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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
四章 アルティナ王国
64/207

64,答えはここに、君と話を


 シェリックは急いた心で帰路を急ぐ。何から話そう。どう話せばいいだろう。ラスターの母親は。シェリックが再会したのは。レーシェは。

 まとまる前に部屋まで着いてしまい、もうこうなったら事実だけを伝えてしまおうかと大雑把な考えが顔を覗かせる。それはいけない。脈絡のない話では、いささか信ぴょう性に欠けてしまう。けれど話さなければ。とにかく話をしないと。


「ラスター、今戻っ――」


 言いかけた言葉は、真っ暗な部屋に吸い込まれてしぼんでいく。

 扉を開けるまで気づかなかったその暗さ。点灯して明るさの戻った部屋に目を凝らしても、探している姿はどこにも見当たらない。寝ている場合も考えたのだが、寝台にもラスターはいない。こう見えないとなると、出かけたままここに戻っていない説の方が有力だろう。

 昼間ラスターが持っていた草花の束は丁寧に活けられ、呼び鈴しか置かれていなかった卓上をにぎやかに変えている。目に見えて変化したことと言えばそれくらいで、他には特に変哲などない。シェリックがレーシェと会うためここを出てきた時と同じだ。

 思い当たる可能性はいくつもある。その絞り込みもできないまま、シェリックは部屋から飛び出た。

 手がかりが少ないし、出かけたとしてもこの近くのどこかだろう。それに、何か事件に巻き込まれた可能性も否定できない。

 ――賢人のうち三人が殺された。

 リディオルがそう教えてくれた。賢人ではなくとも、ラスターが狙われた可能性はないとは言いきれない。

 無事だろうか。いや、無事に決まっている。まだ、そうだと決まってはいない。

 よぎる予感は考えなかったことにして、シェリックは足を急がせた。闇雲に動き回るよりは確実な方法がひとつある。

 向こうからやってきた、ぼうとした光に目が引かれる。その向こうには人影が見えた。どうやら目的としていた場所へたどり着くよりも、彼らに出会う方が早かったようだ。


「シェリック殿?」


 暗がりばかりの廊下を照らし、灯りを携えるユノを浮かび上がらせる。手元と足元を明るくしたその背後に、リディオルの姿もあった。持っている灯りで照らし出せるのは周囲だけだろうに、よくこちらまで見えたものだ。


「何してんだお前」

「こんな時間に、どうなさったんです?」


 尋ねてきた各々の顔を交互に見比べる。


「ラスターを見なかったか?」

「ラスター殿?」


 ユノが怪訝そうな声を上げた。自分がラスターを探していることが、それほど意外なのだろうか。


「聞いていないんですか?」


 ユノのひと言で、そうではないと知る。どこかでラスターを見かけたかのような口ぶりである。シェリックが訊こうとしたそこへ、リディオルの盛大なため息をこぼされた。


「大方レーシェに会って、動揺を隠しきれなかったんだろ。で、嬢ちゃんが部屋にいねぇからこうして俺を頼って探しにきたと。保護者だねぇ」

「……リディ」


 けらけらと遠慮の欠片もなく笑うリディオルに、我慢が効かなくなりそうである。どうして毎度毎度そこまで把握しているのか。もう考えるのも馬鹿らしくなってくる。リディオル相手に隠し事なんてできないのだと、会う度に思い知らされているようだ。

 ラスターを探すのに確実な方法。それは、リディオルが言ったように彼を頼りにすることだった。

 王宮のあらゆることを知っているリディオルなら、きっとラスターの行方も知っているのではないか。シェリックはそう思ったのだ。


「そんなわけだからユノ、先に戻ってろ。お兄さんはちょっとこれを嬢ちゃんのとこに送り届けに行くから」

「はあ、わかりました」

「誰がこれだ――っておまえ、知ってるのか?」


 頼りにして探していたのは事実だけど、まさか本当に知っているとは思わなかった。


「ま、ちょっと前まで嬢ちゃんと一緒にいたもんでね――じゃ、ユノ、あとでな」


 何の用事があってのことだったのだろう。ルパで、船の中で、リディオルがラスターを気に入っていたのは知っている。余計なちょっかいをかけていたことも、そのおかげで散々な目に遭ったことも――と、リディオルにむんずと腕を取られる。


