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勇者出奔す  作者: 達磨
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十四・裏の大掃除

短いです。次はもうちょい頑張ります。

 王都北西の風俗街に対をなすように、北東には暗黒街とも呼ぶべき、王都の裏側を牛耳らんとする連中が屯する、様々な裏組織が集まる街がある。

 第二城壁の東側の平民街から北へ向かえば向かう程に治安は悪化し、非合法の武具商、怪しげな薬や魔道具を扱う店、質の悪い辻娼婦や破落戸が街角に溢れ、盗み、たかり、刃傷沙汰には事欠かず、賭場や地下闘技場は噎せかえるような体臭と酒の臭いと怒声に満たされている。

 ある程度何がしかの心得がなければ、一晩で丸裸にされ、最悪命をも喪う。そんな街である。

 その地下闘技場の更に地下、薄暗いが豪奢な調度に囲まれた一室に、数人の男達が集まっている。


「西の女狐二人が最近随分と調子に乗ってるようですねぇ…?」


 闇武具商のリックマンが、糖蜜酒を嘗めながら冷たい爬虫類のような瞳で口火を切る。


「あがりを納めなくなって三月か…そろそろ斬り刻んじまってもいいんじゃねぇか?」


 暗殺者ギルドの主マルコが片刃の短剣を弄びながら呟く。


「だなぁ…面子もあるし。あぁ、殺る前に姦らせてくれよ?ありゃあどっちもいい女だ」


 裏傭兵ギルドの主、ドルフが要求する。


「おいおい、んなものぁ当たり前の話だろがよ。念を押すまでもねぇ」


 低く、下卑た笑い声が静かに部屋に響く。


「与太話は置け…」


 妙にしゃがれた、しかし威圧感のある声に一同が瞬時に静まる。

 人身売買、賭場、地下闘技場の元締めであり、裏の顔役筆頭の男、ドラゴ。

 その声の調子は憂鬱げだ。


「見つかったのか、それぞれに」


 彼が言っているのは、邪龍襲来時のどさくさで紛失しまっている各顔役らが保管していたはずの様々な念書や割り符、印章等、表沙汰になれば致命的な物件の数々、それらの行方のことである。

 ドラゴ自身が保持していた物は、全てを持ち出していたので安全だった。だが、残りの顔役達はそうではなかったのだ。

 分散して隠しておいた物を、あの混乱の中で上手く回収出来なかった上に、紛失したそれらの中には、ドラゴをも脅かす物が混じってしまっている。

 この会合は、進展が見られないその懸念事項について話し合うために急遽設けられた席なのだ。


「何かが起きている、何かが」


 ドラゴの曖昧な言葉に、一同は怪訝な顔になる。


「何かと言われますが…」


 ぎょろり。


 ドラゴの大きな目が剥かれた瞬間、リックマンの顔の真横、椅子の背凭れに小剣が突き立っていた。

 ぶわりと脂汗を吹き出し、リックマンは刀身を横目にしながら息を飲む。


「…愚鈍にも程がある。この街では潮時だな」


 新たな組織を別の街で興すとなれば、膨大な手間がかかる。

 だからこそ、邪龍が駆除されたならばとドラゴはこの街に戻ってきた。だが、どうにもきな臭い気配が拭えない。


「この中で、糞貴族共とここ数日の間で繋ぎがとれた者はいるのか…?」


「…む?」


「そういえば…」


 ドラゴを除く全員がようやくにして、漠然とではあるが違和感を感じ始めたようだ。


(………失策だったな。手間を惜しまず、別の街を目指すべきだった)


 ドラゴが静かに瞑目し、如何にして次策を展開するかに思いを巡らせ始めた時、突如室外が慌ただしくなる。


「急事につき無礼をお許し下さい、首領!皆様!」


 伝令として部屋の入口に現れた男は冷や汗にまみれていた。


「………話せ」


 ドラゴの許可を得た男がもたらした情報に、顔役達は驚愕することになる。





 フェリエは間抜けに大きく口を開いたまま、呆けてしまっていた。あまりに非現実的なその光景故に。


「あ~、フェリエ?その口は閉じた方がよくないか?台無しだぞ?色々と」


「……………」


 カケルが声をかけても、フェリエは動かない。

 そこに、いい汗かいたと言わんばかりのトレホが戻ってきた。


「その嬢ちゃんが呆けるのも無理はねぇよ。自分でやっといてなんだが、これはなぁ…」


 後ろを振り返ったトレホの視線の先には瓦礫の山ができている。

 ここは闇武具商リックマンの店の“跡地”である。何故なら、カケルから贈られた義腕を十全に活用し、トレホが瞬く間に建物を単なる瓦礫に変えてしまったからだ。


「メルヴィン、後頼んでいいか?なんかフェリエのやつ動かねぇし。そこら辺りに地下蔵への入口があるらしいぞ。根こそぎ持ってっちまえよ」


「了解しました。しかしすごいですね、トレホさんのその義腕」


 外向きの口調で答えながら、メルヴィンはフェリエと同じように呆けている部下達を蹴り飛ばして無理矢理覚醒させると、地下蔵の入口辺りの瓦礫を退かす作業に取り掛からせている。


