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2015年 4月
ジリリリリリ…パンッ
「んー」
何度聞いてもこの目覚ましの不快感は慣れないな。いや、慣れてしまってはだめか。
「四郎ちゃ~ん、起きてる~?朝よ~。」
「起きてる。すぐそっちに行く。」
そう言いながらクローゼットから取り出した制服。今日初めて着る制服。今日から高校生だ。
「行ってきます。」
「忘れ物な~い?」
「うん。大丈夫。」
「ママはもう少ししたらそっち行くからね。」
「うん。」
中学の時とあまり変わらない会話をして家を出る。
通学路を歩いていると見知った人物の背中が見えた。
「おはよう山本。」
「あっ、おはよう九鳳院君。」
「制服でかすぎるんじゃないか?」
「そうなんだよ。もう一回成長期来るか分からないのに母さんが3年間着れるようにって。」
袖が中指の付け根まである制服を着ながら山本はそう言った。
あとは他愛のない会話をしていると泉坂高校に着いた。
校門の横にはでかでかと入学式と書いてある看板が提げられている。
体育館へ向かう途中に篠崎がいた。
「あっ、篠崎さんだ。」
山本も気づいたようだ。
向こうも気が付いたようで手を振りながらこちらに近づいてくる。
「九鳳院君に山本君!一緒の高校だったんだね!」
「ああ。そうみたいだな。」
そう言いながら周りを見渡してみると、ちらちらと中学で顔を見たような奴がいた。
まあ近いし、多少学力が高くても頑張る価値はあると思う。
「クラスも一緒だといいね。」
「ああ、そうだな。」
そんか会話をしながら体育館へ入っていった。
「次は新入生代表の挨拶です。」
司会に次のプログラムを読まれると俺は舞台の上へ上がった。
「本日は僕達新入生のために歓迎のお言葉、有難う御座います。この度は…」
などとお決まりの文章を読んでいると、会場がざわめきところどころから、
「わぁイケメン。」
「かっこいいぃー。」
などといった声が聞こえる。昔は鬱陶しくて仕方がなかったが、今では好意を向けられていると思うと嬉しいものだ。
「以上を言葉にさせていただきます。」
少し緊張したが噛むことなく無事読み終えることができた。
「ありがとうございました。次は…」
なんのアクシデントもなく無事入学式は終了した。
クラス表を見てみると俺と山本、篠崎が一緒のクラスだった。偶然というには少々出来過ぎているが、まあ神様ありがとう。存在は信じていないがな。
その際に女子からの視線が気になった。あと男子の恨みのこもった視線も。
「九鳳院君成績トップだったの?」
山本が聞いてくる。
「ああ、勉強がんばったからな。」
「みんなだって頑張ってるよ。まったく僕より試験勉強始めるの遅かったくせに。要領がいいのかな?」
「さあな、分からん。山本だってたぶん俺と点数変わらないと思うぞ。
それより今日はこれでおわりだろ?どっかに行かないか?」
「うんいいね。入学式だけだったけどなんか疲れちゃった。息抜きに図書館でも行く?」
「あまり息抜きにならんだろう。お前は本当に本が好きだな。」
「へへへ。」
「九鳳院君。」
また篠崎と会った。今日はよく会う日だ。
「篠崎か。どうした?」
「どうしたっていうか、一緒のクラスだったね。」
「ああ、素直に嬉しく思う。」
「わ、私もだよ!」
篠崎も嬉しく思ってくれているのか。それは良かった。
「そうか。じゃあな。」
「うん。」
そう挨拶を交わして俺たちは別れた。
しばらく道を行ったところで山本が、
「なんだかいい感じだね、二人とも。九鳳院君は篠崎さんのことが好きなのかい?」
と聞いてきた。
「お前はいつから俺にそうずけずけと言うようになったんだ?」
会ったころはこんな奴じゃなかったんだが…
「いや、悪気はないんだ。ただ二人とも満更でも無かったからそうなのかなって。」
「満更でも無い、か。それはいいことを聞いたな。」
「ん?いいことって?」
「いや、俺は確かにお前の言うように篠崎咲耶に好意を持っている。それは友達としてではなく異性としてだ。そして向こうもこちらのことを嫌悪していないのはわかる。
しかし何分人と関わってこなかった身だ。流石に小説の主人公のような絵に描いた鈍感ではないと思うが、それでも人よりは他人の感情に疎いと思っている。
そこでお前が満更でも無いと言った。これは多少なりとも向こうがこちらに好意を持っていることだ。
だからそれをいいことだと言ったんだ。」
「いつにもまして喋り方が硬いけど…もしかして照れてる?」
「否定はしない。」
「あひゃひゃひゃひゃ」
「なぜ笑う?」
「九鳳院君は本当に面白い!最初会った時はすごく真面目そうなイメージだったけど、感情表現が苦手なだけだったんだね。だってこんなに面白いんだもん。」
「面白いことを言っているつもりはない。」
「分からなければいいさ。あ、それとさ」
「なんだ」
「九鳳院君も恋愛小説を読むんだね~」
にやにやしながらこっちへ寄ってくる。もう知るか。
「あっ、逃げた。まってよ~」
お前に好きな人が出来たら絶対に仕返ししてやる。
翌日。
今日から本格的に授業などが始まってゆくが、最初の方は自己紹介などに充てられるらしい。
中学から一緒の奴らもちらほらいたがやはり見ない顔も多くいた。
もう早速気の合う奴らを見つけてグループを作っているところもある。そんな中、俺たちの担任らしい人物が入ってきた。
「はい席ついてー。えーとまずは皆さん、合格おめでとう。俺の名前は三小田という。担当教科は英語だ。趣味はバイクと釣り。まぁこんなところだろ。他に質問は?
