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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
四章 アルティナ王国
72/207

72,秘めた問いかけ訊いたなら


 眠気を誘う陽気な日差しが、治療室を明るく照らし出す。

 暑くはなく、寒くもなく、ほど良い温度に整えられたこの場所は、なんだかとても心が安らぐ。薬の匂いがして落ち着かないとこぼしていたのはシェリックだ。治療師とその見習い、薬師となりたての薬師。シェリックの他にここにいるのは薬を扱う人ばかり。近しいならともかく、馴染みのない匂いに囲まれては確かに落ち着かないだろう。


「――輝石の島に? あそこ、まだあったんですね」

「寂れてはいるけど、島自体はあるでしょ。石職人とかが原石を採りに、たまに出かけてたはずだよ」

「そうなんですね……初耳です」


 セーミャから渡された手巾で目元を冷やしていたラスターは、それを外して器を手に取る。ほんのりと湯気の立ち上るお茶は、今しがたセーミャが淹れてきてくれたものだ。

 昨夜飲めなかったお茶を思い出しながら、ラスターはそれに口をつける。あのお茶とは違う色だし、淹れてくれた人も違うけれど、冷める前にせめてひと口でも飲んでおきたい。それは昨日学んだ教訓だ。

 濡れた手巾を持っていたために、手のひらはすっかり冷えてしまった。お茶の入った器でじんわりと温められていく。


「落ち着いた?」


 隣からしたのは、苦笑する気配。器を両手に携えたまま、ラスターはそちらへと頷いた。


「うん……ありがと」

「まさか、あなたがそんなふうに泣くなんてねえ……」


 苦笑した母親からしみじみと言われる。上げた目が捉えたのは四対の瞳。先ほどまで聞こえていた談笑はいつの間にか途絶えていた。もう一度手巾を取るのもおかしな気がして、ラスターは器で顔を隠す。そうして向けられた集中から逃れた。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔なんて、見られたものじゃない。それを見たと思しき母親からさらに笑われてしまい、顔がかっと赤くなるのがわかった。


「私が出てきた時も、あなたそんなに泣かなかったのにね」

「……泣いたよ」

「嘘おっしゃいな。母さんの後ろに隠れて、そこから出てこなかったじゃない」


 母さん――つまりは、ラスターの祖母だ。反論しかけるも、開けた口を閉ざす。

 そうだったろうか。ラスターの中にある号泣した記憶は、母親が出て行ったあとだったのだろうか。なんにせよ恥ずかしいから、これ以上は言わないでほしいのに。すん、と鼻をすする。


「……涙腺、緩みすぎてるのかも」

「あら」


 思い返してみれば、ここ最近は泣いてばかりだ。

 輝石の島でも、アルティナに来てからも。何度泣いて困らせてしまったのだろう。前までは、こんなに泣くこともなかったのに。

 そういえばシェリックの前で泣いたことが多かったなあなんてぼんやり考える。母親とは反対の隣に座る横顔をこっそりと盗み見て、合わさりそうになった視線を急いで逸らした。どこへ向けても赤面するだけだと知っていたから、行き場をなくした目を器の中身へと落とす。ゆらゆらと揺れる水面は、まるでラスターの心のようだ。


「それは聞き逃せない発言ね。うちの子をそんなに泣かせた不届き者は、一体だあれ?」

「不届き者って」


 言い方に思わず吹き出す。しかし母親が離さずにいた視線の先、そこにいた人物がわかってしまったから縮こまってしまった。

 確かに泣いてしまったし、思い返さずとも原因は大体その人だったから、母親の言うことは合ってはいる。それでもその本人を目の前にして話すようなことではない。

 母親が見ていたのは、振り向けずにいたラスターの後方。そちらからうめくような声がした。


「……どうして俺を見る」

「だって、あなた以外に誰がいるのよ。ずっとラスターと一緒にいたのでしょう? 三年間、ずっと。うちの子を泣かせた罪は重いわよ」

「あー……はいはい、悪かった」

「やっぱりあなたのせいなのね」

「誘導尋問はやめてくれ……。ラスター本人に聞いたらいいだろう」

「あなたの目の前で素直に話せるとでも? ねえ、ラスター?」


 急にこちらへと話を振ってくるものだから、思わず飛び上がってしまった。


「えっ、あ、う、うん……」

「ほらみなさい」

「……俺のせいでいいんだろう、俺のせいで」


 シェリックと母親のやり取りが新鮮だ。二人で話し始めたのを見て、ラスターは隠れて笑う。


「君、昔からレーシェに頭が上がらなかったよね」


 そこへエリウスが割って入ってくる。


「そんなことは」

「違うか。尻に敷かれてる」

「……それこそ違います」


 母親とシェリックが顔見知りの仲だったなんて、なんだか不思議な気分だ。

 ――知り合い?

 ラスターははっと思い出す。

 もしかして、母親の知り合いと言うのは、やはりシェリックで間違いないのではないだろうか。二人が既知の間柄だったのなら、目撃情報があったこともなんとなく頷ける。頷けはするけどどうにも腑に落ちない。シェリックは牢屋にいて、目撃されたというのならきっとその牢屋で。

 では、母親がそこに行ったとしたなら、いったい何のために?


「ねえ、ラスター。あなた、私を連れ戻しに来たの?」

「えっ」


 唐突にかけられた問いに、危うく器を落としかける。中に入っていたお茶が、揺られてたぷんと波打った。


「それなら悪いけど、私は戻るつもりはないわ。母さんにもそう言っておいてくれる?」


 こぼれなくて良かった。そっと息を吐いたラスターへ、母親は話しかけてくる。


「あなたにはここまで来てもらって申し訳ないけど」

「お母さん」

「なあに?」


 ラスターは母親を探しに来た。連れ戻して、祖母が待つ家へ、一緒に帰るために。

 それは、ラスターの願いのひとつだ。けれどもそれだけではない。ラスターはずっと、訊きたいことがあったのだ。


「どうしてあんなコト言ったの?」

「あんなこと?」


 聞き返してくる母親へと頷く。


「許さないで、なんて」


 それを告げた途端、今までにこやかだった母親が息を呑んだ。

 ラスターたちの前から姿を消す時、母親は確かにそう言ったのだ。

 許さないで――何を?

 母親が、シェリックが、セーミャが、エリウスが。皆の視線がラスターへと向けられる。


「どうしてあんなコトしたの? ボクに許さないでって言ったのは、そのコトなの?」

「あなたなら、もうわかっているんでしょう?」


 答え合わせをするように。観念したかのように話す母親へ、ラスターは再度頷く。

 憶測でしかなかったけれど、でもそうでないと説明がつかないのだ。

 ――嬢ちゃんは、自分の村を――

 そう、リディオルが言うとおりだったのだ。

 連れ戻したい。祖母の元まで、一緒に帰りたい。それは決して嘘ではない。それと同時に、ラスターには母親を探す理由がもうひとつあった。


「村の水源地に毒を流したの、お母さんなんでしょ?」


 ラスターはずっと、自分の村を大変な事態にさらした、母親のことを探していたのだ。

 どうしてそんなことをしたのか確かめたくて、その答えを聞きたくて、母親の足跡を追いかけてきたのだ。

 ラスターは真っ直ぐに目を見て、問いかける。彼女は――母親は、それを受けて静かに答えた。


「ええ」


 ためらうことなく、それだけを。


「――ええ、そうよ」




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