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 人気者、いじめられっこ、勉強のできる奴、できない奴、試合に負けた野球部の負け惜しみ、恋愛話に花を咲かせる色めきだった女子の黄色い声、下世話な会話で笑う男子生徒の声。

 様々な声で溢れかえる教室を尻目に、くだらないなと、良純は小さく溜息を吐いた。笑い声も誰かを貶す言葉も、教室内を満たす全ての音が煩わしかった。

(どいつもこいつも、嘘ばっかりつきやがって)

 クラスメートたちの唇から漏れる言葉のどれもこれもが嘘や誇張にまみれていることに、良純は随分前から気が付いていた。彼らが放つ言葉の裏側には、いつだって「人の気を引きたい」という本心が隠されている。自分の言葉に相手が笑えばいい、驚けばいい、放った言葉によって、相手が自分を受け入れてくれればいいと、そんな思いを隠しながら相手の顔色を窺ってばかりいるクラスメートの姿が、良純の目には酷く滑稽に映った。

 しかし何故そのように感じるのか、その理由も理解しているつもりであった。嘘と誇張にまみれた彼らの姿は、そのまま良純自身の姿として彼の目に映っていたからである。

 自分の唇から漏れる言葉がクラスメートたちの気を十分に引くことが出来ることを彼は知っていた。それだけではない。自分の言葉が彼らの行動を左右するのだと言うことも解っていた。解っていて尚言葉を紡ぐ自分自身に、良純は最も嫌気がさしていた。

「なあ、澤田いんじゃん。あいつの女さあ、中学の頃の知り合いの知り合いの知り合いの元カノらしいんだけど。すっげー女らしいよ。すっげー病んでるらしい」

「え、ちょっと待って、知り合いの何?」

「知り合いの知り合いの知り合い。まあ要するに俺はなんもしらねぇんだけど。なんか束縛とかすげえらしくて、前そいつと付き合ってた奴一か月でげっそり痩せたらしいぜ」

「うあ、なにそれこえーな。確かに澤田あいつ、なんか頬こけたよな。ははっ、ちょっと前まで彼女が出来たーっつって騒いでたのになあ」

「女運ないんじゃない。どうせまだ童貞だろ」

「っていうか良純、お前の情報網ほんとすげえよな。前から思ってたけど、お前どんだけ知り合いいるんだよ」

 感心したように言う友人の言葉に、そうでもねえよと良純は小さく笑った。

 知り合いの数などいちいち把握してはいなかった。知り合いだけでなく、友人と呼べる人間がどれほど居るのかも解らない。今こうして自分の机の周りに集まってきた数名の男子生徒ですら、人に問われれば友人だと紹介するものの、自分の中でだけその関係を括るとしたら、友人という枠に区分するかどうか怪しいところであった。そもそも良純には友人と言うものの定義がよく解らなかったのだ。

(……めんどくせぇなあ)

 誰かとつるむことには意義を見出すことが出来た。何故なら一緒に居る者の質や数は、この狭い学校生活において大いにステイタスになり得るからだ。事実同学年はもちろん、他学年にも他校にも多く知り合いがいる良純は、本心を幾らか偽って作り上げた人格の甲斐もあり、教室内はもちろんのこと、この学校内でも知らぬ者は居ないと言える程度の知名度は手に入れていた。

 しかしそうした人間関係や人格と言ったものは、良純にとってはステイタスになるからこそ意味を見出すことが出来るものであった。従って、もし意味のなさないものであったとするならば、自分は一人きりでこの教室で過ごしていたとしても平気なのだろうと、そう思う。

(一人で居られる方が、楽なんだけどなあ……)

 こんな風に自分の立ち位置を知らしめるためだけに誰かと一緒に居ることは、良純にとって億劫以外の何ものでもなかった。

 自分の言葉にいちいち耳を傾けて笑ったり驚いたりする彼等を、心底間抜けだと思う。何故なら良純の紡ぐ言葉にはほとんど意味などないからだ。あるとするならそれは、自分をより優位な立場に導くため以外のなにものでもない。彼らを楽しませる気などもとよりなかった。良純にとって、自身の立ち位置を確定させ、そうして他の者達とハクをつけることによって心を満たすことこそが全てであった。それ以外の目的のためにこの集団の中に所属する意味などないのである。

