第20部
避難所に行くための道は、結構たくさん埋まっていた。
「人がたくさんいますね」
「さすがにな。この地域一帯には、地震時避難命令が、発令されているからな」
「そうなんですか」
おじさんと話しているスタディンと、他の子供達と話しているクシャトル。あまり離れずに歩いていった。
「え?学校の勉強が分からない?」
「そうなの。特に理科が分からなくて…」
「大丈夫。避難所についたら、教えてあげる」
「え?いいの?」
「うん。いいよ。私が分かる範囲なら、何でも教えれるからね」
「わーい。ありがとう。じゃあ、早速だけど、この宇宙って、どこまで広がっているの?それに…」
「一回につき一つの質問をしてね。一回でいっぱい言われたら、分からなくなるから」
「うん、分かった」
「この宇宙はね、大体140億光年ぐらいあるんだよ」
「へぇ〜。広いんだね。でも、いまいち実感が無いけれど…」
「みんなそうだよ。このぐらい広いと、私なんてこの宇宙に対して何が出来るのか分からないようになるんだ」
「ふーん。そうなんだ」
みんなはなれた様子で歩き続ける。兄妹も歩き続ける。みんなはひとつの場所を目指して歩き続ける。時々まだ揺れる地面にも負けず、ひたすら歩く。
(水族館はまた今度だな。まあ、この時に来れたらの話しだけれど)
スタディンは考えた。
(それよりも、避難所までどれだけ歩くんだろう。かれこれ10分ぐらいは歩いているが、道が続いているだけではないか!)
「すいませんが、どこに避難所があるのでしょうか?」
「目の前だよ。お前には見えないのか?」
おじさんが話す。スタディンは、目の前の道を目が痛くなるほど見たが、まったく分からない。
「どこにあるのですか?」
「目の前だよ。もうじき着くから」
「え?」
目の前には、きれいな銀杏並木が続いている。左右には、10階ぐらいのビルが続いていた。避難所になりそうな建物は見当たらない。
「どこですか?目の前と言われても…」
その時、横のとあるビルの下に向かう階段のひとつに、みんなが入っていっていた。
「あそこですか?」
「そうだ。この町の中で最も安全な場所。もしも上で核爆発が起こっても、振動すら感じさせないような設計になっている」
「すごい場所ですね。こんな大都市の下にそんな場所があるなんて…」
話しながらみんなはその場所に入っていった。
その建物の中は、銀行の金庫のような扉があり、そこを通り抜けると、下が見えないほどの長さの階段があった。みんなはいろいろ話しながら降りていっている。何万人という人の声がこの階段がある空洞に響き渡る。
「どれだけ深いのですか?」
「大体、30mぐらいだな。そこに、一家族につきひとつの部屋が貸される事になっている。地震避難命令のときはタダだ。だが、そこに住む人達もおってな、この時ばかりは、その人達は廊下の奥においやる。そうしないと、他の人達が入れなくなってしまうからな」
みんなが降りながら話をしている。
「そうですか。とにかくここをひたすら降りてゆけばいいのですね?」
「そうだ」
そう言って、黙々と降りはじめた。
「違うって、だから、星と星の間は何光年も開いているの」
スタディンは、話さない代わりに、他の子供達の会話に耳を澄ますことにした。クシャトルが、説明をしている。
「大体、すぐ隣の恒星まで、約4光年もかかるし、こんな星に良く住めるね」
ムッとした表情で、シュアンが言った。
「ここの星を他の星と一緒にしないでほしいな。この星には他の星に無い自然があるんだから」
「例えば?」
下の方から光がほのかに見えるぐらいのころまで来たとき、再び余震が来た。みんなは手すりをいっせいに掴む。兄妹は一瞬遅れ、スタディンは間に合ったが、クシャトルは、手すりに掴む暇が無かった。代わりに掴んだのは、
「ちょっ!なにするの!」
シュアンは、突然抱きつかれたことに対して怒っているようだ。さらに、その抱きついたところが胸の部分だったと言う事も、怒りを起こさせるのには十分すぎるものらしい。
