10)拝啓・非音『鼓動』(前半)
――それは軽く一ヶ月前の話
――まぁ、一ヶ月前となるとアリスがまだ執事になっていなかったころの話だ
「ハァハァ……ッ!!」
路地裏の荒い息づかい、男はがむしゃらに走っていた。
彼は目的なく走っていた。あえて彼の目的といえば…さて、はて、逃げること。
ただひたすら逃げること。
逃げることに没頭していた彼の目は充血していて、高価な服も雑巾のようにボロボロになっていた。
当然彼も気がついていないだろう。
「クソ!!クソ!!クソッ!!」
彼は薄っすらと涙目になりながらもまだ続く路地に吐き捨てるように言った。
いわゆる彼自身の独り言だったワケだ。
「見つけた…♪」
彼の独り言だったはず…なのに路地裏からは彼とは異なる別の声がかえってきた。
一瞬の間…一瞬の間で彼に大量の汗が穴という穴から噴出されるような感覚におちいり、そしてみるみるうちに顔が青くなっていった。
男は白目を大きくしダランと口を開けて…暗い路地裏の一点を見た。
――コツコツコツ
ハイヒールの音と共に小さな少女が闇から姿を現した。ただそれだけ。
「ぁ…あ゛………俺の…執事は…?俺の執事が…?お…お前…俺の…執事は?……はどうした?」
男は体を大きく震わせながら、少女の返答を待った。しかし、答えなんて始めから決まっているようなもの。
「あなたの執事…もう…音がなくなっちゃた…♪だからあなたの所に来たの♪」
「―ッ!!」
少女は口を三日月にして笑った。
男が絶望に堕ちた瞬間だった。その反面役に立たない執事への怒りが湧き上がり、そして自分の運命を呪った。
(畜生!あのクソ執事!!死にやがって!!棒切れにもならねェ!!!!)
ギリっと音を鳴らしながら歯を噛みしめて男が少女に背を向ける形で逃げようとした瞬間だった。
「ネエ…ドコイクノ― ♪」
少女の生暖かい息が彼の耳元に吹きかかった。
男は何がおこったのか分からず、横目で隣を見ると裂けるような三日月の口で笑っていた少女がいた。
(何故…この女が…こんなにも近くに!?)
「ねぇ…あなたの鼓動聞かせてよ…♪」
少女はまるで子どもをあやすかのような優しい声で男に語りかけた。
ザワ…男は背筋が凍るのが分かった。
「う…うわあああああ!!!」
男はとっさに腰に手を伸ばして冷たい拳銃を手にして、少女の眉間に向ける。
――ダンダンダンダンダンダン!!
それはもう終わったかのように見えた。
「ダンダンダンダンダン♪もう終わり?」
そう。彼がもう終わったかのように見えた。
少女は無傷のままで
三日月の口でニィっと笑ったままで
無言で静まり返った中で
男の胸に手を置いた。
――ドクンドクンドクン
男の鼓動は荒いリズムに刻まれていた。
「や…やめてクレ……金なら…ある…」
――ドクンドクンドクン!!
「へぇ…
―あっそ♪」
―ザシュ!!
「あ゛ああああああ!!」
暗い路地裏にぶちまけた、赤いペンキがながれる。
少女の手は赤にまみれていた。表情は一定のままで…足元にいる男を見下していた。
「畜生…俺を…俺を…誰だと思っている…あの有名なウイフュ財閥なんだぞぉおおお!!!」
負け犬の遠吠えか…それにしては醜いものだ。
目には光を無くしても…体は動かなくても…「死ぬ」ことが分かっていても…
尚・抗うのか。
――ドドドドドドドドドドドドド
男の鼓動はより荒くなる。血の出る音とともに―…最後の音を奏でる。
「あなたは…違う…私が求めている鼓動とは違うの…♪私の…求めている『主』の鼓動とはまったく違うの…♪」
少女は悲しそうに目をうつむかせると赤い手を再び男に振り下ろした。
――ブシュ♪
彼の鼓動はなくなった。
目目目目目目目目目目目目
「こ…これでいいのかな?」
俺は鏡の前に立って着慣れない「ラッチ」の執事用の服を着て真正面に立っている俺を黙って見つめた。
さすが…ラッチの服というべきか…オタクの俺でさえ紳士に見えるのは錯覚だろうか?
フ…すこしは似合っているではないのか!!俺!!