 そのため、そうした自己満足的な意図しか含まれていない自分の言葉に笑うクラスメートたちを見る度に、呆れた気持ちになるのだ。

 ああこいつらは俺の望むままの反応をして俺をより高みへと導いているということに気が付いていないのだと、そう思って余計に興ざめした気分になる。

 そしてそんな彼らを嘲る気持ちと同じように、自分の優勢を築くためだけに毎度何処からかネタを仕入れてくる自分自身にも良純は呆れ果てていた。子供しかいないこの空間の中で、立ち位置にばかり固執している自分自身が何よりも滑稽だった。

(……きっとここにはダチなんか一人も居ない。友情なんてものは存在してないんだ)

 いつだって良純は自身の立場を確立するためにクラスの中心に立っていたし、そしてその周りに群がる者も同じように立場を確立するために自分の傍らにいるに違いなかった。

 その関係性は傍目から見れば慕い慕われ仲良さ気につるんでいるように見えるのかもしれないが、事実は互いの利害が一致した末の結論に過ぎないのだ。そんな関係を友情と呼ぶことは、どうしたって良純には出来そうもなかった。

 そうして良純は思うのだ。ここは泥濘なのだと。酷く足場の悪いこの土地で、皆きちんと立っていられるようにと懸命に誰かにしがみついている。倒れたら負けだ。だから時には倒れないようにと誰かを犠牲にする。そうして倒されるのは、いつだって弱い者たちだった。それがこの学校と言う狭い空間の中を生きる子供たちの真実だった。

「いてっ。なんだよ、気をつけろよ……って、お前かよ」

「あ……」

 不意に自分を囲む生徒の一人が声を上げたので、つられたようにして良純は顔を上げた。それに倣うように他の連中も顔を上げる。見れば先ほどまであれほど沸き立っていた教室内が嘘のように静まり返っていた。

 クラス中の視線が、一人の男子生徒へと注がれる。その視線から逃げるように、俯き加減に顔を伏せるその表情を見つめながら、時文は思わず溜息を吐いた。その溜息を聞きとめたらしい少年が、怯えたように肩を震わせた。

「なんだよ、非力なくせに人にぶつかって来やがって。謝ることもできねーのかよ」

「ご、ごめん……」

 泣き出しそうに顔を歪めながらそのまま教室を出て行った少年の後姿を、良純はしばらくの間眺めていた。

「全く気分わりぃなあ。根暗な奴に触られっと根暗がうつりそうでやんなるぜ」

「ハハッ、確かに移りそう。にしても、良純の言うとおり、拳人なんて名前であんなんじゃ、名前負けもいいとこだよなあ。なあ、良純」

「ん? ……ああ、そうだな。でもそれ言ったら、俺なんて良識の良に純粋の純で良純だからなあ。純粋なんて柄かよってーの」

 そう言って笑い声を上げた良純を中心に、再び教室内は喧騒を取り戻していった。その中で一人、尚も表情に笑みを貼り付けながら、良純は教室の外へと視線を向けた。

 真山 拳人。先程逃げるようにして教室を出て行った生徒の名である。終始怯えたように視線を彷徨わせていた姿を思い出して、良純は少しばかりバツの悪い気持ちになっていた。

 数週間前まで、真山はごく普通の生徒だった。大人しい性格の持ち主だったので、もともと友人は少なくクラスでも目立たない存在ではあったが、特段難があると言うわけでもなかった。ごく一般的なクラスメートの一員として、真山はこのクラスに受け入れられていたのだ。少なくとも、数週間前の彼が先ほどと同じように自分の周りの男子生徒の誰かにぶつかったとしても、謝罪の言葉一つで解決していたはずである。

 それならば何故真山があのように冷たい視線の中に放りこまれて身を竦ませなければならなかったのかと言うと、その原因の全ては良純にあった。予想以上に周囲の者に影響を与える彼の一言が、真山の学校生活を変えてしまったのである。

 良純にとってそれは、ほんの些細な一言であった。

 人の名前を覚えるのがあまり得意ではない彼は、三年生に進級し、クラスが変わって約二月経った頃になっても、クラスメートの名前を覚えられずにいた。積極的に自分の周りに集まってくる男子生徒の名前以外、把握してはいなかったのである。

