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短編集

戦争で傷つくのは国ではなく国民である

作者: ミスPちゃん
掲載日:2026/02/28



戦争は誰の為なのか・・・


 とある国で暮らす女性は、息子と二人暮らし。

 長く続く戦争で夫を亡くし、息子は妻を亡くし、息子の子供はより安全な首都で学校に通いながら一人暮らしをしている。

 息子からすれば母親だが、その身体は衰え、母親らしいことを行うことが困難になっていた。

 料理、洗濯、庭の手入れ、どれをやっても苦労する。


「かーさんもさ、もう年なんだから、無理すんなよ」


 心配されるなんて思っていなかった。

 まだまだ、心配する。

 いや、心配したい。

 夫がいなくなってまだ2年も経っていないのに、息子は夫以上に私を支えてくれる。


「まだまだ元気だよ」


 そう言って立ち上がり、買い物に行こうとする。


「スーパーなら俺が送っていくよ」


 ちょっと前なら歩いて行けたスーパーも、今は爆撃の後で道が壊れていて歩いて行くのが大変に成っている。迂回路は有るから車の方が楽だ。


「あんた、今日の仕事は?」

「日曜日も働くのは軍人だけさ」


 そう応じて空を睨むと、今日も防空警報が遠くから聞こえてくる……。


「店が閉まる前に行こう」


 普通なら避難したり、家に引き返すのが当然だろう。

 だけど、私達は聞き慣れ過ぎてしまった。

 息子は会社員。

 戦う兵器を造る会社の社員。

 代々農家だったが、爆撃の影響で耕作機は破壊されてしまった。

 国からの援助は無い。




 スーパーでは常連客と会うと安心する。

 いつもの挨拶といつもの会話。

 明日もまた会う約束をして別れる。

 食料品は殆どが缶詰め。

 選ぶなんて贅沢は無い。


「お菓子が有るから買っとく?」

「一人何個まで?」

「3個だって」


 水も売っているが、我が家には井戸が有るので水には困らない。

 その事も有って近所から水を欲しいと訪ねてくる人達がいた。

 いたのだが、もう数ヶ月訪ねてこない。

 レジを済ませ、店を出ると防空警報が聞こえる。

 今度は耳が痛いほど。


「かーさん、早く乗って」


 ボロボロの国民車は残りの燃料が少なく、ガソリンスタンドに寄っていく予定だったが、流石に諦める。兵士に封鎖された迂回路をさらに迂回させられて、帰宅するのに普段5倍の時間が必要になった。

 これもいつもの事だ。


「……土地を守りたいのは分かるけど、俺と息子と一緒に住まない?」

「目が黒いうちは嫌だねぇ……」


 このやり取りは既に100回以上繰り返している。

 息子はそのたびに溜息を吐く。

 夫がいないから私が、これからずっと。




 帰宅してからの様子がいつもと違う。

 爆音が耳をつんざくほどだ。

 息子と二人で自宅の中に造ったに半地下のシェルターへ。

 砲撃音と、爆発音。

 そして揺れる家。

 そんな時でも私に温かいコーヒーを入れてくれた。

 

