第三話 セレスティナ・エルローゼ
前回のあらすじ。
腹減ってなんか馬鹿にされた。
俺はあの女の後を追い掛けようとしたが、少しだけ待った。気づかれてまたあーだこーだ言われんのは面倒だしだるい。そもそも、付き合ってやる必要性もない。とにかく飯だ飯。飯が食えりゃあなんでもいい。
「……そろそろ良いか」
俺は女の走っていった方向へ歩み始めた。ほぼ確実に人が住んでいる場所があると踏んだからだ。……この後で女が巧みにコース変更してたら終わりだが……その可能性は低いだろう。何故ならば慌てていたからだ。一直線に帰るのが普通だろう。……たぶん。……やっと、飯が食える……!
俺の足取りはこれまでよりも、物凄い軽かった。口からはよだれが出てる。……思えば12時間以上飯抜きかぁ。日本じゃあまり見かけねぇな。間食とか摂ってたし、そう考えると元の世界はラクだったなぁ……ま、刺激が無さすぎてつまらないけど。
そんな事を考えつつ、俺はまっすぐ前へと進んでいく。
進んで10分ほどした時に、やっと見つけた……。
「おお……! 村だなぁ! これ!」
思わず大声を出してしまった。凄いな……多分、魔物避けみたいなので、村を囲っているであろう柵があったり、明らかに木造建築っぽいのが十数件かそれ以上あった。
「よし、入るか!」
待ったなしだぜ! そう考え、 俺は入り口を探し、村へと入った……とその瞬間。
「止まれぇッ!」
こちらを引き止める声が真ん前から聞こえ、そちらに向く。……目の前には、村人であろう人々がずらっと並んでいる。しかもご丁寧に看板まで持ってる。だが、読めねぇんだよコノヤローッ! と心の奥底で毒づきながらも黙っていた。
「人間が! ワシらの土地を踏み荒らすか!!」
先頭の偉そうな老人がそう言った。それに少し呆気を取られて俺は戸惑ってしまった。
「……は? 意味不明だしお前らも人間だろ?」
ふざけてんな……人間の癖に悪魔みたいなコスプレしやがって。
頭には角、ケツには尻尾っていうな。ふっつーそんなのつけるか? しかも村人全員揃って。……そういや、さっき会った女もつけてた気がするな。
「ワシらを貴様ら下劣な連中と一緒にするでない!!」
そう老人が言ったと思うと、周りからそうだそうだと言葉の援護射撃を撃ってきやがる。うっせぇなぁ……人間は人間だろ? 少しだけイラッと来たものの、平静を保つ……。
「じゃあ聞くけどさ……アンタらはなんなんだよッ!!」
……ハズだったのだが、声に力が入りすぎてるな……クソ……イライラしてくる。空腹と、理不尽な発言に対して。心無しか自分は相手に対して睨みを効かせている気がする。
「ワシらは誇り高き魔人じゃこのうつけ者がぁ!!」
「人がついてる時点で人間なんだよボケぇッ!!」
……異世界来てまでなんで喧嘩してんだ俺。ただ普通に異世界ライフを楽しみてぇだけなのによ……! 理不尽過ぎんだろ! 初めから変な場所来るわ、腹は減るわ、罵られるわ……!
「……ッ! ワシらを愚弄するか? 人間の分際でッ!!」
「人間、人間うっせぇなッ! 意思疏通出来る時点で同類なんだよハゲッ!!」
「ぐむ……!」
俺の言葉に老人が口をつぐんだ。ぐむ…だってよぐむ。くく……やべ、おもしれぇ。相手の揚げ足とか取るの、結構楽しいな!