 そんなある日の昼休みのことだった。昼食を終えていつもの面子でくだらない話をしていると、不意に良純の双眼が教室の前方の壁に貼られているクラス名簿を捉えた。ジッと名簿を見つめる彼に、周りの者達は一体どうしたのと首を傾げていた。

 そんな彼らに対し、良純は未だにがクラスメートの名前を覚えていないのだという旨を伝えると、盛大に驚かれた。まだ覚えていないのかよと、半ば呆れるように言われて首を傾げる。彼らの話によると、幾ら関心が薄くとも、二月も経てば大体の生徒の顔と名前は覚えるようになるものなのだと言う。

 それに「へえそうなのか」と、普段あまり高く評価していない彼らに軽く感心しながら、もう一度良純は名簿へと視線を向けた。決して視力は悪くはないが、流石に教室の真ん中あたりの席からは、A4の紙に書かれた小さな文字は判別することが出来なかった。

 一度目を細めた後、良純は席を立った。がたりと椅子がなる。それに気付いた幾つかの眼差しが彼の後姿を追う。それらを気に留めることなく歩みを進め、良純はクラス名簿の前に立った。

 秋田、阿部、伊藤、太田、加藤、木村、佐々木……前からしばらくはありふれた名前が続く。十七番目に自分の名前があった。橋熊田 良純。大それた名前だなと、そう思う。字数が多いため、小中と習字の授業で苦労した。字はそれほど下手な方ではないが、それでも使い慣れない筆でこの名字を書くのはなかなかに難しい作業であった。その度に風変わりな名字を恨めしく思ったが、しかしこの一風変わった名字もまた、自分の立ち位置を決めるのに幾らか影響を及ぼしていたに違いなかった。ありふれた名前の中で自分の名字はなかなかの存在感を示していた。

 そうしてクラスメートの名前を目で追いかけていくうちに、不意に良純の目がある名前を捉えた。自分の二つ後にある名前である。それが真山 拳人の名だった。

 拳人という文字は幾らか特徴的ではあるけれど、今の時代特段珍しい名前ではなかった。変わった字を使う名前なら、他にも幾つかある。それならば何故この名に目がいったのかと言えば、なんてことはない、恐らくは昨日見たボクシング映画が影響していたに違いなかった。

 拳の人。拳人。その名とともに、良純の頭の中には一人の男の姿が浮かんだ。暗闇の中一人たたずむその人物は、見たことはもちろん出会ったこともない。良純の脳内が作り上げた、彼の頭の中にだけ存在する想像の人である。昨日見た映画の主人公に少しばかり似ていたかもしれない。赤いパンツに赤いグローブをつけて、小刻みにステップを踏みながらいずこかを睨みつけていた。

 瞬間、風を切る音が聞こえた。男の放った拳が、闇を切り裂いた。途端に光が差し込み、明るくなった世界にハッとする。どこからともなく、歓声が上がった。どうしてか、拳を握りしめていた。握りしめた拳は僅かに震えていた。

「……真山 拳人って、誰?」

 気付けば教室内を振り返り、そう問いかけていた。呟きのような声とともに、教室内から音が引く。普段とはどこか異なる雰囲気を纏って教室内を見渡す良純に、クラスメートたちは僅かに息を飲んだ。

「……俺、だけど……」

 数秒、数十秒、あるいはそれ以上の奇妙に長い沈黙の後、どこからともなく声が上がった。その声音に、良純だけでなくクラス中が振り返った。声がした方を辿ると、僅かに手を上げ、居心地悪そうに良純を見つめる男子生徒の姿があった。その横に居た二人の男子生徒が、見守るようにして良純と彼を見比べていた。

 窺うようにして向けられた視線を、良純は堂々と受け止めた。そうしてまじまじと、少年の姿を眺める。

 僅かに茶色がかった明るい色の髪の毛。小動物を連想させる、黒目がちな二重の瞳。そばかすの浮いた顔。特別整っているわけでもなければ崩れているわけでもない、印象深いわけでもない顔立ちの生徒だった。体つきも可もなく不可もなくといった様子である。しかし自分を見つめる双眼に宿った怯えの色が、なんとなく彼を弱々しく見せていた。少なくともその姿は良純が連想した名前の人物とは大きくかけ離れていた。

