第五話 嫌な予感
続きます。
「・・・鈴?」
私がそう呼びかけると、目の前の少女は振り返って微かに微笑んだ。
いや、はっきりとは見えないけど、僕にはそう感じた。
しかし、少女はすぐに表情を消し、僕から遠ざかるように一歩、また一歩と後退し始めた。
「待って!鈴、鈴でしょ!?」
僕も追いかけようと必死に足を動かすが、少女との距離は空くばかりだった。
逃げないで。
置いてかないで。
私を一人にしないで。
縋るように泣き叫んだが、少女は僕に背を向け、明確に拒絶の意を示した。
そして、その姿を段々と僕の視界から消していった。
「なんで、どうして・・・」
少女が遠ざかるにつれ、私の足も次第に動きを止めていった。
「そうだよね・・・。鈴が生きているわけないもんね・・・」
鈴は私の目の前で死んだんだ。
家族を亡くして絶望の淵に立っていた私と、一緒に生きていこうって約束したのに。
・・・あれ、違う。
鈴は私の妹。
妹、だよね?
鈴は妹で、家族は死んでいる。
死んでいる?
いや、鈴は死んでなんかいない。
だって、鈴は・・・!!
「お姉ちゃん」
少女が遠くで囁いた。
その声は、どこか悲しげだった。
朧げだった少女の姿が、今度ははっきりと見える。
「・・・そっか、そうだったんだね」
僕は一人納得し、顔を俯かせた。
「お姉ちゃん、逃げて」
「え?」
少女の言葉に思わず耳を疑った。
逃げてって・・・どこに?
というか、ここはどこなんだろう。
夢の中、なんだろうか。
「お姉ちゃん!!」
少女の顔が険しさを増す。
何か、不愉快なものを見たような。
「歩!!逃げて!!」
「っ・・・!?」
ここは・・・。
視界に映るのはどこか、倉庫のような建物の天井だった。
高い位置に設置されている窓からは日光が差し込んでいる。
一体どれくらい眠っていたのだろう。
「はぁ・・・」
深呼吸してみると、昨日・・・かどうかはわからないけど、夜の記憶を色々思い出した。
まず野生のくまと遭遇したんだっけ。
そして、逃げようとしたところを攻撃されて、誰かに助けられたんだ。
それで、たぶん助けてくれた人がこの倉庫みたいな場所に僕を運んでくれたんだろう。
運んでくれたのはありがたいんだけど、なんかこのベッド?・・・が固くて体の節々が痛い。
・・・そういえばレイはどうしたんだろう。
大丈夫かな、怖がってないかな。
「大丈夫?」
レイの心配をしていると、ふと声をかけられた。
声のする方へ首を動かすと、すぐ近くに座っている女性の姿が視界に入った。
「あ」
「無理しないで」
寝転がっているのは失礼かと思い、体を無理やり起こそうとしたが、女性に途中で止められてしまった。
「すいません・・・」
「気にしなくていいわ」
女性はそう言うと席を立ち、倉庫の隅へと移動していった。
一体あの人は誰なんだろう。
疑問を抱きつつ、首を動かして倉庫の中を見回してみた。
今僕が寝ているようなベッドがもう一基隣に設置されてある。
ここは寝室みたいな場所なのだろうか。
それにしても、このベッドは固すぎる。
体を起こしてみると、あることに気付いた。
「や・・・なんで裸なんだろう・・・」
今まで毛布で隠れていたが、上半身の服が全て脱がされていたのだ。
この分だと・・・。
倉庫の中をもう一度見回し、誰もいないことを確認する。
「・・・やっぱり」
嫌な予感はしていたが、やはり下も全て脱がされていた。
一体誰がこんなことを・・・。
というか、服はどこに?
「・・・洗濯してるのよ」
「え?」
先ほどの女性が戻ってきた。
その手には布のようなものがあった。
「取り敢えず、今のところはこれを着ていて」
「あ、はい・・・って、これ」
手渡されたのはワンピース状になっている布だった。
布だけ、だった。
「あの、パンツとか、下着は?」
「ごめんなさい。ここにはないの」
今気づいたが、女性もこのワンピースに似た物を着ていた。
それと、よく見ないとわからないけど、下着を身に付けていないようだった。
・・・よく見たらバレちゃうのか。
「あの、僕の荷物は?」
「ごめんなさい。それもないの」
・・・普通、見知らぬ人の服を勝手に洗濯したり、荷物を没収したりするだろうか。
なんだか嫌な予感がする。
もしかしたら、とんでもない事になってしまったかもしれない。
僕の直感がそんなことを考えさせた。