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蒼の章・泡沫の日常

  学生寮から歩いて十分、校門を潜れば、ゲームのオープニングムービーそのままの建物が視界に移る。 桜の花はなく、その代りに藤の薄紫の花が散る様が美しい。


 校門から校舎に向かう道程に、両脇の庭園。階段式の藤棚は今が盛りと満開の花を咲かせている。


因みに余談であるが、この藤の花は「エターナルグリシーヌ」と言う魔法で品種改良された花で、冬以外ずっと咲きっぱなしの世話が面倒な花である。


 ルナはここを歩きながら、自分がヒロインだと自己暗示をかけ、今日一日にすることを脳内でシミュレートする。


 (今日はマリ姐のレベルアップをして、美魔女教室(美容)に参加して、図書室で勉強…)



「やぁ、おはよう。ミス・ロジエ」


「っひゃ!」


 至近距離で名前を呼ばれた反動で顔を上げると、大好きな王子様が目を細めて愉快気にルナの顔を覗き込んでいる。


 あまりの近さにルナは後退する。


「へ、あ…お、おおおはようございます。」


「歩きながらの考えごとは良くないよ?ほら花が。」


 そういうと、クラウスはルナの髪に絡まった藤の花弁を取り除く。


「…あ、ありがとうございます。「じゃあいこうか?」っはい?」


 にっこりと、有無を言わせぬ笑みで促すクラウスに、ルナはポカンと口を開ける。


「君がこの前。レセル先生に提出した論文について訊きたいことがあるんだけど、良いかな?」


 もはや、ハテナマークの意味がない問いかけに、ルナは声が出せないまま、周りを見渡すと女子生徒たちがヒソヒソとこちらに視線を向けながら小声で何かを話している。完全に女子に目をつけられた。


 今まで女子たちに目をつけられなかったのは、クラウスの出没ポイントが人気がない場所だったからだ。だから、女子達のいやがらせイベントはゲーム後半に起きるのだ。


予想に無かった展開に、ルナは戦々恐々としてクラウスの隣を歩く。


「レセル先生の?水精霊と生命の起源の関連性を考察した論文ですか?」


「うん、ラドハール起源説だと、水の精霊が生命の起源説が否定されているが、君はバーベルの説を支持しているのかい?」


「それは違います。バーベルは水の精霊が全ての起源とし、ラドハールは、水の精霊と無関係だときっぱり否定していますが、私は起源とは別に水の精霊が生命に進化を促したと考えています。治癒魔法陣や、呪文も水の精霊を呼ぶ音節が基本ですから、考えられるとしたら、水の精霊の働きかけにより肉体への影響があったと見るべきでしょう…。」


「ふむ、それは面白いね。だが、肉体への影響が水の精霊にあると言うのなら、グラディエの魂受肉説が意味がなくなるな。」


「そんな事はありません。グラディエ魂受肉説は闇と光の精霊の関係性をといたものであり、水の精霊の肉体構成、進化の促しとの関係性は別と仮定すれば…」


「なるほど、役割分担があると言いたいんだね?

水は肉体構成と進化、光は魂の再生と転生を、そして闇の精霊が、魂の受肉と別離を…間違ってはいない?」


 流石、賢者候補者…ルナが1週間も悩み組み上げた論文の骨を一瞬で構築した。しかも、彼は確か風の精霊の感情の考察で、全く新しい論説を組み上げ、教授達の度肝を抜いただけある。



 にこやかに答えているも、背中に冷や汗が伝う。実に心臓に悪い会話である。


 実を言うとルナは、知識を教科書読めば完璧に覚えたり、新しいことを思い付けるような天才ではない。前世の知識と、必死に勉強した範囲でしか知識がない。天才との会話で集中を切らせば、凡人の地が出てしまうだろう。



 それに加え、後ろからは「あの二人の会話が高度すぎて割り込めない…っ」「ちょっと、頭がいいからって生意気だわ!」と既にルナへの嫉妬とみれる声が上がりはじめており、ルナに重いプレッシャーがのし掛かる。


「…っ。あ、あのクラウス様、私職員室に行かなくては」


「おや、日直かい?」


「あ、いえ…一限目の準備があるので。」


「そう、ありがとう。有意義な会話だったよ」


にこやかに立ち去るクラウスを見送ると、ルナは職員室へと向かった。



****



「…心臓に悪い…」


思えばラバイユの日から変だ。


通常攻略キャラが、【朝の挨拶】で、出てくるのは好感度が80%以上の時だ。


現在6月の中旬であり、精々好感度は35%といった感じな…筈だ。


たぶん、偶然だ。ここはゲームと同じ世界だが、ゲームとは違う。良く考えたら、攻略キャラと朝に顔を合わせてもおかしくはない。


流石に同じく好感度で起きる【放課後のお誘い】もありえない筈だ。


ルナは人気がない場所指先をパッと空中に這わせると、《now loading…》の文字が浮かび上がる


《Welcome My Master.》


(オープン・セサミ)


