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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
五章 アルティナ王国Ⅱ
95/207

95,二人歩きの行く末に


 二人並んで歩く廊下では、時折人とすれ違った。ラスターには見覚えのない人でも、フィノはその度に言葉を交わし、また会釈をし、通りすぎていく。

 黒い外套を羽織っている人、一見しただけでは数えきれないほどの装飾品を身に着けている人、帽子を目深にかぶっている人――服装は実に様々だった。同じ装いをしていた人はいないのではないかと思ったほどに。

 軽装の人は誰もいない。まるで、アルティナという大国に見合った格好を体現しているかのようだった。

 ラスターもここに来てから、以前着ていた旅装には袖を通していない。着慣れているし、動きやすいし服装ではあるのだけれど、着るのはどうも気後れしてしまうのだ。

 ここはアルティナであって、ラスターがいた故郷ではない。その地に合わせた格好や心持ちをしなければいけないわけではないけれど、少なからずアルティナの空気に染められている気はしている。ラスターはアルティナの人間ではないのに。

 仮初めの姿を取らねばシェリックを助けられないのなら、ラスターは甘んじて受け入れようと思うのだ。


「お疲れ様です」

「どうも」


 フィノがあいさつをしたのは、これで何人目だろう。そういえば、ここに初めて連れてこられたとき、フィノは門にいた人とも親しげに話をしていたか。


「フィノは顔が広いんだね」

「どうしたんです、突然」

「だって、みんな知ってるんでしょ? さっきからずっとあいさつしてるから」


 行き交った人一人残らずではない。それでもフィノは、通りすがった大部分の人と言葉を交わしていた。この王宮で知らない人はいないとでもいうような、そんな雰囲気で。


「そんなことはありません。同じ場で働いている人ですからあいさつはしますよ。ですが、全ての人を知っているわけではありません。私もまだお目にかかったことのない方がおりますから。例えば――国王陛下とか」

「王様って、有名な人じゃないの?」


 有名だけでなく、偉くもある人だろう。アルティナ王国は強大な国だ。その頂点に君臨している人物だったら、誰もが見知っているのではないだろうか。


「名の知れ渡っているということと、本当に見たということ、その人となりを知っているということは意味合いが異なります。名前と噂だけが一人歩きをして事実をねじ曲げてしまうことは、さして珍しくはありませんから」

「そうだよね……」


 話に聞いていたことと実際に見聞きしたものでも、思っていたのと違うことはある。小さな村や町、狭い範囲だけでも起こっているのだから、それがもっと広く、国単位で起きたのだとしたらどうだろう。噂がまた噂を呼んで、面白おかしく話される中で改変され、話自体が原型を留めていなくなっていくかもしれない。

 輝石の島だって、似たようなものだったではないか。

 夢で、幻想で、おとぎ話のような場所。忘却の島という名称。輝石の島から共和国に戻ってこなかったという、それだけで広がった噂話。その噂が一部だけだったと知った真実。

 フィノからも話を聞いて、現実のその場所に訪れ、ラスターはその目で見て、輝石の島の真実を知ったのだ。


「私だけに限らず、国王陛下はここ数年公の場にお姿を見せていません。ここだけの話ですが、何か病気を患っているのではないかという噂も、まことしやかに流れております」


 また『噂』。それも、今度は良くない方の。しかし取りざたされるには、なんとも奇妙な話ではないだろうか。


「誰も王様を見てないの?」

「ええ。王妃様――シャレル様やキーシャ様はどうかわかりませんが、何か隠していてもおかしくはありませんね」

「王様って……」


 その話が本当なら、キーシャのお父さんが病気にかかって伏せっているということになる。娘であるキーシャが知らぬわけなどないだろう。もしくは、キーシャにも知らされていないほどの重い病気なのか――あまり考えたくはない。


「その風評が真実かどうかは定かでありませんが……これだけ長い間お姿が見えないとなると、最悪の可能性も考慮に入れなければなりません」


 フィノのいう最悪とは何か。


「――既に身まかられているのではないかと、そんな流言もあるほどですから」


 うん、と頷きかけて、フィノの神妙な面持ちをじっと見る。


「ねえ、フィノ」

「はい」

「身まかられたってなに?」


 傾げた首は、聞き慣れない単語があったからだ。悪い意味なのは想像つくけれど、それがどんな意味を持つのかまではわからなかった。


「亡くなられた、ということです」


 呑んだ息が、変な音を立てて落ちていく。キーシャは、本当に何も知らないのだろうか。自分の父親がどんな状況にあるのかを、何も。

 それに、フィノは言ったではないか。あくまでもそう噂されているだけだと。本当かどうかは定かでないと。

 人の口から口へと語られて、広がって。人から人へ伝えられていく噂話。王様は病気『かもしれない』。もういない『かもしれない』。亡くなっている『かもしれない』。


 ――死?

 どうにも引っかかりを覚えた。師を殺されてしまったセーミャ。父親が亡くなった可能性のあるキーシャ。

 噂がはびこっているのは、誰かの死を連想させる話題が増えていくのは、偶然なのだろうか。死を思わせる言葉が離れないのは、本当にただの偶然?

 もしもそれが偶然ではないとしたなら?

 もし――万が一、王様が亡くなっていたとして、賢人たちが殺された事件と繋がっていたとしたら?

