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Domestic Cat  作者: 野波香乃
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前編

はじめまして、こんにちは。

こちらでは初めて投稿させていただきます。

詰めの甘い部分もあるとは思いますが、読んでいただければうれしいです。

先輩とよく似たモカ色の髪。

心の隙間に入り込むしなやかな手練手管。


ネコの鳴き声のような甘い声で、私の名前を呼ぶ。

一瞬にして私の心を捉えたあなた。



それでいて、いとも簡単に私の元を去っていった。

やっぱりあなたはネコのような人。







あなたを初めて見たとき、先輩の髪の色に似ていると思った。

ただそれだけが、

この恋の全ての始まりだった。





「「「「「「かんぱ~い。」」」」」」

 もう何度目かもわからない乾杯をする。

酔ってテンションも高くなっている彼らにとって、そんなことなどどうでもいいことだろう。


十代最後の夜、私は友人が企画したありがたくも迷惑な飲み会と言う名のコンパに参加していた。

というよりも参加させられていたという方が正しい。

優ちゃんいわく『遥も恋をしなきゃ。』なんて言われて強制参加を命じられた。

別に今まで生きて生きた中で、一度も恋を経験したことがないわけじゃない。

人並みに『かっこいい。』なんて憧れを抱いたこともある。

けれど、残念なことにそこから発展することがなかっただけ。

誰かに奪われたくない。

誰かを犠牲にしてでも欲しい。

そんなこと思ったことはなかった。

私の中で簡単にブレーキの効く恋は、決して車線をはみ出すことはない。

当然そんな私の恋はいつまで経っても成就したことがなかった。



そんな理由から私は恋愛に対しては淡白な方だと思っている。

『常に恋をしています。』なんて答える人に教えて欲しい。

どうしたらそんな風に恋ができるの?



