第23部
飛行場の中は誰もいなくて、静寂が支配していた。電気すらついていないが、道は開けていた。その中を8人が歩く音だけが響いていた。
「こんなに静かなこの空港を見たのははじめて。これまでなかなかここに来れなかったけれど」
「この飛行場っていつ開港したのですか?」
「最初の開港は、2006年ごろだったと思うよ」
物知りな、ルイが話しはじめる。
「そのあと、この関西地方の3つの空港がひとつになって、役割が分かれたんだ。この神戸空港は、10年前に、国際宇宙港として再開港したんだけど、あまり需要が無くて、今は伊丹空港と関西空港が、大体の勢力を分けているかな。でも、この空港は、団体客を主な客層としているからね、なかなか儲かっているみたいだよ」
「へぇー。ルイ君って物知りだね」
クシャトルが感嘆の声を上げる。周りに響き渡る。
「それほどでも無いよ」
顔を赤くして答える。
「こんなに話す子じゃなかったが、君達のおかげで、しっかりと話せるようになったみたいだな。感謝しているよ」
「いえいえ、私達のおかげではなくて、彼自身が変わるきっかけをものにしただけですよ。それよりも、飛行機がどこに置いてあるのでしょうか。少し電話かけますね」
その時、携帯がなった。
(ピッタシだね)
電話に出る。
「もしもし」
「あ、船長ですか?こちらは、シアトスです。なかなか帰られないのでこちらから連絡したところです。船は見つかりましたか?」
音声だけだが、向こう側で笑っている声だった。
「いや、まだだ。こちらから見つからないから連絡をいれようとしていたところだ。それと、この時代の住人6人も同時に連れて行けるか?」
「十分ですよ。一応10人までは入れるように設計されていますから。飛行機は、滑走路に止めてありますよ。それと、後23時間後までに脱出するようにという、通達を受けていますが、何かあったのですか?」
「詳しい事はまた戻ってから話す。以上」
こちらから一方的に切る。
「どこにあるって?」
「滑走路だって」
「ふーん」
滑走路に行くことにした。
(一口に滑走路と言っても、結構長いからな)
滑走路に出て目の前に、矢印が書いてあった。
(もしかして…)
矢印の先を目で追ってゆくと、飛行機があった。船に備え付けられているはずの飛行機だった。しかも一番大きい飛行機。
(これ一機だけで何億かかると思っているんだろうな)
「見つけました。あの飛行機です」
スタディンが指差す。みんながその方向を向いて、いった。
「あれはなんだ?」
たしかに、良く分からない物体だった。見た目は角砂糖をでかくしたように見えるが、その6面全てからエンジンらしきものが突き出ていた。
「あれが私達の船の標準的な、船です。あの手の船は、私の船にしか積まれておりませんが」
「これに乗るのはいいが、どこから乗るんだ?出入り口が無いような感じだが」
「ちゃんとあります。見ておいて下さい」
スタディンとクシャトルは、一緒に近づいていった。そして、同時にある場所に手のひらを置いた。コンピューターの合成音声で、
「照合、イフニ・スタディン、イフニ・クシャトル、暗証コードを」
スタディンが言った。
「暗証コード、MUGENDAI」
クシャトルが続ける。
「暗証コード、KONOYOHA」
「暗証コード確認、出入りを許可します。人数を言って下さい」
「計8人。確認」
「確認中、確認終了。本機、PUDEASRW-9043型は、8名を乗せます。確認を」
「確認中、確認終了。出入り口、開放」
ここまでしてやっと、出入り口が見えた。ちょうど、こちらから見て正面に、スロープ状の足が生えてきた。それが階段になり中が見えてきた。何も無く、ただ機械だけが見えた。
「出入り口開放終了、乗船出来ます」
「了解。皆さんも早く乗ってください。このまま宇宙に行きます。忘れ物があっても、取りに帰れませんから、何かあれば今のうちに。トイレは船にあります」
みんなはすぐに乗り込んだ。再び合成音声が聞こえてきた。
「乗員8名収容完了、確認」
スタディンが答える。
「確認、確認終了、出発準備」
「出発準備に入ります。シートベルト着用。着席、操縦指令」
「着席完了、シートベルト着用完了、操縦司令官、イフニ・スタディン。皆さん準備はいいですね」
みんなは一様に緊張していた。しかし、緊張しながらでも、
「準備完了」
とだけか細い声で言った。ルイでさえ緊張した面持ちであった。
「出発司令官、出発準備確認」
「出発準備確認、確認終了、発射準備」
「発射準備に入ります。発射まで後、30秒…」
「いよいよみんなは宇宙に出ます。この船には重力制御装置が無いので、無重力体験をしていただけますが、10分後くらいにはわが船の重力圏に入ります。それ以降はおそらくそのような体験は、ほとんど出来ません」
「20秒前…」
「皆さん気持ちは落ち着きましたか?発射の際は8Gほどかかりますが、出来るだけ減らすようにします」
「15秒前…」
「その間、この地球を見れるようにしましょう。忘れ物はありませんよね」
言いながら自分の持ち物の確認をするスタディン。
(HDある、他の忘れ物なし!)
