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勇者出奔す  作者: 達磨
16/17

十五・悪党の悪足掻き

「お前らなのか…これは、この仕業は…?」


 虚ろな目で、ドラゴがゼナとシュリナに向かい問う。

 ゼナは苦笑いしながら、ゆっくりと剣を抜く。そして答える。


「誰が…ってわけじゃないんだよドラゴ。風俗街の皆はね、誰も彼もがうんざりしてたのさ」


 シュリナも獲物を構える。

 銃把を模したものの先に投げナイフが束になって取り付けられたかのような不思議な形状のそれを。


「そこにねぇ、たまたまとんでもない客人が訪れてくれてさ、力を貸してくれるって言うじゃないか。有り難く力を借りることにしてみたら、この有り様さ。流石にあたしらも驚いてるよ」


「………この…女狐共がぁぁぁっ!」


 顔役達の周りを固めていた側近の内の一人が、怒りにまかせて二人に襲い掛かる。


「そう焦んなよ三下」


 シュリナが引き金を引くと、束になっていた刃の内一つが射出され、男の喉に突き刺さった。もんどりうって倒れた男は既に事切れている。


「腐れ女が!」


 マルコの側近の男が目にも止まらぬ速度で投げナイフを複数放つ。しかしそれは、二人に届く前に黒い旋風に全て弾かれていた。


「…馬鹿な?どうやって…?」


 数多の標的を仕留めてきた自慢の投擲をあっさりと叩き落とされた男が目を剥く。

 シュリナの方に動きはない。ならば、ゼナ。

 ゼナの右手に握られていた剣がいつの間にか形を変えていた。

 刃の部分が細かく分割され、それぞれが鈍く紫色に光る糸の様なもので繋がっている。


「………!!」


 試みに、もう一度男が投げナイフを放つが、まるで鞭の様にしなやかに振るわれたゼナの得物に再び全て弾かれてしまう。


「悪いが、あたしらの勝手で親分方には退いて頂く。永遠に、だ」


「この先、王都の裏はあたしらが仕切らせてもらうよ?あたしらのやり方でね」


 不退転の決意を瞳に籠めた二人に、顔役の側近達が気圧され、思わず各々の主に視線を向けた。

 ふらりと、顔を俯かせたリックマンが一歩踏み出す。


「……………殺せ」


 血走った目を憎しみに染めながら、徐に顔を上げたリックマンが絶叫した。


「娼婦ごときが!あああ私の店を店を店を!ひひっ、殺せ!殺せ殺せ殺せ殺せ殺せぇぇぇっ!!」


 狂ったように喚き散らすリックマンの命を受け、側近達は素早い動きで各自得物を抜きゼナとシュリナに殺到する。


「おいシュリナ、リックマンのやつ意外に脆かったんだな?威厳も糞もないじゃないか、只の餓鬼だぞあれじゃ」


「冷徹な武具商人リックマン…か。笑わせるな」


「…ふん」


 迫る凶刃に怯むことなく、ゼナもシュリナも不敵な笑みを崩さない。

 軽やかに一歩踏み出したシュリナが再び得物を構える。リックマン配下の五人の男が、主の狂気に押し出されるように襲い来る最中、口の端をわずかに持ち上げ精力を籠める。

 束になっている刃が扇状に展開し、引き金を引くと同時に一斉に射出。男達は悲鳴を上げながら刃の餌食となり崩れ墜ちていく。

 屍へと変じていく男達の肉体の陰から、マルコ配下の手練れの暗殺者達がしなやかな動きで同時に襲い掛かってきた。

 リックマンの配下を盾にしてシュリナの初撃をやり過ごし、銃把の先に刃が残っていないのを見て取り好機と判断したのか、ゼナの動きにも対応出来るよう最大限警戒しながらも、彼等はまずシュリナの命を狩り盗らんと肉薄する。


「…ははっ!」


 してやったりと短く笑うシュリナ。

 暗殺者達が怪訝に思った次の瞬間には、全員の目が驚愕に見開かれた。


「…がふっ、な、何故?」


 喉からせり上がる血の塊に噎せながら、暗殺者達は己の背中から唐突に発した致死の衝撃のわけを理解出来ないまま、次々と息絶えていく。


「………馬鹿な! ?まさかそいつは“失われし文明の遺物”だとでもいうのか!?」


 マルコは愕然と吠えた。

 暗殺者達の背中に突き刺さっていた刃が何かの力に引かれるように抜け、血煙を撒き散らしながらシュリナの元へと舞い戻り、銃把に収まっていく。


「当たらずとも遠からずってとこさ、マルコ。この子はあたしの意志で自由自在に刃を踊らせることが出来る優れものでね。まだ、ちゃんと使いこなしてあげられないんだけどさ」


