第21部
新暦364年の地球は、次々と侵略されていた。しかし、その一方でこちらも相手を侵略していった。
「大統領、すでにこの銀河系のうち3割が敵の手に落ちました。しかしながら、こちらも相手の全領土のうち2割を占領しました。これからどういたしますか?」
「まず、敵の首脳部をたたく必要がある。敵の首脳部の星を集中的にたたくんだ。そしたら、首脳を人質にし、自分達が有利な形で、終戦を向かえよう」
(すでに、この戦争は1年が過ぎた。あいつらはいったいこの宇宙のどこにいるんだか)
「分かりました。では今すぐ伝えましょう」
議会の権限は戦争中と言う事で、限りなく無かった。特別立法が立てられ、大統領と内閣が全ての権限を掌握していた。
(この戦争をとめられるのは、あの兄妹だけ。早く帰ってきてくれ)
兄妹は、大統領と目が合った。
「元気そうだね。それが何よりだよ」
「大統領。何故ここに?」
「それは、この兄妹が、この星の人間じゃないからだよ。彼らは我々が接触した初の異星人だよ」
子供達は、大統領に会えた事で、何もいえないし、おじさんは、兄妹が地球外生命体と知らされて、ショックを受けているようだった。
「彼らが、この星の人間じゃない?」
「そうだ。何か問題が?」
「いいえ、何もありません」
「そうか、それなら…」
大統領はこれ以上何も言う事が出来なかった。なぜなら、
「大統領って、この辺りの出身って本当?」
「大統領になる前は、大学で教授をしていたって本当?」
「ちょっちょ、ちょっと待て、ちょっと待て。質問は一人一回の一個ずついってくれ。そうじゃないと何も答えられなくなる」
「じゃあ私から」
そういったのはやはりシュアンだった。
「大統領の出身地ってこの辺りだと聞いたんだけど本当?」
「ああ、その通りだよ。自分の生まれは、この大都会から1時間以内で行ける場所にあるよ」
「次は私」
静かに手を挙げるようにして言ったのは、クォウスだった。
「大統領になる前はすぐ近くの大学の教授をしていたって本当?」
「ああ、そうだよ。ただ、正確に言うと、自分がしていたのは教授じゃなくて、准教授の見習いだったけれどね」
「最後は僕だね」
何も無い場所で静かに音をたてるような感じの、声で話したのは、ルイだった。
「大統領になった理由って何ですか?」
一人だけ敬語を使っていた。
「ああ、それはね。今使われている連邦憲法は、自分が草案を書き上げたんだ。それで、自分も政治の道にはいる事を決意したんだ。そういうことでいいかな?」
「ええ、ありがとうございました」
お辞儀をして、元の位置に戻っていった。
「あの」
シュアンがつぶやいた。
「もし良かったらサイン欲しいんだけど、いいかな?」
「ああ、喜んでしよう。どれに書いたらいいかな?」
「これにして」
出された紙に、何もいわずに、名前を書く大統領。
「これでいいのかな?」
「うん。ありがとう」
「とにかく、兄妹よ、元気そうで何よりだよ。今回の地震は突然起こったものだが、それでも生き残れるほうが重要だからね。では、私はこれで」
大統領は廊下を歩いてどこかへ消えた。
「どこへ行くか、聞きそびれちゃった…」
誰かが残念そうにつぶやく。
「でも、あの人はあの人で忙しいんじゃないのかな?」
別の人が答える。
「それよりも、もうすぐ湯が沸くから、みんな中ヘ入れ」
おじさんの一言はとても強かった。みんなは、中へ入っていった。
カップラーメンはとてもおいしかった。
「これは、開発当時の味のままなんですよね」
「ああ、だが、他にもいろいろな味が出ている。この混乱が終わったら、いちど、全部食べてみたらどうだ?」
「ありがたくそうさせていただきます。ところで、今何時ですか?」
「いまは、午後1時ぐらいだろう。ここは、太陽が見えなくなるから嫌なんだよ。それよりも今、テレビでは各地の災害情報流しているからそれを見たらどうだ?この星の国営放送の東京支部の人が話しているぞ」