「ハッ!なんだ?言い返せないのか?」
「ぐむむむ…!」
「そうだよなぁ? 正論だもんなぁ? 人間も魔人も見た目はほぼ同じだもんなぁ?」
あ、やべぇ、これはクソ楽しい。皮肉とか言うのめっちゃ楽しい。論破めっちゃ楽しい。このままコイツいじめてぇわ。そうすりゃあ、ストレスくらい発散するし、腹が減ってることも忘れられる。
「ええい! 黙れ黙れ黙れ黙れッ!! 兵士たちよ!」
「おいおいおい! 言葉で勝てねぇからって暴力かよ? 頭イッてんじゃねーの?」
と、挑発をかける。このまま、言葉の争いをしていたいからだ。いやー……だって素早さは自信あるけど、ダメージ与えられる自信ねぇーもん。だから兵士を封じるつもりで、老人に挑発をかけた。
「構わん! 引っ捕らえろ!!」
「え、あっちょっ……」
ロープがどこからともなく投げられ、見事に俺が縛られる。
「……」
予想外の対応。ただの馬鹿な老人じゃなかった……これは……あれしかないな……。
「じょ、冗談ですってぇ! 旦那ぁ! 言葉のあやってヤツでっせぇ!」
媚びた。
「牢にぶちこんでおけぃ!!」
効果なし。
「話聞けよクソジジィッ!」
調子に乗りすぎたか。ま、いいか……。どのみち歓迎ムードでは無かったからなぁ……とりあえず飯を食いたい。牢屋くらい行けば、飯くらいはくれるだろ。俺は兵士のような奴等に連行され、この村の地下へと連れていかれた。
「そこに入ってろッ!人間がァッ!」
牢屋に連れてこられた。質素でジメジメしてて暗くて居心地が悪い。牢屋ってこんな感じなのか。俺は牢の中に乱雑に入れられ、倒される。その後に、兵士の野郎が唾をこちらに吐きかけてきて、縛られながらも回避を行った。
「ちょ、おま……! 唾はきたねぇよ!」
クソォ……唾吐きやがって……つか、意外と自由の身にさせてくれんのな。牢屋って。ただな、ロープ外してくんねぇかなぁ……。
そんな事を思いつつ、飯はまだかとねだってみる。
「飯まだぁー?」
牢屋なのにこんなこと言ってるのは世界で俺だけだろう。だってお腹すいてんだもんなぁ……。ま、こねぇもんは仕方ねぇ。別のこと考えるか……。
……そういえばステータスって――
メイ モトシマ
いや、出さなくてよかったんだけども……ま、いいか。
メイ モトシマ
レベル1
最大HP100
最大MP100
攻撃力10
防御力8
魔法攻撃力6
魔法防御力10
素早さ100
……経験値欄はいいや。数値がヤバイのは分かったから。もう少し下の欄に何か……。称号、パッシブ、スキル、魔法……ってのがあるんだな。スキルと魔法は別なのか。なんか攻撃する際とかの付与効果とかがスキルで、なんか詠唱するのが魔法か? えーっと……あれ?
パッシブってもしかして、レベル1でもステータスは上げられんじゃね? お、希望が見えてきた。ふと外を見ると、ここが牢屋であるという絶望が蘇る。見なきゃあ良かった。おもむろに、称号を見てみる。
異世界人を獲得!
レベルアップ時のステータス上昇値が上がる。
持久走を獲得!
素早さ+5
……異世界人はわかる。持久走って称号じゃねぇよ。……細かいことはいいか。いい……のか? てか異世界人の奴クッソ役に立たねぇ……レベルアップもクソもねぇよ。
次はパッシブを開く。
レベルアップ時、ステータス上昇値+1
素早さ+5
……称号で獲得したものがパッシブに表記されるのか。多分、武器スキルとかでも獲得出来そうだなぁ……そっか! 武器か! それでなら俺も強くなれるんじゃね?