 そうして感じた落胆を、気付けば良純は口に出していた。

「なんだ、拳人なんて名前だから、どんなヤツなんだろうって期待したんだけどな。全然そんな柄じゃねぇじゃん」

 言葉が音になって教室内に満ちて数秒の後、はじけた様に笑い声が上がった。声に出して笑っているのは、主にいつも良純の周りにいる少年たちである。しかしそれ以外のクラスメートも、笑いを堪えるようにして顔を引きつらせていた。その様子を見てを始めて、良純は自分が心の内で思ったことを言葉にして放っていたことに気が付いた。

 ハッとして真山へと視線を向けると、彼は恥ずかしそうに、居心地悪そうに俯いていた。そんな彼を、傍に居た友人たちも気まずそうに見つめていた。

(……悪い事しちまったなあ)

 傷心した様子の真山を見つめながら、良純は心の中で謝罪をした。傷つけるつもりも、貶めるつもりもなかったのだ。力強さを感じる彼の名前に良純が勝手に期待を馳せ、そうして見た本人の姿に勝手に落胆したに過ぎない。そしてその落胆を、最悪な形で口にしてしまっただけのことに過ぎなかったのだ。

 まさかこの出来事が尾を引くとは思わなかった。というよりも、打ちひしがれたように頭を下げた真山に頭の中で一度謝罪をしたきり、良純自身はその出来事を忘れてしまっていたのだ。無責任と言われればそれまでかもしれないが、彼にとっては他愛もない出来事に過ぎなかった。どうせ傍に居る友人が落ち込んでいる彼を慰めるのだろうし、今こうして笑い声をあげているクラスメートたちも、幾らか時間が立てば忘れてしまうのだろうと、そう思っていた。

 そのため、昼休みが終わり、午後の授業が終わって迎えた放課後、いつもは金魚の糞のように自分の周りにいる少年たちが真山を見てにやにやと笑っているのを見て幾らか驚かされた。慌てて真山に視線を向けると、彼の友人であったはずの二人の少年はどこか引き攣った笑みを浮かべながら、話しかけてくる真山におざなりな返事をしてそそくさと教室を出て行ってしまったのである。

 そんな光景を見て、良純は愕然とした。自分がしでかしたことの重大さに驚かされた訳ではない。こうも簡単に人は人に見切りをつけるのだと言う事実を改めて実感し、それに衝撃を受けたのである。

 明日から真山は一人きりになるだろう。それどころか、自分を取り巻く少年たちの手によって酷く傷つけられることになるかもしれない。途方に暮れて立ち尽くす真山を見つめながら、半ば確信的に良純は思った。しかしその反面、それでもいいじゃないかとも思う。

(あんなことで簡単に途絶えてしまう友情に、一体何の意味があるって言うんだ)

 離れていく物を繋ぎとめることに何の意味があるのだと、心の内で誰にともなく疑問を投げかけ、良純は眉を寄せた。

 離れたくなければ離れないのだろう。そうでなかったとするならそれは、簡単に手放しても良い物であったということである。そうして自分が手放されたというのなら、次にすることは一つだ。掴みたいと思う物を自分が掴み取ればいい。崩れてしまった足場を立て直せばいい。泥濘に足を囚われ転げたというのなら、今度は立ち上がる方法を考えれば良いだけのことである。一度泥にまみれたからと言って、いつまでも泥の中と言うわけではないだろう。ここは底なし沼ではないのだ。浅い泥の中で子供たちがせめぎ合う、そういう世界なのだ。

(……だけどやっぱり、あれは俺が悪いよな)

 数週間前に起こった出来事を思い出しながら、もう一度良純は心の中で真山に謝罪をした。しかし胸の内で唱えたその言葉は、この場に居ない真山には当然のことながら届かない。

 そうしてしばらくの間考えを巡らせているうちに、やはり馬鹿馬鹿しくなってしまい、良純はそれ以上真山について考えることを止めた。幾ら考えたところで、彼自身に真山を救う気は微塵もなかったのだ。