みんなは、テレビの方に向いて、その情報を聞いた。
「……余震は収まってきましたが、これから、48時間以内は、大阪市内でも震度5弱以上の揺れを観測する場合があります。皆さんは、安全な場所へ避難するか、政府の特別公共施設へ避難して下さい。次に、各地の津波の情報です。地震発生時より、10分後には、和歌山県、高知県、及び震源に近い地域で、引き潮又は満ち潮が観測されました。午後12時現在の情報です。和歌山県御坊市で7m、同県和歌山市で6m、潮岬で10m、高知県足摺岬から南国市まで5mから7m、各地の津波警報及び津波注意報についてです。和歌山県、三重県、高知県、大分県太平洋岸、宮崎県、伊豆諸島に警報が発令されています。いますぐ、海岸から避難してください。各地の震度です。和歌山県南部、三重県南部、震度7、…………」
ずっと、ニュースキャスターは、緊張した面持ちで放送していた。他のチャンネルを回しても、同じ事ばかりやっていた。「本日、…時ごろ、近畿地方を中心とした…」「各地の震度は…」「…!」といった具合である。
「これから、自分達どうなるのでしょう」
「今上には出れない。ちょうど津波の第1波が来たところだからね。後3日間は最低でもここにいる必要があるな。おそらく、誰かが水門を閉め忘れたのか、それとも、地震のせいで、閉められなくなっていたか、どちらかだろうな」
「3日間…、長いですね」
「そうでも無いぞ。もっと揺れが激しかったところに行くと、5年ぐらい仮設住宅にいる事にもなる。それに比べると、3日間は短いぞ」
「そうですね」
などという話のさなかも多少の余震があったらしいが、この建物には伝わらなかった。
そのうちに、再びお腹が空いてきた。おじさんは、昼寝をすると言って、布団を敷いて寝てしまった。スタディンは、
「今、何時ですか?」
と、言った。誰も答えない。振り向くと兄妹以外はみんな寝ていた。仕方が無いので、テレビをつけ、時刻を確認した。午後4時だった。
(そういえば、上の世界はどうしているだろうな)
そう考えて、音量を小さめにして、テレビを見た。あちこちのテレビで同じ事をしていると考えて、ついたままにしていた。案の定、地震のニュースをしていた。
「…大阪市内で半壊・全壊した住宅は、約1万棟、全ての地域で、約50万棟と推測されています。つぎに、海外の情報です。ハワイ津波予想センターによりますと、全世界で今回の地震による津波の被害報告は、全体で、約300万棟に登っているとの事です。津波の高さが最も高い地域で、約30mに達したとの情報もありますが、情報が錯綜しており、はっきりした事は分からないとの事です。連邦政府はこの地震について、特別援助隊を派遣する事を閣議決定しました。明日以降、各地方国家よりこの地震の被災地へ、援助隊が派遣されます。さらに、アジア大陸/東アジア地域/北地方政府は、旧日本国領の被災地に対して、連邦軍を災害派遣する事を決定しており、すでに、第1陣が到着して、復興援助を進めています。この地震について、地震火山庁長官、葉山良朗氏は、記者会見を開き、本地震を、東海地震と断定しました。現在でも続く余震は今後の東京直下地震及び東南海地震についての関連性が不明として、何も語りませんでした」
そこまで言って、横から紙が出てきた。
「今入った情報です。旧自衛隊伊丹駐屯地から、災害派遣として、第3師団が派遣される事になりました。現在、準備が出来次第、派遣される見通しです」
「すぐ近くに、そんな軍事施設があったんだね」
「軍じゃないぞ」
兄妹は突然の後ろからの声に驚いて振り向いた。いつもあまり話さない子が座っていた。
「自衛隊は、軍じゃなかったんだよ」
どうやら落ち着いてきたようだ。
「なぜ、軍じゃないの?」
「今の連邦憲法では、軍だけど、この国の憲法だった、日本国憲法の第2章に軍は持たないと書いてあるんだよ」