そういえば素早さが105になってる。素早さ運だけはいいのな。次はスキルを開く。
スキルはありません。
少し期待したのにな。じゃあ次だ。魔法。
魔法を覚えていません。
ねぇのかよ。
俺TUEEEE終わったじゃねーか。
……はぁ……なんてこった……しかも称号をてに入れて上昇するパラメータが微々たる物だ。こんなんじゃ、生き残れねぇよ。まずここから出てぇなぁ……そう思いながら、俺は牢屋の天井をボーッと見てた。つうかまず腹が減ってんだって……。
「何……してるんですか?」
「うわっほぃ!?」
なっ……俺の牢屋の目の前には、さっき追いかけた女がいた。その女はなんか不審なものを見ているような顔をしている。
「……ビックリさせんなよ……心臓にわりぃだろ……」
「え、別に脅かしたつもりじゃあ……」
不審そうな顔をしてか? と聞きたい所だけども、まずはこの質問。
「つか、アンタ……俺と話せるのか? 俺は『人間』なんだぜ?」
わざと嫌味っぽく言ってみる。……この人間という単語には魔力が込められているのだろうか? 見るからに女の顔が青ざめた。
「つ、捕まってる人間なら……恐るるに足りません」
「あっそ……」
要するに面を拝みに来たわけね。……その時、グゥゥッという音が俺の腹から鳴った。……腹の虫は空気を読まないのか。それにため息をついついてしまう。
「はぁ……」
「お腹……空いているんですか?」
「……さっき食べ物恵んでって頼んだぞ」
半ば半目になりながら呆れてこの女に言う。
「……?」
コイツ……! 聞こえてなかったのか……!? ……はぁ……結果は同じだろうし、さっさとどっか行ってくんねぇかなぁ……。
「もういい……」
「あの、何か食べます――」
呆れた瞬間、そんな言葉が聞こえて俺は飛びついた。
「まじか!? まじでか!? お兄さん嬉しい!」
やっべ! 超嬉しい! 食えるもんならなんでも食いたいからな! 一日、飯を我慢するのがこんなに辛いとは思わなかったんだ……!
「えっ? へっ?」
予想外の俺の反応に女が戸惑っている気がする。
「お願いだ! 頼む! 何でもいいから食わせてくれ!」
ぴったり九十度になるように心がけて、精一杯お辞儀をして懇願する。なりふり構わずとはこのことだな。
「は……はぁ……わ、分かりました……」
とととっと女は外へと出ていった。その姿を横目に見ながら、冷静さを取り戻していく。……何やってんだ俺……。馬鹿か?
「……どうせ…嘘だろ」
小声で呟く。人がどんなに懇願しても、駄目な時は駄目……少なくともそれを俺は知っている。荒んだ、汚れた、過去。信頼してたヤツが、裏切った苦しい過去。
「どうせ人間はそういう生き物だ。人の弱味に漬け込み、そして、握りつぶす」
慣れてるけどな。もう……。
「はぁ……腹……減ったなぁ……」
それを最後に俺の視界は閉ざされた……。
しばらくしての事だ。俺は、普段なら聞き取れないような物音を耳にした。
「……て……さい……」
……物音……じゃねぇや。小さい……声だ……ん……揺さぶられてるのか……? 誰かが起こしてくれようとしてるのか……?
「……って……た……!」
なんだ……聞き取れん? 俺はゆっくりと重いまぶたを持ち上げる。すると俺の隣に、焦りの表現を見せた銀髪の少女がいた。
「良かった! 起きましたか!」
何か……湯気みたいなのが立ち上がってる……てか……なんでここにいんだ……?
