十一・表の大掃除
無理矢理ぶったぎって投稿。年内にあと一回は更新しておきたかった…。年末年始は仕事で忙殺されてます。年明けの投稿も遅れるかと…申し訳ないです。皆様よいお年を…。
王都郊外に、財務府長官カリー卿の別宅がある。
王族の別宅かと見紛う程に豪奢な造りの邸宅は、その主カリー卿の権勢を表すものでもある。
広く豪華な食堂にはカリー卿を始め、彼の“同胞”とも言うべき、それぞれに国の重職にある貴族達が、豪勢な晩餐を食しながらも、憤懣やる方なしと愚痴を垂れ流していた。
「王は一体何をお考えか、我らなくば政が立ち行くまいに」
肉の塊を頬張りながら、税務府の長官コルム卿が声を上げる。
彼等は本気でそう思い込んでいるのだが、実のところ、この邸宅に籠っている連中が居なくとも国政にはなんら影響は無い。
何故なら、面倒な実務は下の者に丸投げにしてしまい、己の享楽にうつつを抜かす輩ばかりなのだから。
「然り然り、しかも何なのだあのふざけた罪状は?かの邪竜めが王都に迫るなか、国の頭脳、心の臓ともいえる我等が第一に退避するのは当然のことではないか。何故民草などに気を配らねばならぬのだ?」
白パンを乱暴に噛み千切りながら呟くのは宰相補佐のサドラー卿だ。
他の者もしきりに同意している。
邪竜ダイラム侵攻の折、其れを知った彼等は皆、私財を掻き集めて馬車を連ね、避難を進める街の民を押し退けながら真っ先に逃げ出している。中には妻や子まで見棄てて逃げた者までいるのだ。
そんな彼等だが、カケルによってダイラムの脅威が去ると、なに食わぬ顔でふんぞり返りながら王都に戻ってきた。
が、王都に入ろうと外郭の城壁に設けられた門に辿り着くと、そこには門兵ではなく軍が待機し、彼等が王都へ戻ることを王の勅命により拒否したのである。
勅文には、先の王都の危機に際し、何よりも優先されるのは国の礎たる民の退避であり、貴族たる者の誇りと務めを忘れ、私欲により民の退避を妨げたのは罪が重いとし、沙汰のあるまで王都への帰還を禁ずる、というものであった。
(将軍と宰相がみまかられて後、王妃も奥に籠られ我等と会おうともせぬ。後ろ楯の無い今の状態では迂闊な真似も出来ぬ。面白くないことよ)
他の貴族のように愚痴を喚き散らすことなく静かに食事を進めていくカリー卿。
(しかし、解せぬ。ここ数日で王城に放っておいた手の者との繋ぎが跡絶えておるとか。用心棒共を送りつけた後は裏の連中も音沙汰が無い。もしや…)
言い知れぬ不安と焦りがカリー卿を襲う。そしてそれは、次の瞬間、明確な形となって現れた。
「たたた大変でございます旦那様!!」
倒れこむようにして食堂に入ってきたこの別宅の侍従長に全員が眉をしかめる。
「如何したというのだ?」
「この邸宅が包囲されておりまする!」
慌てふためいている侍従長とは異なり、その場の貴族達は特に慌てた様子はない。
「うろたえるな、大方、我等を迎えに来た軍の護衛の連中であろう?」
「ここには国の重鎮が揃っておるのだ。王都までの道程で万が一があってはならぬ。故に我等の身を護る為に派兵されたのであろうよ」
「は…?」
「陛下がようやく沙汰をお決めになったのであろう。民の手前、形だけは我等を罰さねばならぬであろうが、王都よりのところ払いも既に半月を越える。ここらが落とし処であったのかな?」
「い、いえあの…」
「左様。後は恐らく我等の扶持の幾ばくかを国庫に返納、といった処でしょうかな」
「ですから…」
「まぁその程度は陛下の面子を保つためにもいた仕方ありますまい」
「………」
「ですな。何、減った分はまた何かしら理由を付けて税を徴収すればよいのですから。此度の労苦の分上乗せして」
