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勇者出奔す  作者: 達磨
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十三・不可視のギロチン

上手くまとまりません…誰か文章力を分けてくれ…!

「丁重にな」


 大剣使いの傭兵の遺体を部下に命じて運ばせると、ラミレス卿は視線を巡らせ、まずはロナのもとへと向かう。

 まだ魔法の残滓の濃いそこは、瞬時に汗ばむほどの熱気に包まれている。

 だがロナは、その中にあってまるで寒さに凍える小鳥のように、うずくまり、がくがくと震えていた。

 ラミレス卿はそんなロナを優しく抱きかかえた。ロナは特に抵抗せず、震えながらされるがままになっている。

 ラミレス卿はそのまま、倒れた女傭兵の遺体の前で膝をついているメルシエのもとへ向かった。


「…う…ぐっ…」


 メルシエに近づくにつれ聞こえてくる、圧し殺したような嗚咽。

 ラミレス卿はロナをその場に降ろし、二人に向けて落ち着いた深く優しい声音で語りかける。


「無理に耐えずともよい。初めて同族をその手にかけたのだ。見苦しくともよい、何もかも吐き出し、気のすむまでのたうち回ればよいのだ。儂も、あの三人娘も、我が部下達も、それを嘲笑ったりはせぬよ」


 ロナは四つん這いになり、逆流してきた胃の中のものをぶちまけた。咳き込みながら吐けるだけ吐き出した後は、己の躯を抱き締めるようにして震え続けている。

 メルシエは慟哭した。鼻から溢れる鼻血を拭うこともせず、ぼろぼろと零れる涙もそのままに、子供のように泣き喚いた。

 ラミレス卿も従者三人組も、警吏部隊の面々も静かにそれを見守るのみ。





「メルシエ、ロナ」


 少しずつ落ち着きを取り戻していく二人の様子を見計らって、ラミレス卿は声をかけた。


「メルシエのその涙の訳も、ロナの震えの訳も、儂は聞かぬ。聞いても何も答えてはやれぬからじゃ。同族殺しには背負わねばならぬ業がつきまとうものよ。その業といかに向き合うか、それは、各々が、生涯をかけて答えを探さねばならぬ。これだという答えなど無い。儂とて、まだまだ道半ばじゃ」


「生涯を…」


「…かけて」


 師の顔を仰ぎ見る二人。


「ひとつだけ、儂から助言しておこう。今日この日に得た想いを、忘れるな。それだけでよい。忘れさえしなければ、そうそう外道に堕ちることもあるまいよ」


『……………』


「だ~いじょうぶですニャ!メルシエはつよい娘ですニャ!」


「おうよ!うじうじすんな!」


 膝まづいたままのメルシエの両脇からぴょこぴょこりとキリとチキが現れ、ばしばし背中を叩く。

 メルシエはがばりと二人を掻き抱いた。貪欲に、ぬくもりを求めて。

 少し苦しかったが、キリもチキも抗わず、今度は優しくメルシエの背中を撫でている。


「………」


 キツは無言で、いつもの頭の上ではなく、ロナの左肩に乗ると、その頬をすり寄せた。

 ロナも頭をキツの方へ傾け、何も言わず、心地よい暖かさにその身と心を委ねた。





「ラミレス卿!国の重鎮たる我々を!いつまでこのように辱しめるおつもりか!」


 捕縛劇からの一騎討ちも終わり、ほったらかしにされたままであったカリー卿をはじめとする貴族達が、またしても騒ぎ始めた。

 やいのやいのと騒ぐ貴族達を一瞥し、ラミレス卿は眉をしかめながら深く長い溜め息を吐き出す。


「…やれやれ、無粋な連中じゃのう…」


 ぱきぽきと指の骨を鳴らしながら、ラミレス卿がゆらりと振り向く。


「全くですニャ、ちっとは空気を読んでほしいですニャ」


 キリが目を細めながら、しゅしゅっと左右の拳を空に打ち出す。


「あれだけしばいてやったのに、まぁ~だぺらぺら話す元気があんのか」


 ぴこぴこと兎耳を揺らしながら、チキがぐるりと首を回す。


「………煉獄ではなく、地獄が好みらしい」


 キツが羽繕いをしながら、情けの欠片も見えない冷ややかな視線を送る。


「なっなんだ!?無礼は許さぬぞ!?」


 暴力的な威圧感を放ちながらにじり寄る四人に縛られたまま後ずさる貴族達。


「この…痴れ者どもがぁ~!!」


「ふぼぉぉっ!?」


 ラミレス卿の豪腕が唸り、鳩尾に深々と突き刺さった拳に、カリー卿が目玉を剥いて苦鳴を漏らす。


「踊れ、道化の如く」


 キツが翼をひと振りすると、無数の羽が風に舞い、貴族達を包む。

 次の瞬間、その羽達は風の刃と化し、貴族達の衣服を尽く切り刻み丸裸にしてしまう。


『ひいぃぃっ!』


「おらおらぁ!まだまだそんなもんじゃ済まさねぇぞ!」


 妙に愉しげに、チキは己の兎耳で貴族達をしばいてしばいてしばき倒す。

 貴族達の生っ白い肌に真っ赤なみみず腫が次々に刻まれていく。


『ぎゃひひぃぃ~!』


 見もふたもなく泣き喚く貴族達。


「ニャ~はっはぁ!ちったぁ痛みを知るとよいですニャ!」


 キリが猫爪をぎらりと輝かせ、しぱぱぱぱっと引っ掻きまくる。

 みみず腫に加えて真っ赤な引っ掻き傷を無数に拵えた貴族達は、見るも憐れな姿になって痛みにのたうち回っている。


「はっはっは!実に愉快な姿になったではないか!じゃが貴様らには似合いの姿よ!」


 呵呵大笑するラミレス卿。


「あ、あの…ラミレス卿?その…流石にこれはまずいのでは…?」


 側近の一人が、若干顔色を青ざめさせながら恐る恐る進言してくる。

 だが、ラミレス卿はそれを一笑に伏す。


「何、構わん構わん。既に陛下よりこやつらへの裁きは下されておる。何ならお前達もやっておいたらどうだ?今の内じゃぞ?」


「はい?」


 怪訝な顔になる配下達。


「税の中抜き、税の捏造。己の悦楽を満たすためだけに人を拐い、姦し、殺す。目障りだと思えば、同僚の貴族に配下の者、商人、庶民を問わず裏の者に手配し殺害。自らの過ちは隠蔽し、人の過ちは殊更に吹聴し蹴落とす、上手くゆかねばやはり裏の者に命じて殺す。そんな下衆共にかける情けなど、儂は持ち合わせておらぬ」


 側近の者をはじめ、配下の警吏達の表情が、ラミレス卿の話を聞くにつれてどんどんと冷えていく。

 皆がちらりと見ればそこには、従者三人組にこてんぱんにのされて息も絶え絶え、色々とだだ漏れにした傷だらけのぶよぶよに肥えた中年から初老の男達の塊がいるのみである。


「………やめておきましょう」


 苦笑いしながら固辞する側近の者と部下達を見やり、満足げに笑うラミレス卿。


「ふん、それが賢明じゃな」


 ラミレス卿はぼろきれの様になっている貴族達に向き直ると、締めの通告に入る。


「陛下よりの裁きを申し渡す!此度の調べによりその罪が認められた貴様らは、例外無く領地領民を一時国の預りとした上、全ての私財を没収。家の取り潰し及び貴族位の剥奪。庶民が三月はゆうに暮らせる貨幣を与え、“各自の領地”に追放するものとする。なお、家族親類縁者がこれを助けた場合、その者も同罪とし、同様の罰を下すものとする。以上である!」


 警吏達がざわめく。その多くは、前半はともかく後半の罰に対する疑問の声だ。

 しかし、それを聞いた従者三人組は忍び笑いを漏らしている。


「ふひひ、王様も粋な計らいをするものですニャ~」


「いやいや、こりゃ見物だぜ?」


「…何気にえぐい」


 愉しそうな三人組に警吏の一人が尋ねる。


「あの…どういう意味でしょうか?」


 キリがにぱっと笑いながら答える。


「例えば、あのおじさんや爺さん達は、警吏さん達みたいなことは何ひとつできないということですニャ」


「は、はあ?」


「わかんないですニャ?警吏さん達は訓練で夜営とかしたりしないですかニャ?」


「え?そりゃありますけど…」


「ですニャ。獲物とか自分で調達するですニャ?」


「…全部じゃないですけど、狩りは当然しますね」


「自分で捌いて、焼いて、食べるですニャ」


「はい、その通りです」


 まだよくわからない様子のその警吏に、今度はチキが答える。


「ラミレスの爺ちゃんに色々鍛えられてっだろ?だからある程度は体力もあるし、戦い方、狩の仕方、獣の知識、魔獣の知識、果物やら野草やらの知識なんかも知ってるわけだ」


「そう…ですねぇ」


「あそこに転がってる連中に、そんな知識も経験も無ぇだろ?」


「……………あ!?」


「そういうことだよ」


 チキがにんまりと笑う。

 それが伝染したかの様に警吏もにんまりと笑う。


「…それは一つの例え」


 キツが瞑目しながら呟き始める。


「恐らくあの連中は、産まれた時からほとんどを他人任せにして生きてきている」


 警吏達はキツの呟きに、ギロチンの刃が持ち上げられていくのを幻視する。


「甘やかされ、自らの地位に傲り、民のことも、配下のことも、下手をすれば家族のことですら省みない」


 ギロチンの刃は頂点に達した。


「こいつらは“生き方”を知らない」


 警吏達は理解し始めた。この罰の恐ろしさを。


「そんな連中を着の身着のままで放り出す。馬車での移動は徒歩に、食い物も誰も運んでこない。着るものは?寝場所は?金が尽きたらどう稼ぐ?道で、街で、人や魔獣に襲われたら?護衛なんて当然いない。どう身を護る?どう生き抜く?」


 もう理解出来ない者はいない。ある意味死罪よりも余程恐ろしい。


「まあその心配も、“赦されれば”の話じゃがの」


 ラミレス卿が話を引き継ぐ。


「あくまでこやつらが見事に自分達の領地を治めておれば、の話じゃな。その前にこやつらには領民の審判が下されることになろうよ。何せ領民達が怖れていたものを、今のこやつらは何ひとつとして行使できんのじゃからな」


 ギロチンの刃は無情にも落とされた。

 警吏達の誰ひとり、目の前の“元”貴族達の明るい未来を見出だせない。

 彼等はどこかで王を侮っていた。自らの地位を過信していた。だからこそ、王の“本気”をこの苛烈な処置により初めて知り、今更その罰の恐怖に震えだした。


だが、全てはもう遅すぎたのだ。





 地邪龍ダイラムの襲来の混乱がようやく収まりかけた頃に大々的に行われたこの大捕物は、王都を激震させた。

 堅実に己の職務に邁進する貴族や官吏達は、両手を上げて歓迎し、再構成された体制の元で更なる国家繁栄のために尽力すると誓いを新たにしていた。

 あわよくば失脚した貴族達の後釜に…などと考えていた不埒な貴族や官吏達も、あまりに苛烈な今回の処置と彼等の末路に震え上がり、鳴りを潜めている。

 彼等と繋がり暴利を貪っていた商人達も店を潰された挙げ句に、深く関わっていた者は投獄される等、かなり重い罰を受けている。これにより商業の世界も再構築され、台頭や没落、浮沈の激しさは貴族の世界と変わらないものとなった。

 後世、史家が王国パンディードを語る際に、この大捕物を期とする世代交代を転換点とする者は多い。

 しかし実際はその裏で展開されたもう一つの世代交代については、あまり詳しく語られることはなかった。

 王都の民衆もこの時は混乱を極めたが、それはこの捕縛劇よりも、もう一つの大騒動が原因であったのである。

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