表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
一章 港町ルパ
12/207

12,銀と青の身分証


「ずいぶん話し込んじゃったね」


 振っていた右手を下ろし、ラスターはシェリックを見上げた。


「滅多にない機会だったんじゃないか?」

「うん。楽しかった」


 情報をくれたフィノに礼を言い、彼と別れたのがつい先ほど。遠ざかる背中はまだ視界にある。

 海賊に王国、輝石の島、星命石。これほどたくさんの話を聞けるとは思わなかった。

 ラスターは覚えていられただろうか。フィノと交わした会話を思い出し、服の上から石に触れる。


「シェリックも星命石って持ってるの? ──あ」


 フィノとの会話を思い出して、口からぽろっとこぼれてしまい、ラスターは慌てて口を閉じる。時既に遅しと、シェリックの視線が語る。


「ごめん、やっぱりなんでもない」

「別に構わない。──ほら」


 シェリックに拳を出され、ついつい手のひらを差し出してしまう。そこに置かれたのは、ひもで繋がれた黄色の石だった。ラスターの石も紐がついているけれど、石自体は銀の飾りに固定されている。シェリックの石は紐を編み込み、包み込んでいるようだ。よく固定したものだ。球形で立体感のある石だから可能だったのだろうか。

 ラスターはふと思い立って、紐を宙に持ち上げる。太陽を背負い、その石は光を受けてきらりと反射した。


「わ、きれい!」


 透かした先の陽光のおかげで輝いたその石は、月を彷彿ほうふつとさせた。球形だから満月だ。


「ね、シェリック。見てほら、すごいきらきら!」

「そうやって眺めたことはなかったな」


 掲げていた石を、言葉少なに語るシェリックへと返す。


「ありがとう。なんか、シェリックみたいな石だね」

「どういう意味だ、それは」

「ほら、夜みたい」


 ラスターは、シェリックの髪と、今返したばかりの石を示す。夜を思わせる深い藍色の髪に、月を思わせる石。闇の中に溶け込みそうで、けれども消えはせず、いつでも見つけられる。連想するは、そんな夜の光景だ。


「……それは褒められているのか」

「え、褒めてる。だって、方向を間違えないように示してくれるじゃん。夜になると出てくる月とか星と、同じだよ」


 ラスターの言葉を聞いて、シェリックは微かに目を見開く。一度目を伏せて言うことには。


「そりゃありがたいこって」

「本当なのに」

「別に疑ってるわけじゃない」


 行き交う人の流れに逆らいながら、ラスターたちは港の方へと足を向けていた。

 シェリックいわく、リディオルに用事があるらしい。多分港の方だと言っていたのだけれど、一体その根拠はなんなのだろうか。待ち合わせをしたような素振りはなかったけれど。


「リディオルかあ……」


 初めに浮かぶのは、彼のまとっていた黒い外衣だ。


「黒一色の人だよね」

「おまえのその覚え方はどうなんだ」

「わかりやすいじゃん」


 そこを突っ込まれるとは心外である。そうか。羽織りものは黒かったが、彼の髪まで黒くはなかった。彼の色は独特だったので覚えている。薄茶髪で、光の当たったところだけ金に見える、不思議な色。それと、底の知れない、深い紫紺の瞳。

 初めに見つけたのはラスターだった。


「あ、シェリック。あそこ」


 前方真っ直ぐ。指を差した先には、一人佇たたずむリディオルがいた。景色の中に黒がないせいか、わかりやすい。夜だったら紛れてしまうが、今の時刻ならば目立つ。彼の外套は海からの風ではためき、まるで旗のようにも見えた。


「リディオルだな」

「ほら、やっぱり黒い人」


 昨日二回、それに今日と、出会ったのはこれで三度目だ。ずっと同じ格好だったので、容易に特定できたのである。自慢げに指摘すると、隣で息を吐かれた。


「あれはまあ、制服みたいなものだからな」


 彼は立ったまま海を向いており、何やら難しい顔をしている。まだこちらには気づいていないようだ。


「リディオル!」


 シェリックが呼ぶと、彼は顔だけこちらに向けてくる。彼の一瞬見開かれた瞳はすぐに元の大きさに戻り、今度はまじまじと眺められた。そうして近づいたラスターたちににやりと笑んだのだ。