「すぐ終わるよ」


 2時間は過ぎただろうか。

 音が消えた。

 異常なほどの静けさを感じ、思わず外を見る。

 窓からの景色は恐ろしいほど変わっていた。

 家が燃えている。

 戦車が壊れている。

 我が家が無事なのが信じられない……。


「かーさん、やっぱり、もう無理だよ」

「………」


 私は何も言えず、受け入れる事にした。

 だけど、涙は止まらない。




 引っ越し当日の天気はどんよりとした曇り空で、空襲の危険が僅かに減る。

 雨でも降ってくれればもっと助かる。

 息子が少し大きい車を借りるという事で、いつもの国民車は使えない。

 荷物が多過ぎて詰めないからだ。

 それでも半分程度に抑えているが、そもそも国民車は二人乗りで荷物を載せるスペースが殆ど無いのだ。


「会社が貸してくれるって言うから、ちょっととってくるよ」


 道路の状態は酷く、国民車では走れないという不安も有るから、息子は自転車で行った。

 電話は使えないし、前回の空襲で電気も届かないから、連絡は来るのを待つしかない。

 待つしかないのだが、私はその日から7日間も、ただ待つ事になった。

 待ち続けて、不安しか持てず、玄関の扉の鍵は掛けていない。

 だから、扉が開いた時、私は椅子から跳び上がった。


「おばあちゃん、生きてるー?」


 孫の声だ。

 でも、ホッとした。

 孫は私を見て同じ様に安心したのか、僅かに笑顔を見せた。

 しかし、どこか寂し気に感じる。


「とにかくここは危険だから、ぼくのアパートに行こう」


 訊きたい事も聞けず、孫の言うままに車に乗った。

 車には私の引っ越す為に整理した荷物も載せられて。

 そこから、息子は一切喋らない。

 ただ、カーラジオの無機質で冷静過ぎる音声が私の鼓膜を叩く。



・・・ガガッ・・・ッテシティーでは空襲によって街の9割がガガッ・・・



 電波の入りが悪く、良く聞こえない。



・・・ザザッ・・・街の軍需工場は壊滅し、死者の数は不明ですが・・・



・・・生存者はいないとして軍は捜索を中止、放棄を決定しました・・・



 同じ道路を走るたくさんの車は首都に向かう。

 その車が一斉にクラクションを鳴らした。

 息子も同様に……。

 私は理解するのに時間が掛かった。

 信じたくない気持ちもある。


「ねぇ、このクラクションって……」

「……父さんは、帰ってこない」


 クラクションはいつまでも鳴り響き、首都に入るまで続いた。




 息子の住むアパートに到着した時。

 警報が鳴ったが、ココでは避難する場所が多くある。

 車に乗ったまま地下の駐車場に身を隠し、音が消えれば通常に戻る。

 だが私の生活は変わった。

 買い物に連れて行ってもらえる日は週に一度になった。

 洗濯物は庭ではなくベランダに干す。

 料理も缶詰じゃない。

 しかし、そこに私の息子はいない。

 孫は学校を辞めていて、毎日仕事に行くし、帰りも遅い。

 週に一度しかない休みも私の為に時間を使ってくれる。

 彼女が居たという話を息子から聞いた覚えが有るが、そんな雰囲気はまるで感じない。

 知らない女の子と撮った孫の写真が寝室にあったのを見て、もう訊く事が出来ない。

 私は夫と息子と3人で撮った写真を寝室に置いてあるから、半分は理由が解かるからだ。


「ただいまーっ」


 帰ってきた息子は写真の女の子を連れてきた。

 丁寧過ぎる挨拶をする女の子だった。

 顔は俯いていて良く分からないが、泣いた跡が残っている。


「家族が……ね」


 私は受け入れると、女の子は少し嬉しそうに泣いた。




 そして数ヶ月、久しぶりの天気の良い休日。

 最近は空襲警報の音が聞こえる回数も減った。

 テレビニュースでは戦闘は順調で、連日勝利を重ねているらしい。

 被害のニュースも減ったのだから、戦争はもうすぐ終わるだろう。

 それが世間知らずだったと知るのは、耳をつんざくほどの空襲警報を聞いた時だった。


「空に飛行機がいっぱい飛んでる……」


 養子になった娘の声で窓から空を睨む。


「やっぱり嘘だったんだ……」

「嘘って何?」

「テレビニュースだよ。会社でも噂になってたんだ」

「徴兵は増えるし、俺にもきてたんだけど」


 徴兵制度によって孫は3日後に兵士になる。

 そんな嬉しくない知らせは要らない。


「会社でも資材不足で戦闘機を造らなくなったし、同僚はどんどん消えて行くし」

「出国禁止の所為でどこにも逃げられないのに……」


 その時、爆発音が響いた。

 ほぼ同時に爆風を浴びた私の身体が飛んで行った。

 運よく自分のベッドに乗った事で無傷だったが、目の前の窓が無くなって、壁も無くなって、二人の姿も無くなった。

 耳はキーンとしたまま何も聞こえない。

 声を出している筈の自分の声も良く分からない。

 アパートが崩れる。

 どうして良いのか分からない。

 夫も、息子も、孫も……そして、養子の娘も、私の目の前から消えた。

 力が抜けて行き、私はその場に倒れた……。




 病院のベッドの上に居た。

 私の横にもベッドがあって、誰かが横たわっている。

 生きているのか、死んでいるのかも分からない。


 なんで私だけが生きているのだろう?


 次々と運ばれてくる重傷者。

 半分は死んでいる。

 生きている人も、生きていけるのかは分からない。

 

 私は死体としての夫にも、息子にも、孫にも、会っていない。

 娘は辛うじて生きていたのか、身体中に包帯を巻いた姿で私の前に現れた。

 泣いている。

 私も泣いている。

 そして無慈悲な警報が鳴り響いた。

 病院にも爆発音が響いた。


 それでも、何故か私は生き延びた。

 娘と二人で、避難所の隅で細々と生きている。

 私達二人が生きている意味も理由も分からない。

 食べ物も味なんて感じない。


 それでも戦争は続いている。

 戦っている理由なんて知らない。

 興味も無い。

 ただ、楽しかったあの頃に戻りたい。

 家に帰りたい。

 翼が有ったら、飛んで行けるのかもしれない。

 そんな、子供のような事を考えて、私は眠った。

 眠くて眠った訳じゃない。

 疲れて目を閉じただけ。

 でも夢の中なら会えるかもしれない……。

 血の繋がらない娘と私は、寂しさと寒さで、毛布1枚を使い、抱き合って寝ている。


 そして……、


 2度と目を覚まさない眠りの世界へ、私達の身体は沈んで行った。





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