――なしか。よしじゃあ生徒の自己紹介の方を始める。出席番号1番から順番に。
最低限言う事は名前だけだ。後は各自で喋ってくれ。」
そうして自己紹介が始まっていった。名前しか喋らない奴、面白いことを言って場を盛り上げる奴、変わった奴、いろんな奴がいた。
うん。いいクラスに入れたようだ。
校舎見学も終わり、放課になった。
「いやー、公立といっても意外と広いんだね。特に図書室!あんなにたくさんあったら3年間は退屈しないよ。」
「相変わらずだな山本は。でもお前なら全部読み切れるんじゃないか?」
「そーかなー?まあ地道に読んでいくさ。ということで、図書館に行ってきます!!」
そう言うや否や風のような速度で図書室に向かった。
「…あいつ運動苦手とか言ってなかったっけ。」
本が絡むととんでもない性能を発揮する。
「山本もいなくなったし、トイレにでも行くか。」
俺にはまだ連れションはレベルが高い。
「ふぅーこの広さは落ち着くな。」
誰かに言っても理解しがたいだろうが、俺は便所の空間が思いのほか気に入っている。狭すぎず広すぎず、色調も落ち着く。
高校時代もよく訪れていたものだ。連れションで2,3人のグループが入ってきた時には一人で気まずくなっていたものだが…
そんなことを考えていると個室から声が聞こえてきた。
「おい!!誰かいるのか!?」
よほど焦っているのか、トイレで出す声の大きさではなかった。
「ど、どうした?」
「紙が!紙がねぇんだ!」
「…は?」
「聞こえなかったのかよ!紙が―」
「分かっている。ちゃんと聞こえていた。」
俺は小便器の上にある予備のトイレットペーパーを投げってやった。
「ほら。」
「助かる!」
しばらくして男が個室から出てきた。
「いやぁ助かったよ。ありがとう!」
「そんなに大したことはしていない。」
実際にトイレットペーパーを投げ込んだだけだ。
「いやいや、大したことあるって。お前がもう少し来るのが遅かったら最終手段を使っていたところだぜ。」
「最終手段?」
「聞きたいか?」
「いや、やめておこう。」
悪い予感しかしない。
「まあなんにせよ助かったんだ。ありがとな。
っとー、自己紹介がまだだったな。俺はB組の小島拓也だ。趣味はマンガを読むことと騒ぐこと。以上。
お前はあれだよな、えと新入生代表の…」
「九鳳院だ。九鳳院四郎。A組。趣味は特にない。」
「趣味ないのか。じゃあ今度漫喫行こうぜ。マンガの素晴らしさを教えてやるぜ。」
マンガはあまり読んだことないな。
「いずれ機会があれば連れて行ってくれ。」
「そういう奴とはいつまでたっても行けないからな。今日とかどうだ?」
確かに具体的に言っておかないとなあなあで流れる気がする。
「急だな。まあ予定もない。行こうか。」
「おっしゃ。じゃあ校門集合な。」
そう言って奴はトイレを後にした。
すごい勢いでいろいろ決まったな。それにしても校門集合か。密かに憧れだったな。
「楽しみだ。」
この後、俺と小島はマンガ喫茶に行くのだが奴はマンガに集中しすぎて俺にマンガの素晴らしさを伝えることはなかった。しかしマンガの魅力はわかった気がする。