だけど、本当は違った。

私はただ、一歩踏み出す勇気と認める強さがなかっただけだった。




時間と共に酔いが回って、砕けた雰囲気。

みんなそれぞれ楽しそうに話している。

そんな時、今日のこの会を企画した友人の優ちゃんが私の隣に座った。


(はる)、気になる人いた?」

「いないよ。」

「即答しなくても。遥の20歳記念日の合コンだよ。これはいつもと違って特別なんだから。この中に運命の人がいるかもしれないでしょ。」

そう言って私の即答に呆れている(ゆう)ちゃん。


「運命って…。だって4人だよ。」

男4人、女4人。

合計参加人数8人。

この瞬間にこの小さな居酒屋に集まった8人。

この小さな世界に集ったことも運命と呼ぶのだろうか。


「何言ってるのよ。今日ここに集まった4人は日本の人口でもある1億2763万人分の4よ。

これを運命と言わずしてなんと言うのよ。」

「でもその中には私たち女も入ってるよ。」

「そうだっけ?」

「そうだよ。優ちゃん酔ってるでしょ。」

「全然酔ってないわよ。」

なんていいながら完全に酔って、出来上がっている様子の優ちゃん。

酔っ払いは自分が酔ってるとは認めないって聞いたことあったけど、友人にも当てはまるらしい。



「遥は酔ってないの?」

「私はさっき12時過ぎて初めてお酒飲んだばかりだよ。」

12時を過ぎて今日になったこの日。

この日私は20歳になり、晴れてお酒が解禁になった。

人生で初めて飲んだお酒は、カシスオレンジ。

オレンジジュースよりも透明な色で見た目はティー系に似てると思う。

初めて飲んだお酒は大人になったことをかみ締めるかのように、

私には少し苦かったというのが印象だった。


「そっかそっか。よし、遥の20歳を記念してもっと飲もう!」

酔っ払い独特なテンションで絡みを始めた優ちゃんは私の制止など気に留めることなく、

私の分までお酒を注文している。

さっき優ちゃんの質問に即答した私だったけど、本当は少しだけその心境は複雑だった。

優ちゃんが知る前に消えた私の恋。

優ちゃんが勝手にオーダーしたお酒を飲みながら、私は正面に座る人を見る。

先輩とよく似た髪の色をした人。

『バカみたい。先輩とよく似た髪の色をした人なんてたくさんいるのに。』

そう思うのに目の前の彼の髪ばかりを目で追っていた。


「なに?」

私が髪の毛ばかり見ていたせいで目の前にいる人と目が合った。

目の前の人はこの場に居ても自分から女の子に話しかけたりするわけでもなく、

お酒を飲みながらもどこか彼にだけ見えない壁があるようなそんな雰囲気を持つ人。

「いえ、なにも。」

なんて言葉を濁して、慌てて目線をそらしながらも、次の瞬間には突拍子もない言葉を投げかけていた。

自覚がないだけで、初めて飲むお酒に私も酔っていたのかもしれない。



「ネコに似てるって言われませんか?」

気づいたらこんなことを口に出していた。

なんでそんなことを聞いたのかなんて後で冷静になって考えてもわからないような質問内容。

おまけに、目の前の人の髪の毛ばかり目で追っていたせいで、名前もまともに聞いていなかったのに。


目の前の人は一瞬意味がわからないといった顔をした。

それはそうだろう。

もし私が聞かれてもそうなると思う。

それでも一度口に出した言葉を引っ込められるわけもなく。

「俺が?」

「はい。」

「名前遥ちゃんだっけ?」

「はい。」

「突拍子もないこと言うね。」

「だってさっきから一人で飲んでばかりいるから。」

「だから野良ネコみたいにあまり人に懐かないとかって言いたいの?」

そう思って言ったわけじゃなかった。

ただ、なんと言うか。


「あえて言うなら、しなやかな感じがですかね?」

そう言ったあと、猫が高いところからでも平気でジャンプして下りる姿が思い浮かんだ。

この人の佇まいやグラスを持つ細い指、細くて適度な筋肉のある身体なんかがなんだかネコを彷彿とさせるようにしなやかに私には思えた。

それでいて私がこの人に感じた印象は、一匹狼のように他人に懐かないんじゃなくて、なんて言えばいいのかな。

掴みどころがない感じとでも言うのか。

本当は誰のことも興味がないようなそんな感じとでも言えばいいのかな。

それから先輩よりも少し明るめに染められたモカ色の髪は三毛猫の毛の色みたいで。

触ればきっとサラサラとした手触りなんだろうななんてことを思わせる髪質。

髪の色以外に先輩に似てるところなんてないのに、そんなことを考えてしまう。

だめだ。

これ以上のうまい言葉も出てこなければ、なんだか他にもわけのわからないことを口走ってしまいそう。

今日の私がおかしいのは、初めて飲んだお酒に飲まれたから。

そうしておこう。

決してこの人を見たときからおかしいなんてことはない。


目の前の人はフッと笑うと。

「おもしろいこというね。」

そう言って彼はグラスに残るお酒を飲み干した。



私が目の前の人にこんなことを言ってしまったのはお酒だけのせいだけではなく、他にも理由があった。

それは、目の前の人を初めて見たときから感じていたこと。

それでも、わざわざ思い出したくなくて、考えないようにしていた。

それなのに、ふとした瞬間目で追ってしまうのは、目の前の人の髪の色が先輩に似ているから。

ただそれだけの理由。

優ちゃんに渡されたお酒を飲んだいた私は、彼の髪を見ながら先輩のことを思い出していた。





前のバイトを辞めたあと、私は一人暮らしをしているアパートから近いコンビニで新しくバイトを始めた。

そのバイト先のコンビにで出会ったのが、目の前の人とよく似た髪の色をした先輩だった。

先輩は私の一つ上で、大学も違ったけれど、シフトが重なることが多くて、始めのころはよく仕事を教えてもらっていた。

コンビニに来るお客さまは本当に色々な人が居る。

特に私が働くコンビには駅に近いこともあって、利用客も多い。

電車に乗る前にコンビニに寄った人だと、レジが込んでくると結構大変で。

初めのころ慣れないレジに四苦八苦していたりすると、当然だけど、お客様に『早くしろ。』って怒られたこともあった。

そんなとき先輩は一緒に謝ってくれるだけじゃなく、あたしのフォローをしてくれる人だった。

『気にするなよ。俺もここで働き始めたころはよく早くしろって怒られてたし。』

『先輩もですか?』

『店長にフォローしてもらってた。

慣れるまでは結構大変だけど、俺もフォローするから。』


