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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
一章 港町ルパ
11/207

11,輝石の島と星命石


 横に二列、縦に七列。

 一番前までやってくると、長椅子の端にシェリックとフィノが座った。その二人の間、ラスターはどちらかと言えばシェリック寄りに座る。三人が腰を落ち着けたところで、フィノが口を開いた。


「それで、輝石の島の何を訊きたいのです?」

「その前にひとついいかな」


 ラスターは手を挙げてそれを遮る。


「ええ、構いません。なんでしょう?」

「疑ってるわけじゃないんだけど、フィノは本当に輝石の島に行ったの? だって、ボクが聞いた話だと、島を目指した人は誰一人帰ってこなかったって言われてたから」


 世間からも忘れられてしまう。そういった意味で、忘却の島とも名づけられている。忘却の島という名前を知るのは、一部の人間だけだと。

 噂がさらなる噂話を呼び、大げさに誇張され、やがて本当のことが隠されていく。積み重なった偽物に覆われて、真実は埋もれてしまう。ラスターも今までに色々な話を聞いてきたけれど、どれが正しいのか、いまいち把握できないのだ。


「結論から言えば、そうです。誰一人帰ってこなかったというのは恐らく、共和国ラディラに、という意味でしょうね。私の知人もそうですし、アルティナには、輝石の島に行った人は他に何人かいらっしゃいますよ」

「へえ……なんだ、もっと危険な場所なのかと思ってた」


 帰ってこなかった、と言われると、どうしても悪い想像ばかりが浮かんでしまう。そうでないとわかっただけでも、ラスターは少しほっとした。


「やっぱり噂はあてにならないな」

「うん。そうだね」


 シェリックに頷いてみせる。

 輝石の島に向かう者には、何か試練でも課されているのではないか。あるいは必要な手形や資格があるのではないか。議論する人もいれば、面白半分で語る人もいた。

 意外と行くのは容易いが、向こうで待ち受ける試練を乗り越えられなかったから、誰も戻ってこなかったのではないか。そう推測する人もいた。輝石の島には『何か』があるのだと、疑ってもおかしくはない。


「どんなところなの? 輝石、っていうくらいだから、きらきらした石とかあるの?」


 ラスターが言葉から思いつけるのはそんなものだ。


「そうですね。それを説明する前に──ラスター殿は星命石をご存知ですか?」

「──せいめいせき?」

「はい。星から授かった命の石、と記します」


 星命石、と口に出す。単語に覚えはない。


「生まれてくる命が、空から授けられることはご存知ですね?」

「うん。死んじゃった人は星になるんだって聞いた」

「そうです。朝焼けは生まれてくる命の始まり、夕焼けは死した魂が天に昇る象徴。一日が続いていくように、命もまためぐりめぐっていく。星命石は、授かった命が再び空に還るまで、生まれてきた命が健やかであるようにと贈る石のことです。守護石みたいなものですね。その人に合うように一人一人違う色や形の石を贈るそうです。ルパにはその習わしがあるとお聞きしたのですが」

「来たばかりだからわからないや──」


 そうしてあれ、と思う。


「でもさ、それだとおかしくないかな? だって、星は死んじゃった人がなるものでしょう? 生きてる人は星とは関係ないじゃない」


 亡くなった人が星になるのなら、生きている人にとっては、地上から見上げるだけ。両者の直接的な関係は、そこには存在しない。互いに遠くの存在である事実に、変わりはないのだ。


「ごもっともです」


 フィノが苦笑を漏らす。


「なので、亡くなった人には天命石を添えて送り出すそうです。それぞれ相反する意味を持つ石を近くに置くことで、生と死は表裏一体であるという考え方を示すようです。それが受け継がれていって、今の星命石を贈る習慣に繋がっているようですね」

「石を贈るのは知ってるけど……ちゃんと意味があるんだね。初めて聞いた」


 ラスターが知っているのは、生まれてくる人は天から命を授かること、亡くなった人は星になるということ、生まれてきた赤ん坊にお守り石を贈ることくらいだ。それがどんな理由で、どんな意味合いを持っているのかは初耳だった。お守り石に星命石なんて名前がつけられているのも、今初めて知ったのだ。


「意味を知るより早く、習慣として根づいているからでしょう。誰かに教わるよりも早く、そういうものだという文化が既に作り上がっています。それが他の地域では文化としては伝わっていないのです。外に目を向けてみると、様々な違いがあることに気づきますよ」

