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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
五章 アルティナ王国Ⅱ
87/207

87,留め置かれた現状は


 一、二、三――

 暇つぶしというと聞こえは悪いかもしれないけれど、どう言い繕ったところで元の意味なんて変わりはしない。こうも長丁場となった話し合いでは、退屈しない方が無理だ。いくら学びに来ているとはいえ、外から眺めているだけとなればなおさら。

 月に一度、十二賢人が集まる会合。互いの情報交換を兼ねて進捗の報告をするために設けられたその場は、賢人だけでなく見習いでも見ることができた。立場上、意見を発することはできずとも、セーミャは勉強がてら、師とともにたびたび赴いている。今回で五回目くらいにはなっただろうか。

 退屈しのぎに指折り数えていた数は、セーミャがどう見ても、何度数えても、既定の数には届かずにいた。


「お師匠様」

「ん?」


 その帰り道、かねてから気になっていたことを師に尋ねてみた。


「いつも賢人の方が二人いないのはどうしてです?」


 最初は見間違いではないかと思っていた。数え間違いを疑いもした。けれどもそのどちらでもなく、十二人いるはずの賢人は、あの場では十人のみだった。


「――ああ、魔術師と占星術師か」

「そうです」


 一度や二度姿を見かけないのは、今に始まったことではない。セーミャの師だって、何度か出ていないからだ。その中でもほとんど――いや、セーミャが覚えている限りでも毎回、見ていない賢人がいる。魔術師と占星術師、その二人だけはいつもいない。

 話し合いの場は滞りなく進んでいて、それは喜ばしいことなのだろうけれど、傍から見たらとてもおかしな光景だった。賢人が十人しか集まらない会合も、そのことに違和を唱えない賢人や聴衆も。十二賢人は十人しかいないのだと、間違った認識を刷り込まされているかのように。


「なんだっけ。ええと、魔術師は国内を動き回ってるらしくて、滅多にここには戻ってこないからかな。僕も、最後に会ったのは二年くらい前だったと思うよ。元気でやってるのかな」


 師の独白に、セーミャは答えられる言葉を持ち合わせていない。曖昧な感想でも良ければ返せるけれど、不確かな答えはしたくない。


「占星術師は、最果ての牢屋に捕まってるよ」

「――え?」


 続きを待っていたら思いも寄らなかった単語を返され、反射的に師を仰いだ。

 今、とんでもない単語が聞こえてきた。師が嘘や冗談で口にした様子はない。


「君は知らないか。あれから三年くらいは経ったのかな。当時は結構話題に上がってたんだけど――そっか、これ内緒だったんだっけ」


 内緒と言いながら話すものだから、心配になった。主に、師の立場と口の軽さについて。


「……それ、私が聞いても大丈夫なんです?」

「君が黙っててくれるならいいんじゃない?」


 なんて適当な人なのだろう。

 師を知るたび、初めに受けていた印象が音を立てて崩れていく。

 誰がこの師を寡黙だなんて、思慮深い考えの持ち主だなんて称したのだろう。そんな評価をしてしまったいつかの自分に、全力で抗議をしたい。


「何か、罪を犯したんですよね……?」


 なんとなく小声で話さなくてはいけないような気がして、セーミャはこっそりと聞いてみた。誰が聞いているかわからない。誰の耳があってもおかしくはないから、あまり大っぴらに話をしたくはない。

 牢屋。罪を犯した人を閉じ込める場所。

 どんな理由があったにせよ、良い理由ばかりではないはずだ。口止めがされているということはなおさら。


「しちゃいけないことをした人だね。彼、禁じられていた術を使ったんだよ。それで投獄されたんだ」

「禁じられた術って、何をされたんです?」


 その術で人を殺めてしまったとか、高価なものを破壊してしまったとか――浮かびはしたけれど、どちらも『占星術師』とは結びつかない。星を観測して未来の行く末を占う人に、そんなことはできないだろうと思い直す。


「占星術師にしかできないことだよ」


 そんなことを言われても、セーミャにはますますわからない。こちらから聞き返していいものか。迷っていたセーミャに、師は教えてくれた。


「彼はね、星を落とす術を使ったんだ」


 その人が犯した、大きな罪を。



  **



 ぱちりと開いた目。

 前に目覚めたときよりも明るくて、今は朝か昼の時刻なのだろうと知る。このまま沈んでいたい誘惑に駆られ、目を閉じかけたところで待ったをかけた。

 リディオルと会話をしたことは覚えている。いつもと違うリディオルの様子を見ていられなくて、宣言したら笑われて。

 だから、寝ている場合ではない。早く治して、回復して、助けとなるのだ。

 身を起こそうとして、ユノはようやくそれに気づいた。


「……あれ」


 身体がだるい。これから動かなければならないのに。

 いつもよりぼんやりしている。寝ている間に何か夢を見ていたような。それがよく思い出せず、わからないまま消えていくような感覚がしていてもどかしい。なんだろう。大事なことだったような――


