第3回公判前
3回の裁判の前に、ブルーはレッドに面会し今後の戦略を練った。
「駄目だ。シルバー≪じじい≫が日本は内乱状態だと認めたせいで、戦闘形態にならなかったのは国際法違反だと陪審員は考えるだろ」
もしかすると検察側は初めからそれを狙って陪審員裁判に持ち込んだのか。陪審員裁判にするには被告か原告かのどちらかが申請する必要がある。そして自分達は申請していない。
「陪審員など、所詮は法の裁きに素人感情を持ち込む制度。何のための法の専門家か」
ブルーが吐き捨てた。病気になれば医者にかかる。大病ならばなおさらだ。決して素人にメスを持たせたりしない。それをどうして人生を左右する裁判に素人判断を持ち込むのか。
「こうなっては仕方がない。責任を認めるんだ」
「認めるだと! ふざけるな! やったのは奴らだ。俺じゃない!」
「分かっている。だが、今はもうそれは通らない。ならば責任を認めて謝罪し、心象を良くするしかない。執行猶予を勝ち取るんだ」
「執行猶予?」
レッドは執行猶予を知らなかった。ニュースは見ないのだ。見たら負けだと思っている。
「罪状が確定しても執行……。牢屋に入れるのを待ってくれるんだ」
ブルーは分かりやすい表現を心掛けた。
「じゃあ、それでいい」
「分かった」
話は決まり、責任を認めて執行猶予を勝ち取る方針に決まった。ピンクにも話すとピンクパパにも伝わり、するとピンクパパが面会にやって来た。
「娘と別れてくれんかね」
挨拶も前置きもなかった。
「何を言ってるんです。俺達は愛し合ってるんです!」
「しかし君。罪を認めて犯罪者になるんだろ? 私は警視総監だよ。私だけじゃない。私の親類はみな警察関係者だ。君のような犯罪者を身内に入れる訳にはいかん。身内に犯罪者がいては警察官になれないんだ。君もそれくらいは知っているだろ?」
知らなかった。ニュースは見たら負けなのだ。難しい内容のドラマも嫌いだった。
「でも、愛し合ってるんです!」
「愛し合っていれば良いってものじゃないんだよ。君だって子供じゃないんだろ。もう少し大人になりなさい」
「俺は二十歳は越えています!」
ピンクパパのいう大人とは、おそらくそういう意味ではない。
「娘が将来私の後を継ぎたいと考えているのは君も知っているのかね? 君と一緒になったら娘の夢も壊れるんだよ。娘を愛しているなら、潔く身を引くのが男というものじゃないかね」
「でも、俺はピンクを愛しているんです!」
「ブルーに聞いたよ。ブルーは娘の幸せを考え身を引いたって。君もブルーを見習ってくれんかね」
「ブルーはブルーです!」
「あ~あ。やっぱりレッドは駄目だな。やっぱりブルーが良かったな。ブルーの方が娘も幸せになるのにな!」
物分りの悪いレッドにピンクパパもキレ気味だ。
「何なんですか。さっきからレッドだとかブルーだとか。俺にはちゃんと名前があるんです。レッドとしての俺は認めてくれなくても、山田正平としての俺は認めてください!」
「言っている意味が分からん」
レッドだろうと山田正平だろうと、犯罪者になるのに変わりない。
「とにかく娘とは別れてもらう」
「そんな一方的な!」
「何が一方的なものか。娘には私からよく言い聞かせておくので、今後は一切娘に連絡はとらんでくれ」
ピンクパパが面会室から姿を消し、頭を抱えるレッドが残された。
そして巷の世論も、更にレッドに不利となっていた。責任を認め執行猶予を狙うのがブルーの作戦だったが、陪審員の心証を良くしようにも、一連の裁判と黒い太陽のイメージアップ作戦によって世論はレッドに向かい風である。
黒タイツは愛の印!
黒タイツは戦闘員です!