そんな先輩に淡い気持ちを抱くには時間はかからなかった。

先輩とシフトが一緒だとか、引継ぎまでの時間だけでも先輩に会える。

そんな小さなことが嬉しくて。

それは、小学生が持つみたいな恋心。

先輩に会えるだけでうれしかった気持ちを前に今思えばどこか浮かれてたんだと思う。


考えてもいなかった事実。

先輩に彼女が居ることを。



 事実を突きつけられたのは、私が仕事にも慣れてきて、先輩とシフトが合うことは少なくなってきていたときのことだった。


勤務開始10分前に私が仕事に就いたとき、一人の女の人が店内に入ってきた。

「いらっしゃいませ。」

初めて見たときから、背が高くて、きれいな人だなって思った。

先輩の隣で商品の補充を手伝っていた私。

そんな時。


「あと5分で終わるから。」

先輩がさっき入ってきた女の人に声をかけていた。

「先輩のお知り合いですか?」

「知り合いつーか、俺の彼女。バイト終わったあと約束してるんだ。」

「……そーですか。」

先輩に上手く返事できていたか覚えていない。

『私の声震えてないよね。』

考えてもいなかった事実で頭が真っ白になって、そんなことしか考えられなかった。


バカみたいだった。

『当然だよね。先輩みたいなカッコいい人に彼女がいるなんて。』

自分の短絡的思考にただただ呆れて、急に恥ずかしくなった。

浮かれてた自分の心にも、当然のことを考えてもいなかったことも。


それでも次に感じたのは胸の痛み。

なのに臆病な私は目の前の事実からも胸の痛みも認めたくなくて。


『別に先輩に彼女がいたからって私には関係ない。』

そうやって自分の心をごまかした。

それ以来先輩のことを思うと痛む胸は正直に私に訴えていたけれど、これ以上何も気づきたくなくて。

何度もこんなことを繰り返してきた私が唯一できる術があった。

そして今回も目の前の事実から闘おうともせずに、私は敵前逃亡をした。






「二次会行こうぜ。」


店の閉店時刻が近づいても、相変わらずな一同。

冷めない酔いに、テンションも高いまま。

私はと言うと、さっきまで未練がましいことを考えながら、

優ちゃんが注文したドリンクを気づいたら次から次に空けていた。

そんなこともあって、私は二次会には参加する気になれず、会計を済ませたあと、幹事の人に『先に帰るね。』と一言告げると、店を出た私は駅に向かって一人歩き出した。


「遥は二次会行かないの?」

一人歩き出した優ちゃんが私に気づいて、こちらにきたけれど、慣れていないお酒に酔いが回り始めていた私には二次会どころではない。

「酔ったから帰るね。」

それだけ言うと私は歩き始めた。


「家どこ?送るよ。」

声がして振りむくと、先輩と同じモカ色の髪をしたあの男の人がいた。

よく知りもしない男の人に送ってもらうのは気が引けたけど、歩いたことで更に酔いがまわった頭で正確な判断なんかできるわけもなく、気づいたら並んで歩いていた。


「よかったんですか、二次会?」

「さっき遥ちゃん言っただろう。俺さ、別にみんなとわいわい騒いだり、群れたいわけじゃないんだよね。あっ、だから遥ちゃんにネコ見たいって言われるのか。」

「だったらなんで参加したんですか?」

とはいえ、適当な距離を置いて接していた私も同じだった。


「なんでだと思う?」

ほらそういうところ。

疑問を疑問で返してくるところ。

素直じゃなくて、ひねくれたところ。

そういうところが天邪鬼なネコみたい。


「知りません。」

彼は足を止めて、こちらを見る。


「答えは至極簡単。運命の女の子探し。」

さっきまでのふざけた雰囲気を一括する真剣な目。

その瞬間目の前に居る人はネコでも犬でもない。

この人は大人の男だ。

雰囲気をあっという間に操ることのできる人。

女の人がこういう雰囲気に弱いことも、熟知している。

一瞬酔いも何もかも忘れて、彼の目に魅入っていた。

こんな風に彼に見つめられたら女の人はあっという間に彼についていちゃうんだろうな。

私みたいなお子様じゃ到底太刀打ちできないような女の人を捕まえるとき、彼はこんな風にして捕まえるのだろうか。

なんてことをどこか冷静な頭で考えていた。


「なんてね。信じた?」

さっきまでの雰囲気を意図的に破ったのも彼の一言。


「信じてません。」

その一言が精一杯だった。


「残念。そう簡単に遥ちゃんはだまされないか。」

本気でそう思ってるのかわからいような一言。

それはネコが普段見向きもしない飼い主にえさを求めて擦り寄ってくる姿にどこか似ていると思った。




それから特に会話もなく、二人の歩く足音だけが聞こえる。

酔っているせいでいつもより遅いペースで歩く私に彼は合わせて隣を歩いてくれて、なんとか家まで着いた。



「じゃあね、遥ちゃん。」

「待って。帰らないで。」

帰ろうとする目の前の人のシャツを掴んで引き止めていた。


「それってさぁ、…どう言う意味かわかって言ってる?」

「わかってます。」

本当にわかってるの?

目の前の人は先輩じゃない。

髪の色が少し似ていただけ。


「……。」

「お願い。一緒にいて。」

「わかった。」


酔った頭でもわってる。『帰らないで。』の意味。

そのあとの展開だってわからないほどに子供じゃない。

なのに目の前の人にすべてをゆだねられるほど大人にもなりきれない。

矛盾した行動が矛盾した感情を生む。

確かに芽生えた感情は、目の前のモカ色の髪をしたこの人と、この瞬間は一緒にいたいと思った。






次の朝、カーテンから入る眩しさに目が覚めたとき、寝ぼけているのと前日のお酒のせいで記憶は曖昧で。

自分のベッドの隣に眠る人を見ながら、私はお酒の恐ろしさを初めて知った。

『これが夢の中の出来事ならよかったのに。』

と思いながら、私の頭は現実を見ろとばかりに、ガンガンする頭痛が現実だと訴えかけているみたいだった。



少しずつ覚醒してきた頭で昨夜の飲み会のことを思い出したあと、未だ隣で眠る人を見ながら思ったのは。


『彼が本当にネコだったらよかったのに。』

そんなことを、不覚にも考えていた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。

お話は後編に続きます。

次回もお付き合いしていただければうれしいです。

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