「どんな内容か分かるかな?」
「学校で覚えたから全文暗唱できるよ。第2章はね、
第9条 戦争放棄、軍備及び交戦権の否認
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
って、書いてあるんだよ。だから、軍は無いんだよ。だから、自衛隊は軍じゃなかったんだよ」
「そうか、そんな憲法を持つ国ってあるんだな。自分達の星にも軍がいるし、他の星にも良く似た組織はあるが、このように、その国の最高法規である憲法に明文化する国もあったんだね」
「その通り」
いつの間にか起きていた、おじさんが話し始めた。
「この日本国憲法はな、元々あった明治憲法の改正手続きによって、改正された憲法なんだ。ただ、その裏にはいろいろなうわさがあるが、今となっては、その時の人は誰も残っていない。そもそも、戦前生まれの人がほとんどいない。明治憲法は、正式には大日本国帝国憲法と呼ばれていて、主権が天皇と呼ばれる存在にあった。元々は神様だっていう話だからね。それよりも、質問の明文化だが、この星にもいろいろある。コスタリカ憲法など、日本国憲法以外にも常設の軍を持たないと書いてある憲法は、いろいろあるんだ。だから、日本のみのようにかかれるのは、間違いなんだ。日本が経済的にも復興できたのは、この憲法のおかげだろうと考えてられているけどね」
「それほど重要な憲法だったのに、なぜその第2章が無くなってしまったのでしょう」
「無くなってはいないよ。ただ、文章が違うだけ」
「どんな文章?教えてくれる?」
「いいよ、現在の連邦憲法第12章には、こう書いてあるんだ。第59条-6
本憲法下にある限りは、政府の交戦権を認めない。
第59条-6-1
ただし、国に有事が発生した場合は、交戦しなければならない状況時にのみ、交戦権を認める。
って、書いてあるんだよ。それに、
第59条-9
一切の軍備は、憲法改定の手続きと同様の手法によって、最終的には解体する。
第59条-9-1
解体された軍備は全て、公安関係の機関に全て移譲される。
とかかれているんだ。だからいずれは軍は警察とかに吸収される事になる。だけど、それがいつになるかが分からないけどね」
「そう言えば、他の憲法はいろいろと改正されているみたいだけど、日本国憲法の改正回数って何回だったの?」
「結局、1回も改憲しないまま連邦憲法になったの。だから、日本国憲法の改正回数は0回」
「一回も改正しないまま、日本国憲法は無くなったというわけ?」
「そういう事。だから日本国憲法は貴重なんだよ。これからもずっと長くこの憲法を言い伝えてゆく必要があるんだよ」
「そうか…」
ぼそっと、一言だけ言って、何か考えはじめた。
新暦365年目、地球は孤立した。他との惑星系とのつながりを完全に絶たれ、敵戦艦が周りを取り囲み、あちこちにレーザーを照射している。地球連邦宇宙軍は、陸・海・空各軍と連携して、完全な電磁バリアを張った。
(とにかく、攻撃を最小限にすることが必要だ)
大統領は別の人になっていた。
「葉山大統領、とにかく、この状況を打破する必要があります。何か策はあるのでしょうか」
「運と、神の力だな」
「神の力?どなたか神を知っているのですか?」
「ああ、2年前に、別の時空へ向かっていなくなった船があるだろう?」
「はい。そのまま消息不明になった」
「その人達の関係者の力を借りる必要がありそうだ。今すぐここに呼んでくれ。急いでな」
「分かりました。すぐに」
(この前の大統領も呼んでいたな。それに、あの人達は全員王族保護省の管轄下に入っている。調べる必要がありそうだな)
彼は、呼びに行く途中の道で、ある場所へ電話をかけた。
夜が来た。地震が起こってから、はじめての夜。すでにみんなは眠っている。兄妹はまた、夢を見た。この前の続きだった。