…ただ少し残念なことは、幽霊の俺には足首がないわけですが。
俺が幽霊になってから一日が経つ―…
そして俺が執事になってから二日目―…
タマさんに女にされて襲われそうになった時はもうどうなったかと思ったけど…。
童て○が終わったかと思ったけど…なんとか俺の純粋を守り通すことができた。
今もこうして男に戻っているわけですし…。
「ねぇね…アリスお兄ちゃんまだ?」
一つドアのむこうから幼いメリアスの声が聞こえてきた。
やばい!すっかりメリアスのことを忘れていた俺は急いで服を整えてドアを開ける。
メリアス…今では俺の「主」である…。
ドアを開けると小さな口を尖がらせて頬を膨らましているメリアスが立っていた。
―可愛い
「お兄ちゃん遅い!!」
「ごめん!!」
「も―…せっかくお兄ちゃんのlet”歓迎会なんだから」
そう。今日(俺が執事になってから三日目)はなんか俺の執事の歓迎会があるらしい。
昨日、俺がタマさんに襲われた後わざわざ親切にもフクロウさんが俺に今日の「let"みんなで歓迎会」について教えてくれた。
そもそもその小学生みたいなそのタイトルをなんとかしてもらいたい…。
それに…俺が執事になって歓迎してくれない人もいるわけですし…。
俺の足どりは重いわけで…。俺だって執事になった自覚もまだない…。
「アリスお兄ちゃんみんな待っているから行こうよ」
「あ…うん」
俺はメリアスに半ば強引に引きずられるような感じで会場へと向かった。
「遅いよ〜☆」
「遅すぎるよ〜★」
「「アリス君☆★」」
会場の前で迎えてくれたのは黒髪と白髪の少女二人。
双子のスエさんとムエさんだ。
二人はお互い背をくっつけ合い横目で俺を見ると不気味な笑いを二人同時にニヤリとした。
「な…何?」
「「フフ☆★」」
「ピロエ…★」
「怒っていたよン☆」
ギャハ!!
俺を一番歓迎していない人。それはここの料理長でもあるピロエさんだった!!
やばい!!殺される…。俺の頭には様々なメモリーダストが蘇る…。
俺の歩調は自然と速くなり、いつの間にかメリアスを引きずる形で歩いていた。
「遅れてすいません!!!」
そう言いながら俺は会場のドアをいきおいよく開いた。
俺の目の前には庭一面の花畑と、その中にうずくまっている様々な料理が見えた。
「すげぇ…」
俺の正直な気持ちが口から出た。
「遅い!!」
扉が開いたのと同時にピロエさんの怒鳴った声が響いた。
ピロエさんはやはりというべきか…怒っていて晴れた空に雷が落ちてきそうな勢いだった。
「す…すいません…」
「何時まで待たせるつもりだったんですか!?料理が冷めるところだったんですよ!!むしろあなたを料理してみようかと思ったくらいですよ!」
「まぁまぁ、ピロエはん。そない怒っていると綺麗な顔がだいなしやで?」
タマさんが止めに入るが効果はなく、ピロエさんが一睨みするとタマさんは何も言えなくなってしまった。
鬼のような形相で再び俺を睨みつける。
コエー…。
「ったく…あなたと言う人はですね!!」
「ピロエ!止めてよ!!」
ふいに俺の手をつないでいるメリアスがピロエさんを止めに入る。
メリアスの力は偉大でピロエさんはそれ以上俺に怒ってはこなくなった。
睨んでいた目をそむけて大人しく食器の準備などをし始めた。
「あ…ありがとう」
俺がお礼の言葉をメリアスに言うと、メリアスはにっこりと微笑んで「ピロエは本当は優しいんだよ」って言った。
正直俺の目からみたピロエさんは鬼そのものであって…やさしさなんて一欠けらもない…と思う。
断言してもいい…あいつは鬼だ!!まだ、北斗○拳のほうが百倍優しいぜ!
「メリアスお嬢はんもアリスはんもはよーこいな」
花の中でタマさんが猫のようにこちらに手招きした。
「スエが早く食べちゃうよん☆」
「キャハ★ムエも食べちゃうよ★」
面白げに舌をだして笑う双子。
そしてその後ろにはどす黒いオーラだしているピロエさん。
一体…俺の歓迎会は何が起こるのだろうと思うと俺から苦笑いがもれた。
メリアスは笑っていて…その笑顔を見ていたらいつの間にか俺もつられて笑っていた。
すこしはこういうのも悪くないかもしれない。
目目目目目目目目目目目目
彼らは知らない…。
その草むらの中に二つ怪しく輝く少女の目があったことを…。
――ドクンドクン
少女は裂けるような三日月の口で笑った。
「…見つけた♪」
目目目目目目目目目目目目
ここまでお読み頂きありがとうございました(・∀・)
いやァ…ついに…執事にも格闘シーン!?なンて…w
本当は今回初登場の少女は男の予定だったンですけどね…妹と話し合った結果「女」の方がいいということだったので、女の子にしました。
さてさて…次回は…たぶン…執事初の格闘になったらいいな希望です+゜
もしよ力ったらですが、次の方もお付き合いしていただけるとうれしいです。