「おい、リディ」

「お二人とも、お気をつけて」

「おー、お前もなー」


 ユノの声を背に、リディオルは片手をひらりと振って応える。シェリックの腕を拘束した状態でどこかへと向かうリディオルに、さすがのシェリックも抗議の声を上げた。


「引っ張られなくても歩ける。どこに連れて行く気だ?」

「あのなぁ……仮にも賢人の一人が、供も連れずに一人で歩いてんじゃねぇよ。ここで起きた事件のことは、昼間に話しただろうが。忘れたなんて言わせねぇよ?」

「忘れてはいないが……」


 そうか、あれはまだ今日の昼間に話したことだったか。忘れたつもりはないが、レーシェに会ったことですっかり頭から抜けていた。――それを忘れていたというのだけれど。

 若干の申し訳なさから、振り払おうともがいていた左腕の力を抜いた。リディオルがそれに気づいてちらりと視線を寄越すも、何を言うこともなく歩き続ける。ところで。


「……つかんでる意味はあるのか?」

「お前が逃げねぇようにだよ」

「誰が逃げるか」


 なにゆえ逃げるなどと思われているのか。レーシェに会いに行くのに、言い訳ばかりを並べて渋っていたからか。もう済んだ話だ。今さら、逃げも隠れも言い訳もしないのに。それに、こうも捕まれては自由に歩くこともできない。

 何を言っても無駄になりそうだと、諦めをつける。


「ユノは、大丈夫なのか?」


 賢人ではないと聞いた。けれど見習いならば、徒人ただびとよりも賢人に近い存在だ。危険が及ぶ可能性がないわけではない。自分よりもユノの方が危ないのではないだろうか。


「この辺は塔の目と鼻の先だからいいんだよ。それに、無事じゃなかったら俺に知らせが来る。今は何も起きてないから問題ねぇよ」

「そうか……」


 リディオルの言う『塔』とは、王宮魔術師たちが詰める場所だ。アルティナの街から眺めるとそこそこ小高い建物になっており、そんな見た目もあって『塔』と呼ばれている。

 ふと気になる単語があった。知らせ。それは、リディオルが使っていたあの合図のようなものだろうか。


「俺らだって、何も対策してないわけじゃねぇんだよ。それでも、その上をかいくぐられることだってある。そうなったら、こっちとしてもお手上げだ。ま、そん時ゃまた新しく対策を講じなけりゃなんねぇけどな」


 ああ面倒くせぇなんて口ではこぼすけれど、それだけがリディオルの本心ではないことはシェリックにもわかっている。


「何かあるのか?」

「あ?」

「その、新しい対策の当ては」

「まあな。着いてからのお楽しみってやつだ。そう遠くはないからもう少し待てよ」

「あのな……」


 この様子では、どこかに着くまで話してくれるつもりはないらしい。


「リディ」

「ん?」


 だから代わりに、こちらから話題を投げることにした。


「ラスターは王宮ここに置く」

「――そりゃあ一体、どういう心境の変化だ?」


 脳裏に浮かぶのはラスターの笑顔。笑っているのに今にも泣きそうで、自分がそんな顔をさせているのだと、自分のせいでそうなったのだと、思わずにはいられなくて。

 どうしようもできなかった。あの時は。けれど今は違う。シェリックは決めたのだ。あんな顔は、もう二度とさせたくないと。


「それと、レーシェに会った」

「見りゃわかる」


 それもそうだ。改めて言うまでもなく、先ほど出くわした時、既に看破されていたのだから。


「レーシェから口上をもらったんだ。これで、俺はようやく正式に賢人に戻った――それと、初めて知ったよ」


 何が、とは言わない。

 ひと言も発さず聞いているリディオルは、シェリックが何のことを言っているのか、正しく理解しているだろうからだ。リディオルが恐らくは知っていながらそれを言わなかったのは、シェリックに対する優しさか、それとも別の理由があってのことか。


「ずっと母親を探していたんだ。輝石の島に向かっていたのもそのためで、俺と出会う前からあいつは母親を探していた。だから、会わせてやりたい」


 誰が、とは言わない。誰に、とも言わない。ラスターの探している人が、まさか自分も知っている人物だとは夢にも思わなかったけれど。

 それまで黙って聞いていたリディオルが、ぽつりとつぶやいた。


「お前はとっくに気づいてるもんだと思ってた」

「馬鹿言え。レーシェと最後に会ったのが何年前だと思ってる」

「さあてね」


 知っていながら、わざとはぐらかす。いつまで経っても悪い癖を持っているものだ。


「なあ、シェリック。それは、嬢ちゃんをアルティナに奪われてもいいってことか?」

「まさか」


 ――お前、嬢ちゃんをどうするんだ?

