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勇者出奔す  作者: 達磨
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八・貧民街の孤児院にて

ヒヒイロカネや紫水晶の設定は、まぁその…ファンタジーってことで。

「おらおら~!この欠食児童共がぁ!喰らえ!喰らい!やがれぇ~!!」


「た~んと喰って、腕白でもいい、逞しく育って欲しいですニャ!そこ!肉ばかりでなく野菜もちゃんと喰うですニャ!」


「まだまだ沢山あるからね!」


 貧民街の孤児院“トレホの家”の庭は今や戦場と化していた。

 庭の中央にででんと据えられた鉄網の上では肉と色とりどりの野菜が焼かれており、炭火に燻されて香ばしい食欲をそそる香りが辺りに立ち込めている。

 肉や野菜を焼いているのはキリやチキ、ロコをはじめ夢猫館や幻夢館の厨房の下働きの皆である。


「うんめ~!ねぇねぇチキ姉!これ何の肉?」


「ふはは、よくぞ聞いてくれたな小わっぱ!驚け!戦け!そいつは竜の肉だぁ!」


「すげ!竜?これ竜の肉!?」


「ですニャ!こないだカケルが狩ったばかりの新鮮貴重な竜のお肉がなんと!今ならお値打ち無量大放出なのですニャ!」


「うまい!うますぎる~!」


「ふーははぁ!喰え喰え!喰らい!やがれぇ~!」


 妙な調子で肉と野菜を焼きまくるキリやチキと厨房の面々。一心不乱に貪るように喰らい続ける子供達。

 古竜ダイラムの肉は鮮度を保ちながらも何故か熟成しているという矛盾した性質を持ち、市場に出回る肉類など及びもつかない旨さであった。

 前日にこっそりと、キツが王城の王の執務室に夢猫館料理長ゴレン会心の古竜料理のフルコースを届けた折、


「至高の美味であった…」


「儂は今後どの肉にも旨味を感じられぬかもしれぬ…」


「うーまーいーぞー!!!」


等々の賛辞を得ている。


「いやはや、気持ちのいい食べっぷりだな」


 子供達の様子を眺めながら朗らかに微笑むカケル。


「すまねぇなカケル、お前さんには世話になりっぱなしだ」


 この孤児院の主、左腕の無い隻腕で、厳つい風貌の逞しい中年男トレホは、元気な子供達の様子を感無量といった面持ちで眺めながら呟く。


「気にすんなよ。アンタが今まで護り続けたからこそ、俺もあの子達に会えたんだ。アンタが希望を捨てなかったから…な」


 冒険者としてそれなりのところまでいったトレホは、引退後にこの王都の貧民街で孤児院を開き、親に捨てられた子供達を護り育て、生きる術を叩き込んできた。

 無くした左腕も、躯中に刻まれた無数の傷も、その殆どが傲慢な欲望と悪意の兇手から子供達を護るために。

 それでも、彼一人では全ての子供達を護りきることなどかなわず、その腕の中に抱え込むことができた子供達と必死に細々と生きてきたのである。生き残って大人になれた者などゼナやシュリナなど本当に極僅かだ。


「だが、俺だけではあの子達を光のあたる場所には導いてやれなかった…。ゼナやシュリナの手助けがあったとしても、多分無理だったろう。…本当に感謝してる」


「よせよ、似合わねぇぞオッサン」


「ふん、照れてんのか?」


「うるせぇよ」


「がはは!おい見ろゼナ!シュリナ!カケルが柄にもなく照れてやがるぜ!」


「ははっ!良い顔だよカケル?」


「うっせ!」


「…でもさ、アタシらも本気で感謝してんだよ。アタシやシュリナみたいに、運良く親父に拾われて、護られてさ。何とか生きていられたのは、ほんの一握りだったんだ」


「…後は、糞貴族や糞商人の手のもんに拐われてそいつら変態共の慰みものになったりさ、何の意味もなく腹立ち紛れに殺されたり、糞学者の実験台にされたりした子だっていたんだ」


 その現実を目の当たりにしているカケルに怒気が宿る。何度思い出しても腸が煮えくりかえる思いなのだ。

 そんなカケルを見て、トレホも、ゼナも、シュリナも、何故か微笑む。


「…嬉しいねぇ。俺達みたいな赤の他人の為によ、異世界人のコイツが本気で怒りに震えてくれてんだぜ?」


「…もう他人じゃねぇだろうが?次に似たようなことぬかしやがったらぶちのめすぞオッサン」


「がはは、いやすまねぇ、悪かったよ」


 不貞腐れるカケルに、三人の微笑みはさらに深くなる。


「アタシらがここにいた頃はさ、みんな笑えなかったよな。生き残ることに必死でさ、ギラギラした目ぇしてて。やっと自分で稼げるようになったと思ったら、無理が祟って病で死んじまったヤツもいたっけ…」


