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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
四章 アルティナ王国
52/207

52,思いは二人、平行線


 案内された部屋は三人で入っても大層広く、先ほどの部屋と遜色そんしょくないくらいには豪華だった。双方の違いを上げろと言われても、すぐには浮かばず──いや、向こうの部屋には、寝台なんてなかった。それに、こちらの部屋にはキーシャやリディオルがいない。それだけでも、十分な違いだ。


「どうぞこちらの部屋でおくつろぎください。何かご用がありましたら、卓上の呼び鈴でお呼びくださいますよう。私か別の者が近くで待機していますので、なんなりとお申しつけください」

「ああ、わかった」

「それでは失礼します」


 一礼をし、ナクルは部屋から出て行った。言動の端々に彼の真面目な性格が察せられる。決して悪い人ではないのだけれど、フィノと比べてしまうと少しとっつきにくく思えてしまう。


「どうかしたか?」


 扉から視線を外さないラスターを、シェリックは不思議に思ったのかもしれない。


「うん……すごく変わる人だなあって、思って」


 シェリックと会話しているときと、リディオルと会話しているときと。込められている尊敬の念とでも言おうか、リディオルのときは全くと言っていいほど見当たらなかった。あそこまで攻撃的だった理由は、ナクルがリディオルを苦手としているからなのか、それともただ嫌っているからなのか。あるいはそのどちらもか。

 ただ、リディオルがもの凄く敵を作りやすい人だということはよくわかった。誰彼構わず敵意を抱かせるような言動をしているからだろう。


「……なんか、疲れちゃった」


 考えるのがだんだん億劫おっくうになってくる。思案しなければならないことはまだたくさんあると言うのに、頭を働かせたくない。何も考えずだらだらとしていたい。


「病み上がりだからだろ」

「そうやって人を病人扱いするんだから──わっ」


 空いていた寝台の端へと腰をかけると、思っていたよりも体が深くまで沈んだ。面白くて座ったまま何度か跳ねてみる。柔らかく、跳ね返りも心地いい。

 かたり。

 呼び鈴がある卓の椅子へと座るシェリックが見えた。真ん中に置かれていた呼び鈴を手にし、逆さまにして何かを確かめている。

 そんな様子を見ながら、ラスターはそこに倒れ込んだ。シェリックが真横に映る。何か考え事でもしているのか、遠くを見つめるような目で鈴をもてあそんでいた。

 呼び鈴を動かす度に微かな音が鳴っているのだが、近くにいると言っていたナクルにあの音は聞こえないのだろうか。聞こえたなら、きっとすぐに飛んでくるはずだ。先ほど言い残していった言葉のとおりに。

 ほんの少し見ていただけだったけれど、彼は忠誠心に厚い人だ。だから、発した言葉を違えることはしないだろう。疑いもせず、無条件に信じられる。どうしてか、そう思えた。


「──シェリック」

「ん?」


 信じられるというならもう一人。ラスターの脳裏に浮かんだのは、ナクルともシェリックとも異なる、柔らかな笑顔だった。


「フィノは、どこに行っちゃったんだろう」


 あの扉の前で再会を約せず、別れを告げた彼は。

 先ほどキーシャたちと意図せず出くわしたときもいなかったし、通ってきた廊下で探してみたけれど一向に見当たらなかった。他の皆がいるのに、フィノは見つからない。大事な部分が欠けているような感覚がして、なんだか落ち着かない。


「お礼、言いたかったのに」

「礼? フィノにか?」

「うん。だってここまで案内してくれたから──」

「連れて来させられたの間違いだろ。それは案内とは言わない」


 鈴を眺めながら、片手間に答えられる。シェリックのあまりの言いように、ラスターは半身を起こして非難の目を向けた。


「その言い方、酷いよ。だって、フィノはあの人に言われただけなんだよ? 従ってただけなら、それはフィノの意志じゃない、と思う。……多分」


 与えてくれた助言はあちらの計画のうちだったし、彼から向けられた敵意も作りものではなかった。けれども、フィノは嘘を言わなかった。ラスターたちを連れて行こうとはしていたけれど、ラスターたちに危害を加えることをためらっていたように見えたのだ。

