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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
五章 アルティナ王国Ⅱ
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92,見切りを選択できたなら


 入れ替わり、立ち替わり、治療室へと訪れたのは魔術師見習いたち。暇人と称するにはあまりに問題を棚上げしているのでやめておく。

 仲間思いだという面もあるが、同じ見習いであるユノの見舞いはあくまでもついでに過ぎないのだろう。なにせ、いつも指示を出している自分までもがここにいるのだから。

 物珍しい視線を浴びては、いちいち説明しては謝罪しては、というこの状況が面倒だった。だから早いところ治療室から出せと再三要望を出したというのに。


「わかっちゃいねぇよなぁ……」


 ぼやいたところで何も変わりはしない。

 ただ寝ているだけなのは申し訳ないからと、ユノはやってくる見習い一人一人と話をしていた。それが昼刻を過ぎてくると、さすがに疲労の色が目立ってきている。

 無理もない。けがを負ったのが一昨日で、昨日はそれが原因なのか熱を出したようだし。万全にはほど遠い体調で、何か少しでも力になりたいというその心意気は買っている。

 買ってはいるが――今日は店じまいだ。


「おら、時間切れだ」


 眠りの世界へ片足を突っ込みかけているユノの頭をはたき、一旦意識を呼び戻した。


「――あれ。私、寝てました?」


 ユノはというと、まどろみの中から声を出してくる。


「半分な」


 可愛げのなさにため息が漏れた。こういうときばかり、どうしてこういつものように気を抜いていないのか。追加で頼んでいた解熱剤が届くにはまだ時間がかかりそうだし、これ以上ユノに頑張らせても一利はない。ユノだけでなく、誰にとっても。


「寝るなら布団の中で寝ろ。首痛めるぞ」

「でもまだ、灯りに使う材質の話が途中で――」

「あいつならとっくに帰ったぞ。ゆっくり休ませてください、お大事に、だとよ」


 ユノは目覚め半分の目をぱちくりとさせる。今度は首をめぐらせ、見える範囲を見渡して。


「……いつの間にですか?」

「だから、とっくの昔に」


 リディオルが言えば、うわあ、なんて情けない声を上げて頭を抱えるユノがいた。

 実を言うとほんの少し前の話だが、本当のことを話したところで追いかけるだの主張するに決まっている。もう手遅れだと伝えた方が早いし、ユノのためだ。あと、止めるのが面倒くさい。


「昼寝するには良い時間だろ。遠慮なく朝まで寝てろよ」

「……それ、昼寝とは言いません」

「細けぇことはいいんだよ」

「細かくないですよ。全然違います」


 ユノは異を唱えてくる。なおも不満そうにしているユノを、リディオルはじいと見やる。その額を、伸ばした指で弾いてやった。


「――だっ!」


 眠さとも相まって簡単に涙目になったユノを、リディオルは腕組みをして見下ろした。


「どうせまた嫌ってほど忙しくなるんだ。いいから寝てろ。ゆっくりできるのは今だけかもしれねぇぞ」

「そうですけど……っていうか忙しくなるのって、リディオル殿が遠慮なく押しつけてくるからじゃないですか」

「お前らに指示出すのが俺の仕事。今日は無茶し過ぎだ。自分でもわかってんだろ」

「……休んだら続きやりますからね」

「好きにしろ。治療師たちににらまれたらそこで終わりだからな」

「わかりました」


 自覚はあったのか、さすがに聞きわけがいい。しぶしぶ布団の中に入り、目を閉じたユノを確認して、リディオルは寝台の周りを覆う白い幕から顔を出す。


「ルース」


 ちょうど近くにいた彼を呼び、寝台の灯りを落としてもらうよう身振りで示した。頷いたルースが灯りを消し、寝台の周囲だけ暗くなる。

 それでも窓の外にある陽はまだ高い位置にあるし、室内の灯りをつけていなくてもさほど問題はない。寝台が置かれている部分だけ周囲に覆い幕が垂れ下がり、室内をより暗くさせているため、灯りがないと見えづらいのだ。

 ユノを寝かせればここに灯りは必要ない。見えにくいのなら、この場から出ればいいだけの話だ。


「リディオル殿、すっかり保護者ですね」


 幕から出ると、窓際にいた白衣姿のルースが声をかけてきた。

 片眉を跳ね上げて鼻白む。誰が保護者だ。旧友ではあるまいに。


「勘弁しろよ。俺の歳であんなでかい子どもはいねぇだろ」


 ルースに届くぎりぎりの小声で返しながら、そちらへと歩み寄った。いくら暗くしたとはいえ、声や音が聞こえていては妨げてしまう。ユノにあれだけ寝ろと言ってきたのだ。それを本人自ら邪魔するわけにはいかない。