町中のそこかしこにポスターが貼られ、黒タイツを着ることによって一般市民に被害が出ないようにしているのだと主張する。逆説的に、戦闘序盤は戦闘形態にならずに戦っていたギャラクシー戦隊への風当たりは強い。
黒タイツと日本全身タイツ同好会の方々との合同イベントなども行われた。多くの子供があつまり黒タイツは大人気だ。タイツに憧れる子供もおり、両親は子供の将来を心配した。
ブルーは戦いがない時は弁護士だ。そしてレッドだけの弁護をしているのではない。立ち退きを迫られヤクザの嫌がらせを受けているお婆さんに相談され、ヤクザと話を付けたりもする。
如何なヤクザとてギャラクシーブルーの前には赤子も同然。得意の暴力が通じない相手にヤクザ達も手も足も出ない。だが、最近では口が出てきた。
「俺達だって無関係の堅気さんを殺すような真似はしねえってのに、あんた等はお構いなしなんだろ? 俺達に偉そうにいえるのかい」
「善良なご老人を脅す者に言われる筋合いはない」
ブルーは冷静に言い返すがやはり気分の良いものではない。そしてピンクも学生生活に支障が出ていた。
美人で成績も良く家柄も良い。そして正義の味方の紅一点。一般男性から、小さな子供から大きなお友達まで、その守備範囲は広い。学内外にまで複数のファンクラブが存在する。それを快く思っていなかった他の女学生達が、ここぞとばかりに攻撃したのだ。
「あら? どうして戦闘形態ってのになってないのよ。みんなが巻き添えになっても良いっていうの!?」
美人だが目つきの悪い女が取り巻きを引き連れピンクを睨みつけた。それに便乗する女学生も多い。
「早く戦闘形態になりなさいよ」
「瞬着っていうんでしょ。さあ早く!」
「瞬着! 瞬着! 瞬着!」
何人もの女学生が肩を組んでピンクを取り囲みはやし立てる。
耐えられなくなったピンクは、みんなの前で瞬着し、ギャラクシーピンクの姿で講義を受けたのだった。
「もういや!」
ギャラクシー戦隊本部の談話室でピンクが叫ぶ。紙コップタイプの自動販売機のブーンという電子音が聞こえる。戦う戦隊員の為に無料である。以前レッドが、無料なんだったら自動無料機だと主張したが、誰も相手にしなかった。
「ブルー。どうにかならないの!? もう我慢出来ない!」
ピンクが机にうつ伏せになり叫んだ。グリーンがピンクの肩に手を置き慰める。
「こんな事、すぐに収まるさ」
その瞬間ピンクがその手を振りほどく。
「なによ! 貴方なんか影が薄くて外を歩いていても誰にも気付かれないくせ……。ご、ごめん」
ピンクが目を逸らし気まずい空気が流れる。グリーンも目を逸らし俯く。
グリーンはそこそこ顔が良く、そこそこ危機になり、そこそこ活躍する男だった。影が薄く、事実、街中を歩いていてもピンクやブルーのように市民からの非難を受けていない。
黒い太陽がギャラクシー戦隊殲滅作戦を計画、実行した時には黒い太陽が人ごみの中でグリーンを見失い、結局、グリーンに向かわせる予定だった戦力は、やむを得ずイエロー殲滅部隊に合流したほどだ。
ちなみにイエローが亡くなったのはその時の戦闘である。カレーが好きな男だった。
ブルーは、レッドにも言った通り執行猶予を目指す予定だった。だが、迂闊にもそれではピンクの夢が断たれるのを失念していた。
やはり、無罪を勝ち取らねばならない。それがピンクの幸せの為なのだ。レッドだけならば、正直どうでもいい。
「やるしかないか……」
腕を組むブルーの瞳が光った。
「やるって何を?」
「ギャラクシー戦隊と黒い太陽との戦いにハーグ陸戦条約は適用されない。それを証明するんだ」