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勇者出奔す  作者: 達磨
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四・魔術と魔法

「どうだメルシエ!こいつはいい訓練になってんだろ?」


「素晴らしいです。一月前に比べて膂力が増しているのが実感出来ます」


 斧が木片を真っ二つにする際の小気味良い音が井戸端に響く。

 カケル、ティム、メルシエは今、仲良く薪割りに勤しんでいる。

 本来手斧ですむ作業なのだが、三人とも何故か長柄の両手斧を用い、しかも先端と手元近くに重り代わりに薪の束を括りつけている。


「仕事しながら鍛えられる!ホントに一石二鳥ですよね!」


「薪割りだけではありません。ここでやらせて頂ける全ての仕事が私には素晴らしい訓練です」


 こうして話す間にも、凄まじい勢いで薪が積み上げられていく。明らかに必要量を超過しているのだが、三人とも止める気配はまだ無い。


「なぁ…いつまでコレをご近所に配り歩くのを手伝わされなきゃならないんだ?」


「知らんですニャ。まったく勘弁してほしいですニャ」


 薪の山の端に腰掛け、ゴレンお手製の焼き菓子をもしゃもしゃと頬張っているキリとチキが溜め息をつく。

 カケルがいない間はティム一人が受け持っていたため、夢猫館だけで使いきる分量でしかなかった。そこに戻ってきたカケルだけでなく、誘われてメルシエも加わった。さらにたちの悪いことに、三人とも訓練としての負荷を得るまでは作業を止めないのだ。

 当然、過剰供給でもて余す大量の薪が発生。苦笑し呆れるゼナの指示で、教会や孤児院、男手のいない家庭や老人のみの家庭などに無償で配り歩くことになったのである。皆で手分けして。


「ふふ、カケルさん達は相変わらずだね」


 トトナはそんな様子を見てくすりと微笑んだ。と、頭にポカリと軽い衝撃。ロナが自分の杖でトトナの頭を叩いたのだ。


「トトナ、集中」


「あ、ごめん!そだね、集中、集中」


 ロナは効率の良い“洗濯魔術”を生み出すため日々研究を重ね、ようやく満足のいく成果を上げはじめていた。

 水と風、時おり分離や浄化の術式を混ぜ合わせたこのロナの独自開発の魔術で、洗濯物はいつも汚れ残り無しである。

 その傍ら、ロナはトトナを含めた夢猫館と幻夜館の者達に魔術の基礎を教えていた。

 ロナはいつまでもこの夢猫館にいる訳ではない。カケルは旅立つことを明言しているし、もちろんロナもそれに付き従うつもりである。

 ロナは自らが生み出した洗濯魔術を気に入っていた。恐らく、今まで接してきた貴族の連中はこの魔術をとるに足らぬ、無意味と見下し、自分のことを愚かと蔑むことだろう。

 だが、いらないボロ布を実験台に試行錯誤を重ね、半月程して試作魔術第一号を成功させた時。


「すっご~い!すごいすごいよロナちゃん!あはははは見て見て真っ白~!」


 綺麗に仕上がった洗濯物を掲げてはしゃぎまわるトトナをはじめとした下働きの娘達を見て、ロナはこれまでに感じたことの無い、暖かで、満ち足りた想いに心を震わせたのだ。


 “魔術は高貴なるものの御技である”


 この世界の貴族間に蔓延る不文律として、貴族以外に魔術を伝えてはならない、というものがある。


(馬鹿馬鹿しい。この世に満ちる魔素が、自然の理が貴族だけのものだなんて。傲慢で、強欲で、臆病で、惰弱な考えだ)