 真山の立場を危ういものにしてしまったのは確かに良純だったが、自分自身を守ることが出来なかったのは他でもない真山自身である。離れて行った友人たちの手を惜しむ真山の気持ちは良純には解らない。しかし打ちひしがれるほどに手放すのが惜しい立ち位置だったのなら、初めからきちんとその両手でしがみついて守るべきだったのだ。それが出来なかったと言うのなら、それは真山自身の弱さに違いない。申し訳ないとは思うけれど、彼自身の責任まで背負うつもりは良純にはなかった。少なくとも良純は、いつだって自分の手で自分の立場を守ってきたのである。

「……馬鹿みてぇだなあ」

 思わず呟いた言葉は、誰の耳に届くこともなく静かに消えた。


「え、なに良純帰んの。これからカラオケ行くのによー」

「ん。わりーな。今日は帰るわ」

 放課後になり、何処からともなくかかる遊びの誘いを珍しく全て断った良純は、一人教室を後にした。いつもであれば何人かで町へと出かけて適当に時間を過ごすのだが、どうしてかこの日はくだらないことをして騒ぎ立てる気持ちにはならなかった。何故だか酷く焦燥に駆られていた。

(……あいつ、何処行ったんだろうな)

 教室を出たきり、真山は戻っては来なかった。鞄は教室に置いたままだったので学校内に居るのかとも思ったが、しかし財布と携帯電話さえ持っていれば鞄などなくとも家に帰ることは出来るのだ。そのため教室に戻ってこなかった彼が何処で何をしているのか、良純には皆目見当もつかなかった。消えたその存在を気にする者は他に誰一人としておらず、そのことにも何故だか酷く苛ついていた。

(……そんなに気にすることじゃないだろう)

 姿が見えない真山に対し、まるで言い訳のように、良純は胸の内で絶えずそう繰り返していた。

 良純が言葉にした通り、拳人という力強い名前と容姿の間に存在する違和感に真山自身何かしら思うことがあったのだとすれば、それは良純も同じことだった。

 良純はこれまで、一度として周りに集まってくるクラスメートたちを友人として認識したことはなかった。クラスメートは友人でもなければ仲間でもなく、彼にとってはより優位な立場を築くための道具でしかなかった。

 そんな風にしか他人を見ることの出来ない自分を、良純は心底狡猾だなと感じていた。そしてその度に、自分の名前が持つ意味を思い出して笑いたくなった。

 自身の利益ばかりを追求している自分の何処に、良心や純粋さがあるというのだろう。無いに違いなかった。普段明るく快活に振る舞う良純を周りがどのように評価しようとも、彼自身は自分の心に存在する薄汚い謀を認識していた。そのためいつだって、背負った名前に違和感を抱き続けていた。

(良心もなければ純粋さもありゃしない。それでも人気者で居られるんだ。ならあいつだって同じだろ。自分の名前を笑い飛ばす力さえあれば、問題なんてなかったんだ)

 どうしてそれが出来なかったんだよと、そう思う自分が思いの外罪悪感に囚われているのだと言うことに気付き、良純はより一層気分が重くなるのを感じていた。

 しばらく黙々と家までの道のりを歩いていると、不意に視線の先に見慣れた後ろ姿を捉えた。茶色い髪の毛に、肩を落として歩く頼りなさ気な姿。真山だと、そう思い僅かに目を見開く。教室を出た彼はどうやら校外に居たらしい。今まで一体何処で何をしていたのだろう、そう思いながらも、声をかけるべきか否か、良純はしばしの間思い悩んだ。

 それでも僅かに歩調を速め、数十メートル先の人物との距離を縮めていく。俯き加減に歩くその背中は、追いかける良純に気付いていないようだった。そうして二人の距離は徐々に縮まり、視線の先の真山は丁度細い十字路に差し掛かったその時である。

「危ねえ!」

 歩道も信号もない道の道路脇を、真山が真っ直ぐに通り過ぎようとしたその瞬間、左方向から一台の車が現れた。それを見て声を上げたのと同時に、気付けば良純は走り出していた。

 視線の先で、車の中の運転手が慌てたように目を見開くのが見えた。よそ見をしていて、真山の姿に気付くのに遅れたのだろう。耳障りな急ブレーキの音が響く。響いた良純の声と急ブレーキの音に弾かれたように顔を上げた真山を見つめながら、良純は思いきり地面を蹴った。


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