわずかしかないんだ。前、見せてもらった事があるんだがね」
みんな食べ終わり、一人だけ話し続ける。
「そのときの文献は、相当、腐食作用が進んでいてね。防護処理された特別な部屋に置かれていたよ。ただね。その隣には、世界中の昔からある書物も置いてあったけどね。まあ、その書物は、すでに、石油の紙だったからね。今とは違って、100年ぐらいでもろくなってゆく。ただ、その中には、非常に保存状態がいい物もあって、そこには、空から降りてくる人達の話が載っていたんだ。だけど、そこへは今は戻れない。だから確認の方法がないんだ」
電話がなる。由井さんが取りに行く。
「はい、もしもし」
「で、その紙は今もあるの?」
「ああ、まだそこにあるはずだ。動かされていなければ」
「あ、はい。分かりました。今から行きます」
電話を置く。
「何の電話だったの?」
「スーツが出来上がりましたって言う連絡。これから取りに行きます。とりあえずみんな食べ終わったみたいだから、一緒に行って、試着してくれないかな?」
「いいですよ」
みんな立ち上がり、大人達は家に残し、子供達は、スーツをもらいに家を出た。
「ピッタシだよ」
「完璧だね」
「うん。これで大丈夫」
「まあ、大丈夫だね」
「これぐらいがちょうどいいよ」
「これでいいよ」
後の二人はスーツばかり見ていた。
「私の分はもう持ってるから大丈夫」
「では、お代の方を…」
「ああ、いくらですか?」
「ええ、今回は、身長×13.5GACのところを、5名様以上ですので、身長×12GACとさせていただきますので、え〜、13968GACですね」
「じゃあ、これでいいわね」
2万GAC出した。
「十分でございます。お釣りです。6032GACです。お確かめください。またのご来店お待ちしております。どうぞこの店を御贔屓に…」
みんな店から出て行った。片手にはスーツを持って。反対の手には、さまざまな思いをもって。