「じゃあ、お兄さんですね」

「まだ譲歩はできる」


 空いてる椅子にどかっと腰を下ろし、右手をじっと見つめる。


「否定はしないんですね」

「話としちゃありだろ」


 大きくも小さくもない自身の手。細かい切り傷が絶えないのは、扱う術のせいだ。


「確かに、ユノくんは弟みたいですよね。見習いの中でも若いですし、あんな弟がいたら自慢するかもしれないですねー」

「まあな」


 適当に返事をしつつ、薄れた傷跡を目でたどる。

 呼んだ風に傷つけられたことは、一度や二度ではない。賢人とは呼ばれていても、できないことはまだまだある。これから先、生きていく中で、傷がつかずに風を呼べるのはいつになるだろう。

 生きていく中で、なんて――それを一生考えていくつもりか。

 親指と人差し指の間から手首へと引かれるひと筋の線。根元近くでふたつにわかれるこの線は、晩年に波乱万丈な人生と送るという暗示だろうか。晩年まで行かずとも、今でも十分波乱含みの人生を送っている気がする。


「――って、リディオル殿」


 ルースの声が一段と低くなった。見とがめられるものは何も持ってはいないが。


「まだ快復してないんですから。それ、収めてください。風、そこに呼んでますよね?」

「あ? これか?」

「それ以外に何があるんですか」


 ルースがとがめたのは、リディオルの手のひら。なんとなく手持ち無沙汰になり、いつもの癖で小さい風を呼び寄せていたのだ。船の中でシェリックに見せつけたように、白く変色させてはいない。

 よくわかったと褒めてやりたいが、ルースがわかったのは、リディオルの手中から発せられている音で判断して、だろう。


「呼んどかねぇとなまるんだよな。いつ機嫌を損ねられるかわかったもんじゃねぇし」


 風は気まぐれだ。同じ時刻、同じ場所でも、一秒あとにはまた違った方向や強さで吹き始める。

 リディオルも風を操れるとはいうものの、それはいつも傍にいるからだ。風を呼んで、自由に吹かせてやらなければ、こちらのいうことだけを聞かせるなんて芸当は到底無理だ。ほったらかしにしてそっぽ向かれた風たちをなだめるのに、どれだけ時間を要したか。

 王宮に戻って来たばかりのとき、風の反応が悪かったのもそのせいだ。必要なとき必要な能力を発揮させなければ、ここにいる意味がない。


「リディオル殿がなまるとか、冗談きついですね。あの手この手でたぶらかしているんじゃないですか」

「さーて、どうだかねぇ。意外と努力家なんだよ、俺は。好かれる努力は惜しまないぜ?」

「その分、敵も多そうですよね。いらないところで反感買ってたり」

「必要なければ、無駄な出費は抑えたいところなんだけどな」

「色男は違いますね。俺も一度はそんなこと言ってみたいですわー」


 褒める様子がこれっぽっちも感じられない。


「思ってもいないことを口にするんじゃねぇよ」

「これでも少しはうらやましいんですよ」

「嘘吐け」


 窓に寄りかかったルースは、首を反らせて外を眺める。


「嘘なんて吐いてませんって。俺がどれだけ売り込んだって、俺のことなんか見向きもされませんでしたからね。手ごわいですよ」


 誰を指すのだか。ルースの意中の相手に興味はない。


「経験談かよ。押しが足りないんじゃねぇの?」


 リディオルにいさめた言葉を向けたのは、本当に同じ彼だったのかと疑いたくなるくらいに。


「やっぱりそうですよね。時代は強い男かー」

「強いだけじゃ駄目だろ。頼りになる奴じゃねぇの?」

「俺、頼りにならないですかね?」

「俺は頼りにしてるぜ?」

「野郎に頼られてもなー」


 冗談交じりに言えば、それに合わせてルースも笑う。

 ルースの遠慮なさはわりと心地がいい。気兼ねされ、顔色をうかがわれる地位となって、対等な立場で言い合える人物は少数になった。見習いでここまであけすけなく話してくるのは、ユノを入れれば二人目か。


「しっかしお前、あいつに似てきたな」

「そうですか?」


 言い方といい、へこたれないたくましさといい、小言満載な誰かさんにそっくりだ。

 遠慮なく言えるからこそ、ルースの前では話せる内容がある。


「あいつと言やあ――ルース、お前どうにかしろよ」


 ルースと二人、何度この話を交わしただろう。本人がいない時を見計らって、どれだけ話題に出したことか。


「――俺だって、どうにかしたいですよ」


 窓から離れたルースは、毎回こうやって弱音を吐くのだ。彼女の話をする、その時だけ。


「助かっているのは事実ですし、少しは休んでほしいのも本音ですけど……全然聞いてくれないですし」


 言葉尻を濁らせて、ルースは治療室の入り口を顧みる。


「一回気持ちの整理をつけさせねぇと、どっかで限界がくる。限界を超えたら折れるだけだ」

「それ、本人に言ってくださいよ」

「三回は言った」


 三回どころの話ではない。治療室にいる彼女を捕まえて、その度にリディオルが話しても、言葉を連ねて諭そうとしても、彼女は頑としてそれを聞こうとはしなかった。訊いたとしても、いつも大丈夫の一点張りで突っぱねるのだ。


「押し通されちゃったら、それに従うしかないじゃないですか」


 ルースは困り果てた顔でそうつぶやく。

 今はここにいない、セーミャのことを。



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