クライン 2
目を開ける。意識が徐々に回復していく。それと同時に四肢の感覚も確認する。手・・・動く。足も・・・ついている。落下の衝撃で即死していても何らおかしくはない。むしろ五体満足でいられているこの状況のほうがおかしい。
・・・と普通ならそう思う。けどこの世界では違う。『不思議』が起こって当たり前なのだ。
―――気付けばあの階段に立っていた。あそこに立つ前の記憶は一切失われており、目の前には永遠とも思えるほどに長く続くガラスの緩やかな階段。
その時に存在した困惑、恐怖、懐疑、絶望・・・負の感情がすべて拭い去られるほどに続いたあの階段。
私の感情は麻痺してしまったのだろうか。でも、ただ一つ。生きていることには安堵した。
仰向けに転がっている少女は空に向かって手を伸ばす。生きている。手を伸ばしそれを目視できるこの状況だけが、彼女が生きていると確信できる事柄であった。
「あれ?」
おかしい、さっきまでいた場所は空も地面も・・・というより上も下もどこを向いても真っ白だった。なのに今はどうだ。
空が青い・・・。
普通であることなのだが、この世界の常識ではない。白から青に変化したのだ。それだけじゃない。青い空に白い雲が浮かんでいる。ゆっくりだが着実に流れていく。
ヒミネは寝伏せている身体の上半身を起き上がらせ、今一度周囲を確認する。相も変わらず白一色のガラスのような質感の地面だが、空には色が取り戻されていた。そしてもう一つ変化がある。
木があるのだ。形は歪で、まるで幼稚園児が描いたような木がそのまま具現化したモノ。さらに形容するなら、木という四角い積み木に、葉っぱという三角の積み木を乗せたような、簡素で、雑然とした木だ。
「へんなの」
木は周囲にいくつも生えている。無とも言える白い地面、出来そこないな木、ほぼ完成された空。この相反する3つのコントラストに統一性なんてなく、ただただ異様な雰囲気を出している。
「・・・どうしよっかな」
さっきまでは、一本筋であった階段を登っていた。前にしか進めなかったからその方向へと歩を進めていたが、今は360°全方位に進める。
その事実が逆にヒミネを困らせていた。どこに進めばいいのかわからない。
とにかくどの方向でもいいから進んでみよう。そう思いヒミネは歩を進める。無限に広がるこの広い空間を歩き続ける。
―――――そこに終わりなんて見えなくて
―――――そこに終わりなんて無いように
ゴールの見えない道をひたすら歩き続ける。いつまで歩けばいいのだろう。歩き始めて恐らくまだ数分しか経っていない。それでも、先に続く永遠を考えるだけで気分が苦しくなってきた。
ガンッ
「いたっ!」
突然何かに頭をぶつける。しかし何にぶつかったのか分からない。目の前には何も写らず、広がる空間が続いてるのみだ。恐る恐る手を伸ばしてみると、空間だと思った先には壁がある。無限の空間を標した壁が周囲を囲んでいる状況だったのだ。
そして、その壁沿いに背景と交わらぬ形で浮き出る不自然な扉を見つけた。扉は外縁とドアノブだけが真っ黒に染められていて、それ以外は景色に溶け込むような透明の色をしていた。
行く当てもないヒミネは、そのドアノブに手を伸ばし、重い扉をゆっくりと開けた。