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1時間目は始業式の恒例行事である校長先生のとても長い話がある。
そんな中、俺は彼女、篠崎咲耶について考えていた。
当時はいつも喋りかけてくる鬱陶しい奴だと思っていたが、今考えるとなんとありがたい存在なのだろう。
彼女はとても明るい性格の持ち主だ。誰とでも仲良く出来るために人望が厚く確か生徒会長をやっていたような気がする。
高校は別々だったため、現在はどうなっているか知らない。
まぁ何がともあれ彼女と喋ることが出来たのだ。
これを期に友達というものにならなければ…
しかし、友達というのはどういう風に作るのだろうか?うーむ。
などと悩んでいると校長先生の話が終わり、教室に戻ることになった。
「足痛かったよなー」
「あの校長まじで話なげー」
「でさー…」
とても長い校長先生の話が終わって一息つけたのか、教室はみんながすごく賑わっている。
それは篠崎も例外ではなく、女友達と楽しそうに喋っている。話しかけにいこうか。と思ったが、ここは高校ではなく中学校なのだ。あまり女子と喋っていたら夫婦などと言ってバカにされてしまう。そうなってしまった場合、相手方にも迷惑が掛かってしまう。
うむ。やはり次は男に話しかけるべきではなかろうか。
名案だ。しかしいきなりクラスの中心人物と話しても駄目だろう。生まれてこの方会話らしい会話を同年代としたことがない。ただでさえいけ好かないやつとして嫌われているのだ。コミュニケーション能力の無さで、これ以上悪化させるのは避けたい。
となれば、あの子はどうだろうか。窓際で本を読んでいる、俺と同じでクラスに馴染めていなさそうな子だ。思い立ったがなんやらだ。俺は彼に近づいた。
「やあ。」
びくんっ、とまるで小動物のような反応でこちらを見てきた。
「九鳳院…くん?」
「いきなり話しかけてごめん。何を読んでるんだ?」
「えっとー、『ソフィーの世界』って本なんだけど…」
「『ソフィーの世界』か…確か外国の高校の哲学教師が書いた哲学の入門書だった記憶があるが…」
俺が高校生の時に読んだ覚えがあるが、入門とはいえ中々難解な内容だった気がする。それを中学生で読むとは凄いな。
「知ってるの!?」
「え」
「同じ中学生でこの本を知ってる人に会えるなんて!
僕なんて頭が悪いから何回も読み返してようやく意味が分かってきたんだ。
九鳳院君は意味が理解できた?
いやー小さい頃ファンタジーって書いてあったから買ったら哲学の要素の方が強くて
さー。最初はがっかりしたもんだけど今では哲学に触れあえたきっかけとして感謝して
いるよ。
ところで九鳳院君の好きなシーンは?
僕はねぇ、あの――」
キーンコーンカーンコーン
「あ」
「あ」
二人の声が重なる。
助かった。なんて空気の読めるチャイムなんだ。
「も、もうじかんかー、もっとききたかったがしかたがない!!
またね、えと」
そういいながら俺は彼の左胸の名札を見る。
「またね。山本君。」
「あっ!ま…またね…」
我に返ったのか、顔を真っ赤にしながら、とても恥ずかしそうに返事をしてくれた。
人間は本当に分からない。窓際で静かに本を読んでいる少年が、趣味の話になるとあんなによく喋るキャラだったなんて…
いや、会って数分の子にキャラとか言ってしまっては失礼かもしれないし、キャラと言えるほどに自分も交友経験がない。
だがしかし、普通の人はそこまで分かって話しかけているのか?