「だけど今は違う。あんなにみんな楽しそうにはしゃいで!笑って!最高だよ!」


「ああ…」


 瞳に涙を滲ませながら笑うゼナとシュリナ。


「お二人さんよ、安心して泣くのはもうちょい後にしようや」


 その身から発散していた怒気をまるで圧縮するかの如く、カケルは剣呑な気配を纏い不敵に微笑む。


「すいませ~ん、おそくなっちゃいました~」


「竜の肉…やばいわ、アレは」


「美味しいねぇ、極上」


 姦しくカケル達のいる部屋に入ってきたのは夢猫館と幻夢館の娼婦達三人。

 ぽわぽわした雰囲気の肩までのふんわりした茶髪の娘がノノ。

 活発な雰囲気の頭頂部で黒の長髪を結い上げている娘がレーニア。

 少々気だるげな雰囲気のくすんだ金の短髪の娘がフェム。

 三人共にゼナやシュリナと同じく、このトレホの家の出身である。


「すまぬ、つい熱が入ってしまった」


「掠りもしない…。ハウアさん強すぎますよ…」


 続いて部屋の中に入ってきたのは長身の引き締まった体躯の獣人族の女性と、疲労困憊のティムである。

 獣人族の女性ハウアは、ファーンベルドでも少数部族として知られる黒狼族である。

 ぴんと立った狼の耳と漆黒の長髪、やや灰色がかった肌に、漆黒の尾。凛とした武人の気配。

 今までティムの鍛練の相手を勤めていたのだろう。手に訓練用の木剣を二振り携えている。


「お、これで揃ったな。…っとその前に」


 何やら札を取り出したカケルがそれをひと振りすると、目の前のテーブルに黒塗りの武具が複数、音をたてて溢れ出した。


「…これは?」


 訝しげなトレホに、カケルは二つの武具を手渡す。


「オッサンには特製の義腕と、この鉈だ」


「…ほう?」


「ハウアは一対の剣な」


「む!?これは…?」


「ティムはこの長剣。色は違うが、メルヴィンにも同型の剣を渡すつもりだ」


「俺にもですか?」


「ノノにはこの半弓」


「ふえ~!?」


「レーニアにはこの棍」


「…へぇ?」


「フェムにはこの刺突剣な」


「おお、素敵」


 カケルはここで一旦一区切りする。


「ゼナとシュリナなんだが…後で説明するからまず受け取ってくれ」


『?』


 お互いに顔を見合わせるゼナとシュリナ。


「ゼナにはこの剣だ」


「…え!?カケルさ~ん、姐さんの得物は鞭ですよ~?」


 ゼナに黒塗りの剣を渡すカケルに、ノノが抗議の声をあげる。


「ノノ、だから後で説明するってカケルが言ったんだろ?」


「…あ~?」


「…次いいか?シュリナにはコイツだ」


「なんだこりゃ?投げナイフが束になって…不思議な形だね?」


 全員に武具が行き渡ったところで、カケルは渡されたものの感触を確かめている皆に向き直る。


「さて、今渡した武具全てに共通しているのは、まずそれが俺の世界の“ヒヒイロカネ”って特殊な金属で造ってあるってこと。こいつは面白い特製が色々あってな?しなやかで強靭、錆びず、硬度も高い。さらにはこの世界の魔素とは違う概念、俺の世界でいう精神力や気力の類に感応して様々な効果を得ることができるようになってる」


 カケルの話にハウアが唸る。


「まるで“失われし文明の遺物”ではないか…」


「ま、似たようなもんだ。さらに、どの武具にも紫水晶が埋め込んである。こいつが精神力や気力の感応をより高め、俺が施した術によって付加効果をもたらす」


「…付加効果?」


 自分が扱うには過ぎた業物ではないかと戦々恐々としている面々。


「…お前らの相棒となるべく、その武具達はやがて意思を持つようになる」


『!!??』


 呆けて固まるカケル以外。


「…カケルよ、もはやそいつは伝説級の神剣やら魔剣と同じ話になってくるぞ?」


「お?この世界にもあんのか?人と話せる武具とか」


「…ああ。数が少なく、使い手を選ぶとか、迷宮の奥深くに封じられていたりと、殆どが表にでちゃいないがな」


「へ~、そりゃ一度御目にかかりたいもんだな!」


 きらきらと少年のように瞳を輝かせるカケルに呆れるトレホ。


「何言ってやがる、今お前さんが言ったんじゃねぇか。この武具達もいずれそうなるんだろ?」


「ん?いやまぁそうだけど、年季が違うだろ、年季が」


「………問題はそこではないのだがな…」


 ハウアは頬を引き吊らせながら苦笑いする。


「とりあえずだ、使い方は今から説明するから、ちょっと急で悪いが半月くらいでなんとか覚えてくれ。躯に馴染ませる程度でも、ま、今回は十分だろ」


 カケルは皆が皆戸惑うなか、さらに別の札をひと振りし、今度は防具を取り出す。


「この防具達はこの間の…何だっけ?ダイラム?それの革とか鱗とかで造ってある。中々のもんに仕上がったぞ。これも一人ずつあるから持っていけ」


『……………』


 カケルは呑気に各人に防具を仕分けているが、他の面々は愕然としている。

 渡された武具だけでも、世の冒険者、武人、軍人らが涎を垂らしそうな逸品ばかりなのである。加えて、古の地邪竜ダイラムの素材で造られた防具。その価値は計り知れない。


「一体これ幾らくらいするんだい?」


「金でどうにかなるもんじゃなさそうだけどね?」


「はわ~はわわ~」


「色々面白いなぁ、カケルの旦那は」


「いやはや、脱帽」


「俺、なんか震えがとまらないんですが…」


「数奇な出会いからここまで、カケル殿には驚かされてばかりだな…」


「…全くだ。底が知れねぇぞ、コイツは」


 ダイラムの防具も全員に配り終えたカケルは、表情を引き締めて再び瞳に剣呑な光を宿らせる。


「その装備に慣れて、準備が整ったら、いよいよだ」


『…!!』


 その場の全員が一瞬で同じく表情を引き締め、にやりと口角を吊り上げる。


「王都の裏側の大掃除といこうぜ?」


 カケルの宣言に、全員が決然と頷いた。

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