「だって〜、掴む暇が無かったんだもん。しょうがないじゃん。まだこの星の地震とかいうのに慣れていないんだもん」
「慣れの問題以前じゃないの?やっぱり、運動神経弱いんじゃないの?」
「大丈夫!自分の同級生の中では、結構上のほうだから」
「なにが?」
「50m走」
そして、揺れはゆっくり収まった。
「行くぞ!後20mぐらいだ!」
他の人達も歩きはじめた。上の方から、雫がたれてきたのはその時だった。
「つめてっ!」
スタディンはほほにその水滴が当たった。
「もう来たのか…。みんな津波に備えろ!これから来るぞ!」
足元の階段が、急にスロープになり、滑りやすくなった。
「うお!」
一気にスピードが増しながら滑ってゆく。今までの苦労はなんだったのかと疑いたくなるほど、いともたやすく一番下に到着した。
「走れ!津波が来る!」
おじさんの一声でみんなが走り始めた。
「皆さんとにかく中へ入ってください!」
係員の人が大声で怒鳴っている。雫はすでに雨のようになっていた。まだ小雨であった。
「あなたの部屋は、326号室です。急いで行って下さい」
後ろから、塩っぽい水がわずかに足元をなめ始めた。係員の指示により、慌てて、避難場所の中に入った。
「急がないと、後が大変だぞ」
徐々に量を増してくる水から避難所を守るために、何重にもなる密閉性の足元からせり出てくる壁を飛び越えて、部屋へと向かった。
常に走る事を余儀なくされていた。ようやく到達した326号室は、2階下がった場所にあった。部屋に入ると、玄関は洋風の玄関だが、15畳の畳敷きのリビングと、キッチン、それに、トイレと風呂場があった。リビングには、10人分の布団が置いてあり、1つの卓袱台を囲むように、10個の座布団がおいてあった。コーナーには、28型ワイドの液晶テレビが1台だけ置いてあった。壁はベージュ色のみで、何も味気が無かった。その壁にはひとつだけアナログ時計がかかっていたが、電池切れか、動いていなかった。
「とにかくここが我らの住処になる。自分達はこれから、配給を受け取りに行ってくる。その間みんなはおとなしくしているように」
「はーい」
子供達は嫌そうな声だが、元気良く声を出して返事をした。ドアが閉まり、足音が遠のいていった。みんなは卓袱台を囲んで、いろいろ取りとめの無い話をしていた。時々おとずれる余震のときは、卓袱台の下に隠れやり過ごしていた。その時不意に誰かのお腹が鳴った。
「だれ?お腹が空いている人」
みんな自分じゃないと言う顔をしながら見合わせている。見計らっていたかのごとく、扉が開き、おじさんが言った。
「配給もって来たぞ。今日のご飯は、カップ麺だ。二人はこんなもの食べた事があるか?」
おじさんの手には白い袋がいくつもぶら下がっており、それを全て卓袱台の上に置いた。そして無造作にひとつの袋に手をいれ、カップ麺を取り出して言った。
「君達の星にはこんなものはないだろう?お湯をいれて、何分か待つとすぐに食べれる。こんなものがこの場所には10万人が2週間持つぐらいの量が備蓄されているからね。まずは、食べてみるか?」
答えを聞かずに、周りのビニールをはがし、すぐにお湯を沸かしに行く。
「いつもこうなの?」
小声でクシャトルがルイに尋ねた。
「そうです。いつもこんな調子です」
ルイも小声で返した。
「さあ、後は湯が沸くのを待つだけだぞ。それはそうと、みんな、どの種類が食べたい?」
再び卓袱台の上に置かれたものに注意を向ける。兄妹以外はあまり興味がなさそうだ。
「どれでもいいですよ」
その時、扉をたたく音が鳴った。繰り返したたく。
「はい。今出ますよ」
おじさんが、扉を開ける。黒いスーツ姿の男が数人と、見覚えがある普通の服を来た人が一人。普通の服の人が入ってきた。
「やあ、二人とも元気そうで何よりだよ」
大統領だった。