友達作り難しすぎだろう。
とはいえ悪い奴じゃなさそうだ。いやむしろ良いやつそうだ。
山本君。これはとんでもない奴に話しかけてしまったかもしれない。
だがとても面白い。これでこそやり直しがいがあるというものだ。
チャイムが鳴ると担任の先生が入ってきた。
「えーと、3時間目と4時間目は大掃除です。みなさんが夏休みで学校を空けている間に学校にたくさんの汚れが溜まっています。
4時間目が終わると帰宅なのでみなさん張り切ってやりましょう。
掃除の割り振りは前に張っておいたので、後で見に来てください。
何か質問はありますか?」
「えーーーー」
「メンドくせーー」
「まじかよーー」
「掃除機使おーぜー」
ここでもいつも通りの展開がある。
毎回毎回よくやるよなんて思いながら、掃除機の使用には共感いていた俺であった。
みんなが面倒臭がっている中、俺は早くに情報棟へ向かったので一番乗りかと思ったが先客がいた。
「あり?九鳳院君。来るの早いねー。」
などとモップ掛けをしながら彼女、篠崎咲耶は言った。
「もうここに来てモップ掛けしてる奴に言われるとはな。」
なんてちょっと笑ってしまった。
「それもそか。」
明るくて、誰よりも早くに来て掃除をやるほど真面目なのにちょこっと抜けていて、そんなところに思わず笑みがこぼれてしまう。
「なによ?」
「ははっ、いや何にも。」
「変なの。」
「まあいいじゃないか。
さて、なんの掃除をやろうかな。」
「九鳳院君さぁー。」
「うん?」
「なんか変わったよねぇー。」
「変わったかな?何が?」
今中に入ってるのは25歳のおっさんだ。変わって当然だろう。
「何がって、なんかさぁー夏休み前までは誰が話しかけても「俺に気安く喋りかけるな」とか「俺はお前らのような一般人と馴れ合うつもりはない」とかさぁー。
なのに今日の朝は挨拶するわ泣くわ山本君に話しかけるわで、すごく変わったよ。」
「そうだな。変わったかもしれない。」
「うん。私はそっちの九鳳院君の方が好きだな。」
そう言った彼女の顔は、少しだけ紅かったような気がした。
2014年 12月
あれから3か月が経った。
あの掃除の一件以来篠崎ともそんなに会話らしい会話もしてない。
放課などは山本と本の話で盛り上がっている。
他にも友達を作ろうと思ったが山本以外は基本的にグループだ。今でこそ好感度は修復されつつあるが、そんなグループの中に元々嫌われていた俺が行けるだろうか?
いや、行けるのだろうがそうとう勇気がいる。
そんなこんなで二の足を踏んでいると、受験の追い込みシーズンが来た。忘れていたが俺たちは受験生だ。みんながピリピリし始めてとてもそんな空気ではなくなってしまった。
まあ腐っても精神年齢は25歳だ。たいていの高校には受かるだろう。
と言ったらみんなに怒られるだろうか。
などと考えていると、
「九鳳院君はどこの高校に行くの?」
と山本が聞いてきた。
「まだ決めてない。」
「えー、そろそろ決めないと。まぁ九鳳院君の学力ならたいていの学校は受かるね。」
「そんなことないよ。山本はどこに行くんだ?」
こいつも学力は上位に食い込んでる。やはり偏差値の高い高校へ行くのだろうか。
「泉坂高校だよ。やっぱり近いのが一番だからね。公立だし学力だってそこそこ高い。」
「へぇー意外だな。てっきり秀徳高校とか行くと思ったんだけどな。」
ちなみに俺が前通っていた高校である。
「無理だよ!あんな偏差値の高いところ。もし仮に受かったとしても遠いでしょ。」
「ふむ。まあいいや。俺も近いから泉坂高校に行くとしようかな。」
「そんな簡単に高校を決めちゃっていいの?後悔するよ?」
「大丈夫だ。後悔なら嫌というほどしてきた。」
「?」
「まあなんにせよ、だ。お互い合格目指して頑張ろうぜ。」
そう言って俺は手を出した。すると相手もそれに応じて手を握ってくる。
「うん。頑張ろうね。」
篠崎はどこの高校へ行くのだろうか。
一緒の高校だといいなぁ。
そう思っていながらも時間は流れ続ける。
受験が終わり中学校も無事卒業できた。もちろん高校も受かった。