 フィノが望んで実行していたわけではない。ラスターはそう思いたかった。


「被害者が弁護してどうする。あいつらに何をされたか、もう忘れたのか」


 あいつら──フィノとリディオルのことだ。


「……忘れてない」


 忘れるわけがない。思い出すだけで身のすくむ思いがするのだから、忘れることなど、到底できやしない。


「でも! フィノだけが悪いんじゃないよ」

「何を言おうと、それを実行したのはフィノ自身だ。どんなにあいつを知ってほだされたとしても、されたことに変わりはない」


 鋭い目。口調のひとつひとつがとげとげしくて負けそうになる。

 どうしてシェリックは、こんなに敵意をさらけ出しているのだろう。三人で話したときはまだ穏やかだったのに、今のシェリックには穏やかさの欠片もない。

 ここに来てから──いや、輝石の島に着いてから、シェリックの態度はどこか変だ。何かを考え込むことが多くなり、会話をしていても気づいたら別の場所を眺めている。


「……そうじゃないよ。そうじゃなくて、ただ……」

「ただ、なんだ?」


 今だってそうだ。椅子に腰かけたまま、ラスターを見ようともしない。ラスターではない別の誰かや、何かを思っているからか。合わさらない視線が悔しい。それに──寂しい。今、シェリックと話をしているラスターは、ここにいるのに。

 うまく言葉にできないもどかしさが、ラスターの口をつぐませる。


「全部が全部、フィノの本心じゃないと思うんだ。だって、」

「おまえ、フィノに連れていかれそうになって逃げただろ。おまえを捕まえようとしていたことも、あいつの本心じゃなかったなんて言うのか?」

「そうだケド、でも……」


 確かにラスターたちはフィノに連れてこられた。けれども、それが全てフィノの本心であったとは思い難い。それに、ラスターにはどうしても、フィノが根っからの悪人とは思えないのだ。

 どうして? 明確な理由なんて浮かばないけれど、強いて言うなら、どうしても。


「理由もなしに信じるな。なんでもかんでも信じようとすると、その甘さにつけ込まれる。信じることで救われることがあるなら、それは自分の心だけだ。あらゆることを疑ってかかるくらいで丁度良い」

「そんな大げさな……」

「言っておくが、大げさでもなんでもない。ここでは、誰が味方か敵かわかったもんじゃねえぞ」


 うつむいた先。何も言えず眺めていた床に、ふと影が差した。


「アルティナに来るということは、そういうことだ。全てを疑えとは言わない。ただ、ありのままに信じて受け入れるのはやめておけ」


 ラスターは何も、抵抗なく受け入れているわけではない。


「……シェリックが、いるから」


 ふさぎそうな心を右手で握りしめて、項垂れそうな首をぐっと持ち上げる。ラスターは真正面に立つシェリックを見上げた。

 敵も味方もわからない。けれどもシェリックがいる。ここにいてくれる。ならば、ラスターにとって敵じゃない人物は、少なくとも一人いる。たった一人でも味方だと判明しているなら。それだけで百人力ではないか。


「誰が敵だったとしても、シェリックがいるから大丈夫だよ。ボクは、今まで助けてもらった分、今度はシェリックを助けたい。それじゃ駄目なの?」


 もしかしたら、ラスターはフィノを信じたいのではないのかもしれない。フィノと話をしていたシェリックを信じたいのかもしれない。

 敵も味方も、誰かわからない。だけど、すぐ傍にいる人物は信じてもいいのではないだろうか。少なくとも、赤の他人ではない。

 ラスターは、眼前のシェリックをひたと見据える。同時にじっと見返され、そのいだ瞳にたじろぎそうになった。


「──俺を理由に使うなよ」


 しばらくしてから答えたシェリックは、くじけそうなラスターの視線を受け止めて言ったのだ。


「誰かのためを理由にするな。理由はおまえのためのものだ。おまえは、母親を探したいんだろう?」

「そうだケド……じゃあ」


 誰かのためにという理由では駄目ならば。


「じゃあさ、シェリックは?」


 シェリックはなんのためにここまで戻ってきたのだろう。


「どうしてシェリックは今までボクについてきてくれたの? ボクに理由がないって言うなら、シェリックはいつだってボクと離れてよかったよね。シェリックだって、ボクに理由づけてるじゃんか!」


 誰かのために。それを理由に使うなと言うなら──シェリックが戻ってきたのは、ラスターのためではないと言うのなら。人質とされたラスターを見捨てる選択肢だって、あったはずだ。


「言っただろ。戻りたい気持ちと戻りたくない気持ちがあるって。俺は俺でやらないとならないことがある。だからおまえについていたし、ここまで戻ってきた。おまえは気に病まなくていい。母親を探す場所が移っただけだ。そのために俺を利用していたと考えればいい」

