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勇者出奔す  作者: 達磨
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九・王の手

夜中にこっそり。難産だった割には面白くない…。話を進めたいので次はもっと早く投稿…できるといいなぁ

「…何?カケル殿が?」


 パンディード王都キャメロン、王城の王の執務室。

 いつもと同じ様に、将軍であるヘイル卿と王城筆頭魔術師のディーキンス卿との政に関しての侃々諤々たるやり取りの最中、室外に控える従卒よりカケルの来訪を告げられた王は、訝しげに残る二人に視線を送る。


「…その、謁見ではなく、私的に話が出来ないかとの仰せで。お連れの方も伴った上でと」


「………ふむ」


「さらにその…陛下と、将軍並びに筆頭魔術師様に贈り物だとかで、武具の城内への持ち込みの許可願も出ております」


「………ほお?」


 武人の性か、“武具”という部分にヘイル卿が反応した。

 それに苦笑いしながら、王は視線でディーキンス卿に問い掛ける。


「………」


 こくり、とディーキンス卿が小さく頷くのを確認すると、王は従卒に指示を出す。


「構わぬ。異例ではあるが、この執務室に御通しせよ。構えて事を荒立てぬよう。その旨よく皆に申し伝えよ」


「はっ!」


 機敏な動作で従卒が室外へ退出するのを見やった後、王は腕を組み瞑目した。





「わざわざ時間を頂き感謝する。無礼は承知の上だが、是非とも話を着けておきたいことがあってね」


 一国の王と重鎮二人を前にしても、相変わらずカケルは飄々とした態度を崩さない。

 そんなカケルの背後には、トレホ、ゼナ、シュリナ、キリとチキを肩に乗せたメルシエと、キツを頭に乗せたロナがいる。


「…して、カケル殿。此度はどのような…?」


 カケルは口角を吊り上げ、王に答える。


「いや、旅に出る前にね?王都の“表”も“裏”も、一度きれいさっぱり掃除しちまって、新しい色に塗り替える手伝いをしようと思ってね」


『!!??』


「それでまぁ、黙ってやっちまってもよかったんだがな。まぁ間違いなく大騒ぎになるだろうから、何だかんだと筋は通しておいた方が、色々と後腐れがないと思ってさ」


「………ふむ」


 かの邪竜の件の折、王はカケルから伝言を受け取った。

 今も、王は取り掛かっているその案件について側近の二人と語り合っていたところだったのである。

 カケルが今切り出した話は、恐らくそれと無関係ではあるまい。


「“表”を塗り替える主な“色”は、王様や、そこにいるメルシエとロナの親父さん達なのかな?んで、“裏”を塗り替える主な“色”が、俺の後ろにいる連中ってわけだ」


 そう言ってカケルは横に擦れ、後に控えていたトレホ、ゼナ、シュリナを王に引き合わせる。


「無作法者にて、無礼の段はどうかお許し願いたい。元冒険者で、今は貧民街にて孤児院を営んでおります。トレホと申す」


 漆黒で厚手の修道士のような衣服に身を包み、これも漆黒で武骨な金属製の左の義腕が異彩を放つトレホが浅く一礼する。


「お初にお目もじ致しますわ陛下。風俗街にて娼館を営んでおります。ゼナと…」


「…シュリナでございます」


 ゼナとシュリナが漆黒のドレスの裾を両手で軽やかに摘まみ上げ、優雅に一礼する。

 普段接する貴婦人達とは一線を画する、匂いたつような艶やかさに、王、ヘイル卿、ディーキンス卿、三人共に気圧されるような思いがした。


「カケル殿、伺ってもよろしいかな?」


「どうぞ?」


「何故、このお三方を我等に引き合わせようと思われたのか?」


 カケルは懐からゆっくりと銅貨を一枚取り出すと、王の執務机に近付く。

 ヘイル卿とディーキンス卿が一瞬警戒しかかるが、王が目で制した。

 重厚でかなり広い執務机の天板の、王から見て左端側に陣取ったカケルは、銅貨を目の前に置く。


「机の天板がこの国。俺が今いる場所が王様の“位置”だとしよう。当然、王様ってのはほいほいあっちこっちにいけたりはしないだろ?だから、王様はあまり此処から動けないとする」