 愛しげに己の相棒を撫でるシュリナ。

 リックマンもマルコも口の端に血が滲む程に唇を噛み締め、憎悪と焦燥とに身悶えている。


「おいおい、全部殺るなよシュリナ?あたしにも残してくれないとさ」


「んあ?悪い悪い。んじゃ替わるわ」


 シュリナが朗らかに微笑みながらゼナの後ろに下がると、ゼナが苦笑いしながら前に出る。


「さて、リックマンの手下にマルコの手下ときたから、次はドルフ、あんたの手下を可愛がってあげるよ、まとめてかかってきな!」


 額に浮かぶ青筋があまりの怒りに脈動しているドルフが、左右の配下に目配せする。

 主と同じく、ゼナやシュリナの侮辱的な態度に怒りを抑えきれなくなっていた手下の傭兵達が、各々に得物を抜き放ちながらゆっくりとゼナを囲むように間合いを詰めていく。


「ふん、暗黒街にそれと知られた裏の傭兵さん達が、随分と臆病な動きじゃないか?そんなにこの子が怖いのかい?」


 ゆらり、ゆらりと鞭状に変化した得物をゼナが玩ぶ。


「まだるっこしいのは嫌いなんでね!そっちが来ないならこっちからいくよ!せいぜい踊りな!」


 ドレスの裾を翻しゼナが駆ける。その勢いに乗せて振るわれた連なる刃達が傭兵の内の一人に一陣の風となって襲い掛かる。


「ふん!」


 傭兵は不適に笑い、刃の鞭を己の槍で絡めとってしまう。

 この展開を、傭兵達は暗黙の内に示し会わせていたといってよい。誰かがゼナの得物を封じ、残りの者で確実に仕留める。

 先程とは異なり一気に間合いを詰める傭兵達に対し、ゼナは笑みを崩さずに瞳を妖しく光らせる。


「甘いよ?兄さん方」


きしり。


ぱきん。


 絡まっていた刃の鞭が軽く滑り、鋼で造られた槍がそれだけでいとも容易く切り裂かれた。驚愕する傭兵の喉笛を置き土産とばかりに掻き斬り、引き戻される刃の鞭が縦横無尽に舞いながら傭兵達に死をもたらす漆黒の血風となる。


「ぬ…ぐっ!」


 目論見が完全に外れたドルフが悔しげに呻く。

 ドルフの側近達は、リックマン配下の破落戸共やマルコ配下の暗殺者達に真っ正面から相対すれば、力量で劣ることなど決してない手練ればかりであったし、剣にしろ槍にしろかなりの業物を与えていた。

 女二人に遅れをとることなど有り得ない、そう思っていたのだが。


「…お前達はそれなりの使い手ではあったが、ここまでではなかったはずだ。この三月ばかりの間に見違えるようだな」


 ただ黙って成り行きを見ていただけのドラゴがうろんげに首を傾げている。


「………“とんでもない客人”か。件の勇者とやらはこの街を出るつもりだと聞いていたんだがな」


 ドラゴも他の顔役達も、カケルの存在は勿論知っている。しかし、繋がりのある貴族達から王城での顛末は聞き及んでいた上、カケルはこれまで風俗街を活動の拠点とし、夢猫館や幻夜館をはじめとする風俗街の連中や、トレホや孤児達など貧民街の連中を様々な危難から救い、護りはするものの、裏で糸を引いている自分達暗黒街側に対して攻勢に出ることは今の今までなかったのである。


「何故、今なんだ。お前達がたらしこんだのか?それとも泣きついたか」


 殊更に嘲るような口調で、ドラゴがゼナとシュリナを口舌でなぶる。


「逆だよドラゴ。あたしらの方がたらしこまれちまったのさ」


 ゼナの瞳が艶めく。シュリナも同様だ。


「…ほう?」


「あたしらは、糞貴族共やあんたらがこの王都でのさばってる限り心の底から笑えないんだ。そうあいつに言ったらさ、『そっか、じゃ、ぶっ潰そうぜ!どっちも!』って、なんでもないことみたいにあっさり言い切ったんだ。気負いもなく、自然体で、笑いながらさ」


「『一筋縄ではいかない連中だ。鍛え、調べ、備えろ。隙を窺え。焦らず、隅の方から少しずつ削り取るんだ。俺は助けはするが、あくまで始末は自分達でつけるんだ。お前らの街なんだからな』、そう言われて、皆で力を合わせて“あたしらの街”にしようって誓った。必死に準備して、時を待った」


「中途半端は駄目だ。王都を裏から牛耳る連中を根こそぎ入れ替えなきゃならない。一気に決めないときついしねぇ。そんな時、絶妙の機会が訪れた」


 ドラゴの顔が少しだけ歪んだ。


「………邪龍か」


 顔役達は古の地邪龍ダイラムを討ち取った勇者に感謝してすらいた。

 だが、その勇者はそれを機に自分達を完膚なきまでに叩き潰すための算段を調えたのだ。

 

