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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
一章 港町ルパ
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9,英雄の海賊語り


 アルティナは港町ルパから最も近いところにあり、世界でも最大級の王国だ。この王国なしの世界は考えられないだろう、とさえ言われている。他国と比べて歴史は浅いが、及ぼす影響力は大きい。世界が注目している国と呼んでも、差し支えないだろう。

 アルティナには世界の全てがそろっている。知識も力も、富も権威も。──そして、その影にある汚さも。


「ここで、いいんだよね?」


 唐突に思考を遮られてはっとする。不安そうな面持ちのラスターが、落ち着かなさげにこちらを見上げていた。

 改めてシェリックも辺りを見回してみる。今二人がいるここは、海沿いのほぼ中央にある、船乗り場と書かれた建物の横だ。


「そのはずだ」


 答えを返すも適当な返事をしていたのがばればれだったようで、つれないなーとこぼされる。見れば、ラスターは頭の後ろで腕を組んでいた。

 ──そこに町で一番でかい風向計があって、下が待合所みたいな建物になってる。海風もしのげるから、そこにいちゃくれねえか? フィノには俺が声をかけておく。輝石の島について聞いてみればいい。

 アルティナに戻っているかもしれないと言うのは、やはりリディオルの虚言だったか。

 ラスターが昨日購入してきたそろいの外套がいとうを身につけ、宿屋を出てきたのは陽が登りかけている頃。陽に照らされた街並みを眺めながらやってきたのだ。

 道中はそこそこの賑わいを見せ、あちらこちらの出店から客引きの声がかけられた。後ろ髪引かれているラスターを連れながら素通りし、足を急がせ、目的地へと向かったのである。昨日リディオルに取りつけてもらった場所に着いたのが、約束の時刻より少し前だ。


「やっぱり寒いね」

「中で待ってた方が良かったんじゃないか?」

「でも、こっちにいた方が目は覚めるよ」


 同意はできるが、寒すぎて余計眠くなりはしないだろうか。シェリックが抱いた懸念は、白い空気となって周囲に紛れていった。

 陽が登りきっていない町は、まだ温まりかけている最中だ。だいぶ明るくなってはいるから、視界が見えないということはない。風向計の内部を覗いても、そこには誰の姿も見当たらなかった。シェリックはそのままそこで待つつもりだったのだが、うしろにいたラスターに腕を引っ張られた。いわく、外で待たないかと。

 やってくる相手は見つけやすいだろうし、ラスターが言うように目も覚めるだろう。身体が凍える心配を除くなら。

 隣ではラスターが両手の平に息を吹きかけて擦り、少しでも暖を取っている。それを見てふと思い出した。


「おまえ、手袋は?」

「この前破けて捨てちゃった」


 穴が空いて、残念がっていたことまでは覚えている。そうではなくて。


「それは知ってる。買わなかったのか?」


 シェリックの言葉にしまったという顔をする。


「んー……忘れてた」


 うっかりにもほどがある。


「あとで見に行くか?」


 その表情が残念そうで、漂う悲壮感に提案してみるも、ラスターは首を振った。


「ううん、このくらいだったら大丈夫」


 まだ慣れてる寒さだしとつぶやき、ラスターは外套をつまんでシェリックに見せてくる。見せびらかすにしても、着ているものは同じである。


「そうそう。ここの服屋ね、朝から夜まで開いてるんだケド、昼間は休みなんだって」

「なんだその不思議な営業時間は」


 店ならば継続して開けているのが常だろうに。ラスターはへへ、と笑う。


「面白いよね。お昼になると飲食店にお客さん取られちゃうから、お店は閉めちゃうんだって」

「ああ、そういうことか。それは理に適ってるな」


 ちゃんとした理由があるならばそれでいい。いいか悪いかの判断は、店に訪れる客がしてくれるだろうから。


「シェリックは、この町の英雄の話って知ってる?」

「英雄?」


 話があちこちに飛ぶものだと思いながら耳を傾ける。さて、そんな話はあっただろうか。尋ね返しかけたところで思い当たった。


「ああ、もしかして海賊の話か?」

「そう」


 昔、そんな話を聞いたことがあった。海賊でありながら町を救い、英雄とされている、一人の男の物語を。


「ここのお店の人が言ってた。置かれてた服は、町を救うために戦って命を落とした海賊が、亡くなるときに着ていたものだって。その海賊は英雄なんだって」

「大体知ってるじゃねぇか」

「ちゃんとした話があるなら聞きたいじゃん」

「そういうものか?」

「うん」


 興味津々なラスターにふむ、と頷き、記憶を掘り起こし始める。どんな話だったかとざっくばらんにまとめて、シェリックは口を開いた。


「確か、今から五十年ほど前の話だったはずだ」

「え、そんなに新しいんだ。もっと古いものかと思ってた」

「ひと言で歴史と言っても様々だからな。誰も覚えていないほど古いものもあれば、ごくごく最近のものだってあるさ。とにかく、その海賊の話は五十年くらい前の話だ」


 ぽつぽつと話していくと、次第に記憶が鮮明に甦ってきた。

 シェリックが今よりも、ずっと子どもだった頃。あのときは興味なさげに聞いていたけれど、本当は気になって仕方がなかった。

 今シェリックの前で目を輝かせているこの少女も、きっとそんな気持ちなのだろう。

 あの頃のシェリックよりも、ずっとずっと純粋な気持ちで聞きたがっている。期待するような目でせがまれると、こちらも話してあげたくなってしまう。シェリックに話してくれた人も、同じ気持ちだったのではないか。


