第3回公判
3回目の裁判が始まった。出席者はいつも通りの面々だ。
ブルーが検事を睨む。ここが正念場である。陪審員達は黒い太陽の主張に心が傾いている。それをこちらに引き寄せるのだ。
「ハーグ陸戦条約とは戦闘員は戦闘時には戦闘員と分かる姿になる。確かに一言で言えばそれに尽きる。ですが、これは裁判です。曖昧は許されず、今回の事案に適用されるべきなのか、そうでないのか。それを十分検証する必要があります。検察はレッドが戦闘員であったにもかかわらず戦闘員の義務を果たさなかった。そう主張しておりますが、本当にそうでしょうか」
視線の先の検事の口元が皮肉に歪む。やはり、相手もこれくらいは想定内か。だが、やるしかない。
「まず第一に武器を携帯している。これがハーグ陸戦条約でいうところの戦闘員の条件の1つです。瞬着前のレッドは武器を所持しておりません。つまりあの時のレッドは戦闘員であるギャラクシーレッドではなく、公安の公務員、山田正平だったのです」
「ですが、瞬着によりギャラクシーレッドに変身すれば武器は使用できました。いつでも武器を手にできる状態であるならば、それは武器を携帯してるのと同じでしょう」
「しかし武器を携帯していない状態の者を襲い、変身すれば武器を出せたはずというのは、あまりにも偏った主張であると考えます」
陪審員達は、うーん、とどちらの主張が正しいか判断しかねているようだ。だが、完全に相手側だったのを中間地点まで引き寄せただけでも上出来だ。
「次に、遠くからでも分かる記章、つまり階級章を身につける。これが戦闘員の条件です。ですが黒い太陽の戦闘員は黒タイツ姿ですが記章はつけてはおりません。つまり、黒タイツがそもそも戦闘員とは呼べないのです。戦闘員でない者との戦いは戦闘ではなく、よってレッドにも戦闘員としての義務は発生いたしません」
他には、上官などがいて組織として確率しているなどが戦闘員の条件だが、それはギャラクシー戦隊にも黒い太陽にも該当する。争点はここまでだ。
「資料の5ページ目をご覧ください」
検事の声に一斉に紙をめくる音がする。
「無作為の1万人を対象としたアンケートの結果です。みなさんは、黒タイツ姿と聞いて、どんなイメージを持ちますか? それを質問しました。ご覧ください」
そこかしこで、あ~あ。と納得の声がする。
「どうですか。実に80%以上の人が、下っ端、と答えている。つまり、黒タイツは下っ端という階級を表し、十分それ自体で記章の役目を果たしているといえます」
次には変態が12%、近寄りたくない5%と続き、変わった意見では0.1%が素敵と答えているが、これは全身タイツ同好会の皆さんの意見だ。
「どうです。下っ端。下っ端。下っ端!」
検事こと蝙蝠ガッツがアンケート用紙の束をビラビラと揺らせバンバンと叩きブルーに詰め寄る。
「黒タイツはどうみても下っ端なんです!」
傍聴席で1人の男が顔を伏せ涙した。彼は黒タイツの一員である。
「正直にお言いなさい。貴方だって黒タイツを下っ端と考えているんでしょ?」
確かにそうだ。ブルーもそれは認めざるを得ない。
「誰が見ても下っ端であるという事と、それが記章として認められるかは別の話です。タイツはタイツであり記章は記章です。それを同じ物として見ろというのは、一方的な主張でしかありません」
陪審員達の半数以上が頷いた。やったか?
「資料の6ページ目を」
その小さな呟きは、不思議とはっきりと聞こえた。
まだあるのか? ブルーの額に汗が流れた。レッドは退屈そうだ。
「階級を表すのはバッジのような階級章。本当にそうでしょうか? 確かにハーグ陸戦条約では、遠方から識別可能な物を身につけるとあります。ですがそれをしては、当然、遠方から敵に発見されることにまります。現在は、遠方から識別とは程遠い物をつけているのが実情です。それを考えれば遠方から識別可能な黒タイツを着ている方が遥かにハーグ陸戦条約の趣旨に合ってるものと考えます。また、軍隊でも階級によって軍服が違うのは一般的です。現実には機能していない階級章での識別にこだわり、十分機能する黒タイツでの識別を否定する方が、それこそ一方的な主張といえます。黒タイツは下っ端なのです!」
傍聴席の黒い太陽の戦闘員が、また涙を流した。
手強い……。ブルーが唇を噛む。
執行猶予を狙うなら、まだ活路はある。黒い太陽のプロパガンダにより風当たりは強くなっているが、ギャラクシー戦隊は誰がなんと言おうと正義の味方である。ずっと日本を守ってきた。それを訴えれば、勝算は十分だ。
レッドもそれで納得した。レッドは、とっとと執行猶予で終わらせろと退屈しているのだ。
だが、ピンクの為だ。夫が犯罪者では、女性初の警視総監という彼女の夢も消える。
心から愛した女性だ。彼女には幸せになって欲しい。愛する者と結ばれ、幸せに暮らし、夢も叶える。彼女の人生はそうでなくてはならないのだ。
想いを込め、傍聴席で裁判を見守るピンクに目を向ける。彼女と視線があった。だが、彼女は見つめ合わず急いでカバンをあさり出した。取り出したのは白いハンカチだ。
口紅で何かを書いている。それを終えるとブルーに見せるようにかざした。
ブルーの全身に歓喜が駆け抜けた。検事に向き直ったその瞳は勝利を確信、いや、既に勝者だった。