 その場の全員が、訝しげにカケルを注視する。一体この男は何をしようというのか。


「さて、今、目の前に銅貨がある。王様である俺がこの銅貨をどうにかしたいと思うなら、どうとでも出来る。拾い上げることも、ひっくり返すことも、右から左に移すことも」


 カケルは実際に言った通りにやって見せる。

 王とディーキンス卿はカケルの言いたいことをおぼろ気ながら察し、思慮深い眼差しになる。


「では、この銅貨が場所を変えたらどうなるか」


 カケルは銅貨を、王が座しているのとは反対側の端辺りに置き、元の位置に戻る。

 既にこの時点で、銅貨はカケルの手の届く範囲にない。


「見りゃわかるが、もう俺の手であの銅貨をどうこうするのは難しいよな?せいぜいが棒切れかなんかでつついて動かすことが出来る程度だ。さっき見せたようには動かせない」


 王とディーキンス卿を除く、他の面子にも理解を示す者がちらほらと出始めた。


「棒切れを使っても、人の手のような真似は出来ない。力が全て先端に伝わるわけじゃないし、しくじって弾き飛ばしちまうかもしれない。さらにだ」


 銅貨の場所まで話しながら移動したカケルは、拾い上げたそれを今度は王から見て右端の辺りに置き、また元の場所に戻る。


「ここまで離れちまうと、棒切れ使って動かすにもなかなか苦労するようになる。力はより伝わり難くなり、しくじる可能性も高くなる」


 ここでカケルはロナを見る。


「ロナ、お前ならこの距離でも魔法でどうにか出来るよな?」


「…可能」


 こくりと頷くロナ。


「それは無限に可能か?」


「…無理。魔素も無限ではないし、魔素を操るには“精力”が必要。人によって差はあるが、精力とて無尽蔵ではない。尽きれば人は、良くて動けなくなるか、最悪は死に至る場合もある」


「ありがとさんロナ。さて、魔術の話は一旦置くとする。では人の手と変わらぬ動きをする道具を作ってみたらどうか?それを王様が直接操作するんだ。そうすれば、近くにある場合と同じ結果を得ることは出来る。どうだいオッサン?」


 トレホはいきなり自分に話を振られ、若干慌てるも、少しだけ考えて答える。


「…面倒くせぇな。そんな道具なんざ作るだけ無駄じゃねえか?」


 カケルはにやりと笑う。


「その通りだ。下手すりゃ最終的に死ぬ可能性がある魔術に頼らなくても、複雑な機能を持つ道具をわざわざ作らなくても、解決する方法はある」


 ゆっくりと銅貨のところまで歩み寄るカケル。


「王様じゃなくてもいい。いや、むしろ王様じゃなくていいんだ。“そこに手の届く誰か”がやればいいだけの話なんだよ」


 王が愉しげに微笑む。


「この天板が国であるならば、手は余の意志と権力、棒切れはこの国の法と配下の者達、そして銅貨は…貴賤を問わぬ全ての民達とその暮らしなのだな。銅貨までの距離は…物理的な意味のみならず、余の生い立ちから紡がれる考え方や視野、知識と経験をも表す。そしてそのお三方は、余の“手”の届き難き場所のひとつに差し伸べられた“手”となる方々であると」


 カケルが破顔する。


「そういうことだ。王の“手”とて万能じゃないんだからさ。いいじゃないの、差し伸べてもらえる“手”があるなら、遠慮なく任せちまえば」


「ふむ」


「あとは…そうだな、出来ることなら“真ん中”の立ち位置にいてくれる連中がいれば最高だな。良くも悪くも、ここに揃った連中は両極端だ」


 国の頂点に位置する人物と最下層に位置する人物。確かに極端過ぎる。


「俺も種は蒔いたが、実るにはまだ時間がかかるだろう。だから良さげな人物がいれば紹介して欲しいと思っている。下情にも通じていて、物怖じせず王様とかに面と向かって諫言しちゃえるような豪胆な人物がいいね」