 以前はぐらかした質問が脳裏に蘇り、今度は即座に否定する。


「誰が何と言おうと、アルティナにはやらない。あいつが成し遂げたいことを、俺が傍で助けてやりたいだけだ」


 その必要はなくなったのだとしても、レーシェに手向けられなかった花の代わりに。それと、牢から出してもらった礼の代わりに。

 ふうんと気のない返事をされる。


「ま、お前にしちゃまともな答えになったんじゃねぇの?」

「茶化すな」

「茶化してなんかいねぇよ。お前がいてくれるんなら、こちらとしてもありがたい」

「どうだかな」

「お前に頼む必要もなくなったしな」

「何をだ?」


 足を止めたリディオルが振り返る。同時に解放された腕があったけれど、そんなことを気にしてはいられなかった。


「あとで教えてやんよ。実行に移せそうな、俺の対策と一緒に」

「おいリディ、ここは――」


 連れてこられたのは、見るからに重厚で豪華な扉の前。

 進む方向に予想はついていた。こんな遅い時間に訪れるのは無作法だろうと、可能性から除外したひとつ。この場所は王族が暮らす区画だ。そして、この部屋は――

 その時、内側から扉が開かれた。


「――シェリック殿もご一緒でしたか」


 面食らった顔はすぐに平常のものへと戻される。そこから顔を覗かせたナクルに、予想が確信へと変わった。


「お前が呼びに行く手間を省いてやったんだよ。気の利き具合に感謝してもいいんだぜ、ナクル?」

「そうですね……あなたの手の早さにはいつも脱帽させられますが」

「誤解の招くことを言うんじゃねぇよ。引く手数多(あまた)だっつの」

「それは失礼しました。うらやましい限りです」

「心にもねぇだろ」

「そんなことありませんよ」


 ナクルはしれっとかわすと、足を一歩引いた。


「とにかく、中へどうぞ。キーシャ様と、ラスター殿がお待ちです」

「ラスターも?」

「ええ」


 予想どおり、ここはキーシャの自室だったようだ。部屋の主であるキーシャがここにいるのはわかるが、なぜラスターもここに。それに、今の言葉ではいずれ自分もここに呼ばれる予定だったようだし。

 シェリックの疑問は、隣にいた人物が解決してくれた。


「お前がレーシェのところに行ってる時、たまたま見つけたんだよ。えらく沈んでたから、ユノと一緒にしばらく話してからここに連れてきた。ちょうど嬢ちゃんに渡したいもんもあったしな」

「――すまん」


 今日一日だけで、リディオルに何度詫びたかわからない。


「別に? 嬢ちゃんも覚悟を決めたようだし、ちゃんと話せよ」

「ああ、感謝する」

「どういたしまして」


 果たして、ラスターの覚悟とはどんなものか。母親を探すこと。アルティナから離れること。

 シェリックも話さなければなるまい。ラスターの母親がここにいること。彼女はシェリックの既知で、賢人であるということ。引き止める術は持っている。それを聞いたことで、ラスターはどう思うのだろうか。決めた決意を揺らがせることは。実際に母親と再会して、そのあとは――

 そこまで考えてやめた。シェリックが気にすべきことではない。目的が達成されたのなら、その先はラスターの好きにしたらいいのだから。


「お二人とも、こちらです」


 奥の部屋から談笑する声が聞こえてくる。

 その声が先刻よりも元気の戻った調子になっていて、ほっとする。ラスターにあんな顔をさせたのは他の誰でもない自分のせいなのに、なんて都合のいい。


「キーシャ様、お二人をお連れしました」

「ありがとう、入ってちょうだい」

「失礼します」


 キーシャに応じてナクルがそこに入り、リディオル、シェリックと順に続く。


「早かったのね」

「リディオル殿に先回りをされました」

「時間が惜しかったもので」


 それを聞いたキーシャの口元に笑みがにじむ。


「ありがとう、二人とも」

「ええ」


 ナクルの横をすり抜け、シェリックは座るラスターの前へと立った。

 十も下の、まだまだあどけない瞳がシェリックを見上げてくる。


「無事だったか」

「うん」


 ラスターが座る椅子。そこに立てかけられたこんは、ラスターが海で失くしたと嘆いていたものか。リディオルがラスターに渡したいと話していたものは、これのことだったのだろう。


「一人でいるのは危ないだろうからって、リディオルとユノがここに連れてきてくれたんだ。伝えておけば良かったんだケド、リディオルが……」


 言葉を区切り、ラスターはリディオルをちらと見る。


「どうせ俺のところに来るだろうから、言わなくてもいいって言って」

「意図的にか?」


 シェリックも非難の目を向ける。人には散々危ないだのなんだの言っておいて。


「ちげぇよ。手間を省いただけだ。どうせそっちも積もる話があるだろうし、もっと時間がかかると思ってたんだよ」


 それが本心かどうかはわからないが、とりあえずリディオルの優しさだと思っておくことにしよう。


「シェリック」

「なんだ」


 続く言葉に予想がついていながら、シェリックは先を促した。


「話があるんだ」


 伸ばされた背筋。揺れることなく、強い意志を宿した光をたたえた両の目。


「奇遇だな、俺もだ」


 自分のわがままで、話したいことと話したくないことがない交ぜになって、選別すらできずに散らかったままで。どれだけ遠回りをしてしまったのだろう。

 そうだ、ちゃんと話せば良かったのだ。もっと、もっと、納得が行くまで何度も。そうでなければ、解決なんて到底望めない。話したいことは山ほどある。恐らくは、お互いに。

 さて、何から話そうか。

 そうしてシェリックは、話したいことを思いめぐらせるのだった。


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