「ああ、気に入ってるよ。しかしなメルヴィン、今からもっとすげぇもんが見れるぞ?」


 乾いた布で土埃にまみれてしまった義腕を拭いつつ、トレホは顎で先に歩いていったカケルを指し示す。


「…?」


 首を傾げるメルヴィンに、トレホは意味ありげに口角を吊り上げる。

 次の目標に定めた、同じくリックマンの魔道具を扱う店の前に立ったカケルは両手にダイラムの素材から造られた手袋をはめた。拳を保護するようにヒヒイロカネ製の金属片が随所に取り付けられ、甲の部分には紫水晶が埋め込まれている。

 今日のカケルは加えてダイラム素材の漆黒の袖無し短衣に脚衣に長靴、袖無しの裾が膝下まで届く外套を羽織っている。

 以前変異した神威の仮面無しの状態の色を黒くしたような装いだ。


「さて…と。メルヴィン、中には誰も残って無いんだな?」


 腕をぐるりと回してほぐしながらカケルが問う。


「はい、確認してます」


「了解。んじゃま、そ~らよっとぉ!」


 無造作に腕を振りかぶったカケルが拳を打ち込むと、かなり大きな建造物であるリックマンの店が一瞬で“爆散”してしまった。


『!!!???』


 トレホの義腕の出鱈目ぶりも凄まじいものであったが、カケルの一撃はそれを軽く飛び越える衝撃をもたらし、フェリエや警吏の面々は再び愕然とする。

 フェリエなどは顎が外れそうな程に口を開いているために、折角の整った顔立ちが台無しどころか、何だか残念な感じになってしまっていた。

 一緒に魔獣狩りに行ったこともあるメルヴィンは、カケルとその周囲の出鱈目ぶりにはある程度耐性がある。


「あー、こりゃ今日一日で随分とすっきりしちまうかな、この辺も」


 素の口調でひとりごちながら、メルヴィンは再び部下達を叱咤するのであった。





「は~いみんな~、あわてず~、おちついて~、あっちですよ~」


 ノノの先導で、大勢の子供達がよろめきながらぞろぞろと進む。

 ドラゴが抱えている、奴隷とするために拐ってきた国内外の子供達だ。

 その救出作戦が大詰めを迎えていた。

 何ヵ所かに別れて囚われている子供達を警吏達やトレホの家出身の冒険者と手分けし一斉に助け出す。

 今、ノノ達が取り掛かっている場所が最も人数が多く、見張りの破落戸共も手強い。ノノ、レーニア、フェムは見張りの連中を粗方始末し、警戒を弛めずに子供達の誘導を続けていた。


「くそあま共が!てめぇら此処がドラゴ様の“牧場”だと知ってやってんだよなぁ!」


 十数人の手下を引き連れて追ってきた大柄な男の額は汗にまみれている。

 

「あ~あ~、大人しく引っ込んで親分とこにでも逃げりゃよかったのに」


 殿を務めていたレーニアが棍を構える。


「雑魚は去ね、面倒」


 同じく殿のフェムも刺突剣を抜く。


「…って、てめぇら?夢猫館と幻夜館の…?」


 素早い踏み込みから先制したのはフェム。

 繰り出された刺突が破落戸共を次々に穿ち、穴だらけになりながら出血し絶命させていく。

 次に、レーニアの棍が唸りを上げ、凪ぎ払い、突き、これまた破落戸共をずたぼろにしていく。


「な!?な!?」


 あれよあれよという間に手下を全て無力化され狼狽する大男は、視線の先で弓に矢をつがえる女を何処か別の世界の出来事のように錯覚してしまう。


「いそいでますので~、たいしたおもてなしはできませ~ん。ごめんなさいね~」


 妙に間延びした暢気な声とは裏腹に、疾風のごとく放たれた矢が大男の眉間に突き立った。





「な……………」


 男は驚愕する。

 フードを深く被り、寂れた自分の店に突然現れた女が、秘匿している自分の真の生業を何故知っているのか。


「調べはついている、“蛇刃”。後ろに控えている警吏に大人しく捕縛されるならそれでよし。否やというならば、………斬る」


「随分と一方的でございますねぇ、裏街に店を構えるちんけな男相手に。何か誤解があるようで…」


 愛想笑いを浮かべながら、両腿にくくりつけてある得物にそっと手を伸ばす。が。


「否やというならば斬る。…そう言ったはずだぞ?」


 目の前の女の冷悧な瞳に射抜かれ、演技は無駄だと悟るや、男は短く舌打ちし得物を引き抜いて女に襲いかかる。


「………!?」


 転瞬、女の両の手から放たれた銀光が獣の顎の如く男を喰らう。


「………後をお任せします。私は次へ」


 警吏達の畏怖の視線を涼しげに流しながら、ハウアは次の獲物を狩るべくその場を立ち去った。





 地下の特別室から地上に出たドラゴ他暗黒街の顔役達は、揃って呆然とする他無かった。


何も無いのだ。


何も。


自分達が築き上げたはずの暗黒街が、只の瓦礫まみれの更地になっていたのである。


「………あぁ遅かったねぇ、親分方」


「待ちくたびれたよ?」


 瓦礫の中で一際異彩を放つ、漆黒のドレスを身に纏い艶然と佇む美女二人。

 ゼナとシュリナである。

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