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勇者出奔す  作者: 達磨
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三・刃と魔法の使い道

 そろり、そろりと。足音を忍ばせ、キリとチキが壁づたいに廊下を進む。

 狙うは昨夜ゼナとシュリナに拉致されたカケルである。


「ふひひ…いかなカケルといえど、あの二人にかかれば今頃スルメのように干からびているに違いないですニャ」


「くくく…そこを奇襲し…今度こそあん畜生めをぶっちめる!」


「………無理、無茶、無駄」


 キツは一人離れた場所で、眠たげに瞼をこすりながら呆れていた。まだようやく空が白み始めた頃で、この奇襲計画のためにキリとチキはわざわざ早起きし、キツはそれに付き合わされているというわけだ。

 ゼナの寝室の両開きの扉の前までたどり着いたキリとチキは、しゅたっと両端に別れるとお互いに目配せしあう。


「………(こくり)」


「………(にやり)」


 いざ、と二人が一歩踏み出しかけたまさにその時、ぐばん!と扉が勢いよく内側から押し開けられた。

 さながら幽鬼のようにふらふらと廊下に出てきたのはカケルである。


「………んぁ?キツ、どうしたんだこんなところで」


「………なんでも」


「…そか。眠気覚ましにゴレンに果実水でも融通してもらうつもりなんだが、一緒に来るか?」


「………ん、名案。行く」


 軽く羽ばたいてカケルの肩に乗るキツ。

 厨房に向かってカケルが歩きだすのを待ってキツがチラリと背後を振り返ると、悲鳴をあげることも出来ず廊下の壁と扉に押し潰されていたキリとチキが、扉を押し退けながらぱたりと倒れるところだった。二人とも完全に白目をむいている。


「………無様」





「返り討ちにしたっていうんですか!?あの二人を!?」


 厨房にティムの裏返った声が響く。


「まぁな。流石にきつかったが、なんとかなったぞ」


「……………半端じゃねぇっす」


 ぽかんと口を開けたティムはそのまま絶句。普段あまり感情を表に出さない料理長ゴレンですら、軽く目を見開いて驚愕をその面に張り付けている。朝食の仕込みをしていたその他の面々も同様である。

 そんな周りの視線も気にすることなく、カケルは木のジョッキに満たされた酸味の強い柑橘類の果実水をぐびりと喉に流し込んだ。隣に座っているキツも、両手で持ったジョッキを傾けくぴくぴと少しずつ飲んでいる。


「皆さん、おはようございます。カケル殿がこちらだとうかがったのですが…」


 厨房の入口にひょっこり顔をのぞかせたのはメルシエだ。その後には寝ぼけ眼のロナがふらふらしている。

 キツがそんなロナの様子を見て、新たなジョッキに果実水を注ぎ、ロナに手渡す。二人は仲良くくぴくぴと果実水を飲みだした。


「早いじゃないかメルシエ。どうかしたのか?」


「は。昨日のお話しでは本日より仕事とのことでしたので、御指示を仰ごうかと思いまして」


 昨日のように鎧は着けていないものの、堅苦しい直立不動の姿勢のメルシエに苦笑するカケル。


「そうだな………、ゴレン、メルシエは剣が得意だそうでな。野菜の皮むきあたりから始めて、そのうち色々と捌かせてやってくれないか」


 ゴレンは一瞬怪訝な様子を見せたが、こくりと頷いて同意する。

 しかしメルシエはよくわからない。


「カケル殿、剣と厨房で使う刃物は全くの別物では?私の経験が活きるとは思いませんが…」


「そうでもないぞ?なに、やってみればわかるさ」


「………は」


 あまり納得は出来ていない様子だが、メルシエはゴレンに厨房の下働きの連中を紹介され、野菜の下拵えの仲間に加わった。


「ロナ、お前さんはこっちだ」


 次にカケルはロナに声を掛け、勝手口から外に出る。キツを頭の上に乗せたロナがとことこと後に続く。


「トトナ、少しいいか?」


 井戸端で大きなたらいに水を貯めている途中の下働きの娘トトナは、カケルの声に一旦手を休める。


「カケルさん?どしたんですかこんな朝早く」


「昨日紹介したろ?ロナだ。この娘に洗濯教えてやってくれ」


「はぁ!?ちょ、何考えてんですかカケルさん!貴族のお嬢様に洗濯なんて…?」


 慌てふためくトトナに苦笑いしながら、カケルはロナに振り返る。


「ロナ、トトナから洗濯をある程度教わったら、魔法でそれができないか試してみてくれないか?」


「………魔術で?」


 成り行きを黙って見守っていたロナが、ぴくりと片眉を跳ね上げる。


「俺はこの世界の魔法に詳しくないから、ひょっとすると勘違いしてるだけかもしれないけどさ。どうにもファーンベルドの魔法ってヤツは殺伐としてて、趣に欠けるというか、風情がないんだよなぁ…」


