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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
四章 アルティナ王国
65/207

65,夜のお茶会招かれん


 薄暗かった宵闇から暗夜へと移り変わり、辺りは灯りがなければそこに何があるのかさえわからない暗さになっていた。

 手に持つ灯燭とうしょくは心許ない小ささではあったけれど、ひとつあるだけでも足元を照らしてくれる心強い光だ。この灯りを使った危機対策を打ち出し、今も一人一人に火を灯してくれている人物を思い浮かべて、ふ、と笑みが漏れる。

 そのおかげとあってか、最近の夜は物騒な事件が起こることはまずない。やはり効果はあるだろう。それは喜ばしいことだ。けれど眼前にそれを見つけた時、さすがにいかがなものかと思ったのだ。


「物騒ですね」


 フィノの声を聞きとり、その提案と実行をした人物は、ちらりと目だけを向ける。


「どうして一人でいるんですか。危ないことはしないでくださいと、再三申し上げたでしょう」


 フィノに一瞥いちべつを投げただけで、また元のように空を見上げている。彼の足元にちゃんと洋灯が置かれているのを見て、少しは安心した。

 しかしいくら灯りが対策であったとしても、あくまで何かが起こったと伝えることしかできない。決して灯り自体に防犯や防衛の効果があるわけではないのだ。提案をしたなら、それも正しく理解しているだろうに。

 フィノの心配をよそに、彼は夜空を眺め続けている。何か目を惹かれるものでもあるのだろうか。そちらを見ようとしたその時だった。


「――星が」

「星?」


 聞きとどめたつぶやきに、つられて上空を見やる。


「きれいで」


 彼の見つめる先。フィノは灯りを下げて同じ方向を仰ぐ。

 確かに、きれいだ。灯燭を遠ざけたものの、元よりここは外灯が少ないから、他の場所よりもよく見える。


「シェリック殿が戻られたからではないでしょうか。古の話では、占星術師は星をも操れたと聞きますし」

「それはないでしょう。星は動かせるものではなく、ありのままに動いています。それを読んで、意味を定めるのが占星術師の役目。それはいつの時代も変わりません。未来を予知できるのは、彼らだけです」


 夢の中から声を発しているような、そんな声が返ってくる。夢見心地な気配に、これでは話を聞いていないかもしれないと推測する。集中し過ぎて周りがおろそかになっているのだろう。これではいけない。

 フィノが上着をかけてやると、彼はようやく我に返ったようにこちらを向いた。まるで、フィノがいることにたった今気づいたように。


「もう遅いですし、ここは冷えます。戻りましょう、ユノ」

「――はい」


 何か言いたげだった口が閉ざされる。そうしてユノは座っていた塀から飛び降り、塀の下に置かれていた洋灯を手に取ったのだ。



  **



 長方形の卓の周り。二人――ラスターとキーシャが腰をかけ、互いの横に控えるように、シェリックとリディオルがいた。


「――さて」


 おもむろに口を開いたキーシャが、三人の顔を順に見渡す。


「時間はあまりかけられないから、現時点で把握していることを確認したいわ。二人には申し訳ないけど」

「こちらは気にしなくていい」

「ボクも大丈夫だよ」


 ラスターはシェリックに話がある。そして、シェリックもラスターに話があるのだと言っていた。

 そちらはあとでじっくり話せばいい。互いの目的は一緒なのだから。


「ありがとう」


 二人の返答を聞いて、キーシャが頷いた。


「先刻ラスターにも話したけれど、今この王宮内で事件が起きています。王宮に仕えている十二賢人のうち、三人が亡くなりました。賢人である、ということ以外に共通点はないし、亡くなった時刻も、場所もばらばら。これ以上被害を出さないためにもなんとか解決したいんだけど、なかなか糸口が見つからなくて。正直、お手上げ状態でした」

「うん」


 シェリックたちが来る前に、そこまでは聞いた。船で起きたこと。輝石の島に流れ着いたこと。キーシャから改めて謝罪され、なかなか頭を上げてくれなくて困ったこと。それから王宮で起こった事件のことを聞き、ひと段落するかしないかのところでシェリックたちがやってきて、今に至る。


「そこにラスターと、そしてシェリックが戻ってきた。この状況を打開できる可能性のある、あなたたちが」

「うん……?」


 話を聞く限り、ラスターには特に何もできそうにない。キーシャの言った意味はわからないけれど、それは多分喜ばしいことなのだろう。けれど、語るキーシャの顔が少しも浮かないのが少々気になった。

 口にしようとして、言葉にするのをためらうような素振り。逡巡しゅんじゅんしているキーシャの斜め前へ、ずいと進み出る影があった。リディオルだ。


「なあ嬢ちゃん、賢人になる気はねぇか?」

「おい、それは――!」

「え?」


 リディオルは今なんと言った。ラスターが賢人に?

