第7話 『半歩、退く』
戦闘は、思ったよりも早く終わった。
矢の音が途切れ、叫び声が減り、残ったのは荒い呼吸と、土を踏む音だけだった。地形の陰に人が集められ、生きている者と動かない者が、自然に分かれていく。
ルカは担架のそばに立っていた。
剣はすでに鞘に収めてある。手は空いているのに、何かを掴んだ感覚だけが残っていた。
血の匂いが、鼻に刺さる。
鉄と土と、温かいものが混じった、慣れた匂い。
「……ふざけるなよ」
低い声がした。
ルカが振り向くと、一人の兵が膝をついていた。倒れた仲間の前で、拳を握りしめている。肩が上下し、歯を食いしばる音がかすかに聞こえた。
「なんで、あいつなんだ」
答えを求める言い方じゃない。
吐き出しただけの言葉。
周囲は、妙に静かだった。誰も割って入らない。
ルカは一歩、近づいた。
そして、止まる。
半歩、下がる。
距離は、腕を伸ばせば届くくらい。
近すぎず、離れすぎず。
兵が顔を上げた。
赤くなった目が、真っ直ぐにルカを捉える。
「お前……」
声が震える。
「計算してたんだろ」
「誰を運べるか、誰を置くか」
その言葉が、空気に引っかかる。
ルカは否定しなかった。
肩をすくめることもしない。
「……してました」
それだけ言う。
兵の呼吸が荒くなる。
拳が、さらに強く握られる。
「だったら、なんで――」
最後までは言わせなかった。
ルカは視線を逸らし、担架を見る。
布に染みた色。
まだ乾ききっていない。
「今は、運べます」
短く、低く。
それ以上の説明はない。
兵は唇を噛み、視線を落とした。
拳は震えていたが、振り上げられなかった。
誰かが間に入り、肩を掴んで連れていく。
怒りは、その場に置いていかれる。
ルカは、その場所に残った。
立ったまま。
地面に落ちていた布を拾い、血を拭う。
指先に、ぬるりとした感触が残る。
「……下がり方を知ってるな」
背後から、低い声。
バルガスだった。盾を下ろし、周囲を確認している。
ルカは何も答えず、布を畳んで脇に置く。
担架が持ち上げられ、列が組み直される。
人の流れが、また動き出す。
ルカは最後尾についた。
誰の隣にも並ばない。
胸の奥が、少しだけ重かった。
それが何なのか、名前をつけるほど長く考えない。
半歩、退いた位置で、
彼は黙って歩き続けた。