「……無理だよ、そんなの」


 利用したからアルティナまで来れたなんて、どの口が言えるのだ。

 どうしてそんな態度なのだ。目の前にいるのはラスターなのに、シェリックはラスターではない別の何かを映している。気がそぞろで、ぼんやりしていて、ここではない遠くにいて。

 その瞳には何が映っているのだろう。誰を見ているのだろう。


「でも、シェリックはアルティナには戻らないって言ってたじゃんか! 戻ってくるコトになった原因はボクのせいなんだよ。ボクがいなかったら、シェリックはアルティナに戻るなんて考えなかったよね?」


 選択肢にすら上がらなかったはずだ。


「俺がどう考えていようが、そこにおまえの責任はない。おまえのせいじゃない」

「……なんでよ」


 もう駄目だ。

 堪えきれなかった涙がぽろりとこぼれ落ちた。

 覚悟を決めたのに。シェリックを助けたいと、シェリックの力になりたいと。今まで助けてもらった分を返すために。

 けれども、シェリックはそれすらも駄目だと言う。やりたいことがあったからラスターについてきたのだという。だったら、ラスターはどうすればいい? 今までシェリックからもらった分を、どう彼に返せばいい?

 他人を理由にしてはいけないなら、ラスター自身がシェリックになしたいと思うことすらも駄目だというのか。


「俺の問題なんだよ。おまえは気にしなくて言い。おまえには別の目的があるだろう?」

「だって、知っちゃったし! シェリックのコト、アルティナのコト、知っちゃったんだから!」


 初めは偶然だった。母親が訪れた可能性がある輝石の島を探していて、島へ行ける方法が見つかって、教えてくれたのはアルティナの人で、輝石の島へと向かうにはアルティナ行きの船に乗らなければならなくて──図らずも聞いてしまった話と、合致してしまったことと。

 だって、ラスターたちが目指していたのは、アルティナではなかったのだ。輝石の島だったのだ。例え、それが全ての始まりだったのだとしても。


「忘れろ」


 そのとき、無情なひと言が耳に届いた。

 一瞬何を言われたのか理解が及ばず、シェリックを見やる。彼は今、なんと言った。


「何、それ……」

「忘れていいんだ、ラスター。俺と出会ったこと、アルティナのこと、初めからなかったことにすればいい。簡単だろう? 記憶はいつか薄れるものだ。なら、努めて忘れることだってできる」


 聞き間違いではなかった。空耳だったなら、どれだけ良かっただろう。

 ──忘れる? 誰が? 何を?


「……嫌だよ」


 ラスターは全部覚えている。牢屋でシェリックに会ったことも、二人で輝石の島を目指したことも、船から海に落とされたことも、輝石の島に漂着したことも、アルティナまで来たことも――何もかも、忘れられやしない。

 今このときもそうだ。シェリックと話しているこの時間も、全て忘れてなかったことにする? そんなこと、できるわけがない。


「ラスター、おまえは母親を探すんだろ? 俺に構わなくていい。おまえはおまえの目的があるんだ。むしろ遠回りさせてしまった分、俺が謝らなければならない」

「それは、違う! ボクは遠回りしたなんて思ってない。大変なコトはいっぱいあったし、輝石の島にもお母さんの手がかりはなかったケド……それでも無駄な道なんかじゃなかったよ!」

「違わない。ここまでおまえを巻き込んだのは、俺のせいだ」


 ラスターは首を横に振る。巻き込まれたなんて、思ってもいない。ただ知ってしまっただけだ。シェリックは何を言おうとしているのだ。ラスターに、何を。


「俺を連れ出して、ここまで来てくれて、ありがとうな。感謝してる」

「そんなコト……!」


 一方的に言われても、少しも嬉しくない。シェリックの口に蓋をして、ラスターの耳も塞いでしまえたらいいのに。

 聞きたくない。

 言ってほしくない。

 だって、これでは──


「巻き込んで悪い。必ずここから出してやる。──おまえをアルティナから解放する。それが、俺の成したいことのひとつだ」


 交わらない視線の向かい側で、ラスターは呆然とその言葉を聞いた。

 縫い止められたのはほんの一瞬。せり上がる衝動と、かっと熱くなった言葉が、ラスターを無理矢理に動かした。


「──そんなコト、ボクは望んでないよ! シェリックの馬鹿っ!!」


 虚を突かれたシェリックを睨みつけ、立ち上がったラスターは部屋から飛び出す。引き留める暇すらあげたくない。

 何事かと振り返る人々の合間を抜けて、ラスターはあふれる涙を振りきった。



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