ステータス画面が浮かび上がり、合言葉を入力すると、私と契約した水の精霊、マリネーゼが指輪からシュルリと表れる。


 妖艶な水のドレスを着たボッキュンボンな、夜の銀座にいらっしゃるようなお姉さまの精霊で、たぶん、開発者がジョークで、同じ「水」の意味で掛けて作ったキャラだろう。が、意外とファンには好評だ。人間の男には興味がないし、性格も百戦錬磨な美人さんで頼れる恋愛相談のプロなのもある。


マリネーゼは所謂、蒼魔導士選択のヒロインのサポートキャラで、最初の精霊魔法の授業で契約する精霊である。気になる相手を水鏡に映し、占いで好感度チェックをしてくれる。


ちなみに、この世界のマリネーゼにはゲームの知識とかはなく、純粋にルナの恋愛相談に乗っているようだ。



《はあい、ルナちゃん。私をお呼びかしらん?》


「うぅー…マリ姐…どうしよう。」


《あら、いつものルナちゃんはどうしたの?元気がないわね。お姉さんが恋占いでもしてあげるから、元気だして。ね?》


豊満なボディに泣きつく美少女は端からみれば、目の保養な組合せだが、完全に保母さんに泣きつく幼女のようだ。


マリネーゼは、手に水の手鏡を作るとルナの顔に手鏡を向ける。


《これが、今の彼の気持ちよ?》



シャランラン!と言う音と共にクラウスの姿が浮かび上がり、 クラウスの背景に、彼のイメージフラワーである忘れな草の花が浮かび上がる


蕾から、完全に花が開いていれば、好感度が上がった証拠だ。


昨日までの忘れな草の満開の花の数は3本、蕾が7本だった。しかし、水鏡に映しだされた10本の花は──────9本が満開だった。


「っ!」


極めて異常な事態にルナはマリネーゼの顔を見れば、マリネーゼはきょとんとした表情を浮かべ、可愛らしく首を傾げている。


手鏡は、映った人間の恋した異性が浮かび上がり、好感度を花で表現するが、写った人間によって千差万別だ。


精霊にも操作はできない。



(ベストエンドのための主要イベントはまだ起こしてないのにいきなり、好感度があがるだなんて)


青ざめ、唇を震わせるルナの脳裏に嫌な言葉がうかびあがる



……BAD END



乙女ゲームは好感度が高すぎるとイベントが発生ないものもある。ラファレルシアはそのひとつである。


ルナは目の前が暗くなった。


「どどどうしよう!わ、私…彼の好感度さげないと!!」


《お、落ち着いて、ルナちゃん。》


「暫く、接触しなければ大丈夫かな?期末試験近いし、ああっ…どうしたら」


《…とりあえず、ルナちゃん。今の貴女には冷静さが必要だと思うわ。》



ため息混じりのマリネーゼの言葉が聴こえていないのか、ルナはクラウスの好感度の調整のため、クラウスに暫く会うまいと決意したのであった。



***


「ねぇ、ラッセル。」


「んだよ。」


「君はなんで、トルテア嬢を好きになったんだい?」


「ブッ!」


ラッセルは唐突な質問に、思わず飲んでいた珈琲を吹き出した。


賢者候補生しか入れないサロンに、四人の賢者候補生達は一同に会し、授業後のささやかなティータイムを過ごしていた。


このサロンは、賢者候補生が討論できる場であり、共に授業の考察や、持論の開示、情報交換の場所である。間違っても恋ばなをする場所ではない。



ちなみに、同じ候補生のレオンとキースも驚いたのか唖然とクラウスを見ている。


一番そう言う話をしなさそうな男から、以外な話題が出て驚いているのだろう。


「おいおい、勘弁してよね殿下。何の冗談?」



「そうですよ、クラウス。貴方らしくない。」



ワインレッドの髪をかきあげて、赤魔導士の賢者候補生レオン・ハーガスはクラウスを睨む。


対して、白魔導士の賢者候補生、キース・ロウゼルはクラウスを心配そうに見つめる。


「何、君達3人とも中々に面白い恋愛模様を繰り広げているのでね、参考にしようと思ってね。」


 思わず動揺し、3人とも沈黙する。


 それもそのはず、確かに親しい友人ではあるが、同じ賢者を目指すライバルだ。弄られる弱みを見せたくない。



 特に、恋愛方面での自分達の情けない事情を、知られたくない年頃の心情だろう。


3人とも好きな女の子に散々情けない姿を晒しているのだ。せめて友人の前では男として見栄を張りたいのだが…


どうやら、内密にしていた自分達の恋愛事情をクラウスに把握されているらしい。


3人は内心冷や汗を流す。



(にしても、変だクラウスがいきなりそんな話題をふるなんて…)