「……アンタ……どうして……?」
俺は、いい意味で期待を裏切られた事に、納得せずに聞いてしまう。その言葉に相手は申し訳なさそうに言ってくる。
「ごめんなさい……遅くなって。作るのに時間かかっちゃいました」
少女の手には、スープのような物がある。……夢でも見てるのか? 食いもんなんかあるハズねぇのに。
「料理、あまりしたことなくて……その……美味しくなかったら、ごめんなさい」
匂いを嗅ぐ。いい……匂い。暖かい、食べ物の、匂い。俺はそのスープのようなものを手にとろうとするも、両手が塞がれているのに気づいてガッカリする。
「……ロープで食えねぇー……」
食うことがままならない。くそッ!! 目の前に飯があんのに!! 俺はまるで獣のようにもがいている。……と思う。少しだけ、自分の感覚が麻痺しているような気がする。
「あっ……そうですね……お口を開けてください」
そんな俺を見て、何か気づいたような表情をした少女がそう言ってくる。その瞬間、ゾッと寒気がした。口を開けてくださいって……何入れるつもりだ? 高校の頃、食わされた虫の事……思い出しちまった……。
「……う……おう」
……過去の情景と、俺の腹……余裕で俺の腹減りが勝り、言われるがまま、口を開ける。これで口の中に刃物をぶっ刺されて死ぬ可能性もあった。それはなくとも、精神に響く物を食わされそうになる可能性だってあった。だけどな……もう耐えれねー。食えねぇなら死んでも構わなかったからだ。たかが一日の断食でと思うかもしれない。だが、無性にお腹が空いたのだ。何か入れたい……もう無理なんだ……目を閉じた。殺すなら殺せよ……。
……口に入れられたのは、刃物でも、ましてや虫でもなかった。
「あっ……ふ!」
「ご、ごめんなさい! 少し冷ました方が……」
熱くてそんでもって、塩っからい。けど……今まで食ったなかで一番美味くて……一番、暖かい……味。そっか……普段の飯ってこんな旨いもんなのか……。
「正直に言うと、塩っからいな」
「む……」
俺の言葉に膨れっ面をする少女……その姿を見て、本当に俺のために作ってくれたんだということが分かった。
「でも……うめぇ…」
俺の……涙腺が刺激されてた。旨いだけじゃない。嬉しかった。分からないけれど、俺の為に料理を作ってくれたのが何よりも。目から一筋の雫が垂れる。これ以上は流さないと、俺は堪える。男なんだから、泣くな……。
「喜んで貰えて、良かったです」
少女は安心したように笑いながら、俺に言う。その姿を見て、少しだけ不思議な感じがする。分からないなんか……昔は知ってたような、優しい感じ……っていうのか?
「もっと食べて下さいね」
少女は相変わらず笑みを浮かべながら、俺に言ってくる。……てか食べさせて貰うのってカッコ悪いな……。
「……本当は、自分で食いたいがなぁ……」
食べさせて貰えるだけでありがたいが、自分のペースでやはり食いたかった。その後、スープを完食して腹が少し満たされたのを感じた。腹がいっぱいとは言えない。でも、幸せを感じた。
「…その……えっとな……」
スープを食い終わった俺は俯いた。その……俺は……お礼が言うのが苦手だ。でも言わなきゃならない。空腹のところ、飯をいただいて……それで礼が言えねぇとか男が廃る。
「ありがと……な」
あー!! クソッ! なんか照れ臭いな!
「……どういたしまして!」
そんなお礼にも相手は満面の笑みで言ってくる。腹に食いもん入れたから、ちょっと状況を整理してみるか……。……てかなんで隣にいるんだ? コイツが。って思って見てみると、牢屋の扉が開いている。
「……なんで牢屋に入れてんだ? ここの鍵は?」
「ここにありますよ? いつも彼処に掛かってますから」
ジャラジャラと鍵束を持った少女がそう言って指さす方向は、牢屋の入り口付近にある壁だ。あそこに鍵が掛かってる……ねぇ……。もしかしたら、コイツを出し抜いて……いや、そんなのやったら流石に腐ってるな。
「へぇ……」
相槌を俺が打つと、途端に沈黙が訪れる。俺も少女も、少しだけ気まずい感じになったとき、少女の方から話を切り出した。
「明日も来ますね」
「お!? まじでか!?」
これで食料問題は解決したのかもしれない。命は繋いだ……少女に繋げて貰った。純粋に嬉しいし、感謝をしたい。恥ずかしいからお礼は言えねぇけど……。
「ふふ、また」
「お……おう!」
……少女は鍵を閉め、外へと出ていった。その後ろ姿を横目に見て、俺は冷静さを取り戻す。
「……いや、何期待してんだ?」
忘れてはいけない。上げて落とすパティーン。いつも、それをやられて引き篭もってったんだろ……だけど……まぁ……、
「……そんときは……そんときか……」
情けねぇ……あんな女に俺の命が掛かっているとか。はぁ……。
何故だか俺は称号に目がいく。何もしてないと少し不安になる。
疑心暗鬼を獲得!