 ラスターは首を振る。

 考えすぎだ。いくらなんでも。そんな偶然、あってほしくない。

 どれだけ可能性が低かろうと、人の不幸を想像するのは嫌だし、キーシャにも申し訳ない。自分の親しい人が亡くなっていたらなんて想像、誰だってしたくはないだろう。


「――あ、ねえ、ラスターとフィノ! いいところに!」


 呼ばれた前方。そこには、治療室の扉から顔を覗かせたレーシェがいた。いつの間にか目的地まで着いていたらしい。


「何かあったの?」


 キーシャに呼ばれて薬室から出ていたレーシェは、どうやらこちらに来ていたようだ。話は終わったのだろうか。そもそも、どうしてここに。


「あなたたち、セーミャを見なかった? 出かけたきり、全然戻ってこないのよ。ちょっと心配で」

「だから俺が探せばすぐ見つかりますよ。ちょちょいのちょいじゃないですか」

「病人はお黙りなさい」


 中から聞こえてきたリディオルがぴしゃりと制され、ラスターは苦笑いをこぼしてしまった。我が母親ながら、なんて容赦のない。


「セーミャ殿でしたら、先ほどお会いしましたよ」


 ラスターより早く、そう答えた人がいた。


「あらそう? ――ですってよ、ルース」


 中から「ああ、それなら良かったです」なんて別の人の声も聞こえてきた。元々目的地はここだったし、そういえばリディオルが倒れてから様子を見に来ていなかったことにも思い当たる。

 ユノの容態も気になるし、ユノ本人はどうしているのだろう。

 レーシェに答えたフィノは、二人に続きを話した。


「なんでも、シェリック殿にお話があったようで。今は多分、お二人でいらっしゃるのではないでしょうか」


 ラスターがフィノと会ったとき、フィノは一人だった。フィノがセーミャに会ったのは、それより前だろう。セーミャはシェリックに、何の話があったのだろうか。


「ふうん。なら安心してよさそうね。というわけでセーミャは大丈夫そうよ、ルース」

「……ですね。ありがとうございます、フィノ殿」

「お役に立てたなら何よりです」


 これ以上考えていても仕方ない。ここは王宮だし、別に誰と誰が遭遇してもおかしくはないのだ。

 三人が会話する中に入ろうとして、ラスターはその端にいた姿を見つける。立ち話をしていた三人とは異なり、椅子に腰かけたリディオルを。白い幕の前一帯を陣取り、まるでその場は全て自分の領域だと言いたげに。

 先の会話からいるのは知っていたのに。見つけるのが遅くなったのは、あのひと言以来、リディオルが何も話していなかったせいだ。

 セーミャが過労だと教えてくれたけれど、先ほどのやり取りを聞いた限りでは元気そうだった。声をかけようとして、近づきかけた足を止める。思案に沈む横顔が、どこか近づき難い雰囲気を醸し出していて。

 ラスターに気づいたのか、リディオルはこちらを見上げてきた。


「お、嬉しいねぇ。嬢ちゃんも見舞いに来てくれたのか? ユノならあっちですげぇ形相してるから、ちょっとなだめてやってくれねぇか? ちょっと前までおとなしく寝てたんだけどなぁ、すっかり覚醒してんだよ」


 口を開いたリディオルはいつものとおりだった。今しがた見た光景は、ラスターの見間違いだったのだと、認識させるほどに。

 リディオルが親指で示した肩越しには白い幕しか見えない。ユノはきっと、奥にいるのだろう。


「それ、今ボクが行っていいの?」

「ああ。たまには違う顔拝んだ方がいいだろ?」

「……そういうもの?」

「同じ奴ばかりだと飽きるだろ?」


 ラスターならばどうか。目覚めて見る人はいつも同じ。いつも変わらない。

 旅に出てくる前は、ずっと祖母がいてくれた。旅に出てからは、シェリックがいてくれた。それと変わらないというのなら。


「別に、飽きないかな」

「つれないこというなよ。せっかく嬢ちゃんが来たんだ、見舞ってやってくれねぇ?」

「それはいいケド……」


 ユノの見舞いは考えていたからそれはいい。いいけれど、どうも腑に落ちないのは、大体においてリディオルのせいだ。


「――あの」


 気を取り直して、レーシェやフィノと話している白衣の男性に、持っていた荷を差し出す。セーミャと同じ白衣姿。きっとこの人は、治療師見習いだろう。

 男性が荷とラスターとを見比べたのを確認して、ラスターは名乗りを上げた。


「薬師のラスター=セドラです」

「ああ、君があの」


 合点のいった返事をされ、少々しり込みしてしまう。何か、変な評判でも立っているのではないかと。


「……ええと、これ、頼まれてた解熱剤です」

「わざわざ足を運んでいただいてすいません」


 恐縮そうにラスターから荷を受け取り、男性は中を確かめる。


「頼んでいた解熱剤と数量、確かに。どうもありがとうございます、重かったでしょう?」

「ううん、へっちゃらだよ。それに、ユノのお見舞いもしたかったから」


 リディオルも、と言いかけてやめた。思っていたより元気そうだったし、リディオルについてはお見舞いと呼ぶにはおかしい気がしたのだ。過労で倒れたのなら、その表現は決して間違いでも、大げさでもないのに。


「ユノ君なら、白い幕の中にある、奥の寝台にいますよ。起きてますので、どうぞ」

「ありがとう」


 男性に礼を述べ、ラスターは示された方へと歩き始めた。



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