「駄目です!」


 響いた声に肩が跳ねた。見える範囲で首を回しても声の主は聞こえない。どうやら自分に言われたわけではないようだ。


「……またやってるよ。懲りないね」


 右ひじを使って半身を起こすと、仕切られた紗幕の隙間から白衣姿の男性が見えた。その言葉の補足をするかのように、扉が盛大に開かれる音がした。


「だーから、もう大丈夫だっつの。あんなもん、ふた晩も寝てりゃ回復すんだろ」

「そんな適当なこと言って、また倒れたいんですかあなたは! 少なくとも三日は安静にしていてくださいと言いましたでしょう!」

「二日も三日も変わりゃしねぇし、あんたの物差しで測るんじゃねぇよ。俺が大丈夫だっつってんだから、大丈夫なんだよ。これだけ動けりゃ問題ねぇだろ」

「どういう理屈ですか……。問題あります、あなたが倒れたら我々の仕事が増えるんです! とにかく大人しくしていてください!」

「あーはいはい」


 聞こえてくる声は、ユノにとっては聞き慣れたもの。ここからでは姿が見えないけれど、リディオルと、それからセーミャだ。


「ちょっとお二人さん、そこまでにする。ユノ君、起きちゃったでしょうが」


 先ほどぼやいていた男性が手を叩き、二人の注意を向けさせる。押し問答をしていた二人は一旦それを止め、口を閉ざした。


「ユノ君、具合は? ――待った、無理に起きてこなくていいからね」


 二人を置き去りにして、白衣の男性がやってくる。


「ルースさん」


 彼が近くまで来るのを、ユノは大人しく待った。

 ユノがここに運ばれたあと、主に治療を受け持ってくれているのが、このルースとセーミャだ。名を知ってから日は浅いけれど、ユノにも気兼ねなく接してくれてとてもありがたい。初めに『ルース殿』と呼んだら堅いと言われ、悩んだ末に『ルースさん』と呼ぶに至った。


「ちょっとだるいです」

「だろうねー。ユノ君、昨夜から熱出してたんだよ。――んー、まだ下がってないか。ほら、寝た寝た」


 ユノの額に当てられた手がすぐに離され、言われるがまま横になる。額には、代わりに濡れた手巾が置かれた。


「熱……」


 だるいと思っていたのは、どうやらそのせいらしい。熱傷を負って、それに付随したものかはわからないけれど、そういえば昨夜は少し寒かった気がする。寒気だとするなら、あれは前兆だったのだろうか。


「ていうことでユノ君の先生、ちょっとついててもらってもいいですか?」


 向こうの方へと呼びかけたルースの元に、歩いてくる黒い人影が一人。昨夜とは異なり、黒衣をまとったその姿は、ユノにも見慣れたものだった。


「理由がおかしくねぇかそれ」

「弱ってるときって、見知った人がいないと心細いじゃないですか。俺たちだけだとやっぱり違いますし。困ったなーなんて思ってたら、こんな近くにおや適任が」


 それはユノにもわかる白々しさ。ルースの意図は、別のところにある。要するに、ユノは出しにされたのだ。口実であったとしても、リディオルが休んでくれるのにはユノも賛成だ。――少し前に自分が宣言をしたことは一切棚に上げておくけれど。


「……わーかったよ。いりゃいいんだろうが、ここにいりゃあ」

「お願いします――てなわけで解決したよ、セーミャさん」

「……ありがとうございます、ルース」

「あんたら共犯か」


 ユノの枕元へやってきながら苦々しくつぶやくリディオルへ、ルースは肩をすくめる。


「そりゃそうですよ。俺ら、治療師の端くれですから。この部屋は俺たちの陣地です。立場はリディオル殿の方が遥かに上ですが、ここにいる限りは従っていただかないと、治るもんも治らなくなります。はいどうぞ」


 ルースは毅然とした態度できっぱりと言い、リディオルに椅子を差し出す。


「へーぇ……まぁ、別に俺も目の敵にしてるわけじゃねぇが」


 出された椅子に大人しく腰かけ、腕と足を組んだリディオルは言った。


「――ここから出たら、覚えておけよ」

「嫌ですよ。怖いんですから、もー」


 ユノの耳に聞こえてきたのは、地面を這うような声音とそれに答える軽い声。リディオルはちょうど背中を向けていて、表情がわからない。先の言葉を発したときの顔が見えなくて良かったと、ユノは心底思った。



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