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勇者出奔す  作者: 達磨
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十二・一騎討ち

遅くなりました、申し訳ありません。

「はっはぁっ!やるじゃねーか爺さん!その歳でそれだけやれるたぁな!」


 大剣が凄まじい膂力で振るわれ、無数の斬撃がラミレス卿を襲う。


「ぬかせ小僧が!力任せの剣で儂を倒せるなどと思うなよ!」


 しかしラミレス卿は涼しい顔で斧槍を巧みに操り斬撃を全て捌ききっていた。年齢による衰えは不可避のものではあるのだろうが、今のラミレス卿にそんな心配はいらないようである。





「きひひ、その綺麗な顔を俺の焔で炙ってやるぞ?きひ、きひひ!」


「………」


 杖の先から蛇の舌のような焔が迸る。不規則な動きで自身に襲いかかるそれを、ロナは軽く杖を振ると霧散させた。


「…?!貴様?今、対属性で打ち消すのではなく、分解したのか?術を!」


 いやらしく細められていたローブのフードの奥に隠された目が驚愕に見開く。


「………」


「…きひ!こりゃ普通に楽しめそうだな」


 男の瞳から嘲りの色が消え去り、剣呑な光が灯った。





 星球鎚の苛烈な一撃がメルシエを襲う。

 メルシエは初めて相対する武具に対し、冷静にその特性を見極めるべく、序盤は守りに徹していた。


「どうした嬢ちゃん、逃げてばかりじゃないか」


 それなりに重量のある武具であるにも関わらず、女傭兵の取り回しは全く危なげない。息を乱す様子もいまだ欠片ほども見えない。


「……………」


 メルシエは無言でかわし続けるのみである。





「ん~、やはり魔獣狩りの時とは違って、メルシエもロナも動きが固いですニャ~」


「だなぁ。負けるこたないと思うが…」


「…ここが試金石にして分水嶺」


 相変わらず喧しい貴族達を、適度に蹴り飛ばして黙らせながら、従者三人組はメルシエとロナを見守る。


「カケルや風俗街の皆やらがそこかしこで無意識に散らした欠片を、あの二人がしっかりと拾い集めていたなら、多分大丈夫ですニャ」


「もうちょい様子見か?」


「ん」





「…ちっ、拉致があかねぇかぁ…」


 大剣を下から掬い上げるように振り抜き、斧槍を弾くと、傭兵が距離を取った。


「仕方ねぇ、こいつは取って置きだったんだがな」


 ぼそりと呟いた後、大剣から紫電が迸る。


「ほお?魔導剣か。珍しいな」


 ラミレス卿は興味深げに紫電を纏った大剣を注視しながら、斧槍を構え直す。

 魔導具は魔素を蓄積する性質を持つ魔導石に術式を施し組み込むことで、特定の魔術を発動させることが可能な道具であり、魔術の素養の低い者でもわずかな精力を流し込むだけでその効果を発現がさせることが出来る。

 魔導石に蓄積する魔素の容量は石の質に左右され、一度使いきってしまうと再び蓄積されるまでにはかなりの時間を要する。効率という点においては魔術師の操る魔術には遠く及ばない。


「知ってたか。だが、知ってたところでどうにもなるまい!この大剣から放たれた雷は何処までも爺さんを追うんだからなぁ!」


 傭兵の大剣に組み込まれた魔導石には雷の魔術が封じられているらしい。金属製の武具と相対した際にはそれらを透過して対称の肉体に害をなすことが可能というわけだ。


「そろそろくたばんな!爺さん!」


 大剣の切っ先がラミレス卿に向けられ、解き放たれた紫電が襲いかかる。


「ぬうん!」


 しかし、紫電が届くかと思われた瞬間、ラミレス卿が斧槍の石突きを地に突き立てると、突如として土中から出現した歪な鋼の棘が、紫電を絡めとるかのように受け止め大地に放散させてしまった。