『わはははははは』
「さて、迎えは当然国軍であろうが、率いておるのは誰か?名乗っておろう?」
「ぐ、軍の方々ではございませぬ!警吏府長官ラミレス卿直々に率いられた警吏部隊の方々で、旦那様、皆様方を捕縛に参られたと!」
『何ぃぃっ!!??』
★
「よいか!邸宅に従事する者達には決して手を出すでないぞ!抵抗するならばやむを得ぬが、そうでなければ外へ誘導せい!その際に次の職場を斡旋する旨を認めた念書を渡すのを忘れるなよ! 」
斧槍を肩に担いだラミレス卿を先頭に、統制された動きの警吏達が、邸宅の各所を抑えていく。
今頃はここと同じ様に、王都から閉め出された貴族達が逗留しているそれぞれの箇所に警吏部隊が突入を開始しているはずである。
「さて、いよいよじゃ。覚悟はよいか?メルシエ、ロナ」
「は!」
「はい」
「生き汚いカリー卿のことだ、恐らく邸内では何事もあるまい。このような場合にも備えておるだろうて。二人の出番はその後じゃな」
邸宅の制圧の進行状況が逐一報告されていく。ラミレス卿はそれに合わせて矢継ぎ早に指示を出している。
「さて、手応えのある奴等はいますですかニャ?」
「裏の連中に用意させた用心棒をかなりの人数抱えているらしいぞ?」
「…油断は禁物」
今回、カケルの指示でキリ、チキ、キツの従者三人組はメルシエとロナに付いている。
「報告!邸宅内を制圧するも、捕縛対象者は一名も見当たりません!しかしながら、食堂にはまだ温かい食事の痕跡があり、目下、隠し通路の入口を調査中であります!」
「…ふん、やはりな。よし!入口を発見次第突入を許す!しかし深追いはするな!追われていることを貴奴等めが認識出来ればそれでよい!外部の包囲部隊に伝令!警戒を密にせよ!」
『は!』
「さぁ~て、狩りの時間じゃ!追跡部隊騎乗!待機!」
『は!』
ラミレス卿の背後に控えていたメルシエとロナも騎乗する。キリとチキはメルシエの前に、キツは相変わらずロナの頭の上だ。
「いたぞー!南東の方角!武装した騎馬の一団に囲まれた馬車四台!」
「よし!焦るなよ!再度伝令!包囲を構築することを最優先!攻撃はならんぞ!」
『は!』
廃屋に偽装された隠し通路の出口から、無理な速度で飛び出してきたカリー卿らの乗る馬車と傭兵集団。
しかし、ラミレス卿は予め怪しい箇所の目星をつけておき、幾重にも警戒網を張り巡らせていた。
カリー卿らは当初四手に別れて逃走を図るつもりであったのだが、警吏部隊の展開があまりにも速く、機を逸してしまっていたのだ。徐々に狭められる包囲網。進退窮まった一団は馬車を止めざるを得ず、四台の馬車を中心に傭兵達が円陣を組む形となった。
「旦那方、腹ぁくくった方が良さそうだぜぇ…?」
馬車の周囲を護っている連中の内、纏う雰囲気が明らかに異質な波打つ茶髪の威丈夫がのんびりと呟く。
「きひひ、ま、俺達だけなら逃げることも出来るんだがなぁ…?」
ふしくれだった杖でとんとんと肩を叩きながら、澱んだ眼光をローブの陰から覗かせた細身の男がひとりごちる。
「………この豚さん達を置いていくのはいいけどさ、上手いこと逃げおおせたところで二度と仕事は出来なくなるよ?命も危ないねぇ」
盛り上がった双丘が故に女性とわかるが、革鎧を身に纏った筋骨隆々の銀の短髪の女傭兵が片眉を跳ね上げる。
その他の傭兵連中も、怖じ気づいている者は皆無だ。誰もがふてぶてしく笑みを浮かべながら、周囲の警吏達を眺めている。
「警吏府長官ラミレスじゃ!カリー卿その他の諸侯に告ぐ!大人しく捕縛されるならば良し!否やと言うならば少々手荒な真似も辞さぬ!その場合、命の保証は出来かねるぞ!」