「こんなところで奇遇だな。フィノには会えたのか?」

「おかげさまで。そっちは助かったよ。おまえを探してたんだ」

「へえ? 何用かね?」


 リディオルは意外そうな声を上げる。


「ま、会えたってんなら良かった。こっちは久々に動きっ放しだったから、今になって身体中痛くてなー……」


 肩に手を当てて、「はーいてぇ」なんて言いながら、腰にも手をやっている。横に倒したリディオルの首が嫌な音を鳴らした。音だけ聞いていると今にも折れそうだ。


「でも昨日もらったやつがだいぶ効いてて、少しは楽だな」

「それは何よりだ」


 二人の会話を交互に聞き、ラスターはきょとんとする。


「昨日? 何かあげたの?」


 ラスターがいるとき、ものの受け渡しはしていなかった。だとしたら、ラスターが帰ってくる前だ。


「滋養特効の栄養剤と言われたな」

「あー、シェリックに渡してたあれ?」


 あれはあくまでも緊急用だ。決して常用するためのものとして作ったわけではない。あれに頼ってばかりだと、今度は『普通』の感覚がわからなくなってしまう。


「けど、あれは困ったとき用だし、休めるときはちゃんと休まないと駄目だよ。でないと身体がおかしくなっちゃうし──わっ」


 軽く叩くようにして、ラスターの頭に手が乗せられた。シェリックだと思ったのだが、なで方が違う。ラスターの頭をぽんぽんと叩きながら、リディオルはしみじみとつぶやく。


「嬢ちゃん優しいなー。俺の体調管理役で一人欲しいわ」

「一人って……ボク、一人しかいないんだケド」

「ばれたか」


 離れていく手をなんとなく見送って、そうしてラスターは見たのだ。リディオルが意味ありげに目配せをしてくるのを。なんだろうと思う間に、リディオルはシェリックの方を向いてしまった。


「なぁ、シェリック」


 彼が言うことには。


「ものは相談なんだが、嬢ちゃんもらっちゃ駄目か?」

「やらん」


 シェリックの即答に、思わず吹き出していた。先ほどの目配せはこれのことか。


「なんかシェリック、お父さんみたい」

「だな。娘はやらん、ってか?」

「……言ってろ」


 標的となったシェリックは深々と息を吐く。そうして一旦気を取り直し、リディオルを呼んだ。


「リディ。船の手続きは終わったのか?」

「これから行こうと思ってたんだよ。ひと息ついてたら、おまえらに見つかった」

「海見ながら?」

「嬢ちゃん。男にはたそがれたいときもあるんだ。察してくれ」

「? う、うん、よくわからないケド」


 それにしてはやけに険しい顔をしていたような気がするけれど、そこは大人の事情というやつだろうか。あまり聞かないでおこう。


「通行証は持っているんだよな?」

「ああ。そもそも持っていないと渡れねぇだろ? 身分証に次いで大事なものだからな。なくしたら大目玉食らっちまう。で? この通行証で一緒に渡らせてくれ、って?」


 リディオルの懐から取り出されたのは一枚のカード。青い背景に、剣と銀竜が描かれている。


「察しが良くて助かるよ」

「あそこまで聞けば嫌でも推測がつくだろ……行く気だな?」

「ああ」


 どこにとは言わない。けれどもリディオルが息をついたのが聞こえた。横から覗き込んでいたラスターは提示された身分証に釘づけになっていて、その動作を見ていなかったけれど。


「何か目ぼしいものでもあったか?」

「ううん、そうじゃなくて……これすごいね。格好いい」

「お、それじゃ嬢ちゃん見るのは初めてか? これはアルティナの紋章だぜ」

「へえ、なんか強そうだね」

「強そうって……もっと他の感想はないのか」

「だって」


 呆れた様子のシェリックを見て、せめて言い訳くらいはさせてほしいと思ってしまった。

 手渡されたその身分証は、間近で眺めてみてもやはり美麗だ。竜と剣が交差され、前面に描かれた剣が反射して光っている。絵柄に反して、色合いはとても優しい。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 こんな身分証を作れるとは、アルティナはやはり凄いところだ。認識を新たにし、見せてもらった身分証を持ち主に返した。


「なるべく交渉してはみるが、あまり期待はするんじゃねぇぞ」

「わかってるつもりだ」

「ならいい。おまえらのおかげで気分転換もできたし、ぼちぼち偏屈なじいさんとやりあってくるかねぇ」


 不穏な言葉に、ラスターは眉根を寄せた。


「やりあうって……喧嘩けんかでもするの?」

「違ぇよ。乗船手続きをするだけだ。話すのが毎回面倒なじいさんなんでね」

「あ、そういうコトか」


 やりあうなんて言うものだから、てっきり拳と拳で語り合うのかと思ってしまった。


「じゃあな」

「ああ、頼んだ」

「はいよ」


 リディオルはくるりと背を向けると、手を振りながら行ってしまった。なんともあっさりとした別れ方である。


「大丈夫かな?」

「とりあえずあいつに任せておけばいい。駄目だったら他の方法を考える」

「だね。うまくいけば船代浮いたかも」


 財布を預かる身としては、やはり気になってしまうのが性分なのだ。


「あいつ次第だな」

「うまくいきますように」


 ラスターは両手を合わせて、リディオルの背中へと願うのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