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荷車を引く補給隊は、今日も愛想笑いを選べますか?  作者: OwlKeyNote


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第9話 『座り込む兵』

 作戦の話は、驚くほど短く終わった。


 地図は再び箱の上に広げられ、石がいくつか置かれる。

 退路。合流点。囮。


 「ここで引きつける」


 上官の指が一点を叩いた。

 谷より浅いが、逃げ場は少ない場所だ。


 誰も、すぐには口を開かなかった。

 成功のあとでは、反対意見は出にくい。


 ルカは、いつものように地図の外側に立っていた。

 少し離れた位置。全体が見える距離。


 石の置かれた場所を見る。

 距離。時間。戻れる人数。


 頭の中で、自然と数が並ぶ。


 「……通るのは、ここか」


 低い声が隣から落ちた。


 バルガスだった。

 視線は地図に落ちたまま、こちらを見ない。


 「ええ」


 ルカは短く答える。


 「囮は?」


 問いは軽い。

 だが、逃げ道を塞ぐ聞き方だった。


 「……まだ」


 そう言いながら、ルカは別の線を頭の中で引く。

 少しずらせば、時間は稼げる。

 だが、他が遅れる。


 上官が言った。


 「護衛の一部を前に出す。動ける者から選ぶ」


 視線が巡る。

 誰も名乗らない。


 ルカはポケットに手を入れた。

 金貨に触れ、弾こうとする。


 その指が、止まった。


 冷たい金属の感触だけが残る。

 音は鳴らない。


 「……俺が行く」


 バルガスの声だった。


 一瞬、場の空気が固まる。

 すぐに、上官が頷いた。


 「助かる」


 それだけ。


 ルカは顔を上げなかった。

 何かを言う準備すら、しない。


 金貨を、ゆっくりとポケットに戻す。


 会議は終わった。

 地図が畳まれ、布がしまわれる。


 外に出ると、空は低く、雲が速く流れていた。

 湿った風が頬を撫で、土の匂いが濃い。


 準備が始まる。

 武器を確かめる音。革紐を締める音。


 バルガスは盾を背負い、剣を確かめていた。

 いつも通りの動作。


 ルカは近づいた。

 一歩。


 それから、止まる。


 喉が動いたが、声にはならない。


 バルガスは振り返らなかった。

 気づいていないはずがない距離なのに。


 「配置は?」


 代わりに、そう聞く。


 「……予定通りです」


 それ以上、言えない。


 バルガスは小さく頷いた。


 「なら、いい」


 それだけ言って、歩き出す。


 ルカは、その背中を見送った。

 追いかけない。


 ふと、視線の端で、人が地面に座り込んでいるのが見えた。


 若い兵だった。

 顔色が悪い。


 「……無理だ」


 呟き。

 声は、妙に落ち着いている。


 「足が、動かない」


 実際には、動く。

 だが、立たない。


 ルカは近づき、しゃがみ込んだ。


 「水、あります?」


 水筒を差し出す。


 兵は受け取ったが、飲まずに握りしめた。


 「行ったら……戻れない」


 誰に向けた言葉かは、分からない。


 ルカは、ほんの一瞬だけ息を吸った。

 湿った空気が胸に入る。


 答えは出さない。


 肩にも、触れない。


 ただ、立ち上がる。


 「……後ろに下がって」


 指で示す。

 声は低く、短い。


 兵はしばらく動かず、

 やがて、ゆっくり立ち上がった。


 列の後ろへ、歩いていく。


 準備が再開される。

 人の流れが戻る。


 ルカは最後尾についた。

 前を見る。


 指先は、何も触っていない。


 金貨は、動かなかった。


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