 声を荒げたシェリックと、それを制したリディオルと。二人を見比べたラスターは、リディオルに視線を定める。


「賢人。ここでの身分は保証されるし、それなりの――というか相当いい地位でもある。簡単に他の国まで出かけられないのが難点だが、それ以外のことだったら何ひとつ不自由せずに暮らせるぜ?」

「はあ……」


 周りに目を向けても、驚いているのはラスター一人だけだ。

 キーシャやシェリックは既に知っていたのだろう。そしてきっと、キーシャがためらった理由もこのことだ。それと、今ここにはいないナクルも、恐らくは知っているに違いないはずだ。


「どうだ、悪い話じゃないと思うんだが?」

「ええと……」


 そう推されても、すぐに決められる話ではない。賢人とは、シェリックやリディオルたちのことだ。それはキーシャから話を聞く前に、リディオルから教えてもらったのだけれど。


「ねえ、シェリック」


 どうすればいいのだろう。助けを求めて隣を仰ぐ。


「俺は反対だ」

「私もよ」


 シェリックとキーシャ、二人の口から全く同じ意見が出された。


「これはアルティナの問題であって、お前自身を危険な目に遭わせてまで解決することじゃない。犠牲はこれ以上出したくないが、別の方法だってあるはずだ」

「そうね、私もそう思う」


 す、と姿勢を正して、キーシャはリディオルを見上げる。


「リディオル、あなた、この件に関して案があると言っていたわね」

「言いましたね」


 キーシャは唇を引き結び、細めた目でリディオルをにらみつけた。


「お母様にも進言したのはあなたね?」

「あ、ばれました?」


 リディオルは悪びれもせず、ひょうひょうと返す。それを聞いたキーシャはため息をこぼし、ラスターと向き直った。


「ラスター、勝手に話を進めてしまってごめんなさい。全ての発端はこちらの非礼と、先走ったリディオルだわ」

「元凶みたいに言わんでくださいよ」

「お黙りなさい。そもそもあなたが余計な案を出さなければ、今こんなに悩んではいないの」

「この国を思って出した提案ですよ」

「嘘おっしゃい。シェリックが戻ってくるから利用しようと、その魂胆がみえみえだわ」

「俺がそんなあくどいことすると思います?」

「リディオルだったらやりかねないでしょう?」


 卓の向こうでは一触即発の空気だ。


「えっと……」


 始まった会話についていけず、キーシャとリディオルとを交互に見やる。この二人は主人と従者ではなかったのだろうか。対立している理由にラスターが関係しているのは確かだ。すっかり弱ってしまってシェリックへと目を向けるも、リディオルに注意を払っているこの様子では、視線が合わさることもない。

 話を進めるためにも、早いところ結論を出した方がいいのだろうか。けれどこんなにぎすぎすした雰囲気の中で、答えを定めたくはない。いつかのように、シェリックに怒られてしまいそうだ。