ラッセルは嫌な予感がしたが、既に遅くレオンは意地の悪い笑みを浮かべている。


どうやら、レオンはラッセルを生け贄にして自分の恋愛事情の開示を避ける方向に意見が纏まったようだ。



「参考ねぇ…なら、今日はラッセルの恋を議題にしよっか。」


「は!?ふざけんな!」


「だって、元の質問はお前に向けてのものじゃん。」


「…まあまあ、二人とも落ち着いてください。それよりクラウス、何故突然そんなことを?」



「うん、ちょっと気になる女の子がいてね…」



「マジで!?ちょっ…どんな風に気になるのさ殿下!」


「…そうだね。」



身を乗り出すレオンに、クラウスは顎に手を当てるとゆっくりと、ルナの朝の様子を思い出す。


会話しながら、周りの女子にびくびくと震えていて、いつもの優等生の仮面はなく、ルナ本人の戸惑いがあった。


クラウスと眼が合うと、脅えていた瞳に恥じらいが含まれ、なんとも言えない無意識の色香がクラウスの鼻腔を擽った。


─…そう、まるで狩り場に放り込まれた仔兔のような初々しさ…びくびくと震える姿は実に美味しそうで…



「………食べ尽くしたくなるような…感じかな?」






「……へ?」


「っ……。」


「………。」


3人は沈黙した。



…クラウスと言う人間をどうやら見誤っていたらしい。



いつも優雅で、食えないが心優しい男。それが3人のクラウスの評価だった。が、今は違う。


ドS


その一言が頭に過るほど、今のクラウスは妖艶かつ、猟奇的な微笑を浮かべている。


誰だかわからないが、随分と厄介な男に目を付けられた仔兔に3人の賢者候補生は瞑目する。



「…で、ラッセルはなんで、トルテア嬢を好きになったんだい?」


「て、最初に戻るのかよ!!」


「うん、残念だけど、僕はこの気持ちを恋なのか分からないんだ。そう言うのは先達に聴くのが一番いいだろ?」


「お前なぁ…っ」


顔を真っ赤にさせて、破裂寸前のラッセルを笑うと、クラウスは窓の外の空を見上げた。



(…さて、厄介なのは女子かな…外野にはどう退場してもらおうか。)


今朝のやりとりで、彼女(ルナ)の攻略の筋道は読めたが、あえて目立つ場所で話しかけたせいか、厄介なのが増えた。


 彼としてはそれも想定内でわざと目立つ場所で話しかけたのだ。彼女の思考や動向を観察するために。


問題は、その弊害がどう影響を及ぼすのか。


 そこはきちんと対処しなくてはならない。


「…そう、言えば。クラウン祭…近いね?」



「え、ええ。」


「それがどうしたのさ。」


「クラウン祭がなんだっての」


王都の恒例の祭りで、王都中の人間が仮面を着けて躍り倒す。華やかな祭りだが、賢者候補生の自分達は王宮の舞踏会に強制参加が決まっている。


「…クラウン祭の舞踏会、それぞれ恋した相手をパートナーとして連れていくのはどうかな?」


「…な…」


「…舞踏会にですか?」


「そう。舞踏会だからパートナーを連れていくのは当然だよ。幸い仮面舞踏会だからパートナーの素性を探られる心配はない。君達も、どこぞの令嬢に引っ付かれるより、好きな女の子をエスコートしたくないかい?」


「…まあ、確かに。」


「……誘えなければ?」


おずおずと聞き返すキースに、クラウスは悪戯を楽しむように目を細めた。


「誘えなければ、全校生徒の前で大告白。」


「「「は!?」」」


「やるよね?」


有無を言わせぬクラウスの言葉に「まさか、誘えないなんて言えないよね?」と言う挑発が含まれており、ラッセル達3人はそれに反論する事ができなかった。


クラウスの狙いは、ルナとの接触を増やしルナを囲いこむ事、クラウン祭はその手段のひとつにすぎない。


その狙いに他の3人を巻き込む事で、図らずもメインイベント1【仮面舞踏会への誘い】を自ら起こすことになってしまった。


本来なら、主人公のルナが、クラウスとサイラスの因縁を絶ちきるために、期末試験でライバルに勝ってパートナー役を勝ち取って起きるイベントなのだが…


暗雲立ち込めるルナと、狙いを定めたクラウス…二人のこの視点の相違が、余計にシナリオをひっくり返すことになるとは知らず、淡い平和な日常が崩れ始めたのであった。

この後、壮絶な鬼ごっこになります。



サポートキャラ


青魔導士→マリネーゼ(精霊)

白魔導士→フェニキス(召喚獣♀)

赤魔導士→フリック&ララ(ホムンクロス双子)

黒魔導士→コーラル(魔導書)


ちなみに全員同じ声優らしい。

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