「………我々の捜し物を、お前達が持っている。そうだな?」


 ドラゴの言葉に、他の顔役達も気付く。

 恥辱と、加速する焦燥。王都暗黒街の顔役達は今はっきりと自覚するに至った。自分達は崖の端に指をかけてぶらさがっているだけの状態だったのだと。


「………くくく、ふは、ははははは!はーっはははははは!」


 ふいに、腹をよじらせながらドラゴが哄笑し始めた。

 ゼナもシュリナも、他の顔役達も怪訝な面持ちでドラゴを見やる。

 ひとしきり狂ったように笑い、乱れた息を整えると、ドラゴはぞっとする程に酷薄な笑みをその面に張り付けながら、俯かせていた顔を上げた。


「………認めよう。ここまでされては、王都の裏組織は今後立ち行くまいよ。後はお前らの好きにするがいい」


 ゆらりと大仰に両手を広げながら、妙に尊大な態度でドラゴが宣する。


「な!?ドラゴ?」


 裏切りともとれる発言にリックマンが気色ばむ。


「俺にはこうした場合の備えもあるからな。またどこか他の街を探して、新たに組織を立ち上げるさ。面倒ではあるがな」


「ドラゴ…貴様…!」


 憤りに震えながらドルフがドラゴを睨み付ける。


「なんだ。所詮、我々はお互いに都合が良いからと寄り集まっていただけのことだろう?築き上げていたのは砂の城でしかない。脆く、儚いそれが崩れただけの話だ。…そうだろう?」


 皮肉げな笑みで他の顔役達に諭すように語るドラゴ。


「危ういのを承知でこの生業に手を染めたのだろう?万が一の備えをしていなかったのか?もしそうならばそれはお前らの責任だ。俺には、関係無い」


「き、ききききいやぁ~!」


 奇妙な叫び声を上げながら、リックマンがナイフを抜いてドラゴに切りつけた。だが、ドラゴは最小の動きでそれをかわし、リックマンのナイフを手にした腕を取り捻りあげると肘からへし折る。


「ぎひっ! ?」


 痛みに顔を歪めたリックマンは、その表情のまま顔を強張らせ息絶えた。ドラゴが首を捻り折ったからだ。


「見苦しい」


 “リックマンだったもの”を無造作に投げ棄てたドラゴに、マルコとドルフは寂として声も出ない。それ程の底冷えするような強烈な威圧感を、彼は放っていた。

 ゼナとシュリナも、その表情を険しくする。顔役達の中で最も警戒せねばならないのは、やはりこの男なのだ。


「…ところで、新たな裏の顔役になるであろうお前達に、俺からの手向けとして、心ばかりの贈り物をくれてやろうと思う」


 愉しげに微笑みながら、ドラゴが唐突に切り出す。


「…贈り物?」


「何をたくらんでやがる…」


 警戒するゼナとシュリナに、ドラゴは口許を歪ませながら眉根を寄せる。


「おいおい、哀しいこと言うじゃないか。せっかく、もう二度と会えないと諦めていた幼馴染みと再会させてやろうというのになぁ…?」


『!!??』


 びくり、と。ゼナとシュリナが震える。


「ドラゴ…あんた…!」


「まさか…!?」


 二人の狼狽に、ドラゴは笑みを深める。


「いい顔になったぞ?そうだ、お前ら売女に似合うのはそういう顔だ。くは、くははははははは!」


 実に愉しげに、再びドラゴが哄笑する。


「ははは!そうだ!貧民街でやさぐれていたお前達に優しく手を差し伸べ!どれ程お前らが冷たくあしらおうとも、めげず、折れず、終いにはお前らが根負けして以来無二の親友となった!西の平民街の教会の娘がいたんだよなぁ!」


「…あ、ああ…そんな…!」


「…くそ!…やつが…」


 得物を握る腕がゆるやかに下がり、震え続けるゼナとシュリナ。


「はは!いいぞぉ!ますますいい顔になった!美しく成長したその娘は!娼婦となり、頭角を顕して徐々に風俗街をまとめていきつつあったお前達を蔑むこともなく!きつい仕事なのだからと躯を気遣い!いつもお前達に優しかった!そうだろう?そんな中!他の街に慰問に向かう使節団に加わったその娘は、支援物資に目をつけた盗賊に使節団が襲われて行方知れずとなった!そうだな?」


 ひどく饒舌に、ドラゴは語る。


「ははははは!教えてやろう!使節団の旅程、護衛の規模、物資の内容を洩らし、盗賊を焚き付けたのは、俺だぁ!その内さらにのしあがって来るであろうお前達に対して!その力を削ぐ助けになる手札を手に入れておくためになぁ!どうだぁマルコ!ドルフ!多少迂遠な手段を取ろうとも、これが万が一に備えるということなんだよ!ははは!はーっははははははは!」


 ドラゴ絶頂の哄笑が辺りに響き渡った。

 ゼナは、シュリナは、掌に血が滲む程に拳を握り締め、口の端に血が滲む程に唇を噛み締める。


「素晴らしい!その顔だ!俺が見たかったのはその顔だ、ゼナ、シュリナ!くふははははははは!」



「あ~何やら大変に盛り上がってるところ、誠に恐縮なんですがね?」



 なんだか妙に申し訳なさそうな、暢気な声がドラゴの背後から。


「……あ?」


 笑みを浮かべたままのドラゴが振り返った先。


『………!!』


 ゼナとシュリナの顔が一瞬にして喜びに綻び、失われつつあった瞳の輝きが、より強く、明るく灯される。


 外套に優しくくるまれた美しい娘を横抱きにしながら、トレホを背後に従えて、微笑むカケルがそこに立っていた。

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