 貴族間で禁忌とされていることなど糞喰らえだと思った。

 ロナは洗濯魔術のレシピを細かく書き記し、夢猫館に遺すことを決めた。そして、自分以外にも使える者を増やしたいと願ったのだ。

 もちろん、向き不向きがあり、個々の才能は千差万別で、全ての人が魔術を使いこなせる訳ではない。

 だが、洗濯魔術は生活密着型の魔術であり、自分だけが使えたところで意味などない。多くの人々に広まる方が魔術の価値が高まるのだ。そのきっかけを作りたいと、そう思う。


「えぇ!?あ、アタシが魔術ぅ!?魔術って貴族様しか使えないんじゃなかったの?アタシみたいなのでも、で、出来るの?」


「大気に満ちる魔素は貴族だの平民だのと差別などしない。魔術に出自など関係無い」


「そ、そうなの?」


「私が旅に出たら、また皆元の洗濯をしなければならない。それは、どう?」


「むむむ、確かに」


「洗濯だけじゃない。皆で魔術を覚えて、日々の暮らしで魔術を活かせばいい。多分、それは素敵なことだと思う。きっと」


「むむむむむ!やる!やるよアタシ!」


 こうして、トトナとのそんなやり取りを経て夢猫館や幻夜館の人々に話が広がり、日々の仕事に差し支えない範囲で“ロナ先生の魔術教室”が開かれることになったのである。

 まだまだ魔素を心なしか感じられる者がちらほら現れた程度ではあるが、手応えは十分にある。


(もっと、暮らしの中に溶け込む魔術を生み出そう。レシピをたくさん遺そう。私の魔術で皆の笑顔を呼び寄せるために)


 ある日、始めて洗濯魔術を見たカケルは大喜びで、


「これこれ!こういうのこそ魔法だよ!」


と、トトナ達とおなじようにはしゃいでいた。


「………カケルは、魔術を“魔法”と呼ぶ。それは、カケルの世界の言葉?」


「ん?あぁ。俺の世界にも魔術の概念はあるよ。ただ、俺の世界じゃ魔法の方が好まれてる気がする。なんとなくだけどな」


 カケルやキツが語ってくれたところによれば、魔術や魔法は創作物によく登場し、この世界のように戦闘の手段としても用いられる他に、箒に跨がって空を飛ぶだの、野菜を馬車に変えるだの、枯れ木に突然満開の花を咲かせるだの、全く理論のわからない荒唐無稽なものも描かれているという。しかしそれらは、ロナの心に奇妙な暖かさをもたらしてくれるのだ。自然と微笑みが浮かぶ程に。


「自由に空を駆け、物質すらも変換させ、生態系まで操る。壮大な夢ある世界。心踊る程に」


 ロナの堅苦しいもの言いにカケルは苦笑した後、少し表情を引き締めて言う。


「トトナ達に魔法を教えてるんだってな。魔法は力でもある 。お前のように考えず、得た力に溺れて堕ちるヤツや、その力で傷つけたり、傷つく者が出るだろうな。そこんとこ、どうよ?」


 射抜くようなカケルの視線にも、ロナは怯まず、毅然として真っ向から見返す。


「別にそれは魔術に限った話でもない」


「まぁな」


「確かにカケルの言う通りだと思う。でも、きっとそれと同じくらい、いや、それ以上に、素敵で新たな世界が広がると、そう思う」


「ロナもびっくりするような魔法が出てくるかもな」


 破顔したカケルが楽しげにロナを挑発する。


「ん。望むところ」


「はっはっは!よっしゃ!これからもよろしく頼むぜ、“魔法使い”ロナ!」


「…?魔法…使い…?私が…?」


 にやり、とカケルが悪戯っぽく笑う。


「だろ?もうロナはこの世界でいうところの魔術師じゃないと思うぜ?魔法使いさ。ファーンベルド初のな!」


「ん。魔法使いロナ、爆誕」


 カケルが勝手に宣言し、ロナの頭の上が定位置になりつつあるキツが追従する。

 トトナ達に“魔術”を教えながら、その日のことを振り返る。何故だか口元が弛んでしまうことに困惑してしまう。


(この世界の柵だらけの魔術に別れを告げる。………そう、私は…)


「…私は、“魔法使い”ロナ」


「ん?何か言った?ロナちゃ…」


 ロナの呟きを聞き咎めたトトナは、ロナの方を向いた瞬間、握っていた杖を落とし絶句した。


「…なんでもない」


 何故ならば、いつも眠たげな半眼のロナが、朗らかでとても愛らしい、華のような微笑をたたえていたのだから。


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