ラミレス卿の大音声に馬車内の貴族達はびくりと躯を震わせる。
「貴様等を雇うのに随分と高くついている。それに見合う働きを期待したいものだな」
内心の焦りを圧し殺し、馬車の小窓から顔を覗かせたカリー卿が威丈夫の傭兵に声をかける。
「承知してるよ。あの爺さんは楽しめそうだ、俺の獲物だな」
馬を降り、ゆったりと歩きながら、威丈夫は背中の大剣の留め金を外し引き抜くと、その切っ先を真っ直ぐにラミレス卿へと向ける。
「…ふん、よかろう」
口角を吊り上げたラミレス卿も馬を降り、肩に担いだ斧槍の石突きを地に打ち付けて応えとする。
「きひ、きひひ。んじゃあ俺ぁ、あの魔術師をなぶるとするか」
細身の男がロナに向けて粘着質な視線を送る。
「…キツ」
「…わかった。気をつけて」
「ん」
ロナの頭の上からキツが飛び上がり、距離を取って降りた。
「ん~、ならあたいはそこのお堅そうな嬢ちゃんにしとくかねぇ?」
銀髪の女傭兵はメルシエに向けて星球鎚を掲げる。
「お受けします」
メルシエは背中に背負っていた鞘ぐるみの両手剣を降ろし、ゆっくりと引き抜いていく。
「ほう?メルシエとロナにも相手が出来たか。皆のもの!我等三名の闘いに手出し無用!ふはは!血がたぎるのう!一騎討ちじゃ!」
三組がそれぞれに距離を取るのに合わせて、警吏部隊と傭兵集団が邪魔にならないように場所を空けていく。
「キリ、キツ、メルシエとロナとついでに爺さんが集中出来るように雑魚共片付けとこうぜ?」
「そうですニャ~。確かにすっきりしてた方がやり易いですニャ」
「ん。名案」
従者三人組の側にいた警吏達が「何を言ってるんだ?」と訝しんだ瞬間三人の姿が掻き消え、さらに次の瞬間には、悲鳴と共に馬車の回りを固めていた傭兵が数人天高く吹き飛ばされていた。
『………え?』
呆ける警吏達。
『何ぃっ?』
突然の襲撃に戸惑う傭兵達。
「ほらほらほらぁ~!ぼさっとしてんじゃないですニャ!」
猫拳撃に猫脚撃、小柄な躯の何処からこの威力が出るのかと不思議になるが、キリが縦横無尽に傭兵達を凪ぎ払う。
「貧弱貧弱貧弱ぅ!弱すぎんぞお前らぁ!」
チキが竜巻のように蹴り捲り、さらに自由自在に動く兎耳で傭兵達をしばき倒す。
「…邪魔」
一旦急上昇したキツが、きりもみしながら急降下、大地に着弾するや周囲に強烈な衝撃波が発生。馬車が横転し、傭兵達が吹き飛ばされる。
『……………』
いざや一騎討ち!と緊迫した雰囲気であった三組の面々も、これには呆然とする他ない。
「………?何ぼさっとしてるですニャ?手加減してあるから、こいつら別に死んじゃいないですニャ。とっととふん縛るがいいですニャ」
相変わらず呆けたままの警吏達にキリが喝を入れる。我に返った警吏達は慌てて、そこらじゅうで呻き声をあげたり伸びたりしている傭兵達にわらわらと群がり捕縛していく。
「ひ、ひぃ~!は、離せ!離さぬかこの畜生めらが!」
「あ?お前らだって似たようなもんじゃねーか。どいつもこいつも豚みたいななりしやがって」
チキは馬車の中からカリー卿ら貴族達をなんの躊躇いもなく引きずり出し、無造作に放り投げながら一ヶ所にまとめている。
「…怖い思いさせてごめん」
キツは馬車に繋がれた馬達に謝りながら解き放ってやっていた。
「さて、本命もがっちり確保しておくですニャ。心置き無く闘るといいですニャ」
ひとまとめにされた貴族達がわめき散らしているのを軽く蹴り飛ばしながら、キリが促す。
『……………』
なんともいわく言い難い空気が流れているのだが、どうやらこの三人組は全く気がついていないようである。