プロローグ それぞれの始まり
多くの人々が行き交う、門の前。
学び舎へと入る入り口であるそこでは、様々な者たちの始まりがあった。
「――ここか」
巨大にして威厳漂う校舎を見上げ、そう呟くものが一人。
十七歳くらいだろうか。癖の無い、乱雑に切られた肩までの濃い茶髪。性別を不確かにする、中性的な美貌。そこにそろう瞳は、右が灰色の輝きを見せ、しかし左は眼帯にて隠されていた。
すらりとした身体にまとった品格漂う紫の軍服を今一度正し、東唯菟は堂々と、その門をくぐった。
「わあ、予想以上に大きな建物ですね」
「なにゆえ殿下はそこまで落ち着いていられるのですか!?」
純白の翼を持つ者が二人、門の前で多くの人々の注目を集めながら、校舎を見上げていた。
素直な感嘆を示した者は、一見して、十八・十九歳くらいの、若い青年に見える。柔らかな美貌を彩る、まっすぐな白の長髪と、澄んだ空色の瞳。白を基調に、金で装飾した神官服をまとっており、その背にある翼と共に、まとう雰囲気にはどこか神々しさが宿っていた。
「あぁぁ! どうかっ、どうかご無理などなさいませんように……っ! 何かあれば、すぐにわたくしどもをお呼び付けくださいませ!」
「分かっていますよ。では、行ってきますね」
御付きの者の心配もなんのその。綺麗な笑顔を浮かべ、ラーマアト・セイント・ラディウスは優雅な足取りで、門をくぐった。
「まぁ……! なんて大きな校舎なのかしら……」
驚きと感動が混ざった声を門前にて上げたのは、十七歳くらいの少女だ。
肩に届く長さの、ゆるいウェーブの黄緑の髪と、そこからのぞく尖った耳。ぱちりと瞬く円らな緑瞳が、顔立ちの可愛らしさをよりいっそう高めていた。
良く似合っている黄色と若草色で彩られたチュニックと髪を揺らし、まるで花畑の只中にいるかのように和やかな雰囲気で、ミーリエルは門を小走りでくぐった。
「うおおおお! ついに着いたぞーっ!! おい見ろよ! でかいぞ!?」
「うるっせぇ……こっちはお前の案内で疲れたんだっつーの……」
門に着いたとたんにうれし涙を流す勢いで喜ぶ者と、正反対にぐったりと地面に座り込む者。
喜びに叫ぶ者は、二十歳ほどに見える外見年齢にしては高い身長と、がっしりした身体を伸ばし、全力でその心の内を示している。
精悍な顔立ちに、瑠璃色の瞳。右側を矛型のピンで止めている青髪と、左耳につけているピアスが、落ち着いた青の色合いを明るく見せている。流水を繊細に描いた袖なしの青の和服を着ており、まとう服がない腕には、銀に煌く鱗が並んでいた。
「いいか? 目の前のだだっぴろい場所が集合場所だからな? これで迷って入学式に出られなかった日には、マジで一族始まって以来の恥だからな?」
「おう! 助かった。なぁに、流石の俺でももう迷わないさ」
ニッと人好きのする笑みを浮かべた龍河・ワダツミは、今度こそ、巨大な門を迷い無くくぐり抜けた。
「いやっふー!」
軽快な声と共に門へと突撃してくる巨大な姿に、警備をしていた者たちが慌ててその姿へと駆け寄る。
門前でその足を止められた巨大な紫紺の毛並みの狼の上から、身軽に地面へと降り立つ、小柄な少年。
一見して、十四歳くらい。癖のある跳ねた赤髪に、その頭上に左右一つずつ出ている、小さな角。幼さを含んだ甘いマスクの中で、楽しそうに橙の瞳が煌いている。黒尽くめの少年用の貴族服が、外見相応のやんちゃさに気品を加えていた。
「ちぇ。少しくらいいいじゃん。――帰っていいよー」
巨大な使い魔との入場を阻止された彼は、その顔に不機嫌さを滲ませながらも、やはり好奇心に目を輝かせて、門を走りぬけた。
桜、と呼ばれる薄赤の花の花弁が舞う中――入学式は始まる。
彼らの物語は、こうして幕を上げた。