全ステータス+5
空腹野郎を獲得!
HP+5
うぉっ!?
全ステータスって……レアじゃね?
メイ モトシマ
レベル1
最大HP110
最大MP105
攻撃力15
防御力13
魔法攻撃力11
魔法防御力15
素早さ110
よし、よし! これなら、強くなれるな! 攻撃も防御も上げることが出来そうだ! 食事を摂ったからか向上心も復活した。前向きな心も芽生えた。確かに、レベルアップは大変だ。だが、他の方法を模索し、強くなればいい。俺は、生き残ってやる…! そして、この世界を見て回るんだ! クソみたいな地球って星とは違って、こっちではいい事の一つや二つ、あるに違いねぇ! 新たな決意を固めて俺は牢屋で一晩を過ごした……。初めての夜は、少しだけ希望に満ち溢れていた。
「ふぁ……」
寝転がってたか……元の体勢になるの、面倒だな。よっこいしょっと……面倒に思いながらも、俺は体勢を立てる。朝……かぁ……? ちっと明るいし。ん? 誰かの…足音…か。誰だ…? 飯か? 飯。
「ククク……人間よ。どうだ? 牢屋に入った気分は?」
あっ……お前か。少しだけ明るくなっちまったじゃねぇかよ。……ま、適当にあしらっておこう。
「んー……特に悪い気分ではないが? アンタみたいにな」
嫌味言われても俺はもう傷つかねぇけど、言い返す。それに不満の表情を見せた。忙しいヤツだな。笑って不満になって。
「まぁ、貴様は死ぬまでこの牢に入っていて貰うがな」
「おいおいおい、嫌味言うだけの為にここに来たのかよ? やっぱ頭おかしいってアンタ」
もともと分かってた事だけども確信した。出ていこうとした老人は、ピタリと止まる。うわ、止まるな止まるな、出てけ出てけ。……まぁ折角止まったんなら、なんか質問すっか。
「俺を閉じ込めて利益があるとは思えねぇけど?」
まじでこれ。閉じ込めてどうすんだって。
「クク……人間を一人始末出来る。それが利益だが?」
……なんの宗教入ってんの? そんなんで利益になるなんて、変なんだな。
「ふぅーん……変な考え方だな」
まったく……腹はまだ大丈夫だからイライラはしてない。昨日はめっちゃくちゃ腹減っててイライラしてたんだな。
「辛い辛い……餓死を味わうがいい……人間ッ! ククク……クハハハッ!!」
「……」
俺は黙る。何言ってももう止まんねぇと思ったからな。あんな大人になりたくねぇなぁと思いながら、老人の後ろを見ていた。高笑いしながら去っていったな。……どうでもいいけど。
「飯まだかなー……」
老人の事なんかを秒で忘れて、来ない飯を少し期待してる俺だった。
……で、
「朝ごはん持ってきました」
「おおお!?」
少女のそんな声が聞こえて、俺のテンションが高まる。
まじか!? 持ってきてくれたのか!
「朝はパンだけですけど……」
「持ってきてくれるだけで助かる!」
女は、鍵束を手に取り、鍵を開けて牢屋に入ってくる。……よく考えると本来はあり得ない光景なんだよな。少女が持ってきたパンを頬張り、味を噛み締める。……味っ気のないパンで結構固いが、噛めば噛むほどに味がしみだしてく。……こんな状況じゃ、なに食っても旨いんだな。
「旨かった……悪いな」
パンを全て食べ終わり、少女に向かって言う。やはりお礼が言えないのだが……。
「そうですか!? 良かった……」
少女は、本当に嬉しそうにして、喜んでいる。……もしかして、俺の為にまた……?
