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はあーっとため息をつき、畳に顔をつける。い草のにおいが心地いい。この寺に来てから好きになった。
さっきは恥ずかしかった。
鍵を持って行くのを忘れてしまい、学校から帰って来て玄関の前で途方にくれていたところを見られた。
あの人ーー陸斗さんに。
この寺に1人で住んでいるあたしの遠い親戚だ。
あたしには両親がいない。顔もほとんど記憶にない。小さいころ事故で亡くなった。
中学までは母さんの姉にあたる春子叔母さんに育てられていた。
春子叔母さんはあたしを可愛がってくれていて、あの頃は幸せだった。
しかし叔母さんはがんで亡くなってしまった。
それからはあらゆる親戚の家を転々としてきた。今いるここは、四件目。
今までの家では邪魔者扱いされ居られなくなったり、ここよりあっちの家の方がいいだろうと追い出されたり。
思い出したくない記憶だ。よく耐えてきたなと自分でも思う。多分、あからさまにあたしを邪魔者扱いしてくる親戚たちに呆れていたんだと思う。悲しいと言うよりかはあたしは彼らを軽蔑してたのかもしれない。
そんなわけで、あたしは一ヶ月前四件目になる親戚の家に引き取られた。
名前も知らなければ顔もみたこともない。
行く先々で酷い目にあってきたから、また引っ越しか、今度はどこの誰ん家だ、どうせ邪魔者になるんだったらいっそ一人暮らしでもしてやろうかと、投げやりな感情を抱いていた。
次もダメだったら一人暮らしをしようと決心をしてこの寺にやってきた。
で、まあもっている。意地悪されないし、寺は静かで落ち着くし、新しい学校で友達にも恵まれた。言うことなしなのだが。
「まり、先風呂入って」
いきなりふすまが開いた。
あたしの心臓は跳ね上がって、顔は瞬時に真っ赤になる。
「わ、わかった」
陸斗さん。
この寺で唯一問題なもの。あたしを引き取ってくれて、置いてくれてる恩人。
彼の存在があたしを緊張させる。いや、あたしが勝手に緊張してるだけだけど。
あたしは陸斗さんに一目惚れしてしまった。一目惚れの人と一つ屋根の下って、羨ましいシチュエーションに聞こえるけど、ものっっすごく精神を疲労させることなんだ…。