「経験論か?」

「そうとも言えますね。私も、外へ出て色々なことを見ましたから」


 口を挟んだシェリックに向けて意味ありげに微笑むと、フィノはこう続けたのである。


「輝石の島は星命石の産地だと言われています。特にルパで贈られるほとんどの星命石が、元は輝石の島にあったものなんですよ」

「え。あ、それで輝石?」


 ようやく島の名前に合点がいった。奇跡だと言われないそのわけも。


「はい。特に星命石として扱われるのは、夜空に輝く星のようにきれいな石。通称、星輝石せいきせきと呼ばれるものです。そこからもじって、輝石の島と呼ばれるようになったのです」

「──もしかして、これも星命石なのかな」


 少し考え、ラスターは首から下げている麻紐あさひもを引っ張り出した。万が一にも失くさないように、普段は服の中にしまい込んでいる。

 ラスターが取り出したのは、銀の飾りにくるまれた緑石だ。緑石の大きさは、ラスターの親指の爪ほどしかない。向こう側が透けて見える綺麗な石だ。


「そんなの持ってたのか」

「うん」


 そういえば、シェリックに見せたことはなかったのだったか。そもそも見せる機会もなかった。


「誰にもらったか覚えてないんだケド、お母さんが、肌身離さずつけておきなさいって言ってたんだ」

「星命石は一人ずつ形も色も違うので、あいにく私にラスター殿の星命石を断定することは難しいです。曖昧な言い方で恐縮ですが、そちらの石も、おそらくは輝石の島で取られたものでしょう」


 何があってもこれだけは手放してはならない。

 そう言われてずっと持っていたこの装飾品に、そんなに立派な意味があったとは。


「その石、素敵ですね」

「うん、ありがとう」


 なんだかラスターが褒められた気がして、嬉しくなった。

 中に細かい傷のようなものがいくつもあるが、光を通すとそれも気にならなくなるから不思議だ。今まで遠く、空想話でしかなかった輝石の島。この石の産地かもしれない島。その話を聞いただけで、輝石の島が急に身近になったような気がした。


「フィノ、俺からもひとつ」


 会話が途切れたのをいいことにしてか、シェリックが片手を挙げて質問を述べた。


「はい、どうぞ」

「輝石の島にはどうやって行くんだ? ルパは港町だが、ここから向かうことは可能なのか?」


 そうか。行き方を知らなければ向かうことなどできやしない。ラスターはかざしていた石を首にかけて、元の通りにしまった。


「ええ、ここから船で向かうことができます。途中まではアルティナへの海路と一緒です。なので、アルティナ行きの船に便乗させてもらうといいですよ」

「──そうか」


 振り返れば、何やら考え事をしているシェリックがいた。それ以上話す気配もなさそうなので、ラスターはもう一度フィノへと向き直った。


「フィノって、なんだか先生みたいだね」


 率直に浮かんだ感想を告げると、はにかんだ答えが返ってくる。


「そうですか?」

「うん、すごくわかりやすかった」

「それはありがとうございます」


 ラスターは椅子に深く座り直して、足をぽんと前に投げ出した。つま先を上げて、伸ばすだけに留めておく。以前、両足をぶらぶらさせていたら、それを見ていたシェリックから行儀悪いぞとたしなめられてしまった。ラスターはそれ以来、もうやらないと決めている。


「輝石の島かあ……行くコトになるなんて、全然想像つかなかったや」

「初めから目指していたのではないんですか? 私はてっきり、輝石の島を目指しているものだと思っていましたけれど」

「うん」


 これではどっちつかずな返事だと思いながら、ラスターはつま先を交差させた。


「目指してはいるんだけど、そうじゃなくって……探してる人がいるんだ。──ねえ、フィノ。リリャ=セドラって人を聞いたコトない?」


 どうせなので訊いてみようと思ったのは、単なる気まぐれだ。手がかりになりそうなら、その可能性に当たってみてもいいだろう。ラスターの言葉を聞くなり、フィノは真剣な眼差しになって床に目を落とした。


「残念ながら、ないですね。お力になれず申し訳ありません」


 けれど──いや、やはりと言うべきか。顔を上げたフィノからの答えは芳しくないものだった。


「ううん。何か手がかりがあればと思っただけだから、気にしないで」


 眉根を下げて申し訳なさそうに言われ、ラスターは慌てて両手を振る。


「行き先も言わないでふらふらって出かけたと思ったら、どこに行ったのかさっぱりわからないし、手がかりなんてあればいい方なんだ。今なんて、行きそうな場所を手当たり次第当たってるだけだから、見つかったらいいなあなんて気持ちだし」


 膝の上に肘を立て、頬杖を突く。

 こうして探してはいるけれど、足取りが全くつかめないのである。本当に、どこにいるのだろうか。


「お会いできるといいですね」

「うん。ほんとだよ。心配かけた分を全部、返してもらわなきゃ」

「それは大変な量になりそうですね」

「両手じゃ足りないよ」


 内緒話でもするかのように、二人して笑い合うのだった。



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