「もしかして、このパンも……」
「初めて作りました!」
「ほー……」
まじで作ったのか。パンなんか作り方知らねぇけど、ちゃんと出来てたぞ。料理の才が皆無な俺からしたら、羨ましいな。つか才とか関係なしに料理作ったらダークマターになる現象はなんなんだよ。
「あの……えっと……」
「ん?」
相手が、なんかモジモジしてるな……。何か言いたいのか?
「……また、来ますね」
「ちょっと待った」
少女が何も言わなかったので、俺が呼び止める。相手から何かを聞き出したいな。脱獄はまだ先にしたい。そもそも、命がまだあるのは彼女に飯を貰ったからだし……名前くらい聞いておきたい。
「アンタ、名前は……?」
俺は、少女の名前を尋ねてみる。少女はその事に驚いているようで、目を見開いている。
「私の名前……ですか?」
「ああ、大丈夫だ。あの老人にゃあ言わねぇから」
そんなことしたら男が廃るな。ただでさえ、恩を受けているんだから、それを仇で返すような事はなるべくしたくない。
「セレスティナ・エルローゼ……」
「お、おう」
なげぇ……めっちゃなげぇ……それに、自分がやっぱ異世界にいるんだろうなって実感が少しだけ湧く。……まー、こんな長い名前で呼ぶのも不便だし、適当に短縮すっか。
「じゃあ、セレスな。……それともティナか?」
「よ、呼び方なんて……な、なんでもいいですよ?」
「じゃあティナで。呼びやすいし」
ぼっちになる前に戻ったみたいだなぁ……昔はこういう友達……あだ名で呼んだりする友達とかもいたっけか。これまでの事を見るに悪いヤツじゃ、無さそうだ。
「……そういえば、なんでティナは俺に、飯をくれるんだ? 俺は人間なんだろ?」
初めこそ逃げ出していったハズなのに、何故相手が俺を助けたのかが疑問になった。老人にとっては、俺を苦しめたいハズなのに、なんでコイツだけ違反してるんだろうな。
「だって……お腹が空くのは……とても辛いことですから……」
俯きながら、相手はそう言ってくる。顔は見ることが出来なかったが、なんでだか同情されてるように思えた。……きっと甘いんだろうな……この世界ではそんな考え……。
「……優しいのか、甘いのか……」
俺が独り言のようにして呟くと、相手が聞いていたようで、口を開いてくる。
「甘い……ですか? ……そうなのかもしれませんね……」
……でも、ここの世界じゃ異端なヤツの俺が今生きてるのも、こうして腹が膨れてるのも全部、コイツのおかげなんだよな。
「……その甘さで生かされてんだよなぁ……俺って」
皮肉なもんだよな……俺は甘さを棄てた。優しさを棄てた。信頼できた人を棄てた。つまり……人を信じることさえ棄てた。こんな世界に来てさえも、まだ信じられずにいる……いや、いた……。
「……それにこんなに助けられたら、信じるしか……ねぇよなぁ」
「……っへ? 何をです?」
「いや……こっちの話」
裏切る裏切らないはいいんだ。これは俺が責任を持って信じるだけだ。裏切られても俺が悪い。それに、そうなっても俺は傷つきゃしねぇよ。過去のこと……全部水には流せはしないだろうけれど、ちっとだけ、やり直してみよう……かな……。
「……えっと……そういえば貴方の名前は……?」
「ん? あ、言ってなかったか?」
「はい」
「本し……メイ モトシマ」
……英語みたいに、自分の名前が前に来るならと、そう言ってみる。英語とか苦手だが、それだけは覚えておいて良かったのかもしれない。
「メイさん……」
「……おう」
間違えられることは無かったし……久し振りに名前を呼ばれたな。こうして名前を呼ばれるのは一年ぶりか? ……てかそうだよなぁ……そんくらい人と接してねぇもんなぁ。