「10秒前、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0!」
「発射!」
スタディンが叫ぶ。勢いよく白煙を上げながら、船はどんどんスピードを上げてゆく。
「現在重力、3.5G」
冷静に合成音声が聞こえる。
「〜〜〜〜!」
声にならない声で、何か言おうとしている、
(これが発射の瞬間か、素晴らしいじゃないか!)
いきなり重力が消えた。みんな首がガクンとなった。
「イテッ」
少し痛かった。
「ここはどこ?」
「地球の周回軌道上だよ」
「発射確認、確認終了。これよりAIに移ります」
その間に、横側に窓が出来た。
「これが、地球」
言葉を失うほど美しかった。体が浮いたような感じがした。実際に体が浮いた。
「シートベルト外してもいいですよ」
別の合成音声が聞こえてきた。
「では、出発司令官、私は権限委譲を要請します」
「権限委譲を許可する。なお、この権限は我々を私の船に送るときまでとし、送り届けた後は私の方に権限を委譲する」
「了解しました。では、後10分から30分までにつきます。それまで無重力体験をお楽しみください。なお、眼下に広がるのが地球です。このまま、地球を下に見つつ、本船は移動してゆきます。移動時には音楽などをかけますか?」
「なんでもいいよ」
「分かりました。では、静かにお楽しみください」
ゆっくりと船が動くのが分かる。無重力下で、体がふわふわ浮きながら、ゆっくりと下を見てみる。ゆったりとした音楽がかかってくる。地球が見える。今まで見た事がないほど美しい地球だ。
(昔はこんなにきれいだった。しかし、今は、大気汚染が激しくなり、赤潮が多発する。さらには全ての氷がとけ去り、海水の塩分濃度すら変わってしまった。このときに戻れるすべがあるのだろうか)
「曲名は、美しき青きドナウ」
曲がかかった後に曲紹介をする人工知能。
(そんな名前の曲か。いろいろあったんだな。これまで)
地球を見ながら自分がおぼえている事を思い返しているスタディン。横では、クシャトルが、ある実験をしていた。どこから見つけたか水を使って、無重力中だとどのような事になるかを、3人に見せているのだった。
「ほら、よく見といてね。さーん、にー、い−ち、それ!」
無重力中に投げ出された水は表面張力によって丸くなる。
「わー」
歓声が上がる。
「実際に見たのははじめて。すごい!すごい!!」
興奮しきりのシュアン。他の二人はとても冷静に事実を受け止めていた。
「表面張力だよね。こんな風に丸くなるのは。そうだったよね」
「そうだよ。よく勉強しているね。どこで習ったの?」
「小学校で。今は変わっちゃったけれど、昔はそんな感じだったの。だから、今のルイたちに聞いても、習っていないの」
「へー。でもどうして変わったの?」
「連邦政府がね、ゆとり教育だとかいって、休みが増えたのはいいけれど、勉強時間が減って、先生達は大変そうだったよ」
「私達のときにはそんな事はなかったな。連邦政府自体が出来たときなんて分からなかったんだし」
「なにかあったの?」
すでに、二人だけの会話になっている。周りの人は、ただ聞いているだけだった。
「いろいろあったんだよ」
再び合成音声が聞こえた。
「まもなくベルの重力圏内に入ります。椅子に座ってください」
椅子に座りながら、ルイがスタディンに聞いてきた。
「ベルって、誰?」
「ベルは、自分の船のAIの名前だよ。本名は長いから略を指名してきたんだ。だからみんなはそれで呼び合っている。自分の略称はただ、スタディンとか、船長だけだね」
「ふーん」
自分の興味が無くなったから、ゆっくりと近づいてくる船の方を見ていた。
「ねえ、あの船が近づいてくるの?それとも自分達が近づいて行っているの?」
「向こう側見れば自分たちが動いて見えるだろう。実際に、両方とも動いているけど、自分達の方が早いんだよ」
「へー」
体が重くなり始めた。
「まもなくベル内に入ります。少し揺れるかもしれません」
実際は一切揺れを感じなかった。
「お帰りなさい。船長」
いろいろな人が来ていた。その中には、大島良行も含まれていた。
「どうでした。下の感じは。私は医療品を買いにいったぐらいで、よく堪能できなかったんですが」
「とりあえず、みんな歓迎ありがとう。まず、ホールの方に行こう。紹介したい人達もいるし」
みんな波となり、進んでいった。
30分後、船はベルに動かせておき、全員はホールに集まった。
「静粛に!とりあえず、みんなあの地震の中よく帰ってこれたと思う。この船の乗組員の欠員は無しだ」
拍手が起こる。
「それで、この時代の住人を、6人この船に乗せる事になった。みんなから向かって、右から順番に、丹国シュアン、日本人とのハーフ。
丹国クォウス、同じくハーフ。丹国ルイ、同じくハーフ。丹国ウィオウス、この子達のお父さん。アメリカ人。丹国紗希、この子達のお母さん。日本人。そして、山川満、丹国紗希さんの叔父にあたる人だ」
一人ずつ紹介されるたびにお辞儀をしてゆく。そのたびに拍手が大きくなる。拍手が終わるのを待ってから、
「この6人が新たにこの船に乗る事になる。では、元の世界に向けて、出発だ?」
こうして、ベルと、独自で行動をしていたらしい、カンルーガンの船は、別の時間へ行く事になった。元の時間が目標だ。