第十二話 お約束 その1
お約束・・・。
サービス回・・・。
う、頭の中で何かが・・・。
あの後、結局鏡花さんは10kmちょっとくらい走った所でバテてしまい、休憩を取ることとなった。
しかし、いざ出発というところで日が暮れ始めてしまい、なんだかんだとどこかで一泊するという運びになった。
「はぁ・・・。今日中に行きたかったんですけどねぇ」
「いや、あれは貴方たちが悪いじゃないですか!」
なにを言っているんだこの人は。
ただちょっとバイクの速度を速めただけじゃないか。
「まぁ、確かに80kmで走るバイクに追いつけというのも無茶だったか」
「当たり前です!ロードバイクを全力で漕いだって50km行きません!」
「はぁ・・・自信満々に出してきた癖にその程度ですか」
そう言うと、鏡花さんはグテっと項垂れ。
「もう、なんか疲れました・・・。休ませてください」
ほう。
一番の新参者が休ませろとな?
「結城さん、夜の間に行きましょう」
「お前は鬼か」
結城さんは突っ込んできたのだが、鏡花さんにはもうツッコミを入れる体力もないのか項垂れたままだった。
ふぅむ、結構疲れさせてしまったようだ。
「仕方ないですね。どこか休める場所を探してきますか」
「あぁ、と言っても」
結城さんは目の前の建物を見上げ。
「ここでよくないか?」
「・・・それもそうですね」
というわけで、今日の僕たちの宿泊先は目の前の建物、温泉旅館となった。
え・・・このご時勢にやってるの?と思うだろうが、というか僕も思ったが、なんか目の前の旅館は開いているようだ。
「ほら、お前もちゃんと歩けよ」
「疲れたんですよぉ。あーあ、絶対明日筋肉痛だよぉ」
「置いていってもいいんですよ、それ」
バイクを引きながら自動ドアに近づくと、フロントの奥から女性が数人こちらに向かってきた。
女性たちは自動ドアを押し開けて、ささっと僕たちから荷物を取った。
こう言うとひったくりかすりみたいだが、女性たちは笑顔で僕たちを誘導してくれた。
ロビーには女将さんらしき女性がにっこり笑って迎え入れてくれた。
「ようこそお越しくださいました」
「あ、はい」
ロビーを見回してみたが、どこにも汚れはなく清潔さが漂っている。
それに電気も通り始めたらしく、照明がキレイに灯り始めた。
え、なんだろう。
ここだけ三年前からひとつも変わっていないんじゃないだろうか。
最後に女将さんの元気な姿を見てそんなことを思った。
「ここ久しぶりのお客さまですから、少し堅苦しくなっちゃいましたね。どうせならもっといい男に来て頂ければ良かったのですが、小娘ばかりでもまぁお客はお客ですし・・・」
・・・前言撤回したくなってきた。
「えぇ、あの・・・少しいいですか?」
「何ですか?」
「大丈夫ですか?」
いろんな意味で。
「えぇ、一応発電機を動かしているので電力は賄えていますし、食料の備蓄もまだあります。客室も2階までですが十二分に使用できます。それと」
「それと?」
「温泉にも浸かれますよ」
よし、ここに泊まろう。
いや、そうじゃないでしょ?
僕が聞きたかったのはこの女将さんの頭の話であって。
「もういいから早く部屋に連れてってー」
っち、こいつは女将さんの異常性に気付かなかったのか・・・。
なんとか誤魔化してさっさと立ち去ろうと思ったが、これじゃあ断りにくくなってしまった。
「・・・はぁ。突然なんですけど、泊まって行ってもいいですか?」
「はい、よろこんで」
女将さんは接客モードのまま僕たちを先導し始めた。
「ま、最悪ダッシュで逃げ出せばいいだろ。鏡花を囮にして」
「そうですね・・・」
歩きつつ、結城さんと小声でそんな打ち合わせをしておいた。
ていうか、やっぱり結城さんもひどいと思う。
「お部屋はこちらになります」
「あぁ、ありがとうございます」
階段を上がりいくらか進んだ所で女将さんは止まった。
ふむ、201号室か。
僕たちのほかに客はいないんだろうか。
「では、お夕食までお時間がありますので、よろしければ大浴場でお疲れを癒されてはいかがでしょうか。場所の方はお部屋の中にある地図に記されております」
「わかりました」
「では」
女将さんが階段を下りていくのを見送った後、僕たちは部屋の中に入り一息つくことにした。
「はあぁぁ、つっかれたあぁぁ」
部屋に入った途端鏡花さんはベッドへダイブした。
ベッドは二つ並んでおり奥に畳みが敷かれているという、なんともスタンダードな旅館の部屋だった。
一応お茶やお菓子も配置されているみたいだ。
流石にテレビは撤去されている。
放送局が機能していないからね、仕方ないね。
「さて、荷物の整理が終わったら大浴場に行こうぜ」
「そうですね」
「私も連れてってくださぁい」
「いやです」
着替えやらバスタオルやらを用意し、先ほど女将さんに言われた地図を持って部屋を出た。
部屋の鍵を閉め、地図に示された大浴場を目指す。
「一階の、一番奥だな」
「あ、ゲームセンターまであるんですね。やりませんけど」
無人のロビーを横断しながらもう一度くるりとホテル内を見回してみる。
ていうか・・・無人?
仮にも旅館でしょ?
ロビーを無人にしてもいいのだろうか。
何かあるんじゃ・・・。
「女将さんたち、どこに行ったんでしょうね?」
鏡花さんも気づいたのか少しだけ警戒心をあらわにした。
「大丈夫だろ。こちらには銃もあるし・・・。でも」
「向こうも持っていたら・・・」
撃ち合いは防げない。
「今のところそんな気配は見せていないですし、気にしすぎもダメですよね」
「あぁ、取り敢えず今は温泉を楽しもう」
そうだね。
まぁ、何かあったら野となれ山となれって感じに頑張ろう。