 眉根を寄せて呟くカケルだが、ロナやトトナにはカケルの言わんとすることがよくわからない。


「すんませんカケルさん、よくわからないんですが…」


 おずおずと上目遣いで疑問を呈すトトナ。ロナもコクコクと頷いている。


「ん~そうだな、夢がないと言い換えてもいいかな。魔法を使ってんのが軍人とか傭兵とか冒険者しかいないような気がするんだが、そこんとこどうなの?ロナ」


「………魔術は戦うための武器だから」


 何を言ってるんだこいつは、と言った様子のロナ。


「そっかー。ならあれか?ロナは今まで、いかに強く、速く、効率的に、効果的に魔法で敵をぶっとばすか、そういう技しか研いていないんだな?」


「………そう」


 ロナの返事を聞いて、トトナが少しだけ眉を潜めた。


「なんか…それって…」


 トトナはその先の言葉を言いかけたが、思い留まった。下手をすれば出会ったばかりのロナの人生を否定してしまいかねないからだ。

 ロナ自身も少し思うところがあったのか、しばし沈黙する。


「………トトナさん、洗濯、教えて」


 少し俯かせていた顔をトトナに向かって持ち上げたロナは、相変わらずの眠たげな半眼のまま言う。


「あ、う、うん。えっとね…」


 戸惑いながらもロナにトトナが洗濯を教え始めたのを見て、カケルは二人に背を向けて歩き出す。


「……………」


 その背中を、ロナの頭の上にいたキツが興味深げに見つめていた。





「…むぅ。私は包丁捌きというものを甘く見ていたようです」


「はは、そんなおおげさな」


 メルシエは両手に持った芋の皮を真剣な眼差しで見つめている。右手に持っているのがメルシエが剥いたもの、左手に持っているのは目の前で今も芋の皮を剥き続けている下働きの少年ロコの剥いたものだ。

 明らかに薄さの異なるそれに、メルシエの眉根が寄る。もちろん、なれていないメルシエの剥いた皮の方が厚い。


「慣れですよ、この程度は。ゴレンさんの包丁捌きなんてほんと神憑ってますからね。そこから始まって産み出される至高の美味。俺、ミストレスに拾われて、ゴレンさんの造る料理食った時、いつの間にか涙流してました。ホントに旨くて、暖かくて、力が湧いてきて。そんで、いつかは俺もこんな料理が造れるようになりたいって、拝み倒して厨房の下働きやらせてもらってるんです」


 手は一切止めることなく、メルシエから見れば精妙なる技で次々と野菜の皮を剥いていくロコ。口から紡がれるその想いは、メルシエにはとても目映いものに思えた。


「メルシエ」


「…?あ、カケル殿」


 いつの間にか厨房に戻ってきたカケルが背後にいた。


「三ヶ月の間、ゴレンやロコ達からしっかりと包丁を学ぶといい。なんなら軽く料理も習っちまえ。旅に役立つ系のな」


 朗らかに笑うカケル。


「………カケル殿、何故私にこのような機会を与えて下さったのか、聞いても答えては頂けぬのでしょうね」


「だな。そこはホラ、メルシエが自分で考えるところだろ、ロナもな」


「………は」


 短く答えたメルシエは、再び芋と相見えるべく、包丁を握る手に力を込めた。





 その頃のゼナの寝室。ゼナとシュリナは覚醒してはいるものの、起き上がれないでいた。有り体に言ってしまえば、腰が抜けてしまっているからだ。


「………初めてだよ、ここまでいいようにされちまったのは」


「アタシもだ。ホントに何者なんだいカケルは」


 あられもない姿でベッドに横たわる二人の美女は、口を開くのも億劫そうである。


「なぁゼナぁ、何とかカケルを繋ぎ止める手はねぇのかよ。惜しいぜやっぱ、色々とさぁ」


 寝返りを打ちながら気怠げにシュリナがぼやく。


「無理だろ。それにアタシらにほだされてこの街に居残っちまうような男に、アンタそこまで身体開けんのかい?」


「だよなぁ。それもこれも含めてカケルな訳だし。くだらない愚痴だったね、忘れてくれ」


「はん。ま、アタシも気持ちは似たようなもんだからね、責めたりゃしないよ」


「あぁ、いい忘れてた。頭を突然失った能無し共がさ、何やらとち狂った勘違いをしてるらしいよ?そっちも気を付けな」


 ようやく回復したのか、ゆらり、と上体を起こしたシュリナの瞳が剣呑な光を帯びている。


「………ほぉ?」


 にやり、とゼナの口角が上がる。


「カケルに頼りきりなのもアレだしね、“下地づくり”はきっちり進めないと。カケルも安心して旅に出たいっていってたし」


「だなぁ。表でちょっかいかけてくるだけなら適当にあしらうだけだが…」


「裏からちょっかいかけてくんなら………」


 二人はそこでしばし沈黙を挟む。


「……………言うまでもない」


「……………だな」


 妖しく、凄絶な微笑と共に、二人は視線を絡ませた。

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