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出会い

 必死に涙を堪える。泣いてたまるか、と唇を噛みしめる。薄汚れた鞄を下げ、活気のない商店街を通る。


 私が高校に入ってから数か月が経った。全く知らない地で新しい友達を作り、時には毒づいたり、時にはエロいことを言ったりして、他愛もない会話に花を咲かせたり、勉学に励み、部活にのめりこみ、バイトに勤しむ。もしかしたら恋なんかして、大人の階段を一段登ったり…などというのは私の妄想で、入学してから一週間経たずして私の残りの高校生活は、お先真っ暗であることが確定した。


 全く知らない地で三十人ほどの真赤な他人に包囲され、毎日毒づかれ、毎日エロすぎることをされ、恐喝に花を咲かされ、他にやることも無さすぎて勉学に励みすぎており、担任に無理矢理入れさせられたマグロ同好会に、仮にもJKである私が、のめりこめるわけもなく、バイトは校則で禁止され、ろくでもない男によって選択する権利を失った私は、強制的に恋をすることをすっとばされ、大人の階段をすでに二百段は登らせていただいた。


 それがどれほどの地獄なのかは言うまでもない。


 今日は革靴を奪われた。片方だけなのは、彼女達なりの優しさなどではないことは分かりきったことだった。時折すれ違う人達の目線が痛い。炎天下に晒され、熱せられた鉄板のように熱くなったアスファルトに直に触れるたびに、私の身体は熱くなる。


 必死に噛みしめた唇もボロボロになり、溜まった涙が、今まさに溢れ出ようとしたその瞬間だった。



 前方のジジイが空を自由に飛んでった。



 あまりにも衝撃的過ぎて、溜まっていた涙は一瞬の内に涸れはて、目を大きく見開き、口を半開きにし、道路の熱を感じるのも忘れ、立ちすくみ、その光景を茫然と眺めていた。


 周りには人はいなかった。それを見ていたのは私一人だけだった。ジジイと私。活気を無くした商店街で空を自由に飛ぶジジイと、それを見るJKという奇妙な光景がそこにはあった。


 前方のジジイは突然空を飛んだ。濃い緑色のポロシャツに、黒の長ズボン。頭はハゲ散らかしており、どこにでもいそうなジジイだった。手を羽ばたかせることも無く、空中を歩くように突然空を飛んだ。前方のジジイは私の頭上を自由に飛び回っている。ほぼ直立不動のまま、逆立ちをするかのように、頭を下にしたり、空中で側転したりと、意味もなくアクロバチックな事をしてみせた。


 数分間、私は何を思うわけでも無く、その光景に見惚れていた。ジジイの勢いは止まることを知らず、尚も私の頭上を飛び回った。しかし、流石にずっと見てれば、その異様な光景も慣れてくるもので、私は徐々に我を取り戻してきた。途中でチョコレイトディスコを踊り始めた時には再び我を忘れそうになったが…


 すると遠くの方から鳩の集団が、こちらに向かって飛んできた。鳩の速度は思ってたより凄まじく、ジジイはあっという間に、その集団に呑まれた。


 私はどうしたらいいか分からず、辺りを右往左往していた。鳩の集団は揉みくちゃになっており、ジジイの姿が見受けられなかった。まさか死んだか?鞄を、或いは革靴でも投げつけてやった方が良いのか、と考えていると、突然鳩が四方八方に飛んでった。そして空中には異様なオーラと、鳩の糞にまみれ異臭を放つジジイ一人が立っていた。


 それを見た私は何故か笑みを漏らしていた。すると飛んでいった鳩が再びジジイの元へ飛んできた。しかし今度は、ジジイの周りをグルグルと飛び回った。ジジイは動じることなく立ち続けていた。そして、そのままジジイは鳩と共に飛び立っていった。夕陽に向かって…


 ジジイが飛び立ってからも、しばらく私は空を眺めていた。それから視線を下すと、目の前には一足のクロックスが落ちていた。拾い上げると、そこには達筆で『勇気』と書かれていた。


 私はしばらく、それを舐め回すように見た後、そっと地面に置き、それを履いた。私が盗られたのは右だったのに対し、そのクロックスは左だった。少し歩きづらかったが、大して気にすることも無く、私は自宅へと向かった。


 クロックスの生暖かい感覚が、私の身体を包んでいった。


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