「その頃はルパの町もあまり発展してなかった頃でな、今みたいに道端に店を開いてはいなかったらしい。船を使って、他国との交流を盛んに行っていたそうだ」

「発展途上だったんだね」

「ああ」


 今よりもずっと寂しい景色だったのだろう。


「あるとき、ルパから出ていった交易船が途中で襲われて、積んでいた交易品を奪われる事件が多発してな。初めは船だけで済んだが、町の人たちが手が出さないのをいいことに、だんだん悪化していったらしい。そうしてついには町まで襲われる羽目になったんだ」


 そこで一旦言葉を区切る。


「それは、海賊の仕業なの?」

「ああ。上に英雄とは違った、がつくがな」


 一時期は海に船を出せなくなり、それが済むか済まないかのところで今度は町が襲われるときた。相手が海賊ということもあって、町の人々は下手に手を出せなかった。それは大打撃以外の何でもなかっただろう。

 反撃しようものなら何をされるかわからない。戦い慣れている相手ならなおのこと。報復と称されて、事態が悪化するのは目に見えていたからだ。


「奴らは町中に乗り込んで、残虐の限りを尽くそうとした」


 上がる戦火、町中を逃げ惑う人々、あちこちで飛び散る鮮血──おそらくそんな光景があったかもしれない。今の穏やかな町並みからは、とてもではないけれど想像が及ばない。語られなければ、知られもしなかっただろう。


「そのとき救世主のように現れたのが」

「ヴェノムって海賊だね?」


 シェリックの言葉を継いで、ラスターが言った。


「そうだ。ヴェノムにとっちゃルパを襲っていた海賊らは、互いに目の敵にしていた邪魔者だったらしい。広大な海上のどこで遭遇するかわからない奴らにとっては、ここで潰せるまたとない絶好の機会だったんだろう。ヴェノムたちは町を襲っていた海賊を追い出して結果的に町を救った、というわけだ。もしかしたらルパの人たちが勝手に救世主として祭り上げてんじゃないか、って噂があるしな」

「ヴェノムは名誉を求めてなかったってコト?」

「おそらくはな。元々名誉のために慈善活動する海賊なんざ、いないに等しい。そもそも『名誉』なんてものは、人によって全く違う意味合いを持つ。正義と同じだ。掲げる大義によっては、それは善にも悪にもなる」

「でもさ」


 ラスターは突然シェリックの進路をふさぐように立つ。目の前に人差し指をにゅ、と立てて覗き込んできた。


「先入観だけで物事を捉えるなって、ボクのおばあちゃんがよく言ってたんだ。海賊だからって、全部の海賊が非情な人とは限らないでしょ? 違う?」

「まあな」


 苦笑が漏れる。まさか諭し返されることになるとは思わなかった。


「それに、ヴェノムは──」

「そこのお二人さん」


 声がかけられた気がしてそちらを向くと、風向計を背にして男性が一人いた。海風で、彼の黒髪が大きくはためく。

 黒いのに重く見えないのは、風のせいか、彼のまとう雰囲気のせいか。優男と称された彼の印象は、確かに間違っていない。

 こちらを認めるなり彼の瞳が一度、大きく見開かれた。


「ひょっとして、あんたがフィノか? リディオルが紹介した」

「──ええ、そうです。リディオル殿のお話ししていた二人組は、あなた方のことですね?」

「ああ」


 彼は改めて、フィノです、と名乗ると苦笑しながらこう続けた。


「あまりにお若い恋人がいらっしゃるものですから、少々驚きました」

「えっ」

「……違う」


 どこをどう見たらそんな解釈をされるのか。


「おや、それは失礼しました。仲睦まじい姿を目撃したものですから」

「ただの旅の連れだ。恋人でも兄妹でもないからな」

「そうでしたか」


 裾が引かれるのに気づくと、ラスターが何か言いたそうにこちらを見上げていた。


「ん?」

「初対面なのに、性別間違われなかった」


 ラスターもラスターで感覚がずれている。そこまで目を輝かせて言うことでもないだろうに──いや、思い返せばリディオルにも間違われていたか。本人にとっては感動するものなのかもしれない。

 リディオルから話が行っている時点で、間違われない可能性もあるのだけれど──嬉しそうなラスターがいたので、あえて教えることでもないだろう。


「俺はシェリック。こっちはラスターだ。フィノ、おまえはリディオルにどう説明されたんだ?」

「『嬢ちゃんと野郎の二人組』だと伺いましたが」

「……あいつ」


 間違いではない。間違いではないが頭が痛くなってくる。リディオルらしい言葉と言えばそうなのだが。


「それで、私にご用件とのことですが。なんでも聞きたいことがあると」


 シェリックはこめかみを押さえながら気を取り直す。


「ああ。輝石の島について、知っていることを教えてもらいたい」

「輝石の島……ええ、構いません──ですが」


 フィノは後ろを指差す。


「ここではなんですし、せめて風を避けられる場所に移しませんか?」

「そうだな」




 まだ温かい時間帯ではない。隣で指を擦っているラスターもいることだし、その意見には全面的に賛成である。



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