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2014年 9月
「うぅん」
目が覚めると、そこにはどこかで見たことのある天井があった。
「ここは?」
確か俺はコンビニでバイトをしていて、ごみだしに行かされたはずだが、と考えていると誰かがここの部屋へと入ってきた。
「あら、四郎ちゃん起きたの?」
目を疑った。何も言わずに家を出た筈なのにどうして、
「どうして、母さんがいるんだ?」
「あら、ごめんなさい。
そういえば四郎ちゃん、もう中学生になった男の部屋にノックなしで入るな~とかって言ってたわねー。」
なんだ、なにが起きている!?なぜ母さんがここにいるんだ!?そもそもここはどこなんだ!?
「なーにー四郎ちゃん?周りばっかりキョロキョロ見回して~?なにかあったの?
あー、わかった!怖い夢でも見たんでしょう?」
そういって混乱している俺を母親は抱きしめた。
「あー、よしよしもう怖くないからね~。」
「かあ、さん。」
「ん~?」
「なんでここにいるんだ?」
「なんでって~、ここがママたちの家だからいて当然でしょ~?
変な子ね~」
そう言って母は笑った。
という事は今俺は実家にいるという事か?どうやって?
そう冷静になってきた頭で考える。
そして1つの疑問が湧いてきた。俺の身長は182cm、それに対して母さんの身長はせいぜい160cm位だ。
なのにどうしてこんな風に抱かれてる?
バッ!!
そんな効果音とともに俺は母さんから離れた。
「いきなり離れたらビックリするじゃな~い。」
そんな母さんの発言を無視して箪笥の鏡を見る。
「うそ…だろ…」
そう声に出してしまうのも仕方がない。なにせ俺は、
子供たったのだから。
別に自分が子供のようだとかそんな比喩ではない。文字通り、見たまんま子供だったのである。
その姿を見て、先ほどの母さんの発言を思い出す。
「あら、ごめんなさい。
そういえば四郎ちゃん、もう中学生になった男の部屋にノックなしで入るな~とかって言ってたわねー。」
「母さん!!」
「はひっ!?」
「今は何年だ!?」
「えっと、それはどういう「今は何年だ!?」
「…2014年だけど~。どうしたの~?」
「ごめん急に大きな声出しちゃって、何でもないんだ。何でも。」
「それならいいんだけど~。へんな四郎ちゃん。」
どうやら俺は、
過去に来たらしい。
というわけで、今俺は食卓にいる。
「でね~この子が怖い夢を見たっていうのよ~。」
「そうか、それは災難だったな。」
という具合に母が延々と喋っている。
紹介が遅れたが、俺の正面にいるこの無愛想なのが俺の父親、九鳳院清十郎。
今や誰もが知っている九鳳院グループの社長だ。なんでも曾祖父が興した会社を父の代でここまでにした凄腕だ。
なんでこんなに性格が正反対な母親と結婚したのかが未だにわからない。
そしてキッチンで喋っているのが俺の母親、九鳳院麗華だ。
こんなふわふわしているが、良家の家の出らしい。
結構前、といっても今よりは先の話(という時系列がぐちゃぐちゃなんだが)になんで父親と結婚したのかと聞くと、あのクールな感じがとてもかっこいいんだとか。
「あっ、そういえば四郎ちゃん。」
永遠に続くと思われた母親の話が終わり、
「今日は始業式じゃない。」
と言った。
息子の始業式をそういえばって、と言いたいところだが、俺自身ももう何年も前のことなので何も言えまい。
そう、始業式なのだ。
「四郎ちゃ~ん、忘れ物な~い?」
昔はいちいちお節介だとイライラしていたが、久々のお節介だと何だか嬉しいというものだ。親元を離れてみて初めて分かることだが、やはり親は大切だ。
「こんな道だっけ?」
慣れた道だったといえ、数年も経つとそれなりの感動と戸惑いがある。この場合の感動とはこんな建物もあったなーなどという感動であり、戸惑いといえば、
「学校、どうやって行くんだっけ?」
である。
いちおう自己弁護しておくと、決して俺は痴呆症などではない。しかしながら人間というのはいらない記憶はどんどん忘れていくものである。
だから決して俺は…見苦しくなってきたのでもうやめよう。
まあ、結論から言うと学校には着けた。
通りを曲がったら同じ学校の生徒が歩いていたのだ。
うちの制服は特徴的なので、遠目でもすぐに分かる。あとはその生徒について行くだけだ。
そして学校に到着した。
「おはようございまーす!!」
「はい、おはよう。」
「おはようございます。」
「はい、おはよう。」
「・・・」
「こら、ちゃんと挨拶しないか。」
「…おはようございます。」
「はい、おはよう。」
そうだった。学校では校門での挨拶があるのを忘れていた。
別に忘れていたからどうという事もないが、見ていて懐かしいなとは思う。
そんなことを思っていると、先生の方から挨拶してきた。
「おはよう。」
「おはようございます。」
あの先生は確か…だめだ、思い出せない。
そして教室に着いた。
そしてみんなが俺を一遍してまた元に戻る。思えばこの頃から一人だったのだ。
何をしている。昔の俺。
いや、今も変わっていないか。しかしあれ程欲しがっていたやり直しのチャンスを誰かから貰ったのだ。これを有効に使わなければ一体何のための頭を冷やすための時間だったのか…
あれだけのことをみんなにしてきたのだ。最初は無視されたって構わない。まずは壊そうではないか。自分自身の殻を。悲しいだけの自分の低いプライドの壁を。
そして触れよう。殻の、壁の向こうの世界へ。
「おはよう!!」
びくっ!!そしてみんなは一斉にこっちを見た。
反応は色とりどりだ。
大きい声にびっくりする者、普段の俺からは考えられない行動に戸惑っている者。
あからさまに嫌な顔をする者、そして、
「おはよう!!」
そう返してきてくれる者、だ。
よく覚えている。彼女は俺に喋りかけてくれていた最後の子だ。
「わぁ!どうして泣いてるの!?」
「え」
頬を触ってみると濡れていた。
「どこか痛いの!?」
あぁ、こんなにも世界は、すぐ近くにあって、暖かいんだ。
「だい…じょーぶ…だか…ら」
雪崩のように出てくる涙が止まらない。25のおっさんの涙など性質が悪い。だが今は15歳なのだ。大目に見てくれ。
泣いていると頭が暖かくなった。彼女が撫でてくれたのだ。
「よしよし。痛いの痛いのとんでけー。なんちゃって。」
「ふふっ」
不覚にも笑ってしまった。
篠崎咲耶。それが彼女の名だ。