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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
四章 アルティナ王国
69/207

69,触れた琴線──予感あり


「そっちはどうよ?」


 手を引く彼のされるがままに足を進めていたら、唐突にそんなことを訊かれた。『塔』と呼ばれる、魔術師たちの居住地兼、仕事場まではもうすぐ。戻ったら、途中で放り出していたあれやこれやの続きをやらなければならないと、考えをめぐらせていた矢先だった。


「どうって、何がです?」


 問い返せばぴたりと立ち止まられ、危うくその背中に激突しかける。ユノは寸でのところで足を踏み止まらせた。

 放された腕と、振り向いた苦々しい顔つき。それらを見上げたユノは、リディオルから非難の目を向けられていることに気づいた。


「なっ、なんです?」

「……お前ね、俺が頼んだこと忘れてねぇだろうな」

「どれですか?」

「洋灯だよ。試作品で止まってたろ」


 本気で疑われ、ユノは慌てて腕を振った。


「あ、あれですね! いえ、進めていることが多すぎて、どれのことだろうと思っただけですよ!」


 進み具合という意味では、ユノの脳裏に浮かんだ事柄は少なくとも三つ。それの中のどれだろうと思っていても仕方あるまい。

 作っていたカードはラスターに渡し終えたし、試作品で止まっていた洋灯は材料が届かないと量産できないし。灯りを点ける元にろうを使っているけれど、火災の恐れがあるから、安全面で問題がある。


「んな、たかだか三つや四つ同時進行してるぐらいで」

「たかだかじゃないですよ! どれも大事な用件です!」

「知ってる」


 それはそうだ。全てリディオルからの指示で動いているのだから。


「――それで、洋灯の件はなんとかできそうです。あとは、リディオル殿が当初から言っていた伝達の問題でしょうか。材料が届けば洋灯を作れるのですが……」


 確かそちらは本日中に届くはずだ。それを考慮に入れると、二、三日中には完成までこぎつけられそうである。


「ふーん」

「多分、明日か明後日までにはなんとか――」

「眠いとこわりぃが、それ、今日中にな」


 言われた意味を理解できなくて、瞬間口を閉ざす。

 息を詰めて、ひとつ、ふたつ。どれだけ数えても、見返したリディオルの表情は怖いくらいに変わらない。訊き間違いだと思いたい。


「……ええと、今、なんて」


「今日中。できんだろ、お前なら」


 言われた意味を理解したくなくて、リディオルから目を外した。


「限度があると思います」

「材料届くの今日の昼前だろ、確か。あと半日はあるからなんとかこなせるよな?」


 それはもう、問いかけではなく確信だ。

 どうして彼が納品のことまで把握しているのだろうとか、あと半日しかないじゃないかとか、至急の用件は他になかっただろうかとか、ユノは頭の中でぐるぐると考える。

 考えて、根本的な部分がおかしいことに行き当たった。


「――いやいやいや、無理ですって! 半日しかないんですよ!? それで全部こなすのは無理ですって!」

「やりゃできる」

「気力でどうにかなるものじゃないですから!」

「……ちっ」

「今舌打ちしましたよね!」


 どうしてこう無理難題ばかりを押しつけてくれるのか。どんな態度を取られようが、無理なものは無理なのだ。ここで妥協したが最後、こなさなければならないのは他でもないユノなのだ。

 それは避けたい。回避できるならそれに越したことはない。


「絶対できません! オレは絶対、頷きませんからね!」


 決意を込めて断言すると、リディオルは深々とため息を吐くのだった。これ見よがしに、わざとらしく、見せつけるように。

「ここに来たばかりの頃は、あーんなに可愛くて真面目でからかいがいのある面白い奴だったんだけどなあ……」

「……今、からかいがいのあるって言いました? 面白いって言いました!?」


 なんとも聞き捨てならない単語が聞こえてきた気がする。食ってかかるも、哀れむような眼差しで眺められた。


「お前、可愛いってとこは否定しないのな」

「――っ、聞き逃しただけです! 認めてませんからね!」


 しれっと突っ込みを入れてくるリディオルにそう言い張るも、聞き入れてもらえた気配はない。


「…………なんですか」

「べーつにー?」


 これだから嫌なのだ。


「と、に、か、く! やることがあるので、オレはここで失礼します!」

「ま、せいぜい頑張れよ」


 激励のつもりなのだろうが、まったくもってそのとおりに聞こえないのは一体どういうことだろう。頼まれた全てを、全力ではるか遠くの方にまでぶん投げられた気分しかしていない。


「それでは!」

「ユノ」

「なんですか」


 振り返りざまに映ったのは、いつになく真剣な眼差しをしたリディオルだった。

 呼びかけられた調子が常と違うようにも思えて、文句を言いかけていたユノの口を、否応がなくつぐませる。


「どうかしました……?」


 尋ねる声音にも、少しばかり緊張がはらんでしまった。


「お前さ」

「――はい」


 答える方もついつい神妙にならざるを得ない。何を言われるのだろうと、じっと息を潜めて――


「オレ、じゃなくて私、な。いい加減直せよ」

「~っ、そうですね、すいませんでした!!」


 真面目な顔をして何を言うのかと思えば、いつもの小言で。最後ににやりと告げられ、一気に脱力してしまう。張っていた自分の気を返してほしい。今度こそ振り返るつもりはなく、そこから大股で離れる。

 あんな真剣な顔をされるから、何かあるのかと思ってしまったではないか。

 呼んだ声音にも違う雰囲気を感じてしまったから、真剣な話ではないかと思ってしまったではないか。断言しよう。聞かなければ良かった。

 ユノは怒らせた肩で歩いていく。こうなったら見返してやろう。頼まれたこと全てを終わらせて、それをリディオルに叩きつけてやろう。文句のひとつも言わせないほどに。

 そう決めながら、速度も歩幅も増した足で歩いていく。決めた心は揺るぐことなく。


 だから、ユノは知らない。


「――気のせいか」


 去っていくユノの背中を眺めながら、リディオルがそうつぶやいたことを。



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