「……メイさんは……いえ、人間はなんで他の種族を奴隷にするんですか?」
いきなりの質問だった。ちょっと考えてみると、多分、この世界での人間という種族の事を言っているのだろう。やっぱり人間っていう種族だと俺は思われてるんだな。その質問が俺に分かるわけもない。
「知らねぇし、そんなの興味ねぇ」
ハッキリ言ってやった。……まぁ、確かに奴隷は便利なんだろうけどな。買う気はない。……つか、金がねぇ。
「興味が……?」
「人道はねぇけど、単純に奴隷は興味ねぇ」
「……なんで魔人が奴隷になんか……」
相手は俯きながら、歯を食いしばっているような気がする。質問の答えなんか分からねぇし、推測だけで話を進めてみる。
「ま、逆らえないからだろうけどな。便利なんだろうよ」
その言葉を聞いて、相手が顔をあげて俺を泣きそうな目で見てくる。
「なんで魔人を……!」
「知らねぇって」
そんな顔で言われても分からんもんは分からねぇって……。
「なんで……」
か細い声になり、またも徐々に俯いていく。……きっと優しいのだろう。それとも偽善者気取りか……?
「……」
情勢が分からん。大方、魔人と人間は対立関係なんだろう。んで、魔人は人間の国じゃ奴隷にされたり地位が低かったりするんだろう。
「話、変えね?俺がついていけん」
「……そう……ですね……」
相手は元気が無さそうに見えたが気にしても仕方ないか。……よし、ここは俺が聞きたい事を聞こう。
「単純な興味で聞く。ティナ。アンタのレベルとステータスを聞きたい」
俺のステータスが、本当は高いのか低いのか……どんなもんかを知りたかったのだ。
「えっと……レベルは……」
……いや、本当に教えるのもどうかと思うが。つうかなんで、本当に教えてくれたんだ? ……ま、それは置いておくか。ティナのステータスはこんな所だ。
セレスティナ・エルローゼ
レベル 8
HP79
MP32
攻撃力16
防御力24
魔法攻撃力24
魔法防御力16
素早さ32
良かった……俺のステータスはやっぱでけぇな。ただ、必要経験値が膨大なだけか。……膨大の度を越えてるがな。
「なんでステータスを……?」
「ん……いや、気になっただけだ。っと、最後に次のレベルまでの数値は?」
「えっ……なんで……」
相手が戸惑っているので、ハッとする。別に無理強いしても仕方ないんだ。
「あ、嫌なら言わなくていいぞ?」
俺がそう言うと、相手は首を横に振る。
「いえ、大丈夫です。次までは1289……ですね」
「……」
その言葉を聞いて、俺はレベルを一生上げれねぇ気がする。
「ど、どうしました? そんな落ち込んで……」
「……いや、世の中、理不尽だなってなぁ……」
俺の迷いこんだ異世界は理不尽の塊みてぇだ。……スタート地点は誰もいねぇ、高台の建物だし、次のレベルまでが異様に高いし。
「……そうですね……でも、良いことも……起こる……」
相手の声のトーンが低くなって、それが信じたくとも信じていないような気がして……いや、気のせいだろうか。
「……といいな」
本当……いい事が起きてほしい。……しばらくすると、なんかしんみりとしてしまった。そして、ティナは俺に一瞥して去っていく。
「……この理不尽さに立ち向かってやるか」
決めた。いい事を起こしてやる。
「良いことが起きるのを待つのはうんざりだ。なら、こっちから起こしてやるとするかぁ……!」
俺のステータスで出来る事、それで脱獄をする方法を考えてやるよ……! 無論、誰の手も借りねぇで! 俺はそう考えると作戦を立てるようにして唸り始めたのだった。
え、メイまじで脱獄する気なん?
一筋縄の雫を一筋の雫に修正。