 トレホやゼナは何を無茶な、とカケルを呆れて見やる。

 が、王を始めヘイル卿にディーキンス卿、メルシエやロナまでが、曰く言い難い表情になっている。


「…まさか、カケル殿は“知った上”でそう申されているのですかな?」


 悪戯が成功した少年のような顔のカケルは随分と愉しそうである。


「ん~?まぁね。さっき言った“種”がらみで少しね。面白そうな人物じゃないか?」


 苦虫を噛み潰したような、なんとも情けない表情になる国家の重鎮三人衆。


「………仕方ない。ジャック」


 溜め息混じりの王の指示に、これまた溜め息混じりにディーキンス卿はいかにも渋々、執務室の扉に向かって歩いていった。





「くおらくそ坊主共!勤務中に呼び出しとはいい度胸だな!儂は忙しいんだぞ!無能などこかのはな垂れ坊主共のお陰でな!」


 王の執務室の扉を蹴破らんばかりに勢いよく中に入ってきたのは、かなりの高齢だと思われるも、幾筋もの鋼を寄り集めたかのように引き締まった体躯の、使い込まれた軽鎧を身に纏ったいかにも生粋の武人然とした白髪の男性である。

 背後には同じ様な軽鎧の若い女性を従えている。


「…相変わらずですね、師匠」


「喝!貴様の様な軟弱な弟子を持った覚えは無いわ!帝国だかなんだか知らんが怯えて縮こまりよってからに!挙げ句の果てに儂を軟禁しおって!この恩知らずめが!」


「貴方の命を護るために仕方無くそうしたんですよ…。そうでもしなければ、一人で戦でも始めそうな勢いだったでしょうが」


「喝!当たり前じゃ!大国だからと媚びてなんとするか!そんなことで国の威信が示せるか!」


「これだからこの爺は厄介なんだ」


「…全くだ」


 ぼそりと呟いたヘイル卿とディーキンス卿。

 しかし耳ざとくそれを聞きつけていた御老体はぎろりと二人を睨む。


「ライリー!ジャック!貴様らも貴様らじゃ!この腑抜けに迎合して国を骨抜きにしおって!馬鹿共がのさばるのを黙って指をくわえて見ておるだけとはな!恥を知れ恥を!」


「何をこの爺!」


「国の運営は複雑なのですぞ!」


「やめないか!」


「小賢しいわくそ坊主共!鍛え直してくれる!」


 カケル達一行など全く眼中になく、その内取っ組み合いにでも発展しそうな激しい口喧嘩が始まってしまった。トレホやゼナ達は呆然としている。


「ニャはははは!随分楽しいお爺ちゃんですニャ!メルシエ、何者なんですニャ?」


「陛下や私の父である将軍、ロナの父君である筆頭魔術師様の武術の師であるラミレス卿です。私もロナも幼い頃より手解きを受けています」


「アスラテス帝国よりの王妃の輿入れに最後まで反対していた人物。輿入れ後も、猪突猛進で直情型の性格故に王妃の派閥の連中との揉め事が絶えなかった。煩く感じた派閥の連中に命を狙われる事態にまで発展したため、已む無く陛下が謹慎を命じて、郊外の別宅に蟄居させられた」


「それはまた…」


「豪気な御方だねぇ」


「がはは、俺ぁ気に入ったがね」


「だろ?メルヴィンに話を聞いて俺も気になってさ、会ってみたかったんだよな」


「あの隊長さん?あ!ひょっとしてあのお爺さんが?」


「はい、新しい警吏府の長官ですミストレス。王も父上ももっと上の役職に推挙していたのですが、「糞貴族共と極力関わりとうない、庶民の程近くで尽力したい」と申されまして」

 

「確かに変わり者。でも、いい方」


「他者への教えも厳しいですが、それ以上にあの御方は御自分に厳しいのです」


 メルシエとロナはラミレス卿を慕っているようだ。 

 まだ続いている口喧嘩を眺めながら、カケル達は呑気にラミレス卿を評している。


「久しぶりですね、メルシエ、ロナ」


 ラミレス卿に付いて来ていた女性がカケル達の方に歩み寄ってくる。


「お久しぶりです、フェリエ」


「久しぶり」


 メルシエとロナの無表情や淡々とした気配が少し和らいでいる。フェリエというその女性とは親しい間柄らしい。


「初めまして皆様。あれにおります祖父が御迷惑をお掛けして申し訳ございません」


 ぺこりと頭を下げるフェリエ。


「気にする必要は無いぜ?別に気分を害しているわけじゃないし」


「そうだねぇ、むしろ面白いもの拝ませてもらってる感じだし」


「だよね。滅多に拝めないもんだよこりゃ」


「違ぇねぇ」


 国の重鎮と御老体の口喧嘩はまだまだ続きそうである。

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