「――客人をほったらかしにして何をなさっているのですか」


 そこへ、茶器を携えたナクルが戻ってきた。爽やかで甘い香りが漂い、ラスターは少しばかりほっとする。


「ラスター殿がお困りでいらっしゃいます。何か言いたいことがおありでしょう?」


 持ってきた茶器を卓の上に広げながらナクルは促してくれる。ラスターはそんなナクルへ頷き返した。


「うん。あの、いいかな……」


 どうしても尋ねたいことがあった。誰に訊いたらいいものかと悩んだ末、目の前にいるキーシャへと問いかける。


「ボク、賢人のコト詳しく知らなくて。ここに来る前リディオルに聞いたんだケド、シェリックとリディオルが賢人だってコトしかわからなくて……」


 言い終わると一様に静まり返る場がそこにあり、話し続けることにしり込みしてしまう。

 それでもラスターに勧めたナクルは早かった。固まっていた手を動かし、五人分の茶椀を準備しながら話してくれたのだ。


「――賢人とは、アルティナ王国初代国王と王妃、アルエリア王とセルティナ王妃が定めた制度です。この王国を様々な分野から補佐する精鋭と言っておきましょうか」

「ナクル、それは持ち上げすぎだ」


 笑み混じりのリディオルへ、ナクルは頭を左右に振った。


「そんなことはありません。賢人と言う肩書きが、このアルティナでどれだけ重要な役割を果たしていると思っているんです。私が唯一あなたを尊敬できる部分でもありますのに」

「そうか。そこまで言うんならもっと崇めて、敬ってくれていいんだぜ?」

「すぐに調子に乗るところはリディオル殿の欠点のひとつですね。聞かなかったことにして差し上げます」

「おい」


 軽口を適当にいなし、ナクルはさてと切り出した。


「アルティナ王国を補佐する者たちは、主に十二の役職にわけられます。護衛官、補佐官、近衛騎士隊長、宰相、判官、導師、魔術師、占星術師、薬師、治療師、鉱石学者、それと楽士。これらの人々を総称して王宮上級職、十二賢人――あるいは単に賢人と呼んでおります。それぞれに見習いの方もおりますが、賢人を名乗れるのは役職の筆頭のみです。要はその役職の中で一番偉い人、と言えばわかりますでしょうか」


 魔術師。占星術師。

 それは、リディオルとシェリックのことだろう。


「ナクルは賢人じゃないの?」


 素朴な疑問が浮かんだ。


「私は見習いのようなものです。今はこうしてキーシャ様の護衛をしておりますが、賢人ではありません。護衛官や補佐官は他の方々とは毛色が異なりまして。特に賢人と呼ばれるのは王についた者だけです」

「そうなんだ」


 護衛をしていてもその対象が王様でなければ、賢人とは名乗れない。王様が特別な人だからだろうか。


「疑問は解けたかよ?」

「うん、なんとなくは」


 ナクルから冷めないうちにどうぞと勧められた茶椀を、両手で包み込む。ラスターの手のひらにじんわりとした温度が伝わって、心まで温かくなるようだ。

 じっと視線を送ると、それに気づいたシェリックがラスターを向いた。


「やっぱり、シェリックってすごい人だったんだね」

「別にすごくはねえよ――いただく」

「どうぞお召し上がりください」


 後半はナクルに向けた言葉である。シェリックはそれをひと口飲んで「うまいな」とつぶやいた。


「俺はたまたま運が良かっただけだ。顔見知りの知り合いにもらったもんだからな」

「そんな簡単にもらえるものなの?」


 賢人という地位は。

 もっと、なにか難関な、例えば試験みたいなものがあると想像したのに。シェリックの説明からは、とてもそうとは思えない。たまたまそこにいたから渡されたような、そんな想像が浮かんできてしまう。


「簡単だが、誰でもいいわけじゃない。賢人が、文字どおり次の賢人を選ぶんだ。自分のあとを継げると思った人物にその役職を渡すんだよ」

「力を認めた人にってコト?」

「そういうことだな」


 それは、単に試験を通るよりすごいことではないのだろうか。だってそれはその人に、賢人に認められたという意味だ。選ばれるのが光栄だということもわかった。


「それで――なんでボク……?」


 シェリックの言ったことと照らし合わせてみると、ラスターはシェリックないしリディオルに選ばれたということになる。だって、他の賢人なんて顔も名前も知らないのだから。先の反応からシェリックが選んだという可能性はない。ならば、残るのは一人だ。

 ラスターに思い当たる節は何もない。アルティナのために何かを成した覚えもないし――キーシャの浮かべていた表情も気になる。


「言ったろ? 俺らが認めたからだよ」

「……聞いてない」


 今から賢人だと言われたわけではなく、賢人にならないかと持ちかけられただけだ。俺らということは、リディオルの他、シェリック以外で認めた人がいるわけで。


「――あくまでも建前上は、だ」


 かちゃんと茶椀が戻される。

 そのひと言だけでぴりっとした空気に包まれ、シェリックとリディオルの間で静かに火花が散ったような気配さえした。


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