「…な!?」


「惜しかったのぉ。“自分の武具は特別だ”確かにそうなのだろうな。だが、“相手の武具も特別”であるかもしれんではないか。このようにな」


「くそ爺が…!」


 大剣から紫電を何度打ち放とうとも、その全てが鋼の棘に絡めとられてしまう。

 傭兵の顔色に若干の焦りが混じり始めた。


「…ふむ。無駄だろうとは思うが、一応聞いておこう。…降る気はないか?」


「…嘗めるな」


「…じゃろうな。ならば!」


 ラミレス卿が再び精力を斧槍に込めると、傭兵の周りに鋼の棘が牢の格子のように出現する。


「ちぃ!」


 大剣で棘を凪ぎ払う。容易く弾け飛ぶそれに拍子抜けするも、その刹那の気の弛みは、大剣を振り抜いた体勢と相まって絶対的な隙となる。

 大上段に斧槍を振りかぶったラミレス卿の姿が、威丈夫の傭兵がこの世で最期に見た光景となった。





「きひひひひぃ~!いい加減焦げちまえよお前ぇっ!」


 魔術師はここまでの苦戦を全く予想していなかった。

 自分よりも一回りは年下であろう小柄な少女がこちらが放つ魔術の全てを事も無げに無効化し続けているのである。


「………ひとつ聞いても?」


 今まで一言も発しなかったロナが魔術師に問いかける。


「…何だぁ?」


 訝しげに応じる魔術師。


「魔術が使える。すなわち貴方は貴族。何故?」


「…あぁ?」


 端的な言葉での問いかけに鼻白む魔術師。


「なんで傭兵なんぞしてんのかってことかぁ?」


 こくりと頷くロナ。


「きひひ!んなもん決まってるじゃねぇかぁ!貴族なんてお堅い柵だらけの立場じゃ気の向くままに“燃やせねぇ”からだよぉ!」


「……………」


 短く嘆息しながら、ロナはある日のカケルとの会話を思い出していた。





 ロナが初めて“魔法使い”とカケルに呼ばれた日のことだ。


「俺の世界にも大勢いたし、この世界もそうなんじゃないかと思うんだが、“力に魅入られる”奴ってのは厄介でさ。普通は力ってやつは目的を達する手段の一つのはずなんだが、その手の連中ってなぁ“力を振るうことそのもの”に価値を見出だしちまう」


「…のべつまくなし。厄介」


 ロナの頭の上のキツがぼそりと呟く。


「だな。力を振るう快楽に溺れて堕ちる先には、果てのない無限の闇しか無い」


「……………」


「闇の中に沈もうがどうしようが、そいつの人生さ、好きにしたらいい。ただし…」





「…貴方はその焔で、気の向くままに“どう”燃やしてきたの?」


 ロナの問いに、魔術師は狂気の笑みを浮かべる。


「はぁ?決まってるだろぉ?俺ぁこの焔が何かを焼け焦がすのを見るのがだ~い好きなんだよぉ!何だっていいが、やっぱり人やら亜人が最高だよなぁ!泣き叫び!赦しを乞い!熱さと傷みにのたうち回るのを眺めながらゆう~っくりと消し炭にしてやるのさぁ!芸術家共の彫刻なんぞ目じゃねぇ素敵なオブジェの出来上がりさぁ!きひ!きひ!たまらねぇ!」


 やたらと饒舌に、次第に恍惚の表情になりながら、魔術師は語る。

 その様子を眺め、普段の眠たげな半眼を細めていくロナ。


「そういやぁこの間は傑作だったぜぇ?復讐の依頼でよ?本人でなくて、その妻と子を可能な限り惨たらしく殺してくれってなぁ。がたがた震えながら哀願するわけさぁ!私は構わない!でもこの子だけは!この子だけは!って!俺の焔から必死で我が子を庇うわけよ!無駄なのになぁ?きひ!きひ!きひ!親子仲良く炭になっちまったよ!きひひひひ!しかもだ!しかも!自分の妻と子が炭になったのを見た本人がさ、すがり付こうとしてぼろぼろに崩しちまってよぉ?あああ!あああああ!って半狂乱になって泣き叫んでさぁ?涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら終には狂い死んじまった!きひ!きひひひひひひ!」


「………そう」


 ロナは腹を括った。頭の片隅に残ってたいた躊躇いが、今は、今だけは綺麗に消え去るのを感じていた。


「…力を貸して」


 カケルから譲り受けた杖をひとなでする。

 精力を込め、眼前に杖の先端を翳すと、飾りの女人像の背中から生えている翼が、折り畳まれた状態から徐々に広がっていく。


「…あん?なんだぁその杖?」


 翼を広げきった女人像の胸には紫水晶が抱えられている。


「貴方の焔など、児戯に等しい。今、それを教えてあげる。その身を以て知るがいい、下衆野郎」


 紡がれる言葉は相変わらず淡々としているが、そこにはロナの静かな、しかし激しい感情が込められていた。



「なんだとぉ?………!?」


 魔術師はロナの言葉に苛立ち、焔の魔術を放とうとした。が。


「…!?…術が?…いや?この魔素の流れは…!?」


 まるで魔術師が術を紡ぐことを拒絶するかのように、周囲の魔素は魔術師を避けてロナに向かって急速に集まっていく。


「き、きひ?なんなんだぁ?」


 魔術師の額と背中に粘つく嫌な汗が吹き出し始めていた。

 魔素の集まりはやがて実体化を始め、焔が生まれ、次いでその焔が美しい女性の姿を形どる。


「き…ひ…?」


 その美しさに、魔術師は見とれてしまった。

 橙の裸身に黄色く輝く焔を纏う美女は、魔術師に歩み寄るごとに輝きを増し、やがて蒼白い裸身に白の焔を纏う姿になった。


「きひひ!きひひ!ききき綺麗だぁ~!」


 ふらふらと焔の美女に向かって足を踏み出した魔術師は、焔の美女の極上の微笑みと“熱い”抱擁の中で狂ったように笑い続け、この世界からその存在を消し去った。





「くそが!いつまで逃げ続けるつもりなんだい!」


 星球鎚がことごとく空をきる。

 女傭兵は馬鹿にされているものと感じたのか激昂している。


「貴女の強さ、そしてその武具の恐ろしさを感じ、全身全霊をもって相対し、見切ることに専念したまでのこと。今までは」


「…ほお?」


 両手剣を正眼に構えるメルシエと、星球鎚を片手下段に構える女傭兵。


「貴女の攻撃はとても真っ直ぐで気持ちのいいものです。だからこそ今、聞いておきたい。貴女の護衛対象は捕縛され、貴女は務めの目的を成し得ない状況にあります」


「…あぁ、残念ながらその通りだね」


「いくら貴女の力量が非凡であっても、この人数相手では逃げることも叶いますまい」


「だろうね」


「では、貴女と私が戦わねばならない理由は何なのでしょうか?」


「あ~、真っ当に考えりゃ、んなもん何も無いわな」


「では…」


「待ちなよ、真っ当に考えりゃって言っただろ?あたしゃ真っ当じゃないってことさ」


「…?」


 女傭兵ははにかむように笑う。


「ガキの頃、近所の男の子に喧嘩で負けたのが悔しくてさ、仕返しするために自分を鍛え始めたのが始まりさ。そしたら所謂“女らしさ”なんてものはどこかに行っちまってねぇ。気が付いたら戦うことが生き甲斐になっちまってた」


「……………」


「相手が人でも魔獣でもいい。頭ん中真っ白にして命のやり取りしてなきゃ、生きてられなくなっちまったのさ」


 メルシエには理解出来ない心情ではあるが、それは彼女の人生であり、“そうなって”しまったものを覆すのは容易くはないのだろう。


「あんたがあたいのことを認めてくれたみたいにさ、あたしも直感で思ったんだ、“あぁ、この相手となら思う存分やれる”って」


 一瞬、メルシエは瞑目する。

 目を開き様、そこに意志の光を宿し、メルシエは両手剣の柄を握る手に力を込め直す。


「…そうこなくちゃな。いくぜぇ!」


 そこから先は二人とも口を開くことなく、両手剣と星球鎚を交わすことで言葉に代えていた。

 両者共に盾を持たないため、相手の一撃をかわすか己の得物で弾くか反らすしかない。

 激しい攻防に時を刻む中で、かわしきれず掠めたり、弾き損い、反らし損う。お互いに直撃ではなくとも、斬撃、打撃を貰うことが増えてきていた。


「……………」


 ここで、メルシエにとってはやや不本意ながら、各々の武具の差が歴然と出てきていた。出てしまっていた。

 女傭兵の操る星球鎚も纏う革鎧も、それなりの業物ではあるのだろう。だが、メルシエの両手剣と鎧はカケルから譲り受けた特別製である。

 現に、女傭兵の星球鎚には激戦により細かな皹があちこちに入っているのに対し、メルシエの両手剣は刃零れひとつ無い。女傭兵の革鎧は所々が裂け、躯の傷も増える一方なのに対し、メルシエの鎧には傷ひとつ無く、メルシエ自身も大した傷は負っていないのだ。


(…とはいえ、今更それを言っても詮無きこと)


 女傭兵の瞳に宿る闘志に未だ衰えは見えず、その顔には笑みすら浮かべている。恐らく武具の差など彼女は気にもしていまい。


(ならば)


 刹那の内に己の内の躊躇いを切り棄てるメルシエ。

 決着はその直後に訪れた。


「るああっ!」


「はっ!」


 女傭兵の列泊の咆哮。


 メルシエの短く発した気合い。


 女傭兵から繰り出された星球鎚を、真芯から捕らえたメルシエの両手剣の一閃が砕いた。


 己の得物が砕け散る最中、獰猛な笑みを浮かべた女傭兵は瞬時に柄から手を離し、舞い散る破片に紛れて拳を打ち放つ。


 その拳はメルシエの顔面に深々とめり込み吹き飛ばした。


 満面の笑みを浮かべた女傭兵の口から迸る鮮血。


 女傭兵の腹部は、